“ガヤガヤガヤ”
そこは学園内の調理実習室。その場には幾人かの女子生徒と少数の男子生徒が、これから始まる講義を心待ちにしていた。
“パンッパンッ”
調理室の前扉が開き、入って来た白い料理人服を着込んだ壮年の男性が、手を叩き注目を促す。
「は~い、皆さんお静かに願います。本日は学園の授業の初日ですね、どうですか、随分と戸惑われたのではないですか?
皆さんの中には授けの儀において所謂上級職と呼ばれるものを授かった平民出身の方もおられると思います。そうした方々は教会などで読み書きや計算を習ったりしますので、講師による授業というものも比較的受け止め易かったのではないでしょうか。
高位貴族家の御令嬢様方は専属の家庭教師に勉学を習う事が一般的ですから、集団での講義というものは些か戸惑いを覚えるかと。
ですが何事も社会勉強、続ける事で違和感なく受け入れられるようになるものです。要するに“慣れる”という事ですね。
では本日はそんな頑張った皆様にちょっとした安らぎを。お茶とクッキーをご用意いたしましょう。
ですがこの時間は“男性の心を掴む料理術”を習う時間、無論クッキーを準備なさるのは皆さんです。
ではこれよりレシピの書かれた用紙をお配りいたします、比較的簡単なものですので、是非身に付けてご家族や御友人、気になる殿方を驚かせてみてください」
そうして始まった特別講座、“王宮料理人が教える男性の心を掴む料理術講座”。配られた用紙には“刃物を持ったことがないあなたにもお勧め、簡単な材料で作れる蜂蜜クッキーの作り方”と記されているのだった。
“カサカサカサカサ”
この世界の小麦粉といえば、普通は石臼で挽いた全粒粉と呼ばれる物である。まぁそれは市井の平民の中での話であって、高位のお貴族様や一部のお金持ちは調理人が手間暇をかけ選り分けたものを使うらしい。
そんな話を料理講師のサンドニッチ先生から聞きながら、俺は只管に篩を振り続ける。
格子状の網目が嵌められた篩を見ていると“網戸よりも目が細かいな”と前世の記憶が刺激されるも、今は集中集中。
余計な事を考えたりおしゃべりしながら適当に作業をしたばかりに粉をまき散らして白煙を飛ばしている席も幾つかみられるしな。コントかと言いたくなるくらいに真っ白になってる女子生徒は一体何をしてるんだろうか。隣のやけに存在感のある女子生徒に呆れられてるんだが。
「ジェイク君、小麦粉の粉振りが終わったら教えて、こっちで分量を量るから」
「もうちょっと待って、今終わるから」
こうして篩を振っていると小麦粉の中って結構色んな滓が入っていた事に気が付く。これが前世でいうところの全粒粉の特徴なんだろうけど、こっちの庶民はそんなこと気にしないからな~。逆に分量が減るって言って選り分ける事自体を嫌がるんだとか。(サンドニッチ先生情報)
「エミリー、終わったよ」
「ありがとう、ジェイク君。ここからは私の出番だよ、調薬師ミランダお母さんに習った繊細な調理技術をご覧あれだよ」
そう言うと金属製の器に木製へらで選り分けした小麦粉を入れていくエミリー。器の下には“はかり”があり、メモリとにらめっこしながら頑張っている。
って言うかあったのかよ“グラムはかり”、単位は“グラム”じゃなくて“グラン”だけど。グランって確か王様のミドルネームで“偉大なる”って意味じゃなかったっけ?いいの、重さの単位にそんなの付けちゃって。不敬罪に問われない?
