“ドサッ”
王都学園の武術訓練場、多くの生徒たちが剣を交え己の技量を高めんと日々汗を流すそこで行われた大剣聖クルーガル・ウォーレン様による特別授業。
新入生たちが固唾をのんで見守る中、ウォーレン様と直接剣を交えるという栄誉を給わった俺とジミー。
「ジェイク、先手は俺でいいよな?さっきは止めを譲ったんだ、いいよな?」
半ば食い気味に問い質すジミーに押される形で先手を譲り見守っていた二人の対決なんですが、ジミーの奴、確り勝っちゃいまして。
前のめりに倒れる大剣聖様、「次はジェイクの番だぞ?」って言いながら満足気に下がって行くジミー。
ジミ~~~~~!!なんだよその“場の空気は温めておきました!”的な一言は。温まってねえよ、全員驚愕でドン引きしてるじゃねえか!!
大剣聖クルーガル・ウォーレン様が一介の新入生に敗北する、この現実を受け入れる事が出来ずその場に固まる新入生と教師たち。
そんな中、武術訓練場の中央でうつ伏せに倒れるウォーレン様に近付く三人の人影。
「あ~、完全に意識が断たれてますね、ジミー君の一撃が神経を遮断してしまったのでしょう。魔力の流れも乱れてますし、このままでは丸一日目覚めないものかと」
「そうだね、脊髄神経どころか背骨も亀裂骨折が広がってるし、ポーションの治療じゃ本調子になるのにもう二日くらい掛かりそうだよね。
それと疲労の蓄積やら老化による動きの阻害も起きてるみたいだし、全盛期からすれば大分衰えが見えていたのかもしれないね」
床に倒れる大剣聖を見下ろしながら冷静な分析を行うフィリーとエミリー。
「まぁそれでも他に追随を許さないくらいには強かったんじゃないのか?俺だったら精々引き分けがいいところだっただろうな。
もっともジミーもウォーレン様も互いに制約を課した上での本気だったみたいだがな。二人が全力でぶつかったら<魔纏い>や<覇気>の影響だけで武術訓練場が崩壊してただろうからな。
互いに周りに気を使える戦闘狂で助かったよ」
そう言い肩を竦めるロナウド。あの三人、ウォーレン様に一体何の用があるんだろうか?
「それじゃ始めようか?フィリーとロナウド君はウォーレン様の両腕を押さえておいてね」
“フゥ~~~~~~ッ”
うつ伏せのまま気を失い、フィリーとロナウドにより両腕をガッシリと押さえ付けられた状態の大剣聖様。エミリーはそんな大剣聖様に跨るように立つと、その背中を見下ろしながら深く息を吐く。
“ハイッ、ドドドドドドドドドド”
打ち下ろされたエミリーの拳、その光景にただでさえ状況について行けていない者たちはパニックに陥る。
エミリーの拳は背中のみならず臀部や膝や肘、側頭部や足首手首に至るまで入念に振り下ろされる。
殴られるたびにビクンビクン跳ねる大剣聖様のお姿に、悲鳴を上げ気を失う多くの女子生徒たち。
「次は仰向けだよ、フィリー、ロナウド君、お願いね」
柔らかく可愛らしいエミリーの指示に従い大剣聖様をひっくり返す二人。この場の者たちには、最早この三人の姿は地獄の処刑人としか映っていないであろう。
“ヤァッ、ドドドドドドドドドド”
大剣聖様の口から飛び散る赤い液体、頬に飛ぶそれを気に止める事無く笑顔で拳を振るうエミリー。
“ドゴンッ”
一際大きく振り下ろされた拳、腹部に大きくめり込んだそれは、まるで大地に突き立てられた神の鉄槌。
“グホッ、ビシャッ”
大きく目を見開き口から盛大に血を噴き出す大剣聖様、その赤黒い液体を全身に浴びながら「うん、これで大丈夫。ジェイク君、準備はバッチリだよ♪」と俺に対し花の様な笑顔を向けるエミリー。
「“大いなる神よ、その慈悲を以って一切の汚れを浄化せん、クリーン”」
フィリーが唱える光属性初級魔法<クリーン>により、周囲に飛び散った暴虐の痕跡の一切が消え去って行く。
「ウッ、私はいったい・・・」
ムクリと起き上がり周囲に顔を向ける大剣聖様。いまだ現状が理解出来ていないのか、戸惑いの表情が見て取れる。
「大剣聖様、お身体の状態はいかがでしょうか?先程男子生徒ジミーと剣を交え倒れられた時は、驚きで胸が締め付けられる思いでございました。
幸い私とこちらのフィリーは光属性の魔法適性を授かり領地にて治癒術師に手ほどきを受けて来ていた為応急処置を行う事が出来ましたが、経験の浅い未熟者、後程学園の治癒術師によく検査していただけますようお願い申し上げます」
