転生勇者の三軒隣んちの俺   作:@aozora

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第61話 転生勇者、お買い物を楽しむ

“カランカラン、カランカラン、カランカラン”

辺境の寒村、マルセル村に鳴り響く大きな鐘の音。

春の訪れと共に忙しく働いていた村人の顔が一斉に笑顔に変わる。

 

今年も彼らがやって来てくれた、それはこの寒村にあって本当に必要なものを届けてくれる戦士たちの来訪、行商人モルガン商会のギース氏の訪れを告げる合図に他ならなかったからである。

 

「お父さん、ギースさんたちが着いたよ、早く行こうよ」

その瞳をキラキラさせ父トーマスを促すジェイク。村に訪れる行商人は彼らにとって娯楽以外の何物でもなかった。

特にモルガン商会のギース氏は偉ぶらず、子供たちにも優しく接し、何より多くの外の話を知っていた。彼の語る物語は、村の子供たちにとって宝石のように輝く憧れであり宝物であった。

 

そしてモルガン商会の行商人には必ず腕の立つ護衛が付いていた。その護衛こそチビッ子軍団が憧れてやまない現役冒険者であり、彼らにとって護衛から齎される冒険譚は、どんなご馳走よりも楽しみにしていたご褒美であった。

 

「落ち着けジェイク、焦らなくてもギースさんは逃げたりしないから。それじゃマリア行って来る。セシルさんも言っていたが今が一番大事な時期だ、悪いが家で留守番していてくれ。麦の穂が出る頃には動いても良いそうだからもうしばらくの辛抱だ、後の事を頼む」

 

暖炉前の椅子に腰掛け身体を休める妻マリアに優しく声を掛けるトーマス。春とは言え未だ冷えこむこの季節、大事な身体である妻に無理をさせる訳にはいかない。

妊娠初期の安定期に入るまでの期間は妊婦にとって特に重要な時期である。医療の発展がそこまででないこの国の更に寒村、医師などと言う高尚な存在がいる訳もない、そんな環境で元助産師のセシルお婆さんに助言が貰えるという事は奇跡にも近い幸運であった。

 

「分かっているわよトーマス。でもそう考えるとこの村に来た時は随分無理をしていたのね。本当にジェイクが無事に生まれてくれてよかった。

今度の子は男の子かしら、女の子かしら。私としてはどちらでもいいんだけど、でもエミリーちゃんを見てると女の子も捨てがたいのよね~。悩むわ~。あなたも子供の名前を考えておいてね」

 

そう言いお腹をさすりながら愛おしそうな目を向けるマリア。そんな妻の姿にトーマスも優しく目を細める。

 

「おう、分かってるよ。それに男の子の名前ならもう考えたぞ、”ロバート”、どうだ、賢そうな名前だろ?これからこの村はどんどん発展する、そうしたらやっぱり頭のいい子の方が何かと生きやすいんじゃないかと思って必死に考えたんだ」

 

どうだと言わんばかりに胸を張る夫トーマスに、いつまでも子供なんだからと苦笑するマリア。

 

「ロバート、ロバート。うん、良いわね。だったら女の子の名前は私が考えるわね。可愛らしい子に育ってほしいから、どんな名前がいいのかしら?」

 

「あ、それだったら始まりが<ケ>の名前と<シ>の名前は止めてくれ。<シ>の名前は現村長シンディー・マルセルさんの事が思い出されちゃうし<ケ>は・・・」

 

そう言い言葉を詰まらせるトーマスに乾いた笑いを浮かべるマリア、彼らの脳裏に浮かぶのは背中から魔力の腕を生やし何本もの材木を笑顔で運ぶ二人の子供の姿。

 

「う、うん。そうね、<ケ>は駄目ね、<ケ>は」

 

再び乾いた笑いを浮かべ“行って来る”と声を掛け家を出るトーマスと、“いってらっしゃい”と引き攣った笑顔で見送るマリアなのでありました。

 

「お、ジェイク君じゃないか、ずいぶん大きくなったな~。剣の修行は順調かい?」

そう声を掛けて来たのはモルガン商会の護衛に就いている冒険者、ソルトであった。

 

「ソルトさんお元気そうですね。また会えて嬉しいです。しばらく滞在するんですか?良かったら剣の修行を見て欲しいんですが」

目を輝かせ憧れのスターに話し掛ける様な態度の少年ジェイクに、気を良くする銀級冒険者ソルト。

 

