“コトッ”
テーブルに置かれたティーカップ、立ち昇る春の香りは癒し草の若葉のもの。
「以上のように、エミリーお嬢様をはじめとしたマルセル村の若者たちは王都学園の日々を過ごされている様でございました。
本格的に授業が始まるのは入学式が過ぎてからとなります。そうなればこれまで学園に通われていなかった高位貴族子弟の方々も合流する事となりますが、今のご様子でしたらそうした環境にも十分馴染めるものと思われます」
俺は報告を終えるとテーブルに置かれたティーカップを口元へと運ぶ。
癒し草の若葉の優しい味わいが身体全体に広がり、何とも言えない落ち着いた気分にさせてくれる。
「そうですか、分かりました。これからも引き続き彼らの見守りを頼みます。
それはそうと、王都では随分派手にやったようですが?グルゴから報告を聞いた時は頭を抱えたんですが?
アレかな、ケビンは私をいじめるのが趣味なのかな?これは王都勤めをお願いした私に対する報復なのかな?」
そう言い自身のティーカップを口にするホーンラビット伯爵閣下。ほんのり香る甘い匂い、どうやらジャイアントフォレストビー蜂蜜(甘太郎の甘木汁バージョン)のお湯割り(光属性魔力ウォーター)をお飲みになられている様です。
「いえいえ、滅相もございません。アレは
その言い分は全く話になりませんでしたので、少々お話を。
この件は既にベルツシュタイン伯爵閣下にご報告し、王家の考えとマルドーラ伯爵家の様子を伺っております。我々ホーンラビット伯爵家が不利益を
ですがご心配をお掛けしたことは私の力不足によるもの、心よりお詫び申し上げます」
俺はホーンラビット伯爵閣下が心配するような事は既にない事を伝え、騒ぎを起こした事に対して頭を下げる。
「いや、うん。まぁ仕方のない事態であった事は分かってはいるんだがね、あまり胃に優しくない知らせではあったかな?
王都貴族社会はゾルバ国王陛下の行政改革もありかなり改善されたと聞いていただけに、未だこうした事が起こるのかという驚きの方が大きかったかな?
多くの当主の顔触れが変わり、その付き合いが変わろうとも貴族の本質は変わらない。不透明な世の中だからこそより強い結束を求め暴走する。
権力者のあたり前が決してそうではないという意識が広まるのには相当な時間が掛かると思うけど、なるべくなら穏便に頼むよ?
ホーンラビット伯爵家は引き籠り貴族を貫く方針だから」
「ハッ、騎士ケビン・ワイルドウッド男爵、心に刻みまして。
それではエミリーお嬢様の王都学園入学式とそれに伴う王都での社交は、これまでの方針通り控えるという事でよろしいのでしょうか?
私も講師として就任する以上お傍にお仕えする事は叶いませんが」
俺の言葉にガックリと肩を落とすホーンラビット伯爵閣下。エミリーちゃん大好きの伯爵閣下としては、是非その晴れ舞台を目に焼き付けたいという思いが強かったのだろう。
「そうだね、エミリーたちには申し訳ないが今の国内情勢で私たちが下手に王都に顔を出す事は避けたいかな?
卒業式くらいは見届けたいという思いはあるんだけどね」
「そうですね、その頃には王都も落ち着いてると思いますので、立派に旅立たれるお姿を褒めて差し上げてください」
そう言いニコリと笑う俺に、「そうだね~、そうなってるといいね~」とどこか遠い目をするホーンラビット伯爵閣下なのでありました。
――――――――
「横綱は強い、でも君たちは食用、その事を忘れてはいけない」
首の輪コッコの産卵回数はそれほど多くない。鷹の目コッコや斑点コッコが比較的多くの卵を産むのに対し、首の輪コッコはそこまで多くの卵を産んだりはしない。
首の輪コッコの主な飼育目的は食肉家畜としてのもの。鍛え上げられた肉質は鷹の目コッコや斑点コッコとは隔絶した旨さを誇る。
“グワッグワッ”
コッコ生産者はコッコに対し明確な格上でなければならない。弱肉強食は自然界における絶対ルールであり、強者に挑み敗北する事(食肉加工)はコッコたちにとって恥ではない。強き者が絶対であり、強き者に負けた上で命尽きる事(食肉加工)は名誉な事なのである。
“グワーーー!!”
