“ガタガタガタガタガタガタ”
朝の大通りを多くの馬車が走る。その馬車は貴族街の自宅を抜け、一路目的地である王都学園正門を目指していた。
「父上、本日はお忙しい公務を縫って私の入学式に参列下さり本当にありがとうございます」
馬車の車内では、表情を引き締めた若者が向かいの席に座る壮年の男性に声を掛ける。
「なに、構わんよ。息子の晴れの席に父親である私が顔を出すのは当然、これは義務ではなくむしろ権利だと思っている。
お前には家の事で余計な負担を掛けてしまったと思っているんだ、これくらいのことはさせて欲しい。私が顔を出す事で少なくとも風除けくらいにはなるだろう、お前は家の事など気にせず学園生活を謳歌するといい」
父と呼ばれた者はそう言葉を返すと若者に向け優し気な視線を向ける。
父、スコッティー・テレンザ侯爵は思う、子供の成長とはかくも早いものであるのかと。
目の前の若者、ロナウド・テレンザはテレンザ侯爵家の三男として生まれた。出来の良い二人の兄、侯爵家三男という立場で両親との触れ合いも少なく過ごしたロナウド。
早くに水属性魔法の魔法適性に目覚めた彼が勇者病<仮性>に罹患し、周囲に対し傲慢に振る舞う様になってしまったのは致し方のない事であったのかもしれない。
寂しさの裏返し、まだ子供であったロナウドに侯爵家三男としての振る舞いを求める大人たち。次第に孤立するロナウドに手を差し伸べる事すら出来ない、いや、してこなかった自分。
だがロナウドは、家族としてまともに接してこなかった私たちを救ってくれた。
ダイソン公国の独立宣言、はじめ南西部貴族の者を爪弾きにしていた中央貴族共の横暴により参戦せざるを得なかったアスターナの戦場。
バルカン帝国の最新兵器精霊砲により全滅の危機に晒された我々の前に颯爽と現れたのは三男ロナウドであった。
ロナウドとアルバート子爵家騎士ケビン・ワイルドウッド殿の出会いが全ての始まりであり、結果的にテレンザ侯爵家は戦争終結の立役者としてオーランド王国において強い発言力を得るに至った。
「父上のお言葉、大変ありがたく。このロナウドの何よりの支えとなりましょう。学園ではテレンザ侯爵家の名を汚す事なく、勉学に努めていこうと思います。
また今年の新入学生にはアルデンティア第四王子殿下がおられるとか、一つ上の学年にはフレアリーズ第五王女殿下が在籍されていると聞き及んでおります。
確かにダイソン公国との戦争は終わりました、ですがオーランド王国国内の情勢が未だ不安定である事には変わりありません。クリネクス兄上の話では騎士団及び国軍の支持を受けるブライアント第二王子殿下の動きが活発化しているとか。ゾルバ国王陛下の改革により排斥された旧勢力の動きも気になります。
それに・・・」
そう言い口を噤むロナウドに同じく口を閉じ視線を向けるスコッティー・テレンザ侯爵。今年の新入生はただでは済まない、そんな予感が両名の脳裏を過ぎる。
「ホーンラビット伯爵家、あの家はいつも騒動の中心にあるな」
それは王家より齎された一つの情報、混乱を避ける為として入学式前日まで秘匿されていた特大の爆弾。
「えぇ、私もまさかとは思いました。ですが納得もしました。何せ彼らはあのケビン殿の教え子ですから」
“パラッ”
開かれた書状、そこに記されていたのは王家から届いた本年度入学予定者の氏名と授かった職業。
「ホーンラビット伯爵家のエミリー嬢が<聖女>の職を授かっていた事にも驚きはしたが、共に在った青年、ジェイク殿が<勇者>の職を授かっていたとは」
「オーランド王国においては百五十年ぶり、彼の“剣の勇者様”以来ですから、王家が慎重になるのも頷けます。ましてや相手は王国民から“聖者の行進”と謳われ、貴族社会からは“辺境の蛮族”と蔑み恐れられるホーンラビット伯爵家騎士団の一人。
下手な手出しは身の破滅と誰しもが分かっているでしょうから」
「あぁ、それに学園入学に合わせるかのようにケビン殿がやらかしてくれたからな」
「“惨劇の夜会”ですか・・・」
王城での三英雄による交渉劇から一年、各貴族家が徐々に力を取り戻し社交に力を入れ始めた矢先の悲劇。マルドーラ伯爵家王都屋敷の夜会会場で起きたマルドーラ伯爵家とホーンラビット伯爵家騎士団との衝突は、中央貴族たちに大きな衝撃として駆け抜けた。
辺境の蛮族は恐れない、たとえ相手が誰であろうとも己の矜持を貫き通す。騎士ケビン・ワイルドウッド男爵が言い放った王家に逆らうような言葉とその圧倒的な実力は、背後にどのような権力を味方に付けようともそれが無意味であるという事を示してしまった。
