“パラッ、パラッ、カリカリカリ、パラッ、シャカシャカシャカ”
執務机に高く積まれた決裁書類、静かな室内に紙を捲る音とペン先が走る音だけが響く。
“コンコンコン”
「失礼いたします。ヘルザー宰相閣下、ベルツシュタイン卿がお越しになられました」
扉越しに齎された部下の言葉に手元の書類から顔を上げるヘルザー宰相。ふと視線を自慢の置時計に向け、約束の時刻になっていた事に気が付きペンを置く。
「フゥ~、いつの間にか結構時間が経っていたのだな。皆ご苦労、一旦手を休め休憩に入ってくれ。
それと誰ぞ私に例のお茶を、ベルツシュタイン卿の話ともなれば何が飛び出すか分からんからな」
そう言い席を立つと、接客用のローテーブルへと場所を移すヘルザー宰相。ヘルザー宰相は部下に声を掛けると、訪れた客人を執務室へと招き入れるのだった。
「これはこれは、お忙しいところ失礼いたします。ハインリッヒ・ベルツシュタイン、ヘルザー宰相閣下にご報告があり、
部下たちが部屋を出たのと入れ違いに入室して来たベルツシュタイン卿の大仰な物言いに、碌でもない報告かと眉根を寄せるヘルザー宰相。
“コトッ、コトッ”
ローテーブルに置かれたティーカップからは爽やかな若葉の香りが漂い、その芳香だけで気持ちが穏やかになっていく。
退室する部下の姿を確認したヘルザー宰相は、自身のティーカップに口を付けてから口を開くのだった。
「して、報告と言うのはどの件についてかな?卿の様子から緊急性はないように見受けられるが」
「ハハハ、嫌だな~、そんな怖い顔をしないでくださいよ。ちょっとしたお茶目じゃないですか。
まぁ今回お伺いしたのは定時報告と言いますか、王都学園の様子をお伝えしに参ったと言ったところでしょうか。
あっ、聖茶ですね、本当にこのお茶は香りがいい。私もついつい手を伸ばしてしまうんですよ。如何せんなかなか量が手に入らないのが玉に瑕ですが。
ワイルドウッド男爵にはもう少しどうにかならないかと打診しているんですがね、職人が育つまでは難しいと言われてしまいました。何とか優先的に回してくれるように話は付けてありますけどね」
“カチャ”
そう言いローテーブルに置かれたティーカップを手に取り、唇を潤すベルツシュタイン卿。
「さて、王都学園の新年度が始まり三週間ほどですか。この間に起きた出来事についてまとめてありますので、まずはこちらの報告書をご覧ください」
“サッ”
差し出された報告書を受け取り、パラパラと目を通していくヘルザー宰相。時々ティーカップに手を伸ばしながらも、確りと内容を確認していく。
ベルツシュタイン卿はそんなヘルザー宰相の姿に目をやりつつ、優雅に聖茶を味わう。
「フゥ~、概ね想定の範囲内、いや、一部想定外の内容も含まれるが、貴族共が浮足立って騒ぎを起こす心配が減ったという事は歓迎すべき事であろう」
「そうだね~。<勇者>の入学、自分たちの勢力に<勇者>を引き込めればその発言力は他貴族を大きく凌駕する。
アルデンティア第四王子殿下の誕生に合わせ子作りに励んだ各貴族家では、この降って湧いたような機会に相当浮足立っていたみたいだからね。
可哀想なのは各家の令嬢令息だけど、その辺は貴族家の習いと思って諦めてもらうしかないかな?
学園が始まった当初はそれぞれ水面下での牽制のしあいに終始していたみたいだね。多少動きを見せていたのはバルーセン公爵家の娘だけど、彼女はもう一人の<聖女>アリス嬢に接触して後見人的立ち位置についていたかな?
周りが勇者勇者と騒いでいる隙に堅実に聖女との繋がりを作る、やり方が上手いよね。自身は既にアルデンティア殿下の婚約者候補から落選している自覚があるのか殿下との直接的な接触は避け、アリス嬢を間に挟む形での関係性を作っている点も好感が持てる。
この点だけでも自身の政治的立ち位置をしっかり理解しているという事が見て取れる。この歳でここまでできる令嬢はそうそういないよ?
本当にもったいない、ウチの孫が十年早く生まれてたら嫁に欲しいくらいだよ」
「おいおい、卿の孫はまだ二歳ではなかったか?あまり気の早いことを言っておるとウチのように息子の嫁に嫌われるぞ?」
そう言い肩を竦めるヘルザー宰相に「まだ仲直りしてなかったの?早い事謝っちゃった方がいいよ、こじれたら大変だよ~」とからかう様に言葉を添えるベルツシュタイン卿。
「そう簡単にはいかんのだよ。ウチの事はいいわ、それよりもこの報告書だ。
ロナウド・テレンザが魔法訓練場でやらかした件は、先の戦争終結の為に王城に乗り込んだあの者を見ていた私からすればさもありなんと言ったところではある。
問題はジミー・ドラゴンロード、鬼神ヘンリーの息子にしてケビン・ワイルドウッド男爵の弟。魔法訓練場での<疑似魔力ボール>については王宮でワイルドウッド男爵が実演しておったから驚くほどのものでもないが、一対一の模擬戦で大剣聖クルーガル・ウォーレンに勝ってしまうとはな。
確かこの者は<剣天>というスキル研究所の記録にもない職業を授かっていたのではなかったか?」
「そうなんだよね。実際その場を見ていた耳目の話では互いに周囲に影響が出ない様に力の加減をしていたらしいんだけど、その点を抜きにしても名勝負だったとの事だよ。
でもその後行われた<聖女>エミリー・ホーンラビット嬢の撲殺治療が衝撃的過ぎて、生徒の大半が恐慌に陥ってしまったと言っていたけどね」
愉快そうに笑いながら話すベルツシュタイン卿は、「治療なのに撲殺って意味が分からないよね」と言いながらティーカップに口を付けるのだった。
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“コンコンコン”
「失礼いたします。第四王子アルデンティア、陛下のお呼びにより参りました」
「うむ、入って来るがいい」
重厚な扉の国王執務室、両脇に控える騎士に目配せをし扉を開けさせると、一礼の後室内に入って行く。
執務室では国王ゾルバ・グラン・オーランド、王太子レブル・ウル・オーランドの二人が、アルデンティアの訪れを待っていた。
「失礼します。国王陛下のお呼びと聞き急ぎお伺いしましたが、どの様なご用件でしょうか?」
身を正し国王ゾルバの言葉を待つアルデンティア、そんな第四王子の態度に苦笑を浮かべるゾルバ国王。
「そう畏まらんでいい。アルデンティアが王都学園に入学して三週間ほどであるか、慣れぬ生活であろうがどの様に過ごしておるのか少々話を聞いてみたいと思ったまで、他意はない故楽にせよ。
いつまでもそんな所に立っておらんで、こっちに来て座るといい」
そう言い着座を勧めるゾルバ国王に、戸惑いの表情を見せるアルデンティア。
「陛下、普段あまり家族に構って来ないから。
アルデンティア、本当に気にせずともよいからな。我らはお前の学園での様子を聞きたいだけだ、その話の内容に何か言うつもりはない、ただ家族として弟の事が心配であるというだけだ。
陛下~、やはり日頃から子供たちと向き合わないと駄目ですって。
やり慣れない事をするからアルデンティアがすっかり警戒してしまっているじゃないですか」
「分かっておるわ、その為にレブルをこの場に同席させたのではないか。
我とアルデンティアだけであれば配下から報告を聞くような状況になってしまうからな。
ほれ、お主が何とかせよ」
そう言いレブル王太子に仲立ちを頼むゾルバ国王、そんな二人のやり取りにますます混乱に陥るアルデンティア。
「ん、うん、あ~、アルデンティアよ。そうであるな、先ずは日頃からあまりお前をかまってやれていない駄目な父親である事を詫びよう、すまなかった。
家族であるにもかかわらず互いの関係性が築けていないのであれば、お前が今の状況に動揺するのも無理はない。
先程我が伝えた言葉、アルデンティアの王都学園での生活の話を聞きたいという物はそのままの意味である。
アルデンティアが見た事、聞いた事、思った事。それをお前の言葉で聞いてみたいと思ったまでの事、そこに何か思惑があってのものではない。
ただ、我はあまりお前に深く接してこなかった故どう話をしたらよいのか分からなくての」
そう言い気まずげに横を向くゾルバ国王。
「アルデンティア、父上のようにはなるなよ?と言うか宰相のところも結構大変だったみたいだからな~。
何で私がその事で愚痴の様な説教の様な長話を二人から聞かされないといけないんだかが分からないんだけどな、アルデンティアが旅立ちの儀を終えたらその役目はお前に任せるから、酒の相手をしてやってくれ」
そう言い悪そうな笑みを浮かべるレブル王太子に、顔を引き攣らせるアルデンティア。
「まぁそんな話はいい。アルデンティア、着座して聞かせてくれ、お前の学園での様子やお前が感じたことを」
そう言い笑顔を向けるゾルバ国王に、何か胸の奥が温かくなるアルデンティアなのであった。
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「ふむ、なるほどの。してアルデンティアは<勇者>ジェイクをはじめとした者たちとどう接していくつもりであるのか?」
「はい、今のところ私と<勇者>ジェイクには一切の接点がありません。ですので先に接触を申し出たピエールの報告をまち、その結果次第で出方を決めようかと」
「真面目だな~、アルデンティアは。慎重なのはよいが、もう少し肩の力を抜かないと<勇者>ジェイクに警戒されてしまうぞ?
父上が学園に通われていた頃は相当にやんちゃであったらしいからな、これはヘルザー宰相に聞いた話だから事実だ。
難しく考える事はない、何も配下や側近にしなければならない訳じゃないんだ、気軽に声を掛け何気ない会話をする。友人関係の始まりなんてそんなものだ、上手く行けば儲けものくらいのつもりで挨拶を交わすところから始めたらいいと思うぞ?」
そう言い肩を竦めるレブル王太子の様子に、自身が気負い過ぎていた事に気付かされるアルデンティア。アルデンティアは兄のやさしさに感謝し、礼の言葉を返すのであった。
「レブルよ、どうみる?」
執務室からアルデンティアが退室したあと、その場に残ったゾルバ国王とレブル王太子は互いに顔を見合わせ難しそうに唸りを上げる。
「そうですね、やはり<聖女>エミリーを王家側に引き入れるのは難しいでしょう。西部地域との関係強化を考えればホーンラビット伯爵家と繋ぎを取ることはこれ以上ない手立てではありますが、<勇者>ジェイクと<聖女>エミリーとの仲を引き裂くことは得策とは思えません。
衆人環視の中での<聖女>エミリーによる治療行為、これは新入生の各貴族家子女に自分たちに手を出せばどうなるのかを強く印象付けた。
陛下が懸念した<勇者>ジェイクを巡る争いは、<聖女>エミリーが目を光らせている限り起きる事はないでしょう。
スキル<聖拳術>でしたか、殴って癒すなど意味が分からないと思っていましたが、これ程に苛烈なものであったとは。陛下は<聖女>エミリーの治療を受けたいとお思いになりますか?私は遠慮したいものですが」
そう言い言葉を向けるレブル王太子に顔を引き攣らせるゾルバ国王。
「ではジミー・ドラゴンロードの件についてはどう見る」
「そうですね、彼に関しては欲しがる貴族家も多いでしょう。模擬戦とはいえ大剣聖を倒したという事実は、多くの波紋を呼ぶかもしれません。
ですが相手は鬼神ヘンリーの息子にしてケビン・ワイルドウッド男爵の弟、この二人は王家だろうが王国騎士団だろうが平然と潰しに来ますからね?
私たちは見守りと何か事が起きた際の後処理に徹するのが良いかと。積極的な介入は逆に怒りに触れるかもしれませんので」
「であるな。だがジミー・ドラゴンロード、想像以上の人物であったか」
「う~ん、そうですね。周りからの声があまり大きくなるようでしたら王都武術大会への参加要請をするのも良いかもしれません。
アルデンティアの話から考えて、戦う事に否やはないと言った気質の様ですから」
「ふむ、相分かった。<勇者><聖女><剣天>の扱いに関しては、そのように取り計らう事としよう。
して教会の方の動きであるが・・・」
話し合いは続く、若者たちの思いとは裏腹に世の中は進む。複雑に絡み合う思惑、王都学園の生徒たちは本人の意思とは関係なく、世間の荒波に呑み込まれようとしているのであった。
本日一話目です。