周囲をゴツゴツとした岩壁に覆われた薄暗い洞窟。
「<ファイヤーボール>」
「<ウインドアロー>」
「<ライトボール>」
“バシュ、ビシュ、バシュ”
“ゲヒッ、グヒャ、グホッ”
横合いの通路から突然現れた魔物に、焦る事なく魔法を撃ち込む青年たち。
「アリス、大丈夫かい?いくら訓練とは言え突然魔物との戦闘を行うのは、心身ともに疲れが溜まるはずだ。不調が出る様ならすぐに言うんだよ?」
爽やかな笑みを浮かべ優しく声を掛ける青年に、慌てて頭を下げ礼の言葉を返す少女。
「は、はい。ありがとうございます。アルデンティア殿下をはじめ皆様方の魔法がとても素晴らしくて、思わず見惚れてしまいました。
私ってば駄目ですね、ダンジョン内では常に周囲に気を配っていないといけないのに。みなさん、本当にすみませんでした」
そう言い頭を下げるアリスの態度にクスリと笑みを漏らすアルデンティア。
「そんな事でいちいち謝らなくてもいいよ。僕たちは同じパーティーの仲間なんだ、互いに助け合い高め合う、それがパーティーというものだろう?
アリスはカーベルと一緒に魔法訓練を頑張っているみたいだけど、魔法の上達は一朝一夕とはいかないものさ、この僕だって王宮訓練場で努力を重ねてきたからこその<短縮詠唱>なんだ。
だからアリスが焦る事はないんだよ。ちょっとずつ進歩して行けばいい、皆そうして今があるのだから」
そう言い周りを見回すアルデンティアに、側近の者たちは照れ臭そうに笑みを浮かべる。仕える者に自身の頑張りを分かってもらえる、それは嬉しくもむず痒い事であった。
「それじゃもう少し先に進もうか。この辺は他の生徒が多いからね、魔物の取り合いになってしまったら悪いだろう?彼らの成長の妨げになってはいけないからね」(ニッコリ)
アルデンティアの言葉に頷きで返すパーティーメンバーたち。自分たちの実力に見合わない階層で魔法訓練を行う事は、自分たちにとって無意味なばかりでなく、その階層での訓練を必要とする者たちの害となる。
アルデンティア第四王子一行は斥候役を名乗り出たラグラの案内の下、人の多い第二階層を離れ、担当教諭から注意喚起のあった第三階層へと足を向けるのであった。
「敵影正面、ゴブリン、数は四体」
「<ストーンアロー>」
「<ウインドボール>」
「<ファイヤーボール>」
“ビシュ、バシュ、バシュ”
“グギャッ、グギギャッ、グギャギャ”
飛び出す魔法、斥候役のラグラの知らせに、次々と倒されて行く魔物たち。
「アリス、最後の一体は君が倒すんだ。ダンジョンに来たからといって何もしなければ自身の成長には繋がらない。
魔物との戦闘経験が、きっとアリスの糧になるはずだよ」
そう言いアリスに目を向けるアルデンティア。アリスは自身の胸に手を当て、ギュッと拳を握りながら「はい、分かりました。アルデンティア殿下、私、頑張ります!!」と、真っ直ぐな瞳で言葉を返すのだった。
“グギャグギャグギャ”
目の前に立ち塞がる醜悪な顔をした魔物ゴブリン。その手には自身の半分ほどの大きさの棍棒を握り、殺気を
アリスは思う、怖いと。自身に向け無遠慮にぶつけられる明確な害意に、その身がブルリと震える。
「“大いなる神よ”」
真っ直ぐに伸ばした右手、思い出されるのは師匠であり友人でもあるフィリーの言葉。
「どんなに優れた魔法を扱えようとも、実戦の場で咄嗟に使用できなければ意味はない。
魔法とは武器であり手段。目的と手段をたがえてはならない。
戦闘における目的とは敵を打ち倒す、ただそれだけ。目的に至るための手段は決して一つではない」
「“我が手に集いて”」
高まる魔力、伸ばされた右手に身体中から魔力が収束していく。
憧れであり尊敬する友人でもあるラビアナ様は言った。
「アリス、あなたは焦り過ぎです。結果を求めるあまり行動が疎かになってしまう。
