ダンジョン、それは未知の洞窟。地上に突如出現したそれは地の底へと続く入り口であり、その内部は魔物蔓延る別世界。
入り組んだ地下洞窟であったり、古代文明の迷宮の様であったり。突如開けた空間には何故か空があり、雲があり、広い草原が広がっていたり。
かと思えば木々の生い茂る鬱蒼とした森や川のせせらぎのある牧歌的な農村地帯であったり。
最早そこは神の箱庭と呼んでも差し支えのない異空間、人の常識では計り知れない場所、それがダンジョン。
そんなダンジョンには定期的に魔物が出現し、魔物を打ち倒す事で魔石やドロップアイテムと呼ばれる品々を手にする事が出来る。
人々は富を求め、名声を求め、次々とダンジョンへと挑戦し。ダンジョンが発見された土地には街が作られ、ダンジョン都市として発展していくと言われている。
ダンジョンには魔物が湧く、これは言い換えるのなら尽きる事のない
これは何も騎士団ばかりではない、人類にとって有用とされる上級職を授かった若者を集めた教育機関、学園の訓練施設として考えたのならどれ程若者たちの育成に貢献するのか。
その試みは実行され様々な試行錯誤が繰り返された。そして作り出されたもの、それがオーランド国内の各学園に設置されている学園人工ダンジョンである。
「以上のように、現在では世界各国の学園施設でこの学園人工ダンジョンが作られるようになったという訳だ。
学園ダンジョンは当然ここ王都学園にもある訳だが、ここの学園ダンジョンは他の学園ダンジョンと多少様相を異にする。
先ず王都学園の敷地には元々ダンジョンが存在した。それは地下三階層という所謂小規模ダンジョンと呼ばれるものであったが、そこに技術者たちは目を付けた。
本来人工ダンジョンの建設にはダンジョンコアの種となるダンジョンコアの欠片を必要とし、人工的に作った地下施設の最奥に種となるダンジョンコアの欠片を設置して入り口から魔道具により魔力を多く含んだ空気を注ぎ込む事でその成長を促すという方法がとられている。
この方法は既に技術が確立されており、約十年で魔物を生み出すダンジョンを造り出す事が出来ると言われている。
だが既に魔物を生み出すダンジョンが存在するのならそこに魔力を注ぎ込む事でダンジョンの成長を促す事が出来るのでは?
この試みは人工的にダンジョンスタンピードを引き起こす危険性もあり、慎重な観察と技術者たちの苦労があったと聞いている。だが彼らの献身のお陰でこの王都学園のダンジョンは地下十階層の中規模ダンジョンにまで成長したと言っても過言ではない。
これから諸君にはこのダンジョンに挑んでもらうのだが、このダンジョンは学びの場所であるという事をよくよく肝に銘じてほしい。多くの先達が後の若者たちの成長を願って造り上げた物、それが王都学園人工ダンジョンであるのだからな」
月日が経ち俺たちが王都学園での生活にすっかり慣れ始めた頃、ダンジョン学の教諭から齎された知らせに一年生生徒たちは軽い興奮を覚えていた。
「ジェイク君、いよいよだね。私、頑張ってゴブリンを吹っ飛ばすね」
俺の隣ではエミリーが鼻をフンスカと鳴らし、ガッツポーズを取ってやる気をアピールする。
そう、遂に俺たちは学園ダンジョンに挑む許可を得る事が出来るのだ。
学園ダンジョンに挑むには学園側が発行する学生ギルドカードが必要で、この学生ギルドカードをダンジョン入り口に翳す事でその生徒がダンジョン内に入っているのかいないのかといった確認を行っているらしい。いくら学園で管理するダンジョンとは言え危険な魔物の発生する場所であることには変わりなく、油断すればケガを負ったり命を落とす事もある。
ギルドカードによる管理はそうした危険性を未然に防ぐための方策でもあるのだ。
他にも購買脇にある学生ギルドで様々な依頼を受けたりダンジョンで手に入れたアイテムを売却するときなどに学生ギルドカードの提出を求められたりする。
要するに疑似的な冒険者ギルド体験が出来るのである。
「ではまず学生ギルドカードの発行手続きを行う、事務職員の指示に従い手続きを行ってくれ」
教諭の指示に従いそれぞれの列に並ぶ学生たち。発行手続き自体は直ぐに終わり、生徒は皆手渡されたカードを眺め嬉しそうに談笑する。
「ほとんど冒険者ギルドカードと変わらないな」
「何でも銀級冒険者ギルドカードと同じ仕組みらしいぞ。学生ギルドの依頼ポイントやダンジョンアイテムの売却ポイントが貯められるようになっていて、購買や食堂での支払いに使う事が出来るらしい」
俺の呟きに透かさず答えるジミー。なんでも剣術部のバルド先輩が教えてくれたんだとか。
