「おはようございます」
「あら、アリス、おはよう。お元気そうでよかったわ、もう学園の寮には慣れまして?」
「はい、寮長の先輩がとても親切にして下さって。最初はすごく緊張していたんですけど、今は楽しく過ごさせてもらっています」
朝の学園、ロッカールームで授業の準備をしている時に掛けられた声に振り返れば、そこには昨日見たヒロインの姿。相変わらず無駄にキラキラ輝いていて、周りの視線を否が応でも引く娘です事。
流石は主人公、攻略キャラ達に引けを取りませんわね。
「そう、ならよかったですわ。確か寮生は二人一部屋だとか、同室の方とは上手くやれてるのかしら?」
「はい、フィリーちゃんって言うんですけど凄く努力家の子で、授かった職業は<賢者>だって言ってましたけど、毎日鍛錬を欠かさないんです」
おや?ヒロインの同室は下級貴族なのに何故か学園内の情報に詳しい、所謂お助けキャラの子だったんじゃなかったかしら?
ファッションや王都の流行には詳しかったけど、努力家の<賢者>って設定じゃなかったような・・・。
「そう、でも<賢者>の職業の方の鍛錬というのは興味がありますわ。何か魔力制御を高める方法でもあるのかしら?」
「いえ、腕立て伏せとか腹筋とか長杖の素振りとかですかね。なんでも魔法職は接近戦に弱いから弱点を克服する為とか言っていました。その向上心には本当に頭が下がります、私も頑張らないとと思って一緒に腕立て伏せをしているんですけど、中々筋肉が付かなくって」
そう言い力こぶを作ろうとするアリス。ちょっと待ちなさい主人公、貴方は一体どこに向かおうとしているの?
何処の世界にマッスルポーズを取ろうとする乙女ゲームヒロインが存在しているというの?
えっと、ここって高位貴族の令息令嬢が集まる王都学園ですわよね、「蒼天の花嫁」の舞台でしたわよね?
「それでフィリーちゃんに色んなお話を聞かせてもらいまして・・・」
その後私はアリスに同室の<賢者>フィリーの話を聞きながら、最初の授業が行われる魔法訓練場へと向かったのでした。
「それでですね、その従魔のプリン君が凄く凛々しくってですね」
「やぁアリス、おはよう。昨日はあれから何も無かったかい?」
キラキラと輝くエフェクト、爽やかでありながら色気漂う笑顔、周囲から聞こえる黄色い歓声。
魔法訓練場に着いた私たちにお声を掛けて来てくださったのは、我らが第四王子アルデンティア殿下なのでありました。その後ろにはセンターを彩るアイドルグループのように見目麗しい側近の方々が、それぞれタイプの違うイケメンの共演。尊い、物凄く尊い。
そしてそこにアリスを添えてみる。
グホッ、最高の絵面、これは素晴らしいスチルが撮れるというのに、何でここにカメラが無いんですの!!
「おはようございます、アルデンティア第四王子殿下。殿下もご壮健のご様子、大変喜ばしい事でございます。
アリス、
アルデンティア殿下、誠に申し訳ありませんがしばらくの間アリスの事をお願いしてもよろしいでしょうか?
アリス、殿下に高貴なる方々との接し方をよくよく教わるのですよ?くれぐれも礼節を弁え失礼なきよう努めなさい」
「はい、ラビアナ様、ありがとうございます。アルデンティア第四王子殿下、どうぞよろしくお願いします」
そう言い頭を下げるアリス。私はカーテシーを決めるとその場を下がります。
アルデンティア殿下をはじめとした皆様は私に対し不機嫌そうな顔をなさっておられましたが、私がお邪魔虫は退散いたしますわとばかりに下がった事で何とも言えない微妙な表情に。
フッ、まだまだお子様ですわね。そこは爽やかな笑顔で礼の一つでも述べませんと、どんどん一方的に積み上げられた借りが
貴族社会は複雑に絡み合う蜘蛛の巣のようなもの、借りが嵩んで雁字搦めになれば身動きが取れなくなってしまいましてよ。
そうしてその場を下がった私は生徒たちの中に身を隠します。お前みたいに無駄にゴージャスで目立つ奴が隠れられる訳がないじゃないかと思われた方、甘いですわ。
基本的にはアルデンティア第四王子殿下との深い関係構築を中心としてはいましたけれど、決して社交以外を疎かにしていた訳ではありませんのよ。
