「ラビアナ様、私今度の闇の日に王都教会の奉仕活動に参加する事になりまして」
朝の講堂で大きな声を掛けて来る女子生徒。私はいつもの席に着くと教本を広げてから視線を向ける。
「おはようアリス、今朝も元気そうね。
でもまずは挨拶を行い相手の表情を窺ってから話を行うのが礼儀でしてよ?
行き成り相手の名前を呼ぶ、返事も待たずに用件だけを一方的に伝えるというのは相手を自身より下に見ていると取られかねない行為でしてよ?
礼儀というものは何も格式ばかりではなく相手の事を慮っての行為が形になった物。
<聖女>であるアリスはアルデンティア第四王子殿下と共にいる機会も多いはず、そんなときアリスが礼儀知らずではアリスばかりでなくあなたの周りにいる者、アルデンティア第四王子殿下の品格も貶める事になってしまうのではなくて?」
私の言葉にシュンと落ち込んでしまうアリス。でも私は知っています、今はこんな殊勝な態度を取るアリスですが、ちょっと話題を変えるだけですぐに元に戻ってしまうという事を。
「ところで先程の話、王都教会の奉仕活動といったかしら。そうすると教会が月に一度行っている治療支援に行かれるのかしら?」
「はい、そうなんです。ピエール様が教会の伝手があるからと私に治療経験を積む機会をお与えになって下さって。
王都学園ではケガの治療は経験できても病気の患者さんを診る機会はないだろうからと言って。それに普段治療に当たられているシスター様の指導も受ける事が出来るんです」
そう言い花の様な笑顔を向けるアリス、この子は本当にいい子ですこと。ゲームの私、何でこんないい子をいじめちゃったかな~。
まぁ余りにいい子で魅力的だから余計危機感を覚えたのでしょうけれども。事実アルデンティア第四王子殿下の婚約者候補の御令嬢方は、気が気ではないといったお顔をなさっておいでですし。
それに関しては私にはかかわりのない事なんですけれども。だって私《わたくし》、婚約者候補落選組ですし?私がコソコソ動いていても“公爵家の威光を取り戻そうと必死ですこと”といった上から目線で見て来ますし?
と言うか私あなた方よりも爵位は上でしてよ?見下される程我が家の財政は悪化していませんことよ?
アスターナの戦場での大敗により斜陽を迎えるかと噂された我が家ですが、元々肥沃な穀倉地帯を有しており財政的には非常に安定していた事もあって多くの将兵を失ったにもかかわらず見事に立て直しに成功していますの。
これも全てはお兄様の采配の賜物。あの権力欲に憑りつかれていたお兄様に一体何があれば現在の様な堅実な領地運営をなされるような為政者に変わるのか。正直今でも別人としか思えないのですけれども、元々それ程深い交流があるでなし、私の死亡フラグにならないのであれば無問題でしてよ。
「そう、それはよい事ですわ。回復魔法は数多くの経験と先達の指導が重要と申しますし。
領地で待つ民の為にもしっかり学んで来るのですよ、アリス」
「はい、私頑張ります」
アリスは基本心根の優しい子ですから、故郷ブレイク男爵領の民の為と言えば努力を欠かすことはないでしょう。
でも教会の奉仕活動ですか、確か全ての攻略キャラの好感度を上げる重要イベントではなくて?
教会に訪れた王都民に真摯に向き合うアリスの姿に、アルデンティア王子をはじめとした皆様方がほっこり笑顔になる最初の癒しイベント。
こういう日常系スチルに力を抜かない辺り、「蒼天の花嫁」は神ゲーでしたわ。
という事で当日は私もコッソリ見守らせて頂きませんと。
次の教会の奉仕活動日は確か今度の闇の日でしたかしら?バルーセン公爵家からも寄付を届けさせていただいたはず、帰ったら確認しておきましょう。
アリスはその後日々のあれこれについて、私に語って聞かせるのでした。
と言うかアリス、人前で力こぶを作って「見てくださいこの筋肉、筋肉は裏切らない、努力は必ず結果として表れるんです」とか言ってパンパン叩くんじゃありません。周りの殿方がドン引きなさってますわよ?
腹筋を見せようとするんじゃありません、はしたないでしょうが!!