「王家と王家の力を背景に権勢を誇っていた旧勢力は動かざるを得ないでしょうね。ホーンラビット伯爵家を、ケビン・ワイルドウッド男爵殿を放置する事は自身の権力基盤を危うくする事に他ならないのですから」
「うむ、ゾルバ国王陛下はその事を一番に懸念されていたのだがな。“ケビン・ワイルドウッド男爵が一度動き出したのなら止まらない”、その事は今回の一件でも明らか。
マルドーラ伯爵夫人は夜会に参加した多くの貴族の前で拷問され自ら隠居を申し出たとか。どの様な方法を使ったのかは分からないものの、大声で叫ぶマルドーラ伯爵夫人とそんな夫人に笑顔を向け続けるケビン・ワイルドウッド男爵殿の光景が脳裏に焼き付いて離れないらしい。
その後ギース・ブレイド男爵より浴びせられた殺気の事もあり、未だ悪夢にうなされる日々が続いているとか。
王都の貴族共の暗躍も、それを正面から叩き潰す気概と実力を持った蛮族には無意味といった事なのだろう」
“ガタガタガタガタガタガタ、ガチャ”
馬車は停まる、多くの才能ある若者たちが集まる王都学園正門前で。新入学を迎える生徒とその父兄を迎え入れる為、正門は大きく開かれている。
「ロナウド、気負う事はない。王都貴族の問題、王家とホーンラビット伯爵家との関わり。確かにオーランド王国の国内情勢に関わる重大事ではあろう。
だがその事を自身の使命と思って背負う必要は一切ない。お前はお前の好きなように生きよ。
ロナウドは既にそれだけ多くの働きをした、後の事は我々家族に任せろ。
ま、私はクリネクスに丸投げしてコッコ飼育に専念する気満々なんだがな。お飾り当主、悪くない立場だろ?」
そう言いおどけてみせる父親の姿に、自身が気負い過ぎ肩に力が入っていたと気づかされるロナウド。
「父上、ありがとうございます。ロナウド・テレンザ、学園生活を精一杯楽しみたいと思います。
当面の目標はジェイクの奴から一本取る事ですかね、今のところ負け越してますから」
父親の気遣いに笑みで応えるロナウド。馬車から踏み出す一歩は、これからの学園生活に希望を抱いた自信に満ち溢れたものであった。
「旦那様、若様が何か勘違いなさってるみたいなんですが?旦那様が自ら道化を演じたとか思っていらっしゃいませんか?」
「ハハハ、まぁいいじゃないか、やる気になってくれたみたいだし。
これで私も気兼ねなくコッコ飼育に「公務は行ってください」・・・はい、分かりました」
学園の正門に向け前を歩くロナウドの背中に頼もしさを感じつつ、クリネクスに後を継がせて楽隠居するにはどうしたらいいのかと頭を働かせるスコッティー・テレンザ侯爵なのであった。
―――――――
「新入生のご父兄の皆様方、本日はおめでとうございます。ご父兄の皆様方はこちらの受付でコサージュをお受け取りになり胸にお付けください。
こちらは学園の通行許可証の代わりとなります。
くれぐれも無くされないようお願い申し上げます」
正門前では学園生徒達が入学式に参加する来賓や父兄に呼び掛け受付を行っている。ロナウドはその生徒たちの中に見知った顔を見つけ、驚きに声を上げる。
「えっ、エミリーじゃないか、こんな所で何をやってるんだ?」
「あっ、ロナウド君久し振り。一年ぶり?すっかり男らしくなったね~。
テレンザ侯爵様、お久し振りでございます。ドレイク・ホーンラビット伯爵が娘、エミリー・ホーンラビットでございます。本日は王都学園入学式にようこそおいで下さいました」
そう言いカーテシーを決めるエミリーの姿に、思わず顔を赤らめるロナウド。一年前に比べてすっかり大人びて女性らしくなったエミリーに、胸の鼓動が高鳴るのは致し方のない事なのであった。
「いやいや、そうじゃなくてエミリーは新入生だろう?何で正門で来賓受付なんかやってるんだ?」
「あぁ、これ?寮長の先輩に頼まれちゃって。入学式って言えば各貴族家の方々が集まる社交の場じゃない?地方派閥や中央派閥なんか色々あるらしいよね。
貴族家出身の先輩方は家の都合でそっちに参加しないといけないし、かと言って平民出身の先輩方は学園の身分平等が建前だってことを身に染みて分かってるから、なるべくなら貴族家の方とは距離を置きたがるしね。
その点私の家は社交界とも距離を置いてるし騎士ケビンがまたなんかやらかしたみたいで周りから恐れられてるから丁度良かった?
