「勝負、ですか?」
放課後、魔法訓練場にいつもの練習のため訪れたフィリーは、そこで同室のアリスがとある男子生徒に属性魔法の初級であるボール魔法の手解きを受けている光景を目にした。
「ほら、もっときちんとした発音で私の魔法を再現するんだ。これは心象法と言って、魔法と言う魔力現象を具現化する方法論の一つなんだ。
人は知らない事をやれと言っても出来るもんじゃない。だが目の前にその先達がいれば別だ。
模倣することは技術習得にとって最も手早い手法なんだよ」
「はい、カーベル先生!!私、頑張ります!!」
「アレは、いつだか十六夜さんが言っていたコーチと生徒の熱血恋愛もの。この後二人は夕日に向かって目標に向かい努力する事を誓い合う。
そして生まれる熱い絆、それは愛。
流石は王都学園、ケビンさんが絶対十六夜さんをかかわらせてはいけないと言っていた意味が分かります。興奮して暴走する事は確実でしょうからね」
フィリーの呟き、それは魔法訓練に対してではなくこの場の状況に対してのものではあったのだが。
「そうじゃない、よく見ておくんだ。“大いなる神よ、我が手に集いて眼前の敵を撃ち滅ぼせ、ファイヤーボール”」
“ビューーーー、バシンッ”
「はい、“大いなる神よ、我が手に集いて眼前の敵を撃ち滅ぼせ、ライトボール”」
“ビュ~~~~~、バンッ”
「う~ん、こればかりは何度も練習する必要があるんだが、目標に対して真っ直ぐ意識を向ける事、撃つのではなく撃った後の結果までを確りと心に思い描く様にして魔法を発動させるよう心がけてみて欲しい」
「ふぅ~、やっぱり難しいです。でも私負けません、カーベル先生のように凄い魔法を撃てるようになって見せます!!」
指導を行う男子生徒、カーベルに尊敬の眼差しを向けやる気を高めるアリス。しかし・・・。
「・・・基礎がなっていない、魔力の集束が甘い。それ以前に体力が足りなさ過ぎる」
フィリーの口から洩れた呟きは、ほとんど無意識のものであった。高い魔力量を持ち合わせていながらも、いや、高い魔力量だからこそ強引に撃ち出されているように見えるその魔法。何とも無駄の多い勿体無いものだと思ってしまった事は、マルセル村に於いて大賢者シルビア・マリーゴールドと賢者イザベルの薫陶を受けたフィリーにとっては致し方のない事であった。
“いえ、確かに人の魔法訓練に余計な口出しをしたのは私ですけれども、だからと言って何故こんな事に。
こちらが間違っていたということは認めたし、頭も下げたと思うのですが”
魔法上達の道は必ずしも一様ではない。学園の様な多くの若者を集めての授業のような形式もあれば、有名な魔導士に弟子入りして魔法を伝授してもらうという方法もある。中にはマルセル村の理不尽のように魔法適性が全くないにもかかわらず、独自の理論と検証の繰り返しの末大賢者すら凌駕する魔法の深淵に辿り着く奇才も存在する。
一見無駄に見える魔法の行使、だがそこに明確な目的が存在したとするのなら。
“魔力枯渇を目的とした魔法の行使、それを敢えて初級魔法であるボール魔法で行う事で魔法習熟度も同時に上げようとする非常に効率的な方法。
一般的な魔法使いは私達マルセル村の者のように魔力枯渇訓練用の魔道具など持ち合わせていませんから、出来る手段の中で効率化を図っていると考えれば、称賛こそすれ文句を付けるなど同じ求道者としてあるまじきこと。
「相手の立場に立ち物事を考える」、マルセル村でケビンさんが教えてくれていた事をすっかり忘れて。どうも私は王都学園に来て調子に乗っていたのかもしれません”
余計な厄介事に巻き込まれない様にと実力を隠す。これは言い方を変えれば自身が周囲より優れていると周りを見下している事に他ならない。
マルセル村の理不尽は言った、「学びというものはどの様な環境や立場であっても必ずあるものだ」と。あの理不尽はたとえ相手が辺境の田舎と馬鹿にしてガラクタを売り付けに来た行商人であろうとも、心の底から感謝し、ガラクタの中から新たな発見を行っていたという。
「そうだ、どうやら貴様は自身の魔法に余程自信があるようだからな。私とお前、どちらがより優れているか、確りと分からせてやろう」
そう言いフィリーに対し怒りの籠った視線を送るカーベル。
フィリーは暫し口を閉じ考える、ここは自らの魔法を磨くための魔法訓練場、であるのならどの様な勝負が互いを高めるうえでより相応しいものであるのか。
「では幾つか確認させて頂きたいのですがよろしいでしょうか?
