「うん、まぁいいや、取り敢えず中に入ったら?話はそっちで聞くから」
一度眉間の皺を揉んでから屋敷の中に入るように促すケビンお兄ちゃん。俺たちは互いに顔を見合わせた後、先ずは話を聞いてみようと開いた御屋敷の鉄柵門へと向かうのでした。
「えっとこちらの見るからに高位貴族の御令嬢といった雰囲気のお嬢様はお友達かな?
あっ、御身分は仰らないでくださいね、面倒事は苦手なので。私はそこのジミーの兄でケビンといいます。身長は大分違いますが実の兄ですからね?
俺が母親似で、弟は父親似なんです。顔つきは俺が父親似で弟が母親似かな?村では似ていない兄弟って言われてましたけどね、ハハハハハ」
そう言い早速予防線を張るケビンお兄ちゃん、その警戒心は流石です。
「えぇ、そうですわね。では私の事はラビアナとお呼びくださいまし、ただのラビアナと」
「いや~、お話の分かる御方で助かります。では皆さん、どうぞこちらへ」
そう言いケビンお兄ちゃんが案内した先はよく手入れのされた緑豊かな庭園でした。
「お帰りなさいませ、ご主人様。本日は大勢のお客様をお連れの様で」
不意に掛けられた声、そこにはいつのまにか壮年の執事服姿の男性が。
「ただいま、ジェームス。初めましてになるかな、この背の高いのがジミー、俺の弟。今年から王都中央学園に通うことになった一年生だ。隣からジェイク君、エミリーお嬢様、フィリーちゃん、ディアさん、それとこちらがモルガン商会王都支店にお勤めのロイドの兄貴。何か入り用の物があれば大概用意してくれる凄腕商人だから覚えておいてくれ。
それとこちらのお二人はジミーたちのご学友とそのお付きの御方かな?
まぁ粗相がないように接してくれれば大丈夫だと思う」
「はい、畏まりました。ご主人様の弟様が当屋敷にお見えになるとは、これに勝る喜びはございません。
これからもどうぞよろしくお願いいたします」
そう言い深々と礼をするジェームスさん。
「「「「「・・・ごめん、ケビンお兄ちゃん、理解が追い付かない」」」」」
何故かご主人様と呼ばれ畏まられるケビンお兄ちゃんと、それを当然の事として受け入れるケビンお兄ちゃん。その姿はまるでお貴族様とその使用人の様、ってケビンお兄ちゃんお貴族様だったわ。ケビン・ワイルドウッド男爵様じゃん。
えっ、って事はまさか?
「う~ん、取り敢えずお茶にしようか。ジェームス、客間に向かう、人数分の飲み物を頼む」
「畏まりました、ご主人様」
そう言い一礼をしその場から離れていくジェームスさん。その所作はとても洗練されていて。
「なぁジェイク、気が付いたか?あのジェームスさん」
「あぁ、全く足音がしなかったな。それどころか服の衣擦れの音すら。
スキルによるものか、それとも純粋な技術か。いずれにしても侮れないな」
「「「「「流石ケビンお兄ちゃんのところの使用人、あそこの使用人って全員おかしい」」」」」
王都に来て、一般というものに触れて初めて分かった事。ケビンお兄ちゃんのところの従業員って普通じゃないよな~。使用人としての所作は完璧、それどころか一人一人が一騎当千って意味が分からない。まともなのって“ポンポコ山のお店屋さん”の店員をしているベルガさんと看板娘のルインさんくらいじゃ。
まぁ頭部にラクーン耳を付けている獣人族がオーランド王国で普通かと聞かれれば悩むところだけども。鬼人族の白雲さんは・・・逸般人でしたね。修羅の国の最前線を行く御方でございました。
「えっ、どういう事ですの?あの気配を完全に消して現れた執事が、この屋敷の使用人の標準ですの?」
何か混乱なさってるラビアナ様、ご自身も“隠形系お嬢様”なだけあってその凄さが分かるんでしょう。
でもな~、月影さんや残月さんはもっとヤバいからな~。あの二人にはいろんな意味で勝てる気がしません。
“コトッ、コトッ、コトッ、コトッ、コトッ、コトッ、コトッ、コトッ、コトッ”
長テーブルに並べられたティーカップからは、新緑の若葉のような新鮮な香りが立ち昇る。ティーカップを用意したメイドが一礼をし、ジェームス執事と共に部屋の壁際で待機する。
「ロイドの兄貴は初めてですかね、これはマルセル村の新たな特産品にしようと栽培を行っている茶葉で、マルセル茶と言います。
口腔を抜ける爽やかな香りが特徴で、気持ちを落ち着けたり気分転換を促したりする効果が期待できるお茶になります」
