“ガラ~ン、ガラ~ン、ガラ~ン”
大きな鐘の音が響く。それは王都教会の大鐘楼から広がる時刻を告げる時の鐘。
二の鐘、午前九時を示すそれは王都の人々に仕事の始まりを知らせ、ある者は商店の軒先で声を上げ、ある者は荷馬車に積んだ荷物を確認したのち王都街門へと馬を進める。
「あっ、アルデンティア第四王子殿下御一行様がまいられましたね」
そんな人々の生活を見守る大鐘楼の鐘の音を頭上から受けながら、俺達マルセル村若者軍団(ケビンお兄ちゃん命名)はネイチャーマン先生、ロナウドと共に王都教会大聖堂前で本日の主役たるアルデンティア第四王子殿下の訪れを待っていたのでした。
えっ、お手伝いで呼ばれたんじゃなかったのか?そうだよ、お手伝いで呼ばれたんだよ。
でも冷静に考えよう、ここは王都学園の外、身分格差の生じる貴族社会。
王族(アルデンティア第四王子殿下)>侯爵家(ロナウド、カーベル様)>伯爵家(エミリー、ラグラ様)>男爵家(ジミー、フィリー、ディア、アリスさん)>騎士爵家(俺ジェイク)
うん、今回の参加者の中のヒエラルキー最下層は俺って訳ですね。ここは大人しくしているのが吉ですね。
因みに主催者側のピエール様と保護者兼指導員のネイチャーマン先生は別枠。貴族社会における枢機卿猊下の息子さんの立ち位置が全く分からん。
ネイチャーマン先生の話によれば教会関係者は女神様にお仕えしている身分なので貴族社会とは別の枠組みなのだとか、それでもズブズブの関係ではあるので互いに敬意をもって接しているとの事ですが。
ネイチャーマン先生は王都学園の講師という事でそれなりに敬意を以って接して貰えるらしいです。ネイチャーマン先生曰く、「王家の威光が効いているので馬鹿な事をしない限りどこでもそれなりに扱って貰える」とのこと。
極稀に調子に乗って馬鹿をやる教諭がいるそうで、学園長が頭を抱えていると教えてくれました。
まぁそんな訳で身分の低い俺たちは最上位者であるアルデンティア第四王子殿下を出迎える為に、大体一時間ほど前には王都教会の大聖堂前に集合していたって訳です。
これは教会関係者の皆さんも同じ事らしく、下っ端神官の皆様が朝から忙しなく準備に動かれておられました。
「ねぇジェイク君、十六夜さんに借りた恋愛小説にも主人公の女の子が王子様と教会の奉仕活動に参加する場面が描かれてたけど、実際に王子殿下が来られる事になると大変な騒ぎになっちゃうんだね」
そう言い上目遣いで俺に言葉を掛けるエミリー。俺は確かにそうだよなと思いながら周囲に目を向ける。するとあちらこちらに王宮関係者らしき護衛の騎士や兵士が配置に就く様子が見て取れる。
「確かにな。小説にあるようなお忍びの市街地散策なんかも実際には陰の護衛が何人も付いているんだろうし、お忍び中に王子殿下が襲われたなんて事になったら国の威信が揺らぐような大問題になりかねないだろうしな。
そういった意味では王子殿下って立場も大変なのかもしれないな」
俺は偉い人には偉い人の苦労があるんだろうなと思いつつ、“だからといって権力争いの手駒になるのはまっぴらでござる”と改めて自らの生き方について考えるのでした。
“ガタガタガタガタ、ガチャッ”
「「「「「「おはようございます。アルデンティア第四王子殿下」」」」」」
開かれた扉、停車した馬車から降りられたアルデンティア第四王子殿下御一行に深々と礼をし、ご挨拶申し上げる俺たち。
そんな俺たちに対し爽やかな笑みを浮かべお言葉を返されるアルデンティア第四王子殿下。
「やぁ、おはよう。<勇者>ジェイク、<聖女>エミリー。それとロナウド・テレンザをはじめとした皆も今日の奉仕活動に参加してくれた事、感謝する。
先ずは面を上げて欲しい、僕たちは同じ王都学園で学ぶ友なのだから。
学園の敷地外で身分に準じた態度を取ることは大変すばらしい事ではあるが、それでは互いに距離を感じ寂しくもあるだろう?
