「まず生活魔法<ウォーター>ですが、この講義では敢えて水属性生活魔法<ウォーター>と呼ばせて頂きます。
この世界に数多く存在する生活魔法ですが、幾つかの分類に分ける事が出来ます」
“カツカツカツカツカツッ”
「火・土・水・風・光・闇、そしてそれらの分類ではうまく分ける事の出来ないもの。
こうした分類については先の講義でお話ししていきたいと思います。今は生活魔法も属性魔法のように分類できるのだといった程度に覚えておいてください。
本日お話する生活魔法<ウォーター>は水属性の分類、水属性生活魔法となります。
ではこの生活魔法<ウォーター>と水属性魔法<ウォーターボール>、最大の違いは何だと思いますか?
え~、前の席のアルジミール君」
突然の問い掛けに、しばし首を傾げるアルジミール君。
「えっと、攻撃力でしょうか?」
「う~ん、なるほど。確かに生活魔法<ウォーター>はしょぼいですからね、攻撃力皆無の魔法と戦闘に使える魔法、その様な解釈が一般的なのかもしれません。
生活魔法という名称自体、“属性魔法に分類されない生活に便利な魔法”と言う意味であるといった説があるくらいですから、アルジミール君の回答も間違いではないでしょう。
ではお隣のライオネス君、君はどう考えますか?」
「え~っと、飲めるか飲めないか、でしょうか?」
ライオネス君の回答に、プッと噴き出すアルジミール君と第五王女殿下のお付きの方。あの方のお名前は、ヘレン・ペイランド。ペイランド伯爵家の次女で、第五王女殿下の幼少期からのご友人でしたか。
まぁ高貴なる方々には身元確かなご友人を作る必要がありますからね。第四王子殿下もそうですが、高貴なる方々は庶民には計り知れない苦労がおありなのでしょう。
「はい、ありがとうございます。先程ライオネス君が言われた通り、“飲めるか飲めないか”が最大の違いになります。
ライオネス君、お見事です。
では具体的にそれがどういった事であるのか、分かり易く言えば“水属性生活魔法は魔力を使って水を生成し、水属性魔法は魔力で魔法現象を引き起こしている”という様に述べる事が出来るのです」
“カツカツカツカツッ”
教室に響く白墨の音、この時点で既に“コイツ何言ってんの?”という顔になるアルジミール君とヘレン嬢。
うん、この二人は気が合いそうですね、何か実験する時は一緒にやらせてみましょう。
私は手提げカバン型マジックバックから大きめの盥と水桶を取り出し、教壇の脇に並べます。
「それではヘレン嬢とアルジミール君、前に出て来てもらえますか?
お二人は先週お話しした冒険者の工夫という話を覚えていますか?」
「はい、確か生活魔法<ウォーター>を詠唱する時に、“一杯の”の部分を“鍋一杯”にすることで必要量の水を生成できるっていう話ですよね?
寮に帰ってからやってみましたんで、よく覚えてます」
「私も同様に試してみましたけど、アレには正直驚きました」
「そうですか。聞いた話を鵜呑みにする事なく、自ら試し検証する、これは研究者に限らず生きる上で必要とされる資質です。
お二人は大変すばらしい。
ではこの水桶に同様に水を作って貰えますか?生成した水はこちらの盥桶に入れてください」
私の言葉に従いそれぞれ水桶に生活魔法<ウォーター>で水を作り出すアルジミール君とヘレン嬢。それは二人が二杯目の水を作り出そうとした時に起こりました。
「「“大いなる神よ、我に水桶一杯の潤いを与えたまえ、ウォーター”」」
「・・・ネイチャーマン先生、水が生成できません」
「私もです。特に魔力枯渇を起こしたといった訳ではないのですが・・・」
そう言い首を捻る両者。この光景にジミー以外の受講生も疑問符を浮かべます。
「はい、どうもありがとうございます。席に戻っていただいて結構です。ではこの現象の説明の前に、ロナウド君、ロナウド君は水属性中級魔法の<ウォーターウォール>を使う事が出来ますか?」
「はい、水属性特化型魔導士ですので」
「では教壇の脇に小型の<ウォーターウォール>を作って貰えますか?」
「はい、分かりました。“大いなる神よ、我を厄災から守り給え、ウォーターウォール”」
ロナウド君の魔法詠唱の後、教壇脇に現れる小型の<ウォーターウォール>。その様子に私は満足気に頷き、講義を続けます。
「先程アルジミール君とヘレン嬢に水属性生活魔法<ウォーター>で水桶二杯分の水を生成して貰いました。ですが続いての水生成を行う事は出来なかった。
アルジミール君とヘレン嬢の魔力が尽きたからでしょうか?