先程私が呟いた言葉、それは次の三点。
一つ、基礎がなっていない。一つ、魔力の収束が甘い。一つ、体力が足りなさ過ぎる。
カーベル様は私のこの言葉が間違いである、訂正を要求しその証明として勝負を執り行いたい、その様な解釈でよろしいでしょうか?」
「当然だ、私が貴様に劣る訳がない、貴様の言葉など塵ほどの価値もないという事を証明してみせる」
憤慨と言った様子で言葉を強めるカーベル、その脇では状況に付いて行く事が出来ずただオロオロするアリスの姿。
「分かりました、ではこうしましょう。これから互いに標的に向かい初級ボール魔法を撃っていきます。カーベル様はボール魔法の<短縮詠唱>は習得なさっておられますか?」
「当然だ、貴様は私を誰だと思っている。ハンセン侯爵家三男、カーベル・ハンセンだぞ?」
フィリーをキッと睨み、言葉を返すカーベル。
「なるほど、それは僥倖。では互いに<短縮詠唱>で魔法を行使する事としましょう。
アリス、私は光属性魔法の魔法適性を持っています。これから行う魔法勝負はあなたにとっても参考になるはずです。私達の様子を確り見ていてください。
では始めましょう。先攻はカーベル様にお願いしてもよろしいでしょうか?」
フィリーの促しに「フンッ、言われるまでもない」と言って的に手を向けるカーベル。
「<ファイヤーボール>」
“ビューーーー、バシンッ”
標的の中心部に当たり大きく弾けるカーベルの<ファイヤーボール>。
「<ライトボール>」
“ビューーーー、バシンッ”
続いて撃ち出されたフィリーの<ライトボール>も、カーベル同様標的の中心を正確に捉える。
「ほう、生意気な口をきくだけの事はあるという事か。だがその態度がどこまで持つかな?<ファイヤーボール>」
“ビューーーー、バシンッ”
「そうですね、これは私が余計な口をきいた事が原因、その責任は果たしたいと思います。<ライトボール>」
“ビューーーー、バシンッ”
そうして繰り返されるボール魔法の応酬、十発、二十発、学園に入学したての新入生と言う事を考えれば非常に優秀な魔法の連打に、次第に魔法訓練場にいた者たちの視線が集まりだす。
「なぁ、今何発目だ?」
「丁度三十発目だな。あの威力のボール魔法を連続三十発って、しかも二人共<短縮詠唱>だろう?今年の一年にはとんでもない生徒が入学して来たんだな」
囁かれる言葉、集まる注目。いつの間にか周囲を取り囲む多くの生徒たち。
「フッ、中々やるじゃないか。口だけの生徒ではなかったという事かな?」
「お褒めいただきありがとうございます。カーベル様こそお見事です。
では続きとまいりましょう。<ライトボール>」
“・・・チッ”
思わずカーベルの口から洩れる舌打ち、それでも自尊心の高いカーベルに自身の心の内を認める事など出来はしない。
「<ファイヤーボール>」
「<ライトボール>」
淡々と繰り返される魔法詠唱、だが両者の違いは、次第に結果として表れ始める。
「なぁ、あっちの男子生徒の<ファイヤーボール>、なんかブレまくってないか?」
「そうだな、一応的には当たっているが正確性が大分乱れて来たと言うか、魔法が荒くなって来たというか。
対する女子生徒の方は威力、正確性共に最初から全く変わらない、まさに正確無比と言った感じだな」
それは互いの魔法行使が四十五発を迎えた時であった。
「ハァ、ハァ、認めましょう、あなたの魔法練度が私に匹敵するものだという事を。あなたが私に向けた侮辱的発言はその実力を以って水に流す事としましょう」
「それはありがとうございます。お褒めいただき恐縮です。<ライトボール>
さぁ、お次はカーベル様の番ですよ?」
「「「「・・・・・・」」」」
忖度、それは貴族社会においてごくごく自然に行われる常識的な行い。身分の低い者は身分の高い者の気持ちや立場を
