「うわ~、凄~い!!」
それは王城前広場に設置された噴水施設。まるでダンスでも踊るかのように次々と噴き出しては止む水の演出に、感嘆の声を上げるアリス。
「ハハハハ、この王城前広場は王都民の憩いの場でね、この噴水は言わば王都バルセンの平和の象徴ともいえるものなんだ。
造られたのは今から三百年ほど前、大賢者シルビア・マリーゴールドの作と言われている。それから今日まで数多くの者たちによって伝え守られてきたこの噴水施設は、王都の平和を見守ってきたとも言えるんだよ」
そう言いアリスに柔和な笑みを向けるアルデンティア第四王子。
目の前では噴水から飛び散る水しぶきにキャッキャと騒ぎながら純粋な笑顔を見せるアリスの姿。
これまで自身の周りでこれ程までに純粋無垢な女性などいたのだろうか。<聖女>アリスを自身の陣営に取り込む事は、王家における自らの立場を確固たるものにする為に必要な措置。
<聖女>という手駒を手に入れる、自身の行動はその一点に集約される。
・・・だがこの胸に広がる暖かな気持ちは一体なんだ?
嬉し気にはしゃぎ満面の笑みを向けるアリス、その姿を見る事に喜びを感じる自身。今日の王都観光とてアリスとの仲を深め、友情という鎖でアリスを縛り付ける為の優しい罠であったはず。
「アルデンティア様、あの、噴水の水底に銅貨が落ちているのですが、これは一体どういうことなんでしょうか?」
「あぁ、それは縁起担ぎの為のおまじないだな。この場を訪れた者たちが、再び共にこの地に来れますようにとの思いを込めて噴水を背に銅貨を投げるんだ。
ほら、丁度そこの者がやっているだろう?」
それは一組のカップルが掌に載せた銅貨を噴水に向け飛ばす光景。楽しげに笑い合いその場を去って行くカップルの姿に、目を輝かせるアリス。
「アルデンティア殿下、あの、その・・・」
もじもじとしながら上目遣いを向けるアリスの様子に、クスリと笑みを浮かべるアルデンティア。
「フフ、しかたのない子だな、アリスは。
ほら、一緒にやろうか」
「はい!!」
花の様な満面の笑みを向け子犬のように傍によるアリスに、思わず笑みを漏らすアルデンティア。
「「そ~れっ!!」」
重ねられた手、放物線を描き宙を飛ぶ銅貨。
“ポチョン”
音を立てユラユラと水底に沈んで行く銅貨。三百年間この場にあり続ける噴水は、そんな若者たちの願いをやさしく受け止めるのであった。
「うわ~、人が一杯。初めて王都に来た時も思ったんですけど、王都って常にお祭りでもしてるんですか?」
そこは王城から少し離れた商店街、多くの庶民向けの店が立ち並ぶそこは、若者が多く集まるとされる人気の買い物スポットでもあった。
「おい、アリス、少し落ち着け。王都に来て初の買い物に浮かれる気持ちは分からんでもないが、はしゃぎすぎて迷子にでもなったらどうする」
「そうですよアリス、この王都は王家の御威光により比較的平和な街ですが、それでもどこに落とし穴があるかなど分からないのです。
日頃から慎重に行動する事を忘れてはいけません。そんな事をしようものならフィリー師匠のシゴキがさらに増えてしまうではありませんか」
はしゃぐアリスにまるで兄の様に言葉を掛けるラグラと、共に修行する仲間のように注意を促すカーベル。
「あっ、うん、ごめんなさい。でもフィリーちゃんはそんな事はしないと・・・カーベル様ごめんなさい、カーベル様の言う通りかも」
同室であり親友でもあるフィリーの事を思い出し、シュンと肩を落とし反省の色を見せるアリス。
「アハハハ、まぁまぁ二人ともその辺で。アリスも初めての買い物がうれしくて仕方が無かったんだよね?
でも二人の言っている事も本当の事だから気を付けようね?
そんな皆には僕のおすすめの焼き菓子屋さんを紹介しちゃおうかな~♪
この店は王都の若者たちの間じゃ一番の注目の店なんだよ?うちの若いシスターたちも休日にはよく足を運ぶくらいの人気ぶりなんだ」
そう言い皆を先導するピエールの言葉に途端笑顔になるアリス。
そんな子供のようにころころ変わるアリスの表情に思わず笑い出すアルデンティア第四王子と側近たち。
彼らの心に吹く爽やかな風、この楽しい時間がいつまでも続けばいい、そんな思いがゆっくりと広がって行く。
「ピエール様、早く行きましょう。私、焼き菓子って大好きなんです~♪」
無意識に直ぐ傍にまでより下から見上げるアリス、そんな天然のアリスの行動に、ドキリとして鼓動の早くなるピエール。
見目麗しい女性など数多く見て来たし、そんな彼女たちが内心どの様な事を考えているのかなど嫌という程耳にして来た。
自らの外見を利用し、多くの者に取り入って来たピエールにとって、女性とは利用するもの以外の何ものでもなかった。
「そんなに焦らないの、楽しみはゆっくりと味わわないと。
この商店街には他にも可愛い小物を扱う店なんかもあるんだし、あてなくぶらぶらするのが王都流ってね?
