“ギィ~~~~~~”
そこはよく手入れの行き届いた美しい庭園であった。鮮やかな緑の草木、色とりどりの草花が柔らかな風に揺れる、そんな場所であった。
「すみませ~ん、どなたかおられませんか~」
アリスの声が庭園に響く。その先に見える屋敷はシックなデザインであるものの、まるで新築のように輝いて見える。
“ギィ~~~~~~、ガチャンッ”
背後の鉄柵門が音を立てて閉まる。突然の事にその場の者の視線が一斉に背後に向いた、その時であった。
「失礼します。当屋敷に何か御用でしょうか?」
その声にバッと警戒態勢に入る一同。アルデンティアはアリスを庇うように背後に隠し、ピエールは後方の警戒、ラグラとカーベルがアルデンティアとアリスの前に立ち攻撃態勢に入る。
「貴様、何者だ。この屋敷の者なのか?」
緊張を含んだ誰何の声、ラグラの問い掛けに目の前の者は静かに口を開く。
「大変失礼かと存じますが、当屋敷は私有地でございます。予めのご連絡がない方のご訪問は固くお断りさせていただいております。
御用向きがございましたら、私がお伺いいたし主人にお伝えいたしますが、いかがなさいますか?
それと申し遅れました、私は当屋敷の執事を務めております、ジェームスと申します」
そう言い慇懃に礼をする執事。
だがそれは暗に“勝手に入って来てのその態度、無礼なのはそちらではないのでしょうか?”という非難を含んだもの。
「あの、すみませんでした。勝手にお屋敷に入って来た事は謝ります、本当に申し訳ありませんでした」
両者の間に走る緊張、そんな中声を上げたのはアリスであった。
「あの、私、初めての王都で、皆さんに色んな名所を案内して貰っていて。その、大変失礼かとも思うんですけど、こちらのお屋敷が“商人街の悪夢”と呼ばれる有名なお屋敷とお伺いしてお訪ねしたんですけど、噂と違ってお庭もとても綺麗で、お屋敷もまるで新築みたいで。
その、どなたかにお話しをお伺いできればと思いまして・・・」
その言葉に執事の視線がアリスに向けられる。まるで小動物のように若者たちの間から顔を出しながらも、確りとした目で自身を見詰めるアリスの態度に、懐かしいものを見るかのように口元を緩める執事。
「そうですね、その“商人街の悪夢”というものがどう言ったものであるのかについては心当たりがございませんが、この屋敷の事について詳しい者を連れてまいりましょう。
皆様のその服装を見ますと王都中央学園の生徒さんといったところでしょうか?初めての王都と申されますとこの春入学された新入生、学園での生活にも慣れ、仲良くなった友人と連れ立っての王都巡りと言ったところでしょうか。
では皆様、この場で少々お待ちいただければと存じます」
そう言い一礼の後屋敷に向け下がって行く執事に、警戒の色を強めるアルデンティアをはじめとした面々。
「アリス、行き成り声を出したら危ないじゃないか。どこの誰かも分からない相手、言葉巧みにアリスを罠に嵌めようとするやもしれないんだぞ?」
「そうだよアリス、それにあの執事、なんか変なんだよね?具体的に何がって聞かれると困るんだけど、雰囲気と言うかどことなく違和感を感じると言うか。
用心に越したことはないかな?」
アリスの事を見つめ心配の声を掛けるアルデンティアとピエール、そんな二人に「勝手な事をしてすみませんでした」と謝罪の言葉を向けるアリス。
「お待たせいたしました。私は当屋敷のメイドを務めさせていただいております、伊織と申します」
待つこと暫し、執事と共に現れたのは美しい容姿をしたメイドであった。物静かでありながらどこか神秘的なその姿に、思わず息を飲む一同。
「何やら当屋敷の事についてお話を聞きたいとの事でしたが、どの様なご質問でしょうか?」
そう言いニコリと微笑むメイド伊織に、ごくりと生唾を飲んだのは誰だろうか。