自身に何が出来るのか、確実に出来る事を一つ一つ熟していく。
結果とはそうした事の積みかさね、一つ一つできる事を増やせばいい、なにも行き成り完璧を求める事などないのです。
この
「“眼前の敵を撃ち滅ぼせ”」
紡がれる詠唱、自身は決して器用ではない、放たれる貧弱なライトボールでは最弱と呼ばれるゴブリンですら倒せないかもしれない。
“でも今の私なら”
フィリー師匠は言った、「筋肉は裏切らない、努力は必ず結果として表れる」と。ラビアナ様は言った、「自身のできる事の積みかさね、それが結果となる」と。
“ギュッ”
握られた掌、高まる思い、やるべき事はただ一つ、敵を撃ち滅ぼす事。
「えっ、アリス、一体何を・・・」
ピエール様の声が聞こえる。ラグラ様が、カーベル様が、アルデンティア殿下が私の事を見つめている。
“タッタッタッタッ”
「<ライトボール>」
“ドンッ”
全身の力を込め、腰の回転と同時に
周囲に煌めく光のエフェクト、その場にパサリと落ちるドロップアイテム“ゴブリンの腰巻”。
アリスは自身の初の戦利品を両手で掴み上げると、この戦いを見届けてくれたこの場の最上位者であるアルデンティアに感謝の言葉と共にドロップアイテムを差し出すのだった。
「アルデンティア殿下、ありがとうございます。この勝利はアルデンティア殿下に捧げます、どうかこのドロップアイテムを受け取って下さい」(ニコッ)
――――――――――
「「「「「「グホッ」」」」」」
ジミーたちをせかしようやく追いついたアルデンティア第四王子殿下パーティー、卒ない魔法攻撃で次々と魔物を倒していくアルデンティア殿下たちは流石の一言ですわ。
もっとも既に中級魔法である<ファイヤーランス>を放つ事の出来るアルデンティア殿下にとって、学園ダンジョンの第一階層第二階層など退屈極まりなかった事でしょうから、彼らが第三階層に至るのは当然と言えば当然だったのでしょうけれど。
でもよろしいのでしょうか?第三階層はダンジョン学の担当教諭から行かないようにと言われていたのではなくて?
確かゴブリンが武装し遠距離攻撃を始めるのが第三階層からと仰っていましたわよね?
そんな事を思いつつ陰からの見守りに徹していた私たちに、アリスの強烈な一撃が。
腹筋が、腹筋が持ちませんわ!!
「ククククッ、駄目だ、俺には耐えられん。ラビアナ嬢、先程は大変失礼な事を言った、深くお詫びする。
アリス嬢の見守り、最高じゃないか。こんな遠距離攻撃の方法があるだなんて思ってもみなかった。
ジミー、どうやら俺はここまでの様だ、後の事は任せた」
そう言いその場に崩れるアルジミール。
「あぁ、周辺の索敵は任せろ。アルジミールとライオネスは気持ちが落ち着くまで休んでいてくれ。
俺はあの呆けた顔のアルデンティア殿下の観察を、ブホッ。すまん、俺も駄目かもしれん。ロナウド、後は任せた」
アルジミールに続き口元を押さえ崩れるジミー。
こんな所で腹を抱えて大爆笑をしていたなんて知られたらアルデンティア第四王子殿下からの心象は最悪なものになってしまいますもの、私たち、結構な瀬戸際なのかもしれませんわね。
「いや、これは俺もキツイ。フィリー嬢、何か手立てはないか?」
「急ぎ結界魔法を展開します。皆さん、結界内からは決して出ないでください。
“大いなる神よ、我が願いを聞き我らをその袖で覆い隠さん、消音結界”」
フィリー嬢の発動した魔法により周囲が何か幕のようなものに覆われます。
結界魔法という特殊魔法を行使したフィリー嬢に驚きの感情が湧くも、それよりも今は安堵の気持ちの方が強い。
「「「「「「アッハッハッハッハッ、アルデンティア殿下、ゴブリンの腰巻を渡されて凄い困ってんの。アリス嬢、最高~~~~」」」」」」
アリスの向ける純粋な感謝の気持ち、初めてのドロップアイテムを捧げるアリスにアルデンティア殿下はどう報いるのでしょう?