そう言い深々と頭を下げるエミリーたち三人、そんな彼らに「世話を掛けたようであるな、感謝申し上げる」と頭を下げ礼の言葉を述べる大剣聖様。
「「「それでは失礼いたします」」」
一礼の後その場を下がる三人、生徒たちの間に戻って来た彼らから一斉に身を引く新入生たち。
うん、それは怖いよね、エミリーたちが一体何をしていたのかを理解しろって方が無理あるもんね。エミリーの二つ名が“鮮血の撲殺姫”になるのは確定だね。実際は身体の根幹から調整する治療行為なんだけどね。
アレって実際受けてみないと分からないんだよな~、自身が気付かないうちにどれだけ歪んでいたのかが良く分かるくらい、目茶苦茶調子よくなるんだよね。精神的には一度天上界にお招きされちゃうけど。(体験談)
「ふむ、素晴らしい。まるで生まれ変わったかのように身体が軽い。私はこれまで様々な治療を受けてきた、それこそ聖女様や大聖女様による治療も。
だがそのどれよりも爽快で快適、この様な体験は生まれて初めてである。
心から礼を述べよう、感謝する」
しばらく身体を動かし自身の状態を確めていた大剣聖様は、満面の笑みを浮かべた後、エミリーたちに対し頭を下げながら礼の言葉を伝えるのでした。
「さて、体調も万全であるし、ここは一つ「クルーガル先生、<勇者>ジェイクとの対戦は是非ともこの私にお任せいただきたく」・・・うむ、ラグラであるか」
声を上げたのは第四王子殿下の側近の一人、ラグラ様。確かお父上様がベイル伯爵様で元騎士団長だったんだっけ。それで長男様が近衛騎士団の班長様と。
大剣聖様は現在ベイル伯爵家に御厄介になってるって話だったかな?
うん、知っているのと知らないのとでは心構えが変わって来るね、お貴族様方が噂話を気にする訳だわ。
声を掛けられたウォーレン様は、暫しの沈黙ののち口を開かれました。
「ふむ、確かにそれも一考の余地があるか。ラグラ殿はその年代では頭一つ二つ飛び出た実力を有しておる。であれば<勇者>ジェイクの実力を測るには丁度良いのかもしれぬ。
<勇者>ジェイクよ、構わんかの?」
そう言いこちらに目を向ける大剣聖様。
助かった~~~~~、大剣聖様、ジミーと心行くまでやり合ったお陰かすっかり賢者モードになられていたようでございます。
エミリーの治療で身も心もスッキリ爽快になったのが良かったのかな?
凝り固まった身体や思考もエミリーの拳に掛かれば粉々に潰されちゃうからね、まさに“破壊と再生の拳”だよね。
「ではラグラと<勇者>ジェイクは前へ」
大剣聖様に促され武術訓練場の真ん中で対峙する俺とラグラ様。あの、大剣聖様、周囲の床がボロボロに壊れているんですけどいいんでしょうか?幾つかへこみと言うか穴も開いてるんですけど。
実戦の場は基本足下が悪いと、これくらい何の支障もないと、了解です。
「始め!!」
俺は木剣を構え対戦相手のラグラ様を・・・大剣聖様、ラグラ様が手に持ってるのって木剣じゃなくて訓練用の刃引きの剣なんですけど。
気にするな?そうですか、分かりました。
俺はこの後どうしようかと考えを巡らせつつ、ラグラ様の動きに集中するのでした。
――――――――――
俺たちは一体何を見せられているんだ。
「大剣聖の生涯を懸けた<スラッシュ>、堪能させてもらった。礼を言う」
“ドサッ”
その場に崩れ落ちる大剣聖クルーガル・ウォーレン様、そんなクルーガル先生に目もくれずその場を下がる地味な見た目の男子生徒。確かジミーといったか、魔法適性がなく初級魔法であるボール魔法すら打てない、そんな魔法の常識を力技で塗り替えた人物。あまりの常識外れに話題に出す事すらためらわれた、そんな相手。
だが今の戦いは一体何であるのか、クルーガル先生が本気ではないとは言え、そんな先生と互角どころか一本を決め打ち倒す。そんな真似が出来る者などオーランド王国中を探してもいやしない、いるはずがない。
だが現実はどうだ、目の前にはいまだ床に倒れ伏すクルーガル先生の姿。
信じられない、信じたくない。拒絶の心が思考を停止させる。
俺はただ呆然と、ピクリとも動かないクルーガル先生を見つめる事しか出来ないのだった。
今のは一体何だったんだ!?