ここは僕の顔を立ててアルデンティアと呼んでくれると嬉しいのだが」
「はい、その寛大な御心、エミリー・ホーンラビット、感激いたしましてございます。お言葉に甘えましてアルデンティア王子殿下とお呼びさせて頂きます。
ピエール様、到着早々で申し訳ありませんが、案内の方をお願いいたします」
俺たちを代表してエミリーが言葉を向けます。身分的には侯爵家子息であるロナウドの方がふさわしいんだろうけど、今日は<聖女>であるエミリーがメイン。アルデンティア第四王子殿下を立てるとなると、エミリーがお声掛けする方がふさわしいでしょう。
「そうですね、アルデンティア殿下、ご案内いたします。皆さんも私の後に従ってください」
ニコリと聖職者然とした微笑みを浮かべたピエール君が、アルデンティア殿下をはじめとした皆様方を案内して教会大聖堂へと向かいます。
俺は正直“お貴族様って面倒臭い”と思いつつ、そんなお貴族様を息を吐くがごとく丸め込むケビンお兄ちゃんってやっぱりおかしいと、改めてマルセル村の理不尽の理不尽振りに戦慄するのでした。
そこは広いホールでした。高い天井の窓に嵌められた色鮮やかなステンドグラス、建物全体に施された美しい装飾は荘厳でありながらこの場が神聖な場所である事を窺わせます。
「本日の奉仕活動は教会に訪れる信者の皆様方の治療支援となります。王都学園に通うような私たちとは普段接する機会のない者たちですので、その言動に無礼な点があるやもしれませんが、その点は平にご容赦ください。
教会に訪れる者は皆心身に苦しみを抱える者たちです。彼らに寄り添いその苦しみを少しでもやわらげる事こそが女神様にお仕えする我々の使命と心にお留めおきください。
それでは各自の指導に当たるシスターをご紹介いたします」
ピエール君の話の後それぞれに指導役のシスターが付き二人一組で治療支援に当たる事となった俺たち。組み合わせはアルデンティア第四王子殿下とアリスさん、ピエール君とラグラ様、カーベル様とフィリー、俺とエミリー、ロナウドとジミー。
ディアはエミリーのお付きメイドの立場なので俺たちの傍に、ネイチャーマン先生はロナウドとジミーの指導です。
「それでは皆さんシスターの指示に従い治療支援に当たって下さい。どうぞよろしくお願いします」
ピエール君の掛け声と共に各自の担当シスターに従い移動します。
「はじめまして、王都教会の治療師をしておりますシスタークリスと申します。本日は<聖女>エミリー様、<勇者>ジェイク様の指導官を務めさせていただくという大変な名誉を賜りありがとうございます。
どうぞよろしくお願いいたします」
「こちらこそ王都教会の治癒術師の指導を受ける事ができるなど、望外の喜び。本日はよろしくお願い致します」
指導官のシスタークリスと簡単な挨拶を交わした俺たちは早速担当の治療ブースへ。シスタークリスよりまずは治療の様子を観察して欲しいとの声もあり、暫く脇で見学させていただく事になったのでした。
「次の方、どうぞ」
「いや~、シスター今日も盛況だね。みんな暇なのかね~。まぁ俺もそんな暇人の一人なんだけどよ。
いっちょよろしく頼むわ」
訪れる患者さんは多種多様、無料の治療支援が受けれるとあって普段教会に足を運ばないような方や、中にはケガなどをしていない方なども並ばれているようです。
本当に治療が必要な方は無料の治療支援なんて待っていられないでしょうからこんなものなのかもしれませんが。
でもそこは教会のキャンペーンガールのシスター、優し気な笑顔を向けながら対応なさっておられます。
流石はプロ、勉強になります。
「はい、女神様の慈悲は万人に向けられております。あなた様に幸多からん事を。<プチヒール>」
まぁそれでもどう見ても健康体の人に一々<ヒール>を掛けていたらシスタークリスの魔力が持ちませんから、こうした患者さん相手には生活魔法<プチヒール>を使われるようですが。
サッと行われる治療、既に短縮詠唱が出来る程<プチヒール>を唱えられてきたってことですね。もしかしなくても無詠唱も可能なのでは?
それでは患者さんが納得してくれないと、ご苦労様です。
「あの、すみません。もしかして最近急な頭痛に悩まされたりしていませんでしょうか?」
そこに声を掛けたのはエミリー。不意な事にエミリーに顔を向けキョトンとするお二人。
「おっ、おう。なにか刺すような頭痛がする事はあるな。まぁ疲れが溜まってるんだろうと思って治療して貰いに来たんだけどよ」
「<聖女>エミリー、その事をどうして?こちらの方の外見からはそうした事は分からないと思うのですが?」
シスタークリスの疑問、それはエミリーが不意に患者の不調を言い当てた事。
「はい。シスタークリスは<魔力視>を行う事は出来ますでしょうか?私はシスタークリスの治療を見学する際にその魔力の流れを学ぼうと、ずっと<魔力視>を行っていたんです。
こちらの男性は一見体調に然して問題がないように見えますが、魔力の流れのおかしな場所がいくつか。その一番の問題個所が後頭部に見られたものですから、もしやと思いまして」
エミリーの言葉に表情を真剣なものに変え男性患者に向き直るシスタークリス。シスタークリスは男性患者に「失礼します」と声を掛けるとその頭部に両手を添えとある詠唱を始めるのでした。
「‟大いなる神よ、我に慈悲をもって真理を教えたまえ、アナライズ”
頭部に腫瘍!?血管が破裂寸前ってこんなのどうすれば」
焦りの声を上げるシスターとその様子にただ事ではないと目を泳がせる男性。
まぁ普通の生活をしている人が頭に腫瘍があると言われても何の事だか訳が分かりませんよね。俺だって前世で見ていた医療ドラマの記憶がなかったらぴんと来なかっただろうし。
「あの、私ならどうにか出来そうなんですがどうしますか?