これが他の者であれば叱責の一つも飛ぶのでしょうが、<聖女>アリスを引き込もうと頑張っている殿下にとってそれは悪手、かと言って受け取ってしまえば捨てる訳にもいかず・・・。
「アリス、よく頑張ったね。初めてのダンジョン攻略でゴブリンを恐れる気持ちもあっただろうに。
僕はアリスの勇姿に感動したよ。
そのドロップアイテムはアリスが初めて魔物を倒した証、僕たちとアリスとの記念の品だ。アリスが大事に取っておくといいよ。
アリスの気持ちは僕たち全員が確かに受け取ったよ。アリス、本当におめでとう」
「「「アリス、初討伐おめでとう」」」
“パチパチパチパチ”
爽やかな笑顔でアリスの事を祝福するパーティーメンバーたち。そんな彼らからの言葉に恥ずかしそうに俯きながら、手元のドロップアイテムをモゾモゾといじるアリス。
「「「「「「ブッハッハッハッハッ、王子殿下誤魔化したよ、周りも一緒になって誤魔化しに入ったよ、凄い必死だよ!!」」」」」」
こ、これは堪りませんわ。アリスの手元のドロップアイテムが“ゴブリンの腰巻”というだけでなぜこれほどまでに面白いのですの?呼吸が、呼吸が・・・。
その後アリスの初ドロップアイテム“ゴブリンの腰巻”はピエール様が提供された皮袋に丁寧に仕舞われ、アリスのポケットに収納されましたわ。
アルデンティア殿下をはじめとした皆様方は大変微妙な表情をなさっておいででしたけど、アリスは花の様な満面の笑みを浮かべていたのですわ。
「あ~、笑った笑った。笑い過ぎて頭が痛くなったわ。これはフィリーの結界魔法に感謝だな、あれだけ騒いでいたのに全く気が付かれない、結界魔法とは大したものだ」
ロナウドの言葉に皆が同意の頷きで応えます。無論私も感心しましてよ?ダンジョン探索においてこれ程有用な魔法はありませんもの。
周囲から身を隠しその存在を気が付かせない、これは私の<隠形>にも通じるものがありますわね。
「さてラビアナ嬢、この後はどうする?このまま後を付けて・・・何か変だな。周囲の魔物よりも確実に強い気配がこちらに向かって来ているぞ?
これは教諭が座学で話していた変異種か?
このままだと第四王子殿下のパーティーと鉢合わせするぞ」
ジミーの言葉に緊張が走ります。ダンジョンイレギュラーは学園ダンジョンで起きるイベントの一つ、ダンジョン探索自体互いの絆を深くするためのミニゲームみたいなものでしたけど、これが現実となると話が変わってきますわ。
何と言っても命が懸かっての事、そんな場所で不測の事態などないに越したことがありませんもの。
「でも大丈夫なんじゃないのか?アルデンティア殿下たちは中級魔法まで使えるんだろう?いくら変異種とは言っても学園ダンジョンに出現するような魔物がそこまで強い訳が」
「取り敢えず行ってみよう。場合によっては手助けするという方針で」
ジミーの決定に、急ぎアリスたちの後を追う私たち。
「僕がランス魔法の詠唱を終えるまで時間を稼ぐんだ!!
“大いなる神よ・・・」
“““““グガーーー!!”””””
それは群れ、次々と襲い掛かるグラスウルフたちにボール魔法やアロー魔法を短縮詠唱で当てていくアルデンティア第四王子殿下たち。
グラスウルフの群れの奥では一際大きなブラックウルフらしき魔物がアルデンティア殿下たちの隙を窺い唸りを上げています。
「これって普通に不味いですわよね。確かにアルデンティア殿下たちの実力なら倒せない事もないのでしょうけど、如何せん経験の浅さが隙となっていますわ」
私の指摘に腕組みをして考え込むジミー。
「よし、アルジミールとライオネスはボール魔法で魔物の数を削ってくれ、俺とロナウド、フィリーは投石だ。ラビアナ嬢はアルデンティア殿下たちとの交渉役を頼む。下手に俺たちが声を掛けても上手くいくとは思えないからな。
それじゃ始めるぞ、アルデンティア第四王子殿下、援護いたします!!」
ジミーの声に驚きの表情を浮かべるアルデンティア殿下。
その後私達の加勢もあり、イレギュラーのブラックウルフたちはアルデンティア殿下の<ファイヤーランス>により無事に討伐されたのでした。
だからアリス、そのキラキラした眼差しをこちらに向けるんじゃありません、討伐したのはアルデンティア殿下なのですからそちらに目を向けなさい!!
何故かこちらに感動の眼差しを向けるアリスとどこか不満げな表情をするアルデンティア殿下たちの様子に、イレギュラーイベントが失敗に終わった事を感じがっくりと肩を落とす私なのでした。
本日二話目です。
いってらっしゃい。
by@aozora