最初はフレアリーズ第五王女殿下が名乗り出られたらしいんだけど、流石にそれは問題だってことで急遽お願いされちゃって」
エミリーから聞かされる学園裏話に口を開けてポカンとするロナウドと苦笑いを浮かべるテレンザ侯爵。王家子息が入学する年にはこうした問題が度々起こるという事を、テレンザ侯爵はよく知っていたのである。
「エミリー、コサージュの追加を持って来たけどどこに置いたらいい?
ってロナウドじゃん。なんか目茶苦茶男前になってない?こう言っちゃ不敬に当たるかもしれないけど、誰がどう見ても王子様よ?
ケビンお兄ちゃんに聞いたんだけど、王都の女性は怖いらしいぞ~。ロナウドは女性慣れしてないみたいだし気を付けろよ?
あっ、これはこれはテレンザ侯爵閣下、本日はご子息ロナウド様の王都学園御入学、誠におめでとうございます。
テレンザ侯爵閣下がお持ち下さったコッコたちはケビンの実験農場で順調に数を増やしております。コッコの卵は本当に素晴らしい、近々首の輪コッコの食肉加工も行えるのではないかと騎士ケビン・ワイルドウッド男爵も申しておりました。
この様な素晴らしい食文化を伝えて下さったテレンザ侯爵家の益々の御繁栄を、マルセル村の村人一同心よりお祈り申し上げております」
そう言い慇懃に礼をするジェイクに驚いたグラスウルフの様な顔になるロナウド。
「ジェイク、なんか態度の切り替えがケビン殿のようだな」
「うん、意識して練習してる。世渡りの上手さと言ったらケビンお兄ちゃんに敵う者はいないしね。あれで俺と同じ辺境の田舎育ちって、未だに意味が分からないもん。
それじゃ、俺はまだ仕事があるからまた後で。
侯爵閣下、お会い出来ましたこと大変光栄ではございますが、私は学園の責務がございますればこの場は辞させていただきたく存じます」
そう言い一礼の後その場を下がるジェイクに、感心の頷きを返すテレンザ侯爵。
「ロナウド、君の友人はこの場に順応しようと努力を怠らぬ男の様だ。これからも良き関係を築けるよう励みなさい」
「ハッ、父上。それじゃエミリーもまた後で、絡まれたり何か困った事があったらすぐ言えよ?力(権力)の及ぶ限り手を貸すからな」
「うん、ありがとうロナウド君。ロナウド君も何かあったらすぐエミリーに相談してね。力(拳)の及ぶ限り協力するから」
「ハハハ、それは頼もしいな。その際は是非頼らせてもらうよ」(ガクブル)
ロナウドはエミリーと別れると、校舎に向け歩を進める。
背後からテレンザ侯爵に掛けられた「どうしたロナウド、顔色が悪いぞ」との心配の声に、「いえ、大丈夫です。学園に足を踏み入れ少々緊張したようです」と言葉を返しつつも、その身に刻まれたエミリーちゃんチャレンジの思い出に身を震わせながら。
本日一話目です。