ケビンお兄ちゃんはそう言うとティーカップに口を付け、俺たちにもどうぞと視線で促すのでした。
「ほう、確かにこれは美味しい。ほんのりと甘みを感じるのがまたいい。
ケビン君、これは」
「あぁ、すみません。マルセル茶はまだ量産体制が整っていないんですよ。如何せん蒸し茶というものは職人を育てるのに時間が掛かりますから。
村でも移住者を募集しているんですけどね、中々これといった人材が。それに皆すぐに逃げ出しちゃうんですよ、これといった娯楽もない村なんで致し方がないんですが」
そう言い肩を竦めるケビンお兄ちゃん。でもケビンお兄ちゃん、それって理由が違うと思いますよ?多分ですが、ケビンの実験農場が原因かと・・・。
「そうですか、それは残念。商材としては有望だと思うんですが、無理を言って品質を落としてしまっては本末転倒ですからね。
それはそうとこの御屋敷です。ケビン君は先程“ご主人様”と呼ばれていましたが」
そう、問題はここ、何でケビンお兄ちゃんが“ご主人様”と呼ばれていたのか。
「あぁ、それですか。うすうす気が付かれているとは思いますが、この屋敷は俺の家ですね。昨年縁があって購入いたしました」
そう言いドヤ顔を決めるケビンお兄ちゃん。
「えっ、それって今みたいにきれいになる前の話ですよね、“商人街の悪夢”と呼ばれていた」
「はい、そうですね。“商人街の悪夢”、有名な冒険者や教会関係者がどうすることも出来なかった特級危険物件、王都に存在する呪われた屋敷。
そんな夢の様な屋敷が目の前にあったら購入してしまうのが男ってものでしょう。ロマンですよ、ロマン、最高の悪夢をあなたにって奴ですよ♪」
そう言い満面の笑みを浮かべるケビンお兄ちゃん。
「「「「「やっぱりケビンお兄ちゃんはケビンお兄ちゃんだよ、一体何をやってるのさ、ケビンお兄ちゃん!!」」」」」
「ん?ロマンの追及!!」
俺たちの抗議の声にドヤ顔で返すケビンお兄ちゃん。わ~~~~ん、久々の理不尽は意味が分からないよ~~~~!!
「はっ?呪われた屋敷と分かっていて購入されたのですの?ちょっとジミー、あなたのお兄様って何かご病気でも患っていらっしゃるの?」
「あぁ、言いたい事は分かる、勇者病<仮性>の事だろう?
ケビンお兄ちゃんは末期症状だ、最早取り返しのつかないところまで来ている。
村では勇者病<仮性>重症患者と呼ばれていたな、本人はその事を誇りに思っているみたいだが」
そう言いどこか諦めたような表情で遠くを見つめるジミーに、「あなたも苦労なさっていますのね」と慰めの言葉を掛けるラビアナ様。何とお優しい。(涙)
「えっと、そういう事だとケビンお兄ちゃんって王都に住んでるの?
まだ新婚さんでしょう?パトリシアお姉ちゃんに怒られない?」
エミリーの当然の疑問、あのマルセル村第一主義にして新婚のケビンお兄ちゃんが王都に屋敷を持ってるって一体どういう事?状況からすれば住んでるって事になるんだけど。
「ん?前に言わなかったっけ?時々みんなの様子を見に来るって。グロリア辺境伯家王都屋敷とモルガン商会王都支店に様子を聞きに行くって。
さっき両方行って来たところだよ?って言ってもどっちも特に変わりないって話しかなかったけどね。ロイドの兄貴は皆と出掛けてるって事で会えなかったけど、問題がないんならいいかなって。
それよりも酔い止め薬と胃薬の納品量を増やせないかって頼まれちゃったよ。ワイルドウッド調薬店は繁盛させてもらっております。
それで何で王都に屋敷を構えるのかって話になるんだけど、何度も王都に来るのに拠点がないと不便なんだよね。俺ってば基本飛んで来るし、街門前に降り立つと騒ぎになるじゃん?
だったら騒ぎになりそうにない場所を購入しておけばってことになる訳ですよ。
そうしたらあるじゃないですか、絶好の場所が。人があまり近付かない、多少の騒ぎじゃ気にも留めない。呪われた屋敷、最高じゃね?」
そう言い再びティーカップを口に運ぶケビンお兄ちゃん。
「「「「「「「「イヤイヤイヤ、そこでなんで呪われた屋敷の購入に繋がるの?それっておかしいから!!」」」」」」」」
その場にいる者全員からのツッコミ。気持ちは一つ、“ケビンお兄ちゃんはおかしい”。
そんな俺たちの反応に、「え~、便利なのにな~」と唇を尖らせるケビンお兄ちゃん。すねても全然可愛くないです!!