アリスがどんどん脳筋キャラになっていく様子に一抹の不安を覚える
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そして迎えた学園の休日、私はアリスたちの登場シーンからしっかりと観察すべく、メイドのコリアンダを伴い王都教会の大聖堂前にやってまいりました。
「コリアンダ、何か物々しい雰囲気ではなくて?大聖堂前広場のあちらこちらに王宮騎士団らしき者たちの姿が見えるのだけれども」
「お嬢様、これは当然でございます。本日はお忍びとは言えアルデンティア第四王子殿下が奉仕活動に御参加なされるとか。
民衆の集まる中に王族が紛れ込む状況で警戒に当たらない者はおりません。
これは王女殿下方が奉仕活動に御参加なさる時も同様ですが、各殿下の周辺に近寄る者たちは予め主催者側が用意した身元確かな者となります。
ですがそうした用意された者以外は一般の民衆となるため、こうした警備は必要となるのです」
これは盲点、言われてみれば当たり前の事でしたわ。仮にも王族が出自も知れぬ一般庶民と触れ合うなどあってはならない事、ゲーム画面の向こう側ではそうしたリアルな世界が展開されていたのですわね、勉強になりますわ。
「では参りましょう、お嬢様。警戒網が敷かれた大聖堂内に後から気配を隠して侵入すれば暗殺者と疑われても文句も言えませんので」
「そうね、私たちはあくまで遠目から観察することが目的、民衆に紛れてこその観察者ですもの。
あら、すでに撲殺<聖女>と<勇者>は来られているのですね。あの方々は本当に卒なく振る舞われますこと」
撲殺<聖女>エミリーと<勇者>ジェイク。ゲームでは出て来なかったキャラとすっかり雰囲気の変わってしまった攻略対象。
王都学園にアリスともう一人の聖女がいる事は語られてたけれど、本編に全く絡んでこなかったからその姿も不明だったのよね。ゲーム内では勇者ジェイクを攻略しなかった場合もう一人の聖女と共に旅立っていくはず、要は辻褄合わせの聖女キャラだったはず。
冒険RPGの流れに合わせなければならない関係上生まれた御都合キャラって扱いだったかしら。
でもそれがあんな惨劇を齎す鮮血姫だったなんて。うん、語られない訳よね、乙女ゲームの世界観を完全に崩壊させてしまいますものね。
現実って怖いわ~。
それとあののっぽの眼鏡キャラよね、あれだけ無駄に個性的なキャラなら記憶に残ってもおかしくないんだけれど、画面上ではモブAとしてしか扱われなかったってこと?と言うか大剣聖様を倒すような人物がモブっておかしくありませんこと?
どこか陰のあるクールキャラだった“赤髪のジェイク”が礼儀正しい苦労人みたいになっちゃってるし、この世界って私の死亡フラグがいつの間にかなくなったみたいに相当にゲームから乖離しちゃってるのかしら?
だったらこの先どうなるの?魔王襲来イベントは?王都貴族の反乱は?って王都貴族の反乱の首謀者であるお父様は既に戦死しちゃってるし、お兄様は国王派に寝返っちゃってるじゃない。
うん、ここってゲーム世界の設定の残ったパラレル世界って事なのね。
まぁいいわ、私は全力で楽しむだけだし。
私は割と重要だろうけどどうでもいい事実に気が付くも、それはそれとして今を全力で楽しむ事としたのでした。
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「それでは皆さんシスターの指示に従い治療支援に当たって下さい。どうぞよろしくお願いします」
ピエール様の指示に従い各指導役のシスターと共に治療ブースに向かう面々。
「見えませんわね」
「そうでございますね」
普通に考えて一人一人の治療を公衆の面前で行う事などあり得ませんでしたわね、これは盲点でしたわ。
「お嬢様、どうされます?これではアリス嬢とアルデンティア第四王子殿下のご様子を窺うどころか、王子殿下の側近の方々のご様子も分かりませんが」
「う~ん、本当にどうしようかしら。結構気合いを入れて来てみたはいいけれど、ここで治療を待つ人たちの姿を眺めているというのも。
ん?何であの方々がこの場にいるのかしら?」
それは偶然、何気に目を向けていた先に覚えた違和感。
「あれはロナウド・テレンザ、確か<水属性魔導士>の職を授かっていたはず。それに隣にいるのはジミー・ドラゴンロード、彼に至っては魔法適性などなかったはずでは」
「そうですね、治療の様子を見学しに来られたのではないでしょうか?
こうした実際の現場を見る機会など早々あるものではないですし」
「そうね、<勇者>ジェイクと<聖女>エミリー、<賢者>フィリーが参加していて自分達だけ別行動というのもはばかられたってところかしら?
ってあの方々、さっきから私たちの方を見ておられませんこと?」
「そんなはずは。お嬢様の<隠形>は完璧ですし、周囲から気取られる事は・・・こちらにいらっしゃいましたね」
何故か治療ブースには向かわずこちらに向かってくる彼ら、背後に何かあるのかと振り返るもこれといったものは見られず思わず自身の顔を指差して見る。
すると苦笑いを浮かべながらコクリと頷くジミー・ドラゴンロード、完全にバレてるではないですの。
「こんにちは、ラビアナ嬢。突然のお声掛け、失礼いたします。ですが少々気になったものですから。
現在この大聖堂には奉仕活動としてアルデンティア第四王子殿下が参られております。そんな場所で高度な<隠形術>を行使なさっておられるとなりますと、何かと醜聞になるかと。今はまだ教会関係者の方々はお気付きではないようですが、いつどこでどのような形で事が露見するとも限りません。現に我々が気が付いたのですから」
そう言い眼鏡のブリッジをクイッと持ち上げるジミー・ドラゴンロード。そのレンズがキランと光るのって仕様ですの?ちょっと格好良くてよ。
「これはこれはわざわざの御忠告、痛み入りますわ。
友人のアリスがアルデンティア第四王子殿下と共に王都教会の奉仕活動に参加すると聞き老婆心が働いてしまいましたの。
姿を隠していたのは私の事で余計な気を使わせたくなかったからなのですけれども、言われてみればその通りですわね。これは私の落ち度ですわ、御忠告感謝いたします」
そう言いカーテシーを決める私に若干引き気味のジミー。どういう事かしら?何か失礼でしてよ?
