「へ~、この学園ってこんな場所があったんだ」
春の風が吹き抜ける周囲を木々に囲まれた落ち着いた雰囲気の場所、そんな所にポツンと建つ一軒の木造二階建ての建物。
「ここは先程通り過ぎた教務棟を建て替える際に、臨時の教務棟として使われていた建物なんですよ。私は今年就任したばかりの臨時講師ですからね、こうして教務室を与えていただけるだけでもありがたい事です」
そう言いにこやかな笑みを湛えたまま前を行くネイチャーマン先生。
「でも何かすみません、こんな大勢で押し掛けて」
「ハハハ、構いませんよ。多くの生徒が生活魔法に興味を持っていただけることは、講師冥利に尽きますから」
ジェイクが恐縮したように頭を下げるも、ネイチャーマン先生は手を振り笑って言葉を返す。
“まぁ確かに突然大勢で押し掛けるのも問題か”
俺は自身の行動が少し軽率であったかと、気まずげに頭を掻く。
「ネイチャーマン先生、少々よろしいでしょうか?」
二回目となる“便利な生活魔法活用術講座”の講義、それは思いのほか本格的で魔法に対する深い造詣を求められるような内容のものであった。
講義内容は要約すれば“生活魔法<ウォーター>は応用が利いてとっても便利”の一言で済むのだが、そこに至るまでの論理的解釈とその証明をただの知識ではなく分かり易い実験と共に解説してくれる、これまで魔法の授業というものを碌に受けた事のない俺でも思わず引き込まれてしまう程、高度でありながら分かり易いものであった。
ただ驚いたのはその点ばかりではない、この生活魔法講座の教本を作ったのがケビンお兄ちゃんだったという事、講師のビーン・ネイチャーマン先生が、ケビンお兄ちゃんと非常に親しい間柄であり、かつ尊敬しているという事。
あのマルセル村に引き籠る事を公言しているケビンお兄ちゃんに親しい友人的な人が?と言うか生活魔法を手解きしている?<魔力纏い>や<覇気習得法>を村の最重要秘匿事項としているケビンお兄ちゃんが?
ビーン・ネイチャーマン先生の生活魔法に対する深い造詣といい、不可解極まりない。
そんな疑問を解消すべく講義の終わったネイチャーマン先生にお話を聞こうとした俺に、ネイチャーマン先生は“疑問に思うのも当然ですね”と言った仕草で「お話は教務棟の教務室でお聞きするという事でよろしいでしょうか?」と誘いの言葉を掛けてくれたのだった。
「うわ~、なんかいい雰囲気の建物、私こっちのほうが落ち着く~」
「そうですね。私達マルセル村の者にとってはこういった雰囲気の方が。なにかシルビア師匠の魔法授業を思い出しますね。シルビア師匠、ボビー師匠と上手くやってるんでしょうか?」
だがそこに次々と増える同行者。初めにネイチャーマン先生に声を掛けた俺とロナウド、いつの間にか背後から参加していたフレアリーズ第五王女殿下とお付きのヘレンさん。教務棟に移動中の俺たちの姿を見つけて合流したジェイクたち。
少々申し訳ない気持ちになってしまったのは致し方のない事だろう。
「はい、こちらが臨時教務棟になります。私はこの建物二階の一室を教務室として使わせてもらっているのですが・・・少々お待ちください」
ネイチャーマン先生はそう言うや手持ちカバン型マジックバッグから長さ三メート程の丸棒を取り出し、周囲をキョロキョロし始めるのだった。
「ハイ、ハイ、ハイ、ハイ」
掛け声と共に棒の先端の黒い部分で周囲を
“バスバスバスバス、ビビビビビビッ、ブブブブブッ、バウンッ”
途端飛び出す複数のアロー魔法、雷のような閃光、周囲を揺らす怪音、空間全体に広がる魔力波動。
「はい、これで大丈夫ですね。それでは向かいましょう」
そう言い手持ちカバン型マジックバッグに丸棒を仕舞うと、建物の中に進んで行くネイチャーマン先生。
「「「「イヤイヤイヤイヤ、今サラッと罠解除してましたよね?ここって本当に教務棟なんですか?」」」」
堪らずツッコミを入れるジェイクたちとロナウド。
「あ~、これですか。実はこの建物はあちらの立派な教務棟が完成した後しばらく使われていなかったんですが、皆さんもよくご存じの魔法講師のシルビーナ先生が、「ならば私に使わせて欲しい」と言ってほぼ一人で独占していたんですよ。
それでも部屋はあまっていましたんで私が使わせていただく事になったのですが、シルビーナ先生が防犯のために仕掛けていたトラップを私が解除してしまって以来、度々こうした悪戯をですね。
まぁ私が学園の教務棟とはそういうものなのかと思って同様に仕掛けておいたトラップに、シルビーナ先生が掛かってしまったのが切っ掛けかもしれませんが」
そう言い頭を掻くネイチャーマン先生。
“““““・・・一体何をやっているんだこの学園の教師陣は!!”””””