まぁ重さの基準を決める事自体偉大ではあるけどもさ。
で、この“はかり”、上皿式バネはかりでした。サンドニッチ先生の話では五年ほど前に帝国から入って来たものだとか、今じゃ国内の商会でも製造しているとの事。オーランド王国には特許なんかないからな~、外国の技術はパクり放題って事なんですね。
蜂蜜クッキーの材料は小麦粉と植物油と蜂蜜。それぞれを10:3:6の割合で器に入れへらでよく混ぜてから手で捏ねていきます。
コツは最初に小麦粉と植物油をよく混ぜ合わせてから蜂蜜を注ぐ事だとか、エミリーが真剣な顔をして“ボフンッ、ちょっとアリス、あなた不器用過ぎませんこと?私が代わりますから少し横で見ていらっしゃい”・・・。
他の席では大変な騒ぎになっているところもあるようです。
“コネコネコネコネ”
手捏ね作業は俺の仕事、確り混ぜ合わせたら小麦粉を敷いた天板の上に乗せ、めん棒で平たく伸ばしていきます。
フィリーは隣のテーブルで寮生の女子生徒とおしゃべりをしながら作業をしている様子、同室の子なのかと聞いたら同室の子はあそこで小麦粉まみれで真っ白になってる娘と教えてくれました。
・・・フィリー、頑張れ。
「ジェイク君、型抜きはどの形にする?色々あるよ」
エミリーはそう言うと楽し気に型を選んでいます。俺は前の授業の事などまったく気にしていないエミリーの様子に、“マルセル村と世間の常識って相当開きがあるんじゃね?”と一抹の不安を感じつつ、本来はもっと受講生がいたであろう調理実習室を見回すのでした。
―――――――――
“ズドンッ、ドッバーーーーーーーーーン”
轟音と共に吹き飛ぶ魔法訓練用の的、的周辺はくり抜かれたかのように大きなクレーターになり、その水球が持つ破壊力の大きさを物語る。
担当教諭に声を掛け悠然と下がる男子生徒、共に授業に参加した生徒たちはおろか指導者である魔法教諭も口を開いたまま唖然としている始末。
「ハハハハ、やってくれましたねロナウド君。まぁロナウド君ではなくとも、マルセル村の若者の内誰かがやらかすとは思っていましたが」
魔法訓練場の片隅で気配を消し新入生たちの授業の様子を窺っていた私は、今の轟音に慌てているだろう学園長の下に向かうべく踵を返すのでした。
“コンコンコン”
「学園長、ネイチャーマンです。只今起きました騒ぎについてご報告申し上げたく参りました」
直ぐに入室許可が下りたため扉を開けた私は、額を押さえ頭を振る学園長に説明を始めます。
「学園長、先程響いた轟音ですが、これは新入生の基礎魔法学の授業中に起きたものです。原因はロナウド・テレンザが放った<ウォーターボール>により的周辺が大きく破壊された事によるもの、それによる人的被害はありません」
「はっ!?ロナウド・テレンザですか?
彼は確か水属性魔導士だったはず、確かに特化型魔導士は魔法の威力が強いとは言われていますがそれにしても初級魔法の<ウォーターボール>でその様な破壊行為が・・・」
私の報告に混乱する学園長、ですがこれは事実、受け入れてもらわねばなりません。
「疑問にもたれるお気持ちは分かります。ですが彼はただの特化型魔導士ではありません。三英雄の一人であり先の戦争を終結に導いた立役者でもあるのです。
いくら周りの生徒が優秀な家庭教師に魔法の手解きを受けていたとはいえ、実戦の場に赴いて激戦を制した者とは比べるべくもない。
逆に言えばそれくらい出来ない様では戦争を終結に導く事など叶わなかった事でしょう。
今回に関してはロナウド・テレンザによる牽制行為であったものかと、アルデンティア第四王子殿下をはじめとした側近の方々がランス系魔法を連発し自分たちの優位性を主張なさっておられましたから。
魔法講師のガイアス・タスマイヤー氏が王子殿下たちと一緒になって敵意の籠った視線を送っていたという事も切っ掛けではあったのでしょうが。
いずれにせよ現在魔法訓練場は混乱の極みにあります。申し訳ありませんが学園長に場を収めていただきたく存じます」
私の言葉に「そうですか、そう言えばロナウド君は三英雄の一人でもありましたね」と乾いた笑いを浮かべ胃の辺りを摩る学園長。
後でよく効く胃薬をお分けいたしますので、今は現場に向かいましょう。
そうして私は学園長と共に再び魔法訓練場へと向かうのでした。
「皆さん静粛に。ガイアス先生、状況はある程度把握しています。今は生徒の安否確認を優先してください。
どなたか飛んできた破片等でケガをされた方、気分を悪くされた方などはいらっしゃいますか?いないようですね、それは良かったです。
ガイアス先生、授業の方はどうなっていましたか?」
学園長の言葉にハッと我に返ったのか、辺りを見回し再び顔を青ざめさせるガイアス教諭。私は学園長の後ろに付き、様子を窺います。
第四王子殿下とその取り巻き三人、脳筋担当とインテリ担当と腹黒担当ですか、彼らは自分たちに絶対の自信でもあったのでしょう、未だ信じられないといった表情をしています。
他の生徒達も皆な何が起きたのかといった困惑の表情ですね。本来ならば恐れを抱いても仕方のない状況ですが、理解の範疇を越えた現象が逆に恐れの感情を生まなかったのでしょう。
・・・何かやけにキラキラした瞳をロナウド君に向けてる女子生徒がいるのですが、あの女子生徒は確か昨日の朝、青春ラブストーリーのオープニングを飾っていた生徒ですね。相当にメンタルが強い様子、おそらくですがこれから騒動の中心は彼女になるのではないでしょうか。
「なるほど、自己紹介を兼ねて魔法の習熟度を測っていたという訳ですね。それでは残りの生徒の状態も確認する必要がありますね、ガイアス先生、的を変えての指導をお願いします」
学園長、この状況で無理やり話を進めるのは少々酷ではないですか?この惨状の後に魔法を撃つ、生徒にとっては拷問ではないでしょうか?