倒れるクルーガル先生を前に身動き一つできない俺たちに代わりクルーガル先生の下に向かった三人の生徒。
クルーガル先生を治療室に運んでくれるのかと思いきや、突如始まる残虐行為。
罪人に行われる処刑の中には両手両足を鎖に繋ぎ、地面に張り付け住民たちに殴らせるという残酷なものがあると聞く。人々から多くの恨みを買った悪党の末路は、これまでの行いの揺り戻しを受けるのだと因果応報の言葉の意味を考えたものだった。
だがクルーガル先生が何をしたというのか、あれほど素晴らしい人物がなぜこのような目に。
“ハイッ、ドドドドドドドドドド”
拳が肉を叩く音が武術訓練場に響く。その惨劇を作り出した者はにこやかな笑みを湛えたまま協力者に指示を飛ばす。
「次は仰向けだよ、フィリー、ロナウド君、お願いね」
“ヤァッ、ドドドドドドドドドド”
飛び散る鮮血、クルーガル先生が打ち上げられた魚のように身を跳ねさせるも、その者は一切躊躇する事なく拳を振るう。
“ドゴンッ”
刺し貫かれた拳。
“グホッ、ビシャッ”
吐き出された赤黒い液体に、誰もがクルーガル先生の死を覚悟した。
その惨劇を作り出した張本人は、全身に浴びた鮮血もそのままに、ニコリと微笑み何やら言葉を発していた。
”あれは何だ、あれは何だ、あれは何だ、あれは何だ。分からない、分からない、分からない、分からない”
怒りや悲しみを覚える事もなく、混乱と恐怖が心を埋め尽くす。その後何事もないように立ちあがり感謝の言葉を述べるクルーガル先生の姿に、混乱は頂点に達する。
「クルーガル先生、<勇者>ジェイクとの対戦は是非ともこの私にお任せいただきたく」
その言葉は衝動であった。深い考えなど無い、ただ何かに縋りたかった。
これまで培ってきた最も信頼出来るもの、それは己の剣の道。
「家柄も、才能も、そのどれもが関係ない。己の道を信じ、ただ只管に剣を振る。その先にしか見えないものというものは必ずある、私はその事を知っている」
この言葉はクルーガル先生が教えを乞う者に対し必ず贈るとされる言葉、この話をするときのクルーガル先生は、どこか懐かしそうに遠くを見つめる。
俺にはまだその先は見えてはいない、だが信じる道を突き進むに否やはない。
「始め!!」
クルーガル先生の掛け声に剣を振るう。これまでの全てを賭して、ただ実直に。
分かっている、俺が彼らに及ばない事など。何故国王陛下が入学式の場であの様なお言葉を述べられたのか、<勇者>ジェイク、彼がどこの地方の出身なのか。
何も秘密にされている訳じゃない、調べればすぐにでも分かる事。
王都貴族の誰しもが目を背け、その事実を受け入れようとしないだけの事。
“ハッ、ブンブンブンブン”
全力で振るう剣を冷静によけ続ける<勇者>ジェイク。動きの中に緩急をつけ、虚実を交えても尚、その動きを捉える事すら出来ない。
これが<勇者>、これが“辺境の蛮族”、オーランド王国王家に敗北を認めさせた者たちの力。
遠い、遥かに遠い。
「ウォーーーーーー!!<ダブルスラッシュ>、<横薙ぎ一閃>!!」
渾身のスキル、この連続攻撃に全てを賭ける!!
“スッ”
連続した武技スキルの使用、その技後硬直に固まる俺の首筋にそっと添えられた木剣。
「そこまで、勝者、<勇者>ジェイク」
俺は弱い、誰よりも・・・。
ならばやる事は一つ、これまで以上に愚直に、ただ只管に、真っ直ぐに。
俺は剣を下ろし一礼すると、その場を下がって行く。
目の前には真顔のアルデンティア殿下と疲れた顔のカーベル、嬉しそうに瞳を輝かせるアリス嬢と市場に売られる子牛の様な顔をしたピエールの姿があるのだった。
・・・そう言えばピエール、<聖女>エミリー・ホーンラビット嬢と接触するとか言ってたんだよな、俺だと勇者に勝負を挑むとか言って。
頑張れピエール、骨は拾ってやる。
俺は戦地に向かう友を激励するように、ピエールの肩にポンと手を添えるのだった。
本日二話目です。
初夢どうでした?
一富士二鷹三茄子~♪
いってらっしゃい
by@aozora