モルガン商会と共にあちこちの村に赴く彼ら護衛の冒険者は、ある意味商会の顔とも言える為その選定はしっかりと行われている。中でもソルトは長年護衛を任されるほどの信頼を得ている一流の冒険者であり、顧客である村人への態度もとても礼儀正しく物腰も柔らかい。

それは冒険者としての正しい姿であり、ジェイクたち村の子供にとって尊敬すべき大人の一人であった。

 

「そうだな、明日は一日ゆっくりしていいとギースさんにも言われている。ジェイク君たちがどれほど腕を上げたのか、この銀級冒険者ソルト様がしっかり見てあげようではないか。ワハハハハ」

そう言い高笑いを上げるソルトは、子供好きなサービス精神に溢れた男であった。

 

「こらソルト、そんなところで遊んでないで少しはこっちも手伝ってよね。あら、ジェイク君じゃない、大きくなったわね~。すっかり男前になって来て。これは授けの儀が楽しみね」

そう声を掛けて来たのはやはりモルガン商会の護衛依頼で村を訪れた銀級冒険者のベティーであった。

 

彼女はソルトと共に冒険者パーティー<草原の風>を組み活動する女性冒険者であった。

以前は別のパーティーに所属し活動していたらしいのだが男女間のいざこざでパーティーは解散。以来ソルトと共に護衛依頼を主体に活動しているとの事であった。

いつだったか何かの機会でお酒を浴びるように飲み、“男がなんだ~、やっぱり胸が重要か~!あのハーレムクソヤロー”とか騒いでいたことは知らなかった事にしておいてあげよう。

 

「ベティーさんお久し振りです。今年もお会い出来て光栄です。良かったらまた冒険のお話を聞かせてください」

そう言いぺこりと頭を下げるジェイク。ベティーはそんな彼の赤毛の髪をくしゃくしゃと撫でて、”仕方がないな~、特別にお姉さんがお話しを聞かせてあげよう”と言ってニッコリ微笑むのであった。

 

 

「ジェイクく~ん、こっちこっち」

村長宅前の小さな広場にはすでに多くの村人たちが集まっていた。彼らは一様に目を輝かせ、並べられた商品を食い入るように見定めていた。

 

「エミリー早かったね。ミランダおばさんは今日は来れないんでしょ?代わりに何を買っていくのかちゃんと聞いて来た?」

ジェイクの質問にニヒヒと笑みを浮かべるエミリー。

 

「その辺は大丈夫、必要なお買い物は全部ドレイク村長代理がやってくれる事になってるから。だから今日はゆっくりお買い物を楽しんでいらっしゃいってお母さんが。ほら、こんなに木札を預かって来たの」

それはこの村ならではの村内通貨“木札”、各木札には幾つかの焼き印がされており、それが木札の通貨単位を表していた。

 

うわ、これって銀貨十枚分以上あるじゃん、ミランダさん渡し過ぎだよ~。一体エミリーに何を買物させるつもりなのさ。

 

「えへへ、これでね、新しいお洋服を買っていらっしゃいって、去年ギースさんに頼んでおいたから届いているはずだって。今は育ち盛りだからその辺も考えて選んできているはずだって言ってたの」

あ、それなら納得。

この世界、とにかく物流が大変。ただ商品を運ぶだけでも馬の飼育やら護衛やらでとにかくお金が掛かる。それを何日も時間と労力とお金を掛けてこんな辺境に届けてくれるんだからその分商品の値段が高くなっても仕方がない。しかも魔物や盗賊が出るって言うおまけ付き、行商人はまさに命懸けの仕事なのだ。

 

「お、エミリーちゃん、これはまた一段と綺麗になって。春先になると色んな所で顔色の悪い子供を見るけど、この村の人たちは皆健康そうでなによりだよ。

ドレイクの奴が言っていた“春の挨拶から生き残れてよかったねと言う言葉を無くす”と言うのはこういう事だったんだね。

エミリーちゃんを見てその意味が良く分かったよ、これもビッグワーム農法のお陰、エミリーちゃん、ジェイク君、本当に良かった」

 

そう言い優しい笑みを浮かべる行商人のギースさん。いつも面白いお話しを聞かせてくれるギースさんは心の底からそう思っている様であった。

 