「次・・・」
案の定、残りの生徒の魔法は散々と言いましょうか、ボール魔法の詠唱すらまともに出来ない生徒が続出。そんな中、問題のエミリーちゃんとフィリーちゃんは“口パク無詠唱”という非常に高度な技を駆使し、一般程度のボール魔法の威力を実現していました。
この“口パク無詠唱”、何が凄いかと言えば<ウォーターボール>の詠唱をしながら<ストーンランス>なんかが撃てちゃうところ。光属性特化のエミリーちゃんと違い複数属性持ちのフィリーちゃんにとっては、対人戦における有効な切り札になり得る技術です。
「次、ジェイク・クロー」
お次はジェイク君の番ですが、悩んでる悩んでる。侮られず、かと言ってやり過ぎず。皆の期待の少し下を狙うかなり難しい選択です。
「大いなる神よ、我が手に集いて眼前の敵を貫け、ストーンランス」
“バシューーーーー、ズゴ~~~ン”
上手い、魔力の起こりの一切ない口パクからの<無詠唱:ストーンランス>、これは余程の魔力制御が出来なければ実現しえない技。
威力を学園の三年生程度に合わせてあるのも高ポイントです。
ガイアス教諭はこの凄さに・・・気が付いてはいないようですね、残念です。
私的には大変高評価の魔法なんですが、ロナウド君の魔法を見た後だと“勇者と言ってもこんなものなの?”といったような表情をされてる生徒さんがかなり・・・。
やはりいくら高度な教育を受けて来ていたとはいえ経験の浅い十代の令息令嬢には、この高度な駆け引きは難しかった様ですね。
「では最後、ジミー・ドラゴンロード」
名前を呼ばれ前に出るも、一礼をし後ろに下がろうとするジミー。
「おや、ジミー・ドラゴンロードは魔法を撃たないのかな?
いや、失礼、君には魔法適性がなかったのだね。必修授業とは言え悪い事をした、下がってよいぞ」
ガイアス教諭、これって最初から狙ってましたね。この学園に通う高位貴族令息令嬢はその血筋もありまず間違いなく魔法適性持ち、加えて上位職を授かる者は魔力量も多く魔法適性持ちが多いんだとか。
ジミーの場合よく分からない職業ではあるものの魔力量の多さから王都学園で学ぶ事を許された経緯もあり、教師陣の間でも判断に困る存在であるとか。
魔導士を多く輩出する名門貴族家のガイアス教諭からすればいい玩具にしか見えなかったのでしょう。
「・・・ガイアス先生にお聞きしますが、先生は魔力障壁を作ることは出来ますか?こういったものなんですが」
するとジミーは掌に魔力障壁を展開、ガイアス教諭に見せ付けます。
「ほう、魔力障壁とは器用な事を。当然私も出来ますよ?魔導士の基本技術、防御術の一つですからね」
ガイアス教諭はジミーの挑発に乗るかのように同様に魔力障壁を展開します。
「ではこの様に形を変え、球状にする事は出来ますか?」
つぎにジミーは掌の魔力障壁を真球の形に変化させます。ガイアス教諭は“グヌヌ”と悪態を吐きながらも歪な球形を作り出しました。
「ではそこに生活魔法の要領で火属性魔力を注ぎ入れてみてください、この様な感じです。
まるで<ファイヤーボール>の様に見えませんか?」
ジミーが作り出したもの、それはマルセル村で慣れ親しんだ<疑似ファイヤーボール>。
“フンッ、バシュッ、ドーーーーーン”
立ち昇る爆炎、無残にも崩れる的。
「コツは球形の魔力障壁に火属性魔力を十分に注ぎ入れる事です。修練が必要とはなりますが、努力次第で誰でも疑似的なボール魔法を使う事が出来ます。是非授業の一環として取り入れてみてください」
そう言い一礼の後下がって行くジミー。
後に残されたのは自身の常識を打ち砕かれて放心状態になるガイアス教諭と宇宙猫の様な顔になるアルデンティア第四王子殿下をはじめとした高位貴族の方々、そして再び頭を抱える学園長だけなのでした。
あっ、こちらワイルドウッド調薬店謹製の胃薬です、どうぞお納めください。
本日一話目です。