王都学園の新年度が始まり一週間が過ぎた。
この国の一週間は六日、それぞれに光の日、火の日、土の日、水の日、風の日、闇の日の曜日区分があり、在りし日の世界のように全体の休みと言った日曜日的なものはないが、学園と呼ばれる学び舎では闇の日を休日としている。
一月は五週間、三十日で一月と言った計算で、一年は十二カ月である。
因みに一日は二十四時間、一時間は六十分、一分は六十秒。この時間区分は貴族や学者が使う概念となり、まず間違いなく転生者の仕業と思われる。
もっとも田舎の村人は“時間”なんてこじゃれた物言いはせず、“日が真上に来る頃”とか“日の落ちる前”とか“堅パンが焼けるくらい”とかいった言い回しをする。だって時計なんかないんだもん、そんなもの知りようがないじゃん。
これが鐘楼付きの教会がある様な都会だと“朝の鐘”や“昼の鐘”や夕方の鐘”といった感じか、商人あたりなら“一の鐘・二の鐘・三の鐘・四の鐘”とかいう言い回しになったりも。
何が言いたいのかといえば時間というものはいつの間にか過ぎていくということ。
そう、時間は過ぎていく。選択授業の履修科目登録手続きが終わり、今週からは本格的な授業が始まる事となる。
「・・・八名ですか」
「はい、ビーン・ネイチャーマン先生の“便利な生活魔法活用術講座”は光の日の午前二限目の受講生が六名、水の日の午後三限目の受講生が二名となります」
事務所の事務職員から各授業の受講生徒表を渡され、何とも言えない表情になる私。事務職員は授業内容が“生活魔法”に関するものであるにもかかわらずこうして受講希望者がいたという事に驚いていた様だが、それは私も同じ事。最悪受講生ゼロでも致し方ないと思っていただけに、八名もの生徒を相手にする事に些か動揺を隠し得ない。
「しかし光の日の六名の生徒さんは新入生が中心ですからまだ分かりますが、水の日の生徒さんは三年生ですよね。授業を受け持つ私がこんなことを言っては申し訳ないのですが、本当によろしいのでしょうか?
三年生と言えば将来を決める大事な時期、より実践的な講義や社交に力を入れなければいけないとも思うんですが」
「あぁ、こちらのリリアーナさんは成績優秀な生徒さんですから、そう言ったテコ入れ的な心配は要らないんじゃないでしょうか。それとバルド・シュティンガー君はシュティンガー侯爵家の四男で卒業後は公爵家の騎士団の道に進むと公言していますし、意外にネイチャーマン先生がされるような講義をもっとも欲していたのかもしれません。
それに・・・」
私は声を潜め口元をニヤケさせる事務職員さんの様子に首を傾げます。
「実はこの二人、密かに恋の噂が。しかも両想いでありながら互いに上手く距離を縮められないという周りをやきもきさせるジレジレ展開らしいんですよ」
「・・・ほう、それは大変興味深い。ではかなり観測されている方々も?」
「はい、二人の恋路を見守る会が魔法研究部を中心に密かに」
「・・・そうですか、では私は生活魔法の共同学習を通じ生徒間の交流を図ることといたしましょう。
なに、これは元々行うはずであった授業の一環、何かの思惑があっての事ではありません。
でもそうですか~、身分の開き、立場の違い、壁は高そうですが若者には頑張っていただきたいものですね」
私は事務職員さんと固い握手を交わすと、「では授業の準備がありますので」と教務棟へと戻って行くのでした。
――――――――――
「それじゃ俺たちは行くから、終わったら学食で」
「うん、それじゃまた後でね。お裾分けを持って行くね」
「おう、ジミーも頑張れよ。目指せ“調理場の勇者”、今週からはいよいよ包丁を使った授業らしいからな、マッシュやキャロルの皮むきなら俺に任せろ!!」
基礎魔法学の授業を終え、それぞれの選択授業に向かう為別れた俺たち。ジェイクとエミリー、フィリーの三人は結局女性陣の要望で“王宮料理人が教える男性の心を掴む料理術講座”を選択、俺は“便利な生活魔法活用術講座”を選択する事とした。
「でもロナウドは良かったのか?正直ロナウドが“便利な生活魔法活用術講座”を受講するとは思わなかったんだが」
俺は第二校舎203教室に向かう道すがら、隣を歩くロナウドに声を掛けた。
「あぁ、まぁ俺の場合他に選択肢がなかったという事もあるんだがな。変に時間を持て余していてもやることもないし、人と交流する時間が増えてしまう。そうなれば自然と派閥的な集団が形成されてしまうだろう?