“バシンッ、バシバシバシバシバシバシ”
生産者がコッコと正面から向き合い互いに身体をぶつけ合う“ぶつかり稽古”は、生産者がコッコの生殺与奪権を有している事を知らしめる唯一の手段であり、首の輪コッコ飼育におけるもっとも重要な儀式でもあるのだ。
首の輪コッコは誇りを汚すような飼育方法を決して許さない。命と向き合い、命を敬う事。それこそがコッコ飼育におけるすべてなのであった。
“グハ~~~ッ、ドシャン”
「フンッ、横綱は強かった、でも私の方がほんの少し強かった、ただそれだけの事。
今朝の稽古は終了、皆ケガの無いように」
““““グワッグワッグワ””””
“お疲れ様でした”と言わんばかりに勢い良く返事をする首の輪コッコたち。ケイトは自身の仕事を熟した事に満足気に頷くと、首の輪コッコ飼育場を後にするのだった。
「ケイト、ぶつかり稽古お疲れ~。お昼はアナさんがスイトンを作ってくれてるから、畑小屋で食べようか」
「ん。今の時期の汁物は正義、早く食事にする」
俺は畑で首の輪コッコの世話から帰ったケイトを出迎えると、緑と黄色に声を掛けてから小屋へと戻って行く。
ケイト、アナスタシア、パトリシアの三人と結婚してから半年、マルセル村での俺の生活は基本的に変わらない。飼育魔物の世話や畑の世話、従業員たちの助けを借りながら村人としてのほのぼのライフを楽しんでいる。
「ケイト、食事の前にはちゃんと手を洗って来なさい。ケビン、用意が出来たわよ」
アナさんの声掛けに井戸で手を洗い小屋の中に入る。囲炉裏の五徳に掛けられた鉄鍋からは、旨そうなスイトンスープの香りが漂って来る。
アナさんは村門受付や太郎たちを使ってのマルセル村の警備の仕事を担当している。村に何らかの脅威が迫った時、一番最初に気が付くのはアナさんである。従業員たちの警戒網に何かが引っ掛かった場合、その連絡は太郎に向かい、太郎よりアナさんに知らされる仕組みが出来上がっている。
アナさんはマルセル村防衛の要と言える。
「ん。ちゃんと手を洗って来た。早くよそって欲しい」
ケイトはコッコ飼育担当。首の輪コッコの稽古や鷹の目コッコの健康管理、斑点コッコの卵採集などを担当してもらっている。
もっともコッコたちの大半はつい最近まで冬眠していたのだが、一部冬眠しない連中がですね。鷹の目コッコ軍団が何故か忍びの集団みたいになってしまいまして。
ケイトにはこうした特殊コッコの面倒も見てもらっています。
それじゃ今までコッコの面倒を見ていたパトリシアはどうしたのか?
まぁ~、パトリシアはですね~。
「アナ、今日も美味しい。こんなに美味しいスイトンスープを食べれないパトリシアが不憫」
「どうもありがとう。でもパトリシアの事を病人みたいに言うのは止めてあげてね。これはいずれケイトも経験する事なんですから」
そう、パトリシアは諸事情により実家に帰っておられるんですね~。
分かり易く言えばおめでたですね、朝の健康体操の時にシルビアさんに「あら、ケビン良かったじゃない。あなたもいよいよパパね」と言われたのが切っ掛けで、セシルお婆さんの診察を受けて懐妊が確定したって訳です、はい。
妊娠初期は本人が不安になるだけでなく体調管理も大切ですからね、幸いホーンラビット伯爵家には経験豊富な奥様方が子育ての真っ最中という事もあり、実家の方が安全との判断から里帰りと相成った訳でございます。
ワイルドウッド男爵家じゃ駄目だったのか?ウチには妊婦に気を使えるような繊細な人間はいないんだよ!!趣味に全力の脳筋集団なんだよ!!