そうではないという事はお二人の口から述べられてましたね?
では何故か、それがこの場、203教室内に再び水桶一杯分の水を生成できるほどの材料、水分がなかったからです。
お気付きかどうかは分かりませんが、先程から教室が乾燥しているように感じられませんでしたでしょうか?
これは初日の講義でお話しした濡れた手拭いを乾かす方法の原理となります。なぜ濡れた手拭いは生活魔法<ウォーター>の詠唱で乾燥した状態になったのか、それはその際に作り出した水の材料が濡れた手拭いの水分であったからです」
私はマジックバッグから手拭いと木の枝を取り出し、手拭いを盥桶の水にぬらしてから生活魔法<ウォーター>を唱えます。
“ビシャッ、パンッ”
「この様に濡れた手拭いの水分は取り除かれ乾いた状態に、水は盥桶に」
今度は木の枝を掴み、生活魔法<ウォーター>を唱えます。
“ピシャッ”
「木から伐採したばかりの枝から水分を抜けば、乾燥した薪として使う事も出来ます。
この事は教本の水属性生活魔法のページでも扱っていますので、帰ってからでも一度目を通してみてください。
では話が戻りますが、アルジミール君とヘレン嬢の作り出した水の素は何処から来たのでしょう?
フレアリーズ第五王女殿下、いかがですか?」
「はい、ネイチャーマン先生。私は生徒と言う立場ですので、私の事はフレアリーズとお呼びください。
それと先程の質問ですが、その前にネイチャーマン先生は“教室が乾燥している”と仰られていました。つまりその盥桶の水はこの教室の水分を素にしているという事なのではないでしょうか?」
そう言い真剣な瞳を向けるフレアリーズ第五王女殿下。
勉強熱心なのは分かりましたからその期待の籠った瞳はおやめください。それと呼び捨てはちょっと、せめて殿下は付けさせてください。
「はい、ありがとうございます、フレアリーズ殿下。殿下の仰られた通り、この盥桶の水はこの203教室の空気中に含まれる水分から生成されたものとなります。
ですがここで皆さんは不思議には思いませんでしたか?先ほどからずっとロナウド君が作り出した状態にある<ウォーターウォール>の存在に。
この教室の水分はこの盥桶に集められてしまっているにもかかわらず、これ程大きな水の塊が存在しているという事に。
ロナウド君、同じ大きさの<ウォーターウォール>をもう一つ作る事は可能ですか?」
「はい、問題なく。“大いなる神よ、我を厄災から守り給え、ウォーターウォール”」
ロナウド君の魔法詠唱により姿を現す<ウォーターウォール>。その様子をポカンと眺めるアルジミール君とヘレン嬢。なにか分数の掛け算で引っ掛かってしまっている小学生みたいで、大変微笑ましい。
二人共、頑張れ、ここが正念場だぞ!!
「はい、ロナウド君、どうもありがとうございました。消してもらって結構です」
私がそう言うやスッと姿を消す二枚の<ウォーターウォール>。ここまでくれば分かってもらえるでしょうか?