俺は腐っても侯爵家子息、王都で有名な三英雄。興味を示す者は多いからな。
それに牽制の為とは言え先週の基礎魔法学の時間には少々やり過ぎたようだったしな、俺たちくらいの年代はどうしても力に対して憧れを抱いてしまうし、出来る事なら自分もその力を身に付けたいと思ってしまう。
あれから何度か声を掛けられたよ、“私に魔法を教えてください”と言ったものだけどな」
そう言い肩を竦めるロナウド。それはそうだ、身近に憧れの存在、目指すべき目標がいるのなら声を掛けない訳がない。
俺やジェイク、エミリーが嘗てボビー師匠の剣技に憧れたように、その酷く実戦的な剣舞に魅せられたように。
「まぁそういう訳でこの時間帯は料理教室か生活魔法の二択だったって事さ。暇そうにしていたら誰かに捕まってしまうだろう?
それよりジミーは良かったのか?皆と一緒に料理教室に行かなくて」
「あぁ、エミリーには悪いが俺はそこまで調理に興味がなくてな。これが野営飯のようなものだったら参加したかもしれないけどな。
それにフィリーはエミリーのように常に一緒にいたいといった感じではないからな、どちらかと言えば作った料理を食べて感想が欲しいって感じじゃないのか?」
俺の言葉に口元をニヤケさせ肩を小突くロナウド。
「流石天然ジゴロ、モテモテじゃないか」
「いや、それって俺にとっては誉め言葉になってないからな?暗黒大陸で“視線でサキュバスを孕ませる男”って呼ばれていると知った時は、結構落ち込んだんだからな?
ケビンお兄ちゃんに用意して貰った地味装備が本気で命綱になるくらい、今の俺はヤバいらしいからな?
それに女性関係というか、恋愛ごと自体あまり興味がな~。俺って本気で剣術馬鹿だから。
フィリーやディアの気持ちが分からない訳じゃないんだが、俺は身体だけ大人びて中身がガキだって事なんだろうな」
思わず口から乾いた笑いが漏れる。隣ではロナウドが「悪い男がいるよ、まさに天然ジゴロ、女性の敵だよ」と大変失礼な事を、でも否定しきれないところが小憎らしい。
昔ケビンお兄ちゃんには“確りとした考えを持って真剣に心を寄せてくれる人がいる。ケビンお兄ちゃんもその思いに真剣に向き合ってもいいんじゃないのかな?”なんて偉そうなことを言った事があるけど、俺自身がケビンお兄ちゃんと同じ真似が出来るかと聞かれれば正直自信がない。
ケビンお兄ちゃん、結局アナさんとケイトさんどころかパトリシア様までお嫁さんにしちゃったんだもんな~。しかもしっかり稼いで多くの使用人を雇って。
ケビンお兄ちゃんは自身の事をただの辺境の村人なんて言うけど、そんな辺境の村人いないから、どこぞの商会主か領地持ちのお貴族様だから。
「吹けば飛ぶ様な雇われ男爵なのさ」ってどの口が言うかな、“吹けば業火が巻き起こる厄災”の間違いじゃないのかな?
“ガチャッ”
教室の扉を開く、そこには既に他の受講生徒が席に着いている。
「なぁロナウド、あの奥の席の女子生徒って入学式の日に在校生代表挨拶を行ってた第五王女殿下だよな?」
「そうだな、あまりじろじろ見ない方がいいんじゃないのか?単純に先輩だって事もあるが、やはり王族にやたら視線を向けるのは不敬に当たりかねないからな」
ロナウドに言われ、それもそうかと視線を外す。
「やぁ、君たちもこの講座を受講したんだ。俺の名はジミー、それで隣はロナウド、どうぞよろしく」
「あぁ、どうも。俺はアルジミール、隣はライオネス。君たちって先週の基礎魔法学の授業で第四王子殿下たちにガツンと決めた二人だよね?