念の為残月に付き添って貰ってはいますけどね、どう考えてもホーンラビット伯爵家でお世話になった方がいいでしょう。
“ズズズズズズッ”
椀によそわれたスイトンスープ、味噌とビッグワーム干し肉の旨味が口腔に広がります。
そろそろ味噌も買って来た方がいいんだよな~。在庫が大分
これは俺に扶桑国に行けとの女神様の啓示?でも行ってる暇がないんだよな~。
味噌、上で売ってないかな?今度あなた様に聞いてみよう。
「あっ、そうだ。お昼食べたらちょっと御神木様の所に行って来るから、何かあったら太郎経由で連絡ちょうだい」
「ん、何かあるの?」
「いやね、癒し隊の初期メンバーが昇進可能になって大分経つからさ、いい加減進化して貰おうと思って。
それとケイトには春の観光が始まったら二代目ラビットお姉さんに就任して貰いたいんだよね、パトリシアが暫く担当出来ないからその後任って事で」
「ん、了解した。という事は歌姫モード?歌った方がいい?」
「その辺の舞台構成は十六夜と相談してくれる?アイツそう言った事が得意だから。
まぁなんかあってもマルセル村ならいくらでも対処出来るしね、これからはワイルドウッド男爵夫人として、二代目ラビットお姉さんとして存分に活躍しちゃってください」
俺の言葉に心からの笑顔を浮かべるケイト。ケイトって今まで抑えてたけど、本当はずっと人前で歌いたかったんだと思う。
“王都に舞い降りた天使”と言われたころの記憶は失っちゃったけど、歌の仕事をしていた時の喜びは魂に刻まれていたって事なんでしょう。
「ごちそうさま」
俺はアナさんに「美味しかったよ」と声を掛けると、外で団子と白玉を交えて四期生の育成について相談していたボタン・マリーゴールド・スミレの三体を連れて、魔の森の御神木様の結界領域へと向かうのでした。
――――――――――
「あれ?ケビンさん、今日はどうしたんですか?」
御神木様の結界領域内の畑ではブー太郎と熊親子、それとキメラの二人が春の作付け準備のために土起こしと追肥、畝立てを行っているところでした。
「おう、頑張ってるね。いやね、これから王都で学園の講師の仕事をしなくちゃいけない事になってるからさ、その前に色々と済ませちゃおうと思って。
って言うかグラスウルフ隊の連中、この冬の間冬眠もしないでダンジョンに潜ったりしてなかった?こないだ行き成り大量の昇進通知が来てビックリしたよ。アイツら進化条件達成目前だったのね。
予め縮小化の魔法を太郎と良狼に指導させておいて良かったわ~、アイツらが抜けちゃったらマルセル村の観光に支障をきたすところだったよ」
「えっ、って事はこれから昇進の儀式をするんですか?
あぁ、それで癒し隊の三人がここにいるんですね、納得です。グラスウルフ隊だったらダンジョンの第二層でシャロンと遊んでますよ。
呼んで来ましょうか?」
「いや、<業務連絡>で呼んだから大丈夫。あっ、来た来た」
“ドドドドドドドドドド”
“ドッカドッカドッカドッカ”
砂埃を立ててやってくる巨大グラスウルフの集団、その後ろを足音を響かせ迫ってくる白骨ドラゴン。
うん、嫁さんたちを置いてきてよかったわ、これって悲鳴ものの光景だね、大迫力だもんね。
俺は急ぎ大量の触腕を展開すると、尻尾をブンブン振って集まってくる馬鹿どもをガシッと受け止めるのでした。
「はい、皆さんよくぞ集まってくれました。と言うかお前らダンジョン潜り過ぎ、大量に昇進通知が来た時はマジでビビったから。
で、ちょっとこれから忙しくなるんでその前に纏めて昇進を行おうと思います。
でもその前に、グラスウルフ隊の皆さんは個別に名前がなかったんでそれぞれに名付けを行いたいと思います。聞いた話だけど名付けを行うと存在値が上がるらしいんで。
はい整列、右から
““““ワォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!””””
グラスウルフ隊の皆さん、めっちゃ喜んでいらっしゃる。
でも区別つくかな~。よし、後でネームプレート付きの首輪を作ろう、身体の大きさに合わせて伸び縮みするやつ。
「それじゃ皆そこに集まって。癒し隊も一緒に集まってくれる?
多分凄く光り出すから周りを囲うからね。<範囲指定:シェルター>」
“ガバガバガバガバ”
突如盛り上がる地面、一瞬にして出来上がった土のドームに驚きの顔を見せるキメラの二人。
「<昇進:対象:ボタン・マリーゴールド・スミレ・一狼・二狼・三狼・四狼・・・・十五狼・十六狼>」
“ピカーーーーーーーー”
土のドームの天井に空けた空気穴からレーザーのように上空に溢れ出す光、暫く発光が続いた後徐々に光が小さくなっていったのを見計らい、<破砕>でドームを取り壊す。
“““ピョコン、ピョコン、ピョコン”””
目の前を飛び跳ねる可愛いと美しいを融合させたような視線を集めて止まない究極の生物。
撫でたい、抱き締めてモフモフしたい。そんな衝動にかられそうになる三体の小悪魔たち。
““““ワォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!””””
巨大な体躯、白い毛並みのその姿は、群れのリーダーである良狼と同じもの。
「うん、レッサーフェンリルだね。これは人に言えない奴って事で、お前ら全員小さくなっておけよ~。顔つきが変わっちゃってるから気付く人は気付くかもだけど、グラスウルフのふりをする様に。
後でネームプレート付きの首輪を作って渡すから、これからはそれを付けるんだぞ~」
““““ワォワォッ、ワオーーーーーーーーーーーーーン♪””””
無事に昇進式は終了、これで心置きなく王都の問題に“ガクガクガクガク”・・・。
ガクガクという物音に後ろを振り向けば、そこには何かを訴え掛けるようにこちらを見詰めるドラゴンの全身骨格標本シャロンの姿があるのでした。
本日一話目です。