これは世間一般ではあまり知られていない事ではありますが、実は魔法適性とは生まれながらに決まっています。職業補正的に魔法適性を授かることがない訳ではないのですが、基本的には自身の資質によって職業が決まるとされており、魔法適性も親から引き継がれる事が多いと言われています。
そして高位貴族家では子供がある程度の自我と知性を身に付けた段階で、鑑定士による詳細人物鑑定を掛け、魔法適性の有無も調べておきます。
魔法適性が授けの儀によって女神様より授けられるといった話は、自我の確立していない子どもが変に力を持つことを警戒した王家の政策の一環であると言えます。
何が言いたいのかと言えば、私には生まれつき闇属性魔法の魔法適性が備わっていたという事。そんな事が分かっていて鍛えない訳がありませんわ。
幸いバルーセン公爵家の使用人には闇属性魔法の使い手がいましたから、自衛手段の名目で魔法訓練を積んでまいりましたの。
アルデンティア殿下の婚約者候補であったことも幸いし、通常の魔導士の技術から少々後ろ暗い職業の方が使う技術まで、様々な魔法を教えていただきましたわ。流石は闇属性魔法、悪役令嬢の私にぴったりですこと。
お陰様でスニーキングミッションはお手のものでしてよ。
私は自らの身体を薄い闇属性魔力で包み、周りから気付かれにくい状態を作り出します。<隠密>のスキルを魔法的に再現した技術ですの。なんでこんな魔力運用法を屋敷のメイドが知っていたのかはいまだに不思議なのですけれど、バルーセン公爵家の闇は相当に深いのかもしれませんわね。
因みにわたくしの職業は闇属性魔導士、所謂特化型魔導士というものですわね。訓練のお陰か血筋のお陰か魔力量もそこそこあるので、メイドからはこのまま訓練を続ければ一流の暗殺者になれるとのお墨付きをいただきましたわ。
・・・これって喜んでいいのですわよね?褒められたのですからよい事といたしましょう。
担当教諭の訪れに騒がしかった生徒たちのざわめきが収まり、皆の視線が教諭へと集中します。
基礎魔法学の教諭はガイアス・タスマイヤー先生。タスマイヤー伯爵家と言えば代々王宮魔導士を輩出する名門、ガイアス先生はその三男様とのこと。魔法に関してのスペシャリスト、指導者としてこれ以上ない人材と言えるでしょう。
「ではアルデンティア第四王子殿下、皆の者に手本を御見せください」
「ハハハ、ガイアス先生、ここは王宮の訓練場ではないのですから、一生徒として扱ってもらわなければ困ります。
折角授業を通じ皆の者との仲を深めようというのに、先生が私の事を特別扱いしてはどうしても溝が開いてしまうではないですか。
ガイアス先生が敬意を払って下さるお気持ちは分かりますが、学園では王子ではなくアルデンティアと御呼びください」
「ハッ、これは申し訳ない。王子殿下の高潔なる御心、深く胸に刻みましてございます。ではお言葉に従いましてアルデンティア殿下と」
何か滑稽なやり取りにも見えますが、これはアルデンティア殿下が学園の方針に則り広く生徒たちにかかわろうとしている事の表明。うがった見方をすれば上位者からの押し付けにも見えますけど、多くの貴族家令嬢はなんて御心の広いとウットリとした表情を向けています。
平民らしき方々は・・・よく分かっていないといった感じですわね。まぁこうした言葉遊び、言葉の裏に意味を持たせる行為は貴族特有の文化、市井の方々には理解しがたいものではあるのでしょうけれども。
「“大いなる神よ、我が手に集いて眼前の敵を貫け、ファイヤーランス”」
“バシューーーーー、ズド~ン”
アルデンティア殿下が撃ち出したのは火属性魔法の<ファイヤーランス>、中級魔法を淀みなく撃ち出す実力は、相当な訓練に裏打ちされた結果なのでしょう。
「「「「おお~、流石はアルデンティア殿下、既に中級魔法をここまで見事に扱われるとは。我々とは持って生まれたモノが違い過ぎる」」」」
周囲に広がる驚きの声、女子生徒たちからは黄色い悲鳴が響きます。
・・・あれ?うちのメイドの魔法の方が断然すさまじいんですけど?何なら私の方が・・・。
ま、まぁ殿下はまだまだ成長期ですし、これからドンドン技術を身に付けられますわよね、ゲームでも学園ダンジョンに入る事でステータスを上げる事が出来ましたし!!