「あっ、あぁ、失礼した。私たちは王都学園の生徒でな、此度友人に王都を案内すべく各地を巡っていたのだ。
この屋敷に立ち寄ったのは他でもない、この地は“商人街の悪夢”と呼ばれる曰く付きの屋敷があった場所であるとか。見たところその様な形跡も見られず困惑していたところであったのだ。
“知らぬなら訊ねてみよ”との言葉もある。この屋敷の者であれば何か知っているやと思い伺った次第だ」
若者たちの中の一人、アルデンティアが言葉を返す。メイド伊織はその言葉にしばし思案する素振りをみせると、姿勢を正しゆっくりと口を開くのだった。
「大変申し訳ありませんが、当屋敷が“商人街の悪夢”と呼ばれていたかどうかについては存じ上げませんので、その点はご了承ください。その上でこの屋敷が曰く付きであるかどうかに関してはお答えする事が出来ますのでお話しさせていただきます。
事の起こりはこの屋敷に住んでいたとある商人一家が何者かに襲われ惨殺された事件に遡ります。
あれは一体何であったのか、ただの物取り?いえ、あれは決してそう言った類のものではありませんでした。
家の使用人、ご主人様や奥様、お嬢様方を一人残らず殺していった。金品の強奪などもののついでといった気軽さで行われたに過ぎません。恨みでも何でもない、ただ欲望のままに行われた蹂躙劇。
その場に残されたのは深い悲しみと暗い感情、それはやがて形を作り、深い沼のようにこの地を染めていった。
この地は人々の命を喰らう穢れ地になってしまった。私に出来た事はそんな場所に人を近付けないようにすること、あの明るく朗らかであった旦那様方が安らかな眠りに付ける様に見守り続ける事だけでした。
ですがその様な思いはこの王都では儚い幼子の戯言でしかなかった。幾日も幾年も、戦って、戦って、いつしか私は私という存在すら忘れてこの屋敷の一部となっていた。
あぁ、私は何故旦那様方を静かに眠らせてあげたいと言うささやかな願いすら叶えて差し上げる事も出来ないのか、何故私はこうも弱いのか、何故私は・・・。
あっ、すみません。私としたことがつい。
ですがこの屋敷の因縁の始まりは御理解いただけたものかと。現在は私共が管理を任されていますので、これといった問題は起きないものかと。
この屋敷の決まりごとはいたって普通の事、“勝手に侵入しない”、“敷地内で暴れない”、“物を壊したり盗んだりしない”。誰しもが守るべき当然の約束事さえ守っていただければ、安全にお帰りいただく事が出来ますので」
そう言い礼をするメイド。その醸し出す奇妙な雰囲気に、すっかり飲まれてしまう一同。
「クッ、それではサッパリ話が分からないではないか。私たちが知りたいのはこの屋敷が呪われた屋敷であるのかどうかといった事なのだ」
声を荒げるアルデンティア、それは身に感じる何とも言えない嫌な予感を振り払うかのような僅かばかりの抵抗であった。
そんなアルデンティアの態度にも、ただ笑顔を向けたままジッと佇む執事とメイド。
「アルデンティア殿下、もう帰りましょう。この場所で過去に悲劇的な事件があった、そしてメイドさんはその被害者の魂の安寧を願っている。この場所はメイドさんにとって愛する者が眠る墓所であり聖地、そんな場所を私たちが好奇心だけで踏み荒らしてはいけないと思うんです。
確かにメイドさんの話はよく分からない部分も多かったけど、メイドさんがこの場所を大切にしているという事は分かります。そしてそれは執事さんも。
私たちはそんな場所を踏み荒らしている、事件の被害者たちの魂を侮辱している。
帰りましょう、皆さん。執事さんにメイドさん、勝手にお屋敷に入り込んだりして本当にごめんなさい」
そう言い深々と頭を下げ謝罪の意を示すアリス、そんな彼女に同意するように謝罪の礼をするラグラとカーベル。
アルデンティアはいまだ何か納得いかないといった表