「そうだそうだ、はいこれ。ミランダさんから頼まれていたエミリーちゃんのお洋服。領都中を探し廻って見つけた一品だよ、おじさんはよく似合うと思うんだけど気に入ってくれると嬉しいな」

 

そう言って包みから取り出した洋服は空色をした可愛らしいワンピース、腰巻にリボンが添えられており丈の調整も可能、スカート裾にはフリルがあしらわれ腕周りは裾が大きく付けられている。春の花々に舞い降りる蝶をイメージしたと言われても納得の可愛らしいワンピースであった。

 

「うわ~、可愛い~」

瞳を輝かせてワンピースを見詰めるエミリー、もう彼女の耳には何も聞こえてはいないだろう。

 

「はい、銀貨七枚だよ。お会計は村長の所のジェラルドさんがしているから、この商品を持って行って木札を渡してね」

そう言い広げたワンピースを丁寧にたたみ、再び布地に包むと丁寧にエミリーに渡すギースさん。

 

「ありがとうございます、ギースさん♪」

エミリーはギースさんにギュッと抱き付いたあと、その包みを持ってジェラルドさんの方へ走って行くのでした。

 

「ギースさん、エミリーがあんなに喜ぶ姿を見れたのは嬉しいんですけど、あのワンピースに銀貨七枚は安過ぎません?それこそこの村まで持って来てくれたことを考えたら銀貨十枚はしますよね」

そう、破格な程に安かったのだ。それほどまでにあのワンピースは素晴らしい品だった、銀貨二十枚と言われても納得してしまう程に。

 

「うん、ジェイク君はこの辺境の地にあって中々物の価値が分かってるね。確かにあのワンピースに銀貨七枚は安過ぎる。でもそこはミランダさんとの約束だったからね。

ジェイク君は冬に入った頃この辺一帯で流行り病が起きた事は覚えているかな?実はあれ、オーランド王国全体でもかなりの猛威を振るってね、このグロリア辺境伯領も例外じゃなかったんだよ。

その為慢性的なポーション不足と治療薬不足に陥ってね、ミランダさんにはずいぶんと無理をして貰ったんだよ。

 

あのワンピースはその事に対する特別報酬、本当はお金はいらないって言ったんだけど、それじゃ子供の教育に良くないからって言われてね、仕入れ原価だけ頂いたって訳さ。

実際あれを商材として扱うなら最低でも銀貨十五枚、普通に売って二十枚って所じゃないかな」

ですよね~、空色のワンピース、凄くおしゃれですものね~。多分領都でも人気のお店の商品なんだろう。それほどにあのワンピースを身体に付けたエミリーは輝いて見えた。

 

「ところでジェイク君はどんな商品をお探しなのかな?」

 

「はい、僕はナイフを見に来ました。トーマスお父さんが今年で九歳になるお祝いに買ってもいいって。僕お兄ちゃんになるんです、だからもっと強くなって下の子を守れる様にならないと。

男の子だったら剣術を教えてあげたいな。女の子だったら・・・やっぱり剣術かな?僕、他に知らないし」

 

「ハハハハ、そうか、お兄ちゃんになるのか。どおりでマリアさんの姿が見えないと思ったよ。だったらしっかりとしたナイフを選ばないとな。

なに、支払いはトーマスさんにがっちり払ってもらうから心配しなくていいぞ、ドレイクの奴が木札貸し付けもやってるからな。説得なら任せておけ、長持ちする逸品を売りつけてやろう」

そう言い悪い笑みを浮かべるギースさん、流石歴戦の行商人、頼もしい。

その後本当に素晴らしいナイフを譲ってくれたギースさん、”この品は領都でもなかなか手に入らない物だから大事に使うんだよ”と言って革製の腰巻と一緒に渡してくれました。

 

「銀貨七十八枚、月々銀貨三枚の二十六回払い。マリアになんて言い訳しよう」

腰に添えた初めての本格的な武器にテンション上がりまくりの少年ジェイク、対して勢いに押され思わぬ高級品を購入してしまった父トーマス。

“お父さん、僕、明日からも頑張って修行するね”と言い満面の笑みを浮かべるジェイク。そんな息子の喜ぶ顔に、力なく微笑みを返す立場の弱い父トーマスなのでありました。




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