貴族社会とは王家を頂点とした縦社会であり、身分は絶対。身分の低い者は身分の高い者には決して逆らわず、その顔色を窺い日々生活していく。
それはたとえ貴族同士の力試しの場であろうとも変わらない、それが高位の者から強制された勝負であったからとて、高位の者が下位の者を褒め称える、それは即ち和睦の申し入れであり下位の者から勝負を取り下げる事で勝負自体がなかった事となるというのが通例である。
「わ、分かっている。<ファイヤーボール>」
“ビュ~~~~~、バンッ”
勝負開始当初に比べ明らかに勢いの衰えた<ファイヤーボール>。
「<ライトボール>」
“ビューーーー、バシンッ”
片や全くと言っていいほど変化を見せない<ライトボール>。どちらが優れているのかなどすでに明白。
「ハァ、ハァ、ハァ、<ファイヤーボール>」
“ビュ~~~~~、バンッ”
「<ライトボール>」
“ビューーーー、バシンッ”
続けられる魔法勝負、明らかに集中を欠いた<ファイヤーボール>は最早ただ撃たれているだけといったものであり、術者のカーベルはフラフラと身体を揺らし、立っているだけで精いっぱいといった様子であった。
「五十二発、最早魔力枯渇寸前と言ったところでしょうか。学園入学したての新入生としては十分優秀かと、自らに絶対の自信をお持ちであった事も頷けます。
ですがこれが結果です。<ファイヤーボール>と言う魔法がどういったものであるのかと言った魔法に対する理解、込める魔力、標的に対する明確な意識。そうしたものが揃う事でより無駄のない魔法行使を実現出来る。
ただ力任せに詠唱をするだけではない研鑽こそが、魔法をより高みに引き上げる事に繋がる」
“スッ”
向けられた右手、フィリーの意識が的の一点に向け収束する。
「<ライトボール><ライトボール><ライトボール><ライトボール><ライトボール><ライトボール><ライトボール><ライトボール><ライトボール><ライトボール><ライトボール><ライトボール><ライトボール><ライトボール><ライトボール>」
“バシュバシュバシュバシュバシュバシュバシュバシュバシュバシュバシュバシュバシュバシュバシュ、ドドドドドドドドドドドドドドドーーーン”
“ドサッ”
激しい爆発音が広がる魔法訓練場、目の前の光景に虚ろな瞳を向けながらその場にへたり込むカーベル。
「“魔法使いは魔力が尽きればただのお荷物”、これは騎士団の中で魔法師団を揶揄して言われる言葉だとか。ですがその事はある意味真実であるという事を現在のカーベル様は体現なさっている。
魔法とは確かに魔力を使った魔法現象であり一見体力とは関係ない様に思われているかもしれません。ですがそれは大きな間違いです。
長時間の移動、そして戦闘、魔法の行使が必要とされる場面とは常にギリギリの状態での戦場。そんな場面で冷静かつ正確な魔法の行使を行うには心と身体の強さが必要不可欠。
体力のないお飾り魔法使いに命を預ける?馬鹿も休み休み言ってください。
話は以上です、それでは私はこれで」
フィリーはカーベルにそれだけを告げると、その場を後に「フィリーちゃん、凄いです!!私感動しちゃいました。どうか私たちに指導を付けてくれませんか?」・・・。
「・・・まぁ構いませんけど、先ずは基礎体力作りからですよ?今の状態で魔法の指導を行っても大して役には立ちませんから」
「はい、よろしくお願いします!!カーベル様、一緒に頑張りましょうね?」(花の様な笑顔)
「「「「「(コエ~~~~、あの娘コエ~~~~。瀕死のカーベル君を地獄に叩き落しやがった!!)」」」」」
その後ドン引きのオーディエンス(ラビアナ嬢を含む)をよそに繰り広げられる魔法の特訓(基礎体力作り)に、その場の者たちが顔を引き攣らせ身を震わせたのは言うまでもない事なのであった。
本日一話目です。