その後ラグラ・ベイル様が<ストーンランス>を、カーベル・ハンセン様が<ウインドランス>を、ピエール・ポートランド様が<ライトランス>を放たれておりましたが・・・。うん、まだ十二歳ですものね、学園生活は始まったばかり、これからですわ、これから。
それに有用な職業という事で入学された方たちや他の貴族令息令嬢の方々は、皆様ボール魔法を撃たれていらっしゃいましたし。
勢いも“ビュ~~~~~、バンッ”とか“ビューーーー、バシンッ”といった感じですしね。
「次、ラビアナ・バルーセン」
「はいですわ」
呼ばれて出たのはいいですけれども、アルデンティア殿下をはじめとした方々があの程度と考えますと、ここで悪目立ちする事は問題ですわね。
“スッ”
伸ばされた左手、これは訓練中に気が付いたのですけれど、利き腕とそうでない方とでは、利き腕の方が若干威力が強くなりますの。威力を落とすなら逆の手、つまり左手ですわね。
「<ダークボール>」
“ビュ~~~~~、バシンッ”
よし、上手くいきましたわ。敢えて<短縮詠唱>にする事で難易度を上げて威力を落とす、更には魔力量を絞るイメージで魔法を撃ち出す。おもちゃの水鉄砲でも撃つ感覚ですわね。
「ほう、ラビアナ嬢は<短縮詠唱>に目覚められましたか。流石はバルーセン公爵家の血筋、王家に連なるお家柄という事でしょうな」
「ありがとうございます、ガイアス先生。私の様な非才な者は、ただ只管にボール魔法を練習する事しか出来ませんでしたので。
臣下としてアルデンティア殿下におみせできるものが少しでもあった事を女神様に感謝いたしますわ」
確かに<短縮詠唱>は高等技術ですけれども、威力が伴わなければ大した脅威ではない。見世物としての価値しかない魔法と言うところがポイントですの。
侮られないながらも警戒されない立場の構築、モブ公爵令嬢は茨の道でしてよ。
「ふん、<短縮詠唱>とはそれなりに頑張っていたようじゃないか。ラビアナ、その歳でその段階に到達した事は賞賛に値するよ」
「はい、ありがとうございます、アルデンティア王子殿下。殿下の<ファイヤーランス>には遠く及びませんが、これからも精進してまいりたいと思います」
アルデンティア殿下にお褒めの言葉を賜り、一礼の後生徒たちの中に下がる私。ミッションクリアーと言ったところでしょうか。
だからアリス、なんでそこで瞳をキラキラさせてますの?見たでしょう、私渾身のヨワヨワダークボール、ものの見事にヘロヘロでしたでしょう?
「<短縮詠唱>、凄いです、流石はラビアナ様です!!」
クッ、そこか~。やっぱりヒロインは何でも拾って来ますわね、攻略対象たちもそうやってほだされて行くんでしたわよね。
「次、ロナウド・テレンザ」
ガイアス先生に呼ばれ前へと出たのはテレンザ侯爵家の三男ロナウド・テレンザ。ゲームでは“口だけ番長”とか“ザ・馬鹿貴族”とか呼ばれていた人物。
でも今は何故かダイソン公国とオーランド王国の戦争を終結に導いた三英雄の一人として持て囃されています。テレンザ侯爵家は南西部貴族連合の盟主として強い発言力を持っているとか、戦争により様々な事がゲームとは異なっているのでしょう。
“コツンッ、コツンッ、コツンッ”
生徒たちの間から歩み出た青年、意志の強さを感じさせる鋭い瞳、その身から発せられる強者の風格、これが戦争を終わらせた三英雄。
アルデンティア殿下とその取り巻きたち、ガイアス先生が敵意の籠った視線を向ける中、ロナウド・テレンザは悠然と左手を目標に向け、魔法の詠唱を始めるのでした。
「“大いなる神よ、我が手に集いて眼前の敵を撃ち滅ぼせ、ウォーターボール”」
それは初級魔法と呼ばれるボール魔法の詠唱、右利きの彼が左手を翳したという事は忖度が働いたのか、齎される結果はおのずと想像出来るもの。
“ズドンッ、ドッバーーーーーーーーーン”
「「「「「・・・・・」」」」」
パラパラと落ちてくる残骸、目の前に広がる惨状、見せつけられた現状と理解の追い付かぬ思考。
「ガイアス先生、これでよろしいですか?」
「・・・・・・」
返る事のない言葉、口を広げ呆然とする事しか出来ない者たちをよそに、ロナウド・テレンザは踵を返すと生徒たちの中に戻って行くのでした。
・・・はぁ~~~~!?意味が分かりませんわ~~~~!!
私が心の中で絶叫を上げた事は言うまでもありません。
乙女ゲームの設定はどこに行きましたの?戦争って怖い。
本日二話目です。
いってらっしゃい。
by@aozora