アルデンティア殿下、どうです?今日の記念にアリスに似合いのペンダントでも選んであげては」
「そうだな、アリスはなんでも似合いそうだけど、一緒に選ぶというのも楽しそうだな」
若者たちはそぞろ歩く、王都の商店街を気の向くままに。少女の浮かべる弾けるような笑顔に心をざわつかせながら。
―――――――――
「クハッ、これは堪りませんわ。天然アリスならではの純真さにアルデンティア王子殿下をはじめとした皆様方もメロメロではないですの。
アリスをメロメロにして言う事を聞かせようとしていたはずなのに、逆に翻弄されつつある見目麗しい男たち。
これですわ、これ。これこそが私が求めて止まない学園恋愛模様!!く~~~~、堪りませんわ~~~!!」
商店街の一角、行き交う人々を眺めながら、そんな感想を漏らすラビアナ嬢。
「う~ん、確かにあのアリスさんって強いわ。アルデンティア王子殿下たちがさりげなくエスコートして自己アピールしているにもかかわらず、その悉くを笑顔で跳ね返している。
自らの仕掛けた行動で逆にドツボに嵌まって行くアルデンティア王子殿下たちの姿を見るのは、ちょっと面白いかもしれない」
思わず彼女の意見に同意を示す俺。
「いや、アリス嬢の凄いのはそこだけじゃないぞ?あの天然振りが真価を発揮するのは相手に対する好意が高まった時だ。
周りの者がアリス嬢本人ではなく<聖女>アリスとして接した場合、その力は周囲の者の腹筋を直撃するだろう。
俺はそれが見たい!!」
なぜかデートハプニングを期待するジミーとそれに頷きで応えるフィリー。学園ダンジョン攻略でお前たちに一体何があったし、聞き出そうにも思い出し笑いでまともな会話にならないって言うね。
「ラビアナお嬢様、次の観察地点に移動しましょう。先程確認してまいりましたが、やはり焼き菓子屋は王家側の手が入っている様子、周辺の客は全て扮装した警備の人間でした。
ですので今のうちに小物屋の観察地点に移動する事が得策かと」
メイドのコリアンダさんの声に急ぎ移動を開始する俺たち。同じメイド服のディアが「あなた、相当にやりますね」と互いに顔を見合わせて笑顔を向け合っていたのは、ライバル認定でもしていたのだろうか?
未だ視線の先にはあっちにフラフラこっちにフラフラしようとするアリスを、言葉たくみに誘導しようとするアルデンティア王子殿下一行の姿。そしてその周りを自然な形で取り囲み移動していく警備の皆さん。
その姿はまるで前世のテレビ番組で見た“はじめての○○○○”の撮影スタッフのよう。
「コリアンダさんにお聞きしたいんですが、王家の方々のお忍びっていつもこんな感じなんですかね」
俺が視線を移さずに質問すると、「あぁ、アレですか」と言って言葉を返すコリアンダさん。
「そうですね、普通お忍びというと身分を隠して数名の護衛と共に街に出る事が多いですね。
無論その際は影の護衛が着きますが、護衛対象もその事が分かっているのであまり目立った行動はしません。
今回のように友人と連れ立ってといった目立つ行為の場合はどうしても周囲の注目を浴びますから、その分護衛も多くなるものかと。
変装も何もなさらないで学園の制服のままこれ見よがしに街に繰り出すなどまずありえませんし、そうした場合は王家が王都民と共にあろうとしているという事を喧伝する為の行為である事がほとんどです。
前回行かれた王都教会での奉仕活動などがそれにあたりますね、今回の王都観光も王家側としては王都視察を兼ねた喧伝行為と捉えているのではないでしょうか」
「「「「「なるほど、そう言う意図があったんですか」」」」」
俺たちはコリアンダさんの言葉に納得しつつ、それならこの警備も当然かと深く感心するのだった。
――――――――
「うわ~、きれいなお屋敷が沢山。カーベル様、ここは一体どういった場所なんですか?」
そこは商店街から馬車で少し走った場所にある閑静な住宅街、周囲にはそれなりの庭園を備えた屋敷が整然と立ち並んでいる。
「ここは商人街と呼ばれる平民の住宅地区ですね。商会主であったり貴族籍を持たない役人であったり。王都に於いて成功者と呼ばれる者たちが住み暮らす街、それがここ商人街となります」