「それと少々お聞きしたいのですけれど、何故あなた方が治療ブースに?お二人は光属性の魔法適性はお持ちではありませんですわよね?」
そう言い首を傾げる私に互いの顔を見合わせるロナウドとジミー。
「う~ん、これは見てもらった方が早いかな?ネイチャーマン先生とシスターはお連れしてもいいと仰っていたし、よろしければご一緒なさいますか?」
そう言い治療ブースを指し示すジミー。私は湧き上がる好奇心に抗う事なく、その申し出を受け入れるのでした。
「え~、何か見学者が増えてしまいましたが、お話を始めさせていただきたいと思います。
先程シスターハーティーにお伺いして分かったのですが、教会の治療支援にお越しになる方の大半は然して症状の重くない未病と呼ばれる状態の方々だそうです。
その為大概の患者は生活魔法<プチヒール>による治療で済ませるのだとか、これだけ多くの患者さんを一日中診察するのですから、そうでもしないと魔力が持たないという切実な理由もあるのですが。
では早速患者の状態を見て行きましょう。どうぞお入りください」
皆の前で話をするのは、学園で“便利な生活魔法活用術講座”を受け持つ講師のビーン・ネイチャーマン先生。そう言えば選択授業の一つにそんな授業もあったと思い出す。その時間は確か“王宮料理人が教える男性の心を掴む料理術講座”を受けていましたわね。アリスの不器用っぷりには毎回驚かされますけれど。
でも着実に成長していく姿は、流石は成長補正ヒロインといったところですわね。
ネイチャーマン先生に呼ばれ治療ブースに入って来られたのは若い女性。右手で押さえているのは赤く腫れた左腕。
「はい、こんにちは。本日はどうなさいましたか?」
「はい・・・転んで腕をぶつけてしまって」
そう言い痛そうに腕を摩る女性にフムフムと頷きで返すネイチャーマン先生。
「さて、皆さんはこちらの患者さんをどのようにご覧になられますか?
ではラビアナ嬢」
「そうですわね、左腕の打撲、腫れの状態からして骨折までは至っていないかと」
「はい、的確な判断ですね。シスターハーティー、今の診断をどう思われますか?」
「そうですね、悪くない判断ですが、少々表面的に物事を捉えているかと。もう少し深く患者を観察して欲しいところですかね」
「ありがとうございます。シスターハーティーの言葉のようにもう少し深い観察が欲しい所でしたね。
こちらの患者が治療ブースに入って来られた時、私たち男性を見て一瞬ですが身をこわばらせたことにお気付きでしょうか?目に魔力を込めて魔力視を行っていただければわかりますが、左腕以外にも身体のあちらこちらに魔力の乱れがある事が観察できます。
この事からこちらの患者は日頃から男性による暴力を受けている可能性が考えられます。
また今回は左腕の痛みを訴えられていますが一番の疾患は腹部です。どうやら内臓損傷を起こされているのでしょう、かなり緊急性が求められる状態と言えるのではないでしょうか。
こうした患者さんの場合、へたに治療を行おうとすると拒絶なさる場合がありますので一度精神的に安静になっていただく必要があります。
そのような場合に有効なのが闇属性魔力です。
生活魔法<アイマスク>や生活魔法<安眠>から分かるように、闇属性魔力には人の精神を落ち着けて安心感を齎す効果があります。それはまるで夜が人々を包み込むかのように」
ネイチャーマン先生はそう言うや女性の頭部を両手で掴み「<安静>」と唱えられました。
「次に左腕のケガですが、幸い打撲程度の症状ですので自己免疫力を高める事で状態を改善してしまいましょう。
それには水属性魔力が有効となります」
そう言うと今度は左腕を両手で包み込み「<治癒>」と唱えられました。
その後女性の身体のあちらこちらに両手を当て「<治癒>」と唱えるネイチャーマン先生。
「最後に腹部の傷付いた内臓になりますが、これに関しては生活魔法の範囲外となります。ポーションで例えるのならハイポーションが必要な傷と言えるでしょう。
ですがこれまでの治療が無駄という事はありません。先程までの治療は全て生活魔法の範囲内、ヒール一回分の魔力量すら使っていませんので、かなり有効な治療手段と言えるのではないでしょうか。
必要なのは見極めと自身の治療範囲を逸脱しない事。患者にとって何がもっとも有効かつ必要な手段であるのかを考える事です。
最終的な治療は治癒術師でもあるシスターに任せそこに至るまでの下準備に徹する、それによりシスターの魔力を温存しより多くの患者を救う。
私たち光属性の魔法適性のない者にも治療に貢献できるとはこうした意味であり、これが私なりの答えとなります。
ではシスターハーティー、よろしくお願いします」
ネイチャーマン先生に促されたシスターは、感心したような表情で女性患者の腹部に手を当てると、<ハイヒール>の詠唱呪文を唱えるのでした。
本日一話目です。