「では話を最初の質問に戻します。
生活魔法<ウォーター>と水属性魔法<ウォーターボール>、最大の違いは何か。それに対しライオネス君は“飲めるか飲めないか”と答えました。
この回答は即ち生活魔法<ウォーター>は水を作り出す魔法であり、水属性魔法<ウォーターボール>は水の特性を持った魔法現象を作り出す魔法であると答えている事になるのです。
生活魔法<ウォーター>はその素となる水分がなければ発動させることが出来ません。これは先程の実験でも明らかですが、エイジアン大陸中央部にあるローレライ大砂漠地帯では生活魔法<ウォーター>を使う事が出来ないという話があるくらい、一部の商人や冒険者の中では有名な話となります。
彼らは実体験の中でその事実に気が付いたのでしょう。
この事は逆に言えば川辺や湖のある場所ではいくらでも生活魔法<ウォーター>で水を生成できるという事になります。
「生活魔法と応用」の著者ケビン・ワイルドウッド男爵は、幼少期に体験的にこの事実に気が付き、水辺での魔法訓練に励んでいたのだそうです。
ワイルドウッド男爵は仰られていました、「生活魔法には無限の可能性がある」と」
私はそこで言葉を切ると、窓辺に向かい窓を開きます。
「少々教室の空気が乾燥し過ぎてしまった様ですので換気いたしましょう。外の空気は確りと水分を含んでいますので、これでのどが痛くなるような事もないでしょう。
それと一つ、先程の質問にアルジミール君は二つの魔法の違いを“攻撃力”と答えました。その回答に私はそれが世間一般の認識であると返答しました。
ですが本当に生活魔法には属性魔法並みの攻撃力はないのでしょうか?
その回答の一つは先週の基礎魔法学の授業でジミー君が見せた<疑似魔法ボール>です。
生活魔法の定義が“属性魔法に分類されない生活に便利な魔法”とするのなら、ジミー君が作り出した<疑似魔法ボール>も立派な生活魔法と言えるのではないでしょうか?」
そう言い右手に<疑似ウォーターボール>を作り出す私。
「この<疑似魔法ボール>の作り方はワイルドウッド男爵に教わったのですが、その発想には本当に驚かされたものです。
それとこんな魔法の使い方も教わりました」
私は<疑似ウォーターボール>を持った右手を窓の外に向け、校庭の木々に目を向けます。受講生たちはそんな私の様子を訝しむも、興味深げに立ち上がりました。
「<ウォータージェット>」
“ピシュン”
宙を走る一条の閃光、何が起きたのかといった顔をした受講生たちの中、ジミーだけは驚きに目を見開く。(*メガネ装備の為表情は分かりません)
“バサッ”
落下する木の枝に、私が何かをしたのだと分かり、驚きの声を上げる受講生たち。
「この様に生活魔法にも攻撃に使えるような魔法は存在します。詳しい事は話せませんが、そうしたものがあるという事だけは覚えておいてください。
では引き続き水属性生活魔法<ウォーター>についてお話ししましょう」
そういい話を続ける私を、何故かドン引きと言った表情で見詰める受講生たちなのでありました。(解せん)
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「ネイチャーマン先生、少々よろしいでしょうか?」
講義が終わり教室を出た私に声を掛けて来たのは、案の定ジミーでした。
それは気になりますよね、自身の兄と王都学園の講師が知り合いだと聞かされ、尚且つかなり深い付き合いだと分かれば。
「えぇ、構いませんが、お話は教務棟の教務室でお聞きするという事でよろしいでしょうか?」
私の返答に大きく頷くジミーとロナウド君、それとフレアリーズ殿下。
「えっ、フレアリーズ殿下もお越しになられるのですか?」
「はい。私《わたくし》、ネイチャーマン先生の講義に大変感銘を受けまして、是非お話をお聞かせ願いたく」
そう言いキラキラした眼差しを向けるフレアリーズ殿下。
クッ、正直お帰り願いたい。お付きの方、この王女殿下を持ち帰って下さいませんでしょうか!!
「そうですか、ではみなさん、教務室の方へお越しください。新棟の方ではなく木造の臨時棟になりますのでお間違えないようにお願いします」
そう言うと私は彼らを伴い教務棟へと向かうのでした。
ヘレン嬢、あなたは強制です。この王女殿下をちゃんと見張っておいてください!!
本日一話目です。