「へ~、そうなんですか~」
王侯貴族社会において貴族と平民との間には隔絶した身分の開きがある。それはオーランド王国の根幹であり秩序。その事を否定する事は国家そのものを否定する事であり、王国民として決して行ってはいけない事。
そんな社会体制の中でも自らの才覚により地位や名声を上げ財を成した者たち。商人街はそんな王国においても一握りの者たちが住み暮らす場所であり、王都民の憧れの住宅街であった。
「ただしそれは表面的な部分、そんな成功者を称賛する者たちばかりじゃないのがこの世の中というものなんだ」
移動する馬車の中、低い
「それは月の美しい晩の事だった。人通りもなく辺りはすっかり寝静まった、そんな時刻。
“ギィ~~~~~~”
開かれた鉄柵門、忍び寄る影。
「誰だ!?」“グサッ”
最初の犠牲者は夜番を行っていた執事だったとか。
繰り広げられる凶行、男も、女も、子供も。
一夜の惨劇、翌日現場を発見したものは恐怖に身を震わせたそうだよ。
ただね、真の恐怖はここからだったんだ。
最初の犠牲者は競売でこの屋敷を落札した不動産商会の者だった。吹き寄せる生暖かい風、季節に関係なく襲う悪寒、耳元に聞こえる女の叫び、恐怖に逃げ出そうにも足が動かない。
恐る恐る下げた視線、そこには地面から延びる無数の手が、まるですがるように足を掴んでいる姿が見えたそうだよ。
以来数十年、何度も持ち主を変えながらもいまだ存在し続ける王都の伝説、“商人街の悪夢”。
高位冒険者や教会関係者の悉くが解決に失敗した曰く付きの物件。
そんな王都の闇に、アリスを招待しようじゃないか」(ニヤリ)
“ヒィーーーー!!”
咄嗟に隣に座るアルデンティア第四王子の腕にしがみ付くアリス。
「ハハハ、アリス、大丈夫だよ。“商人街の悪夢”と呼ばれる屋敷は確かに存在するけど、王都の若者たちの間では肝試しの場所として有名になっているんだ。
そこが本当に恐ろしい場所であったのなら、未だに処分されていない訳がないだろう?まぁこの王都にはそう言う場所もあるといった程度に、気軽に構えていればいいよ。
何かがあっても僕たちがアリスの事は守って見せるからね」
そう言いアリスに優し気な笑顔を向けるアルデンティア第四王子。アリスは目に涙を溜めながら、「本当ですか?守ってくれるんですか?」と、声を震わせ上目遣いに訴える。
““““可愛い””””
その場にいる男たちの思考が、一瞬にして染められる。庇護欲を誘う小動物的少女を前に、手を差し伸べようとする者、男らしさを見せようとする者、自身の煩悩と戦う者、
“ガタガタガタガタ、ガチャンッ”
馬車が止まる、そこは閑静な住宅街の外れ。人通りもない、そんな場所。
「ここが“商人街の悪夢”・・・」
目の前に見えるのは綺麗に手入れのされた庭と落ち着いた雰囲気の御屋敷。鉄柵門には看板のようなものが下げられており、そこには“この場所は私有地です。勝手に入らないでください。~家主~”との文言が書かれている。
「ピエール、これは一体どうなっている?この場所が“商人街の悪夢”と呼ばれる屋敷で間違いないのか?」
「はい、それは確かです。教会の資料で確認いたしましたので。
確か昨年購入した者が現れたとの話が噂になった事があり、今度の持ち主はどれくらい持つのかといった賭け事が行われたという話を耳にした覚えがあります。
ですがこれほどまでの変化を遂げているとは。以前は庭先が荒れ放題の廃墟同然の屋敷だったのですが」
ピエールの言葉に訝しみの視線を送るアルデンティア。
「でしたら聞いてみたらいかがでしょうか?この屋敷がどうしてそうした変化を遂げたのか、この御屋敷の方々が一番よく知っているのではないかと」
その声はアリスのもの、“聞くは一瞬の恥、聞かざるは一生の恥”、自らの無知を自覚するアリスは、人にものを訊ねるという行為に一切の抵抗がない。
「そうだな、まずは話を聞かない事にははじまらないだろう」
頷き合い意志を確かめる若者たち。
“ギィ~~~~~~~~”
開かれた鉄柵門、若者たちは向かう、自らの疑問を晴らすために。その行為自体がその地に眠る者たちの怒りに触れるなどという事を一切考えもしないで。
本日一話目です。