何かジミーが大剣聖様を模擬戦で倒した話が学園中に広まって、バルド先輩から手合わせを申し込まれたんだとか。ジミーの地味装備、武闘派のやらかしにより脆くも敗北です。
まぁジミーの場合武術の腕を隠すというよりもその容姿から来る厄介事を隠す事がメインだからな~。剣の手合わせなんかはむしろ大歓迎のストロングスタイル、強い奴に会いに行くと言って暗黒大陸に渡った猛者は伊達ではありません。
「そうそう、バルド先輩が<勇者>ジェイクとも手合わせをしたいと言ってたぞ、次の闇の日は空けておいて欲しいそうだ」
悲報、<勇者>は挑戦者から逃げられない。俺全然目立った事してないんだけどな~、一部では“これじゃない勇者”とか“平時の勇者”とか言われてるって聞いたんだけどな~。(勇者イヤーは地獄耳)
「ほらジェイク君、そんな所で黄昏てないで行くよ?ギルドカードを作ったら次はパーティー登録があるんだからね♪」
そう言い楽し気に俺をせかすエミリー。まぁ今は授業中だし難しい事を考えるのは止めよう。
俺は<勇者>という職業名の重さと期待にゲンナリしつつ、皆と一緒に学生ギルドカードの手続きに向かうのでした。
「えっ、パーティー申請を少し待って欲しいって、どういうことですか?」
それは学生ギルドの発行手続きも終わり、ダンジョン攻略パーティーの説明の時に教諭から言われた言葉だった。
「あぁ、これは本当に申し訳ない話なんだが、正直言えば大人の事情と言う奴だ。
ジェイク・クローも知っての通り、<勇者>という職業は非常に稀で中々授かる事の出来ないものと言われている。現在世界で確認されているだけでも<勇者>ジェイクを含めて三人、スロバニア王国の南隣国であるナミビア王国の勇者が二十後半、大陸南東のガジン王国勇者は八十近かったはずだ。
オーランド王国で<勇者>が誕生したのが百五十年前の剣の勇者以来だから、それだけでもどれ程<勇者>が希少であるのかは分かって貰えたかと思う。
そしてこの王都学園だが、ぶっちゃければ有用な上級職持ちと高位貴族子弟を引き合わせる為の出会いの場だ。その為各貴族家からの期待も大きい。
学園側にも出会いの機会くらい与えて欲しいという声がだな。
分かり易く言えば<勇者>や<聖女>の職業持ちとお知り合いになって自分たちの勢力に引き込みたいと言った話だ。
で、肝心の<聖女>と<勇者>だが、<聖女>アリス・ブレイクはアルデンティア第四王子殿下がしっかり押さえている。
第四王子殿下の婚約者候補の令嬢方が何やら不穏だが、そこは今はいいだろう。各家の令息たちも第四王子殿下相手では分が悪い。
<聖女>エミリー・ホーンラビットは自身が伯爵家の令嬢だ、既に所属がはっきりしているうえに相手があのホーンラビット伯爵家では手の出しようがない。
中にはよく分かっていない情弱な家もあったようだが大剣聖様の治療を見た後ではな。
そうなると最後の希望が<勇者>ジェイク・クローという事になる。ただ<勇者>ジェイクは既にホーンラビット伯爵家の傘下にあると目されているため引き込むことは難しい、だがせめてお知り合いというだけでもというのが彼らの言い分らしい。
そういう訳で<勇者>ジェイク・クローには他の生徒のパーティーに臨時加入してもらいたい。無論<聖女>エミリー・ホーンラビットも一緒で構わない。むしろ一緒にいてください、下手に嫉妬の炎を燃やされる方が怖いので。
先生は今のところ体調に不調はないからその拳を下げてくれると大変うれしく思うぞ、うん」
そう言い顔を引き攣らせる担当教諭。貴族(各家の父兄)と生徒(撲殺姫エミリー)との板挟み、学園教諭って大変なんだな~。
「そうですか、分かりました。ジミー、ロナウド、フィリー。悪いけどそういう事らしい。下手に断ってちょっかいを出されるのも鬱陶しいし、ここは素直に従っておこうと思うんだけどどうだろう?」
「あぁ、まぁ仕方が無いんじゃないのか?俺にも戦力目的に声を掛けてくる奴は多いんだが、互いの開きがな~。
ロナウド、フィリーと組むのは確実として後は気になる奴を当ってみるさ」
そう言い肩を竦めるジミーに申し訳なさそうな顔をする担当教諭。
「本当に悪いな、ダンジョン攻略パーティーは基本四人から六人で挑む事が推奨されている。<勇者>ジェイクと<聖女>エミリーはそこに臨時に加わる二人組のパーティーとなる。
パーティー名は学生ギルドカードにも記載されるのでよく考えておいて欲しい。話は以上だ」
担当教諭はそれだけを告げると、話は終わりとばかりに下がって行く。講堂内では未だ多くの生徒たちが自分たちのパーティーを作ろうと奔走している。
「まぁ仕方が無い、俺たちは残りのパーティーメンバーを募集しにちょっと離れる。ジェイクたちは上手いパーティー名でも考えていてくれ」