いや~、アレは中々爽快だったよ。
“どうだ、俺たちスゲーだろ”って態度だった第四王子殿下と取り巻きがお口あんぐりで呆然としてるんだもん、正直腹筋との戦いだったわ。
それとジミー、お前って凄いのな。俺からすれば基礎魔法学の授業なんかどうでもいいからジミーから<疑似魔法ボール>の指導を受けたいって思ったくらいだよ。
アレって革命だよな、魔法適性のない者でも十分魔法戦力になるって証明しちまったんだから。やりようによっては領民の全てが魔法師団戦力になるって事だろう?そんなのヨークシャー森林国の精霊魔法と変わらないっての。国民全員魔法戦力って三度のバルカン帝国侵攻を退けるくらい目茶苦茶凄い事なんだぜ?」
こちらに顔を向け興奮気味に話すアルジミール。こいつ、結構やるな。
漏れ出る魔力の揺らぎが少ない、薄っすらと覇気の気配すら漂わせている。ケビンの実験農場にいる癒し隊三期生、ラビット戦隊のラビットレッドくらい強いんじゃないのか?
あいつ、盗賊くらいなら余裕で倒すもんな~。やっぱり森の悪魔ホーンラビットは油断ならないよな。
「なんかえらく評価してくれてありがとう。タスマイヤー先生はあまりお気に召して下さらなかった様だけどな」
そう言い苦笑する俺に、「まぁこれまでの常識に凝り固まった名門の出身者にはちょっと衝撃が大きかったんじゃないのか?」と同じく苦笑で返すアルジミール。
“ガチャリ”
教室の扉が開き、ステッキを持ったネイチャーマン先生が入って来る。俺たちはおしゃべりはここ迄と急ぎ席に着くのだった。
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「皆さんこんにちは。先週自己紹介はいたしましたが改めまして、講師のビーン・ネイチャーマンと申します。
ここにおられる皆さんは正式にこの講座を受講された方々となります。これから一年、どうぞよろしくお願いします。
それでは早速本日から本格的な生活魔法の講義を行っていきたいと思います。先ずは教本をお配りしましょう」
ネイチャーマン先生はそう言うと、教壇にマジックバックから数冊の教本を取り出し、それを俺たち一人一人に配って行くのでした。
「はい、皆さんお手元の教本をご覧ください」
ネイチャーマン先生に促されるまま手元の教本に目を向ける。
「生活魔法と応用」、著者 : ケビン・ワイルドボーイ。
「「 ケビン・ワイルドボーイ!?」」
その著者名に思わず声を上げる俺とロナウド、そんな俺たちにネイチャーマン先生はニコリと優し気な眼差しを向けて来ます。
「ハハハ、ロナウド君とジミー君は驚かれた様ですね。黙っていては気になって講義に集中できないでしょうから申し上げますが、生活魔法の教本である「生活魔法と応用」はジミー君のお兄様であるケビン・ワイルドウッド男爵様が記されたものとなります。ワイルドウッド男爵様は共同著作としようと仰って下さったのですが、生活魔法の研究において数段上をいかれるワイルドウッド男爵様の成果に私如きが名を連ねるなど、とてもではありませんが出来ません。
この教本はそれ程までに素晴らしく、生活魔法というものの概念をがらりと変えてくれるものと信じております。
ただ著作名に関してはどうしても本名は嫌だと仰られまして、何でも辺境の蛮族が書いた本と知られれば生活魔法の普及の足枷になりかねないとか。自身の名誉よりも多くの民が生活魔法により豊かな生活をおくれる事を願う、本当に高い志をお持ちでいらっしゃると敬服するばかりです。
では本日はそんなワイルドウッド男爵様が生活魔法に取り組むきっかけとなった生活魔法<ウォーター>について、より詳しくお話ししたいと思います」
““ケビンお兄ちゃん、一体何やってるのさ!?””
俺とロナウドは思わぬところから現れた兄ケビン・ワイルドウッドの名前に、唯々呆然とせざるを得ないのでした。
本日二話目です。
お正月飾りって今日までにするらしいよ?
31日だと一夜飾りって言って縁起が悪いんだと。
お仕事の方は頑張って。
いってらっしゃい。
by@aozora