「あの、少々よろしいでしょうか?そもそもの話、この屋敷が呪われていたというのは本当の事だったのでしょうか?
先程までの話を聞いていても、高位冒険者や教会の聖職者が解決に乗り出して失敗したとか。であるのならどうしてケビンさんはこの屋敷にこうして主人として振る舞っている事が出来るのでしょうか?
仮にその呪いが本当だとすればケビンさんがその呪いを解いたという事になるのですが」
フィリーからの問い掛けに皆の目がケビンお兄ちゃんに向く。幽霊の正体見たり枯れ尾花の言葉の通り、実は勘違いだったという事も・・・それはないか、ケビンお兄ちゃんだし。
「うん、いい質問です。それじゃ一つずつ答えるね。
まずこの屋敷が呪われていたかどうか。結論から言えばガッツリ呪われていました。怨霊がウヨウヨ、まぁ酷い有様でございました。
俺としてはいいもの見れたって感じです。
次に俺がその呪いを解いたのかという話ですが、俺がそんな事する訳ないじゃないですか、勿体無い。
さっきも言ったけど、俺がこの屋敷を購入した目的はマルセル村から王都に訪れる際の拠点です。出来れば人が近寄らないような場所、呪われた屋敷なんて最高、そんな思いで購入しているのに呪いを解いてどうするのさ。
ですのでこの屋敷は相変わらず呪われた屋敷ですよ?
まぁそれでも自らの意思とは関係なく縛り付けられちゃっている人をそのままってのもね。ですので成仏してみてはいかがですかってお話くらいはしましたけど」
「・・・ん?今ケビンお兄ちゃんは何て言ったの?ジミー、ちょっと俺には理解出来ないんだけど」
「悪いジェイク、俺にも無理だ。同じ言葉を話しているはずなのに全く理解出来ない。こういう場合どうしたらいいんだ?」
互いに顔を合わせ首を捻る俺とジミー。
ケビンお兄ちゃんが呪われた屋敷を買った⇒リフォームした(呪いはそのまま)⇐今ここ、でOK?
「失礼しますわ。先程のお話ですとこの屋敷は多くの怨霊蠢く呪われた屋敷であった、そしてその呪いは今も続いているという事ですけれども、そうしたおどろおどろしい気配は一切感じないのですけれども、その怨霊たちは夜にならないと出ないという事なのかしら?」
ラビアナ様の核心に迫る質問に再びケビンお兄ちゃんに顔を向ける俺たち。
「えっと、いるよ?怨霊。この場合死霊?この世の全てを呪うといったような恨みは持ってないみたいだけど、勝手に屋敷内に入ったりするとガッツリ呪われるよ?
まぁ普段この家にいない俺からするとこれ程頼りになる防犯もないけどね。
だからさっきも危なかったんだよ?俺がいなかったら何をされていたか分からなかったんだからね?
因みに光属性魔法の<ターンアンデッド>も効きません。これ、実験済みだから。
さっきの話でも教会の関係者がどうにも出来なかったって言ったでしょう?当然聖水や<ターンアンデッド>は試していると思うよ?それでもどうにもならないから諦めたんだろうけどね」
そう言い肩を竦めるケビンお兄ちゃん。
「えっ、どこにいるの!?冗談だったら止めてくれない、怖いから」
「いや、何処ってさっきからいるじゃん」
そう言いケビンお兄ちゃんが指をさす先、そこには執事のジェームスさんとメイドさん。二人はこちらにニッコリと笑顔を向けた後、まるで景色に溶け込むようにゆっくりと薄くなってやがて姿を消すのでした。
「いや~、折角王都に屋敷を買っても管理する者がいないんじゃどうしようもないじゃん。で、この場所には怨霊がいると。だから面接して雇ってみました。
凄くよく働いてくれるんだよね、庭も屋敷も見違えるようにきれいになったし。やっぱり思い入れが違うと結果に現われるよね。こうなるとやたらな人材は雇えないわ~」
全ての話は終わったとばかりに満足気にティーカップを口に運ぶケビンお兄ちゃん。
「「「「「ケビンお兄ちゃんだから仕方がない」」」」」
久々に唱えられた精神安定の呪文。
俺、なんかもう疲れちゃったよ。
口を開けたままポカンとするラビアナ様たちをよそに、帰りに何か食べていこうと相談する俺たちなのでありました。
本日二話目です。
いってらっしゃい。
by@aozora