そう言いその場を離れるジミーたち。
俺は何とも言えない気分になりながらも、“そう言えば「草原の風」のソルトさんとベティーさんも二人組の冒険者パーティーだったな”と懐かしのマルセル村の日々を思い出すのだった。
――――――――――
「さて、そうは言ったものの当てはあるのか?」
隣を歩くロナウドが、ちらりと俺に目を向けながら声を掛ける。
「まぁそうだな、こればかりは相手次第だが、少なくとも一人は何とかなると思うぞ?」
俺は「さっき先生もパーティーメンバーは四人から六人と言ってたしな」と言葉を返し、肩を竦める。
フィリーが何やら考え込んでいたようなので声を掛けると、「いえ、あの二人は既に行き先が決まっていましたので」と残念そうに口にした。どうやら思い浮かんだ相手がすでにどこかに所属していたらしい。
まぁ俺たちと共にダンジョン攻略をするとなるとある程度の実力が必要だから、こればかりは仕方が無い。
こちらが先行すればパーティーを組んだ相手のやる事がなくなってしまうし、相手に合わせていればこちらが辟易としてしまう。
それなりの実力と特技を持った生徒となると数は限られる。
「やぁジミー君、君もダンジョン攻略パーティーを探しているのかな?良かったら私たちと一緒にパーティーを組まないかい?」
「ロナウド様、よろしければ私たちと一緒にパーティーを組まれませんこと?私たちのメンバーには回復魔法を使える者もおりますの」
飛び交う誘い、だがその声を丁寧にお断わりし、目的の人物を探していく。
「いた。やぁ、アルジミール君、ライオネス君、ちょっといいかな?」
声を掛けた相手は生活魔法の授業で出会ったアルジミールとライオネスであった。
「やぁジミー、どうしたんだい?」
「あぁ、ダンジョン攻略パーティーの件でね。既にパーティーを組んでいるなら仕方ないが、良ければ一緒にパーティーを組んでもらえないかと思って声を掛けたんだ」
「えっ、お前たちは<勇者>ジェイクとパーティーを組むんじゃないのか?俺たちはてっきりそうだと思っていたんだが」
俺からの誘いに意外といった表情になるアルジミール。
「まぁ俺もそう思っていたんだけどさ、学園側から待ったが入っちゃってね。<勇者>ジェイクと<聖女>エミリーは持ち回りで各パーティーを回るらしい。各貴族家に対する配慮とか言ってたかな?要するに“大人の事情”って奴さ」
俺の言葉に「「あぁ、なるほど」」と納得の顔になる二人。
二人は特にパーティーは組んでいなかった様で、そのまますんなり勧誘する事が出来た。
「それでジミー、パーティーメンバーはこの五人でいいのか?」
「あぁ、実はもう一人斥候役の子を誘おうと思っていてね」
俺はそう言うと講堂脇の一見誰もいなさげな壁際に歩を進めるのだった。
「こんにちは、ラビアナ様。先日は大変お世話になりました。
ところでラビアナ様はダンジョン攻略パーティーはお決まりになりましたか?」
「だ~か~ら~、なんで
あれから悔しくてさらに訓練を積みましてよ?家の者にも忖度なくお墨付きをだされましてよ?
本当にあなたはどうなっていますの?」
俺からの声掛けに、抗議の声を上げるラビアナ様。うん、何て言ったらいいんだろう、その完璧さが仇になってると言うか、シルビーナ先生と同じ過ちを犯してるんだが。
「まぁ分かる奴には分かるって事かな?用件は単純、パーティーメンバーの勧誘だ。斥候役としてラビアナ様の手を借りたい。
うちに来ないか?」
そう言い俺は真っすぐ手を伸ばす。ラビアナ様は「な、なんですのこの地味メガネ。どう見てもモブですのにその醸し出す雰囲気は完全にイケメンではないですの。確かにモブヒーローというジャンルも確立されてはいましたけれど、なんかキュンと来ちゃいましたけど~~!!」とか言って騒いでいる。
「で、どうかな?即断即決、ラビアナ様なら出来るだろう?」
下手に考えさせない、ここは二択を迫るが吉。
「わ、分かりましたわ。でも私《わたくし》、アリスの恋愛模様を観察するのが趣味ですの。それだけは譲れませんわよ?」
「あぁ、それは構わない。これからよろしく頼む」
俺はそう言うとラビアナ様の手を取り、固い握手を交わすのだった。
背後から「やっぱりジミーは天然ジゴロだよ、早速犠牲者が出たよ」とか、「えっ、ジミーってば益荒男なの?あの見た目で?スゲー」とか、「これは気を引き締めなければ。ジミー君、これ以上嫁を増やしてどうするつもりなんでしょうか?」とかいった声が聞こえてくるが気にしてはいけない。
優秀な斥候は大事、俺は自身にそう言い聞かせ、満足げに笑みを浮かべるのだった。
本日二話目です。
いってらっしゃい。
by@aozora