俺たちの心が一つになったのは言うまでもないだろう。
“ガチャッ”
「こちらが私の教務室になります。どうぞお入りください」
開かれた扉、入った部屋の中に広がっていたものは。
「「かわいい~~~♪」」
グラスウルフ、ラクーン、ホーンラビット。それはいつか見たモフモフ天国の光景。
「ネ、ネイチャーマン先生、これは・・・」
「あぁ、それですか。それはぬいぐるみ工房モフモフマミー店主ポーラ・キムーラ氏の最新作、ビッグスライムクッションですね。
どさりと腰掛けてスライムに包まれるもよし、ギュッと抱き締めて横になるもよし、使い方は様々。“ぬいぐるみとはただ愛でるだけのものにあらず、生活に密着し、より身近に”、これまでにないぬいぐるみの新たな可能性、それがこのビッグスライムクッション。
抱き締めた際、如何にスライムらしさを表現するのか。中に詰められている素材の選定には相当に苦労なさったと伺っています」
“ボスンッ、ガシッ、エヘヘへ”
スライムクッションに飛び込み抱き付いたかと思うと、“王族とは思えないそれって人前で見せて大丈夫?”と言った笑みを浮かべ愉悦に浸るフレアリーズ第五王女殿下。お付きのヘレン嬢が殿下の身を庇うように前に立ち、俺たちに鋭い視線を送って来る。
この場の出来事は他言無用、俺たちは何も見ていないし聞いていない、そういう事なのだろう。
「え~、うん。ヘレンさん、そちらのスライムクッションはフレアリーズ殿下に差し上げますので、マジックバッグがあるようでしたら収納してしまってください」
ネイチャーマン先生の言葉にフレアリーズ第五王女殿下から無言でスライムクッションを引き剥がし、手持ちのポーチに仕舞い込むヘレン嬢。どうやらあのポーチ、マジックバッグになっているらしい。
以前マルセル村の元魔道具職人であるマルコさんが「小型のマジックバッグを作る事は非常に難しく、極一部の一流職人にしか作る事が出来ない」と言っていたのを聞いた事がある。そうして作られた品はどれも高級品で、庶民では決して手にする事が出来ないとも。
そうしたものを普通の女子生徒が平然と持ち歩く、やはり王都学園という場所はそれだけ特殊で特別な学園という事なのだろう。王女殿下のお付きの者が普通というのも疑問ではあるのだが。
「あ~ん、ヘレン~、私の、私のスライムちゃんが~~~!!」
「フレア、いい加減にしなさい!!スライムはもう卒業っていつも言っているでしょう、いつまでも子供気分でいないの、あなたは第五王女なのよ、立場というものを弁えなさい!!」
ヘレン嬢に叱られシュンとするフレアリーズ殿下。確かに王族がスライムで遊ぶというのは問題となるのか?
王族とは力の象徴、対してスライムは最弱の象徴。幼少期ならいざ知らず、大人になった王女がスライムをかわいがるのは対外的によろしくない。
政治的理由でスライムをかわいがることも出来ない、王女と言う立場も大概不自由と言う事か。
「大体スライムのどこがいいというのですか、あんなただいるだけの役立たず、下水道で増えまくって問題ばかり起こす。あんな魔物いない方がいいんです!!」
興奮し語気を強めるヘレン嬢。これが貴族令嬢の一般的なスライムに対する認識、マルセル村と一般社会との認識の違いというものをまざまざと感じさせる一幕。
「ジミー、スライムがただいるだけの役立たずだって」
「まぁ世間一般の認識は子供でも倒せる最弱の最下級魔物だからな。そう思っても仕方がない」
「「「「「知らないって幸せな事なんだな~」」」」」
俺たちは未だ説教を続けるヘレン嬢を、どこか生暖かい目で見つめ続けるのだった。
「まぁまぁヘレンさん、フレアリーズ殿下も反省なさっておられますしその辺で。飲み物を用意いたしますのでそちらのテーブルにお座りください」
そう言い長テーブルに着座を勧めるネイチャーマン先生。まだ言い足りないのかぶつぶつ言いつつも席に着くヘレン嬢としゅんとするフレアリーズ殿下。おそらくこの二人は日頃からこんなやり取りをしているのだろう。数時間も経たないうちにケロッとした表情で同様の行動を取るフレアリーズ殿下の姿が目に浮かぶ。
“ジョロジョロジョロ、コトッ”
ポットからティーカップに注がれる薄緑色をした液体、室内に広がるカモネールの香り。
「これはカモネールを主体にブレンドしたハーブティーですね。お口に合うといいのですが、どうぞお召し上がりください」
そう言い出されたハーブティーに手を伸ばし口を付ける俺たち。口腔に広がる爽やかな味わいが、心をホッと落ち着けてくれる。
そんな中約一名、驚きの表情を浮かべるヘレン嬢。
「えっ、ネイチャーマン先生、今どうやってこのハーブティーを淹れられたのですか?この部屋にはお湯を沸かすような魔道具は見当たらないのですが」
“““““!?”””””
言われて初めて気が付く事実、マルセル村では当たり前になっていて全く気にも留めなかったが、お茶を飲む際にはお湯を沸かすという当然の行為。普通の人間はケビンお兄ちゃんや俺たちみたいに行き成りお湯を出す事など出来ないのだという事を。
「あぁ、これですか。これは先の講義でお話しする予定だった事柄なのですが、まぁ予習だと思って聞いて下さい」
ネイチャーマン先生はそう言うと、先ほどお茶の準備をしていた部屋の隅から蓋付きの壷を持って来るのだった。
「先程の生活魔法の講義でもお話ししましたが、室内における水の生成には限度というものがあります。時期や気象条件にもよりますが、先程の203教室程であれば水桶二杯から三杯、この教務室であればこのポット一杯程度が精々でしょう。
しかもこの室内での水生成には一つの欠点がある、それは部屋の中の空気が非常に乾燥してしまうという事。
冬場の乾燥した空気を思い浮かべてみてください。確かに肌にべとつきがなく爽やかに過ごせる面もあるでしょうが、肌荒れやのどの痛みの原因にもなる。そうした状態では簡単に風邪を引いたりしてしまいますよね?
ですので予め使用する分の水をこうした蓋付きの壷に用意しておくのが、日常生活で生活魔法<ウォーター>を使用する上での工夫となります」
そう言い壺の蓋を開け、中身を見せるネイチャーマン先生。
「これは出来ればという話になりますが、こうして汲み置きしておく場合の水は魔力水であることが望ましいです。魔力水は通常の井戸水に比べ腐りにくく悪くなりにくいという事は調合や調薬に関わる人間にとっては常識的知識となります。
魔力水に関してはいずれ講義でお話ししていきましょう。
今はこのポットに注ぎ入れたお湯をいかに用意したのかと言ったことについてですね。結果を先に言えば生活魔法<ウォーター>で作り出したというだけなのですが。
これは生活魔法と属性魔法との違いともなるのですが、属性魔法はその結果や威力が大きい分、生み出される結果に違いが起きづらいといった特徴があります。
その魔法の理解度、習熟度の違いによって威力は異なったりしますが、齎される結果、求める現象はほぼ同じと言っていい。
その点生活魔法はかなりの自由度がある、工夫のし甲斐があると言ってもいい。
その一つが温度です。
皆さんは生活魔法で作り出される水の温度というものを気にされた事がありますか?私はこの点がずっと不思議でした。
生活魔法で生成される水が周囲の空気中に漂う水分であるのなら、夏場は温く、冬場は冷たい水が生成されなければおかしいのではないのかと。
ですが結果はそうではない、作り出される水は冷たくもなく温かくもない、所謂常温水と呼ばれるものです。
ですがこれは冬場の井戸水よりも温かい水を作り出せるとも言える。
であるのならばより温かい水もより冷たい水も作る事が可能なのではないかと。
幾度となく行った実験の結果、それは可能であるという事が分かった、要は無意識下の水はこれくらいの温度であるという思い込み、生活魔法<ウォーター>の詠唱には、水の温度設定までは組み込まれていなかったという事です。
であれば設定してやればいい。詠唱呪文に直すとこうなります。
“大いなる神よ、我に一杯の熱湯を与えたまえ、ウォーター”、もしくは“大いなる神よ、我に一杯の潤いを与えたまえ、ボイルドウォーター”。
こうした詠唱呪文の改変についても、いずれ講義の中でお話ししていきましょう」
ネイチャーマン先生はそう言い話を区切ると、壺に蓋をしてこの話はお終いとばかりに部屋の隅の棚に片しに行くのでした。
本日二話目です。
本年はご愛読いただきありがとうございました。
来年もがんばって掲載は続けてまいりますので、何卒宜しくお願い致します。
皆様にとって素晴らしい年が迎えられます事を、心よりお祈りいたします。
by@aozora