ただその、多少衝撃的な光景にはなると思うのですが・・・」
そう言い言いよどむエミリーさん。
・・・エミリーさんまさかあれをやっちゃうんですか!?まぁこんな所で<パーフェクトヒール>なんか見せた日には大騒ぎどころじゃないんで、他に方法がないのは分かりますけど、分かりますけれども!!
「えっ、<聖女>エミリー、よろしいのですか?本当にそんなことが、でしたら是非お願いいたします」
瞬間パッと顔を向け頭を下げるシスタークリス。・・・うん、これって仕込みだね。シスタークリスの目が獲物が掛かった時の猟師のようにぎらついたんですけど?
こんな状況で行き成り許可を出すって、初めから想定していましたって白状しているようなものなんですけど?
「はい、分かりました。それじゃジェイク君、手伝って貰える?
えっとおじさんはそこに立ってもらえますか?それで両手を横に伸ばしてください」
男性患者は訳が分からないと言った風ながらも、流されるかのように優しく笑い掛けるエミリーの指示に従います。俺はそんな男性患者の背後に回ると。
“ガシッ”
「えっ、ちょっと、なに!?」
行き成り背後から羽交い絞めにされ、慌てて首を振る男性患者。
「大丈夫ですよ~、ちょっとびっくりするだけですから~。“ハッ”」
“ドゴッ”
瞬時に放たれる拳、痛みを感じる間もなく呻き声と共に白目をむく男性患者。何が何だか分からず呆気にとられるシスタークリス。
「それじゃ始めるよ、先ずはうつ伏せでお願い。シスタークリスも手伝ってくださいね?」(ニッコリ)
「はっ、はいーーーー!!」
爽やかな笑顔、飛び散る何か。あれは男性患者の体内に溜まった澱みが具現化したものか?赤黒いそれは周囲を彩り、治療ブースの中を鈍く染めていく。
「アハッ、アハッ、アハッ」
何故か薄ら笑いを浮かべたまま放心するシスタークリス、エミリーはやり切りましたと言った満面の笑みをこちらに向けて来る。治療ブースに漂うのは錆び付いた鉄の香りと別の臭い。
・・・シスタークリス、緊急医療現場は初めてだったんですね。ボビー師匠曰く、戦場ではこんなもんじゃないそうですよ。手足が吹き飛んだり内臓が飛び出したりとまぁ、それに比べたら軽い軽い。
因みに俺達マルセル村若者軍団は大福チャレンジ本体三つ首ヒドラドラゴンモードに挑戦で何度もぶっ殺されてるんで、その辺の感覚はとっくにおかしくなっております。
「エミリー、<クリーン>をお願い。流石にべとつく」
「了解だよ、ジェイク君。<クリーン>」
エミリーの<クリーン>により治療の跡もすっかりきれい、何なら最初の状態よりもきれいなんじゃないかな?
シスタークリスの粗相の痕跡も完全消去、シスタークリスの尊厳は守られました。
「ウッ、ウ~ン。俺は一体・・・」
「大丈夫ですか?ここは王都教会の大聖堂ですが、状況が分かりますか?」
俺の呼び掛けに周囲をキョロキョロ見回していた男性患者さんが、エミリーの顔を見て“ヒッ”と短く悲鳴を上げます。
「今どこか痛みのある個所や不調のある個所はありますか?」
「痛いだと!?行き成り殴られて痛みがない訳・・・痛くない。痛いどころか頭の重さもすっかりなくなってる。
ハハハハ、何だこれ!?
えっ、肩がグルングルン動くんですけど?坐骨神経痛の後遺症が残ってた右足が目茶苦茶軽いんだけど!?
アハハハ、ありがとうございます、ありがとうございます、ありがとうございます。俺、これからちゃんと真面目にお祈りに来ます!!
本当にありがとうございました!!」
そう言い姿勢を正してから九十度の礼をして帰っていく男性患者。俺たちはそんな彼の後ろ姿に充足感を覚えながら次の患者さんに向け気持ちを切り替えるのでした。
「次の方どうぞ」
「次の方・・・あれ?」
不審に思いそっとブースの仕切りの向こうに顔を覗かせると、ザザザと脇に避ける患者さんたち。
・・・エミリーさん、本日の業務は終了のようでございます。互いに顔を見合わせ乾いた笑いを浮かべる俺とエミリー。そんな中一人引き攣り笑顔のまま固まるシスタークリス。
シスタークリス、これどう報告するんだろうな~。
俺はそんなシスタークリスの傍に行くと「大丈夫ですよ、エミリーはちゃんと普通の<ヒール>も使えますから」と言って、その肩にポンと掌をのせるのでした。
本日二話目です。
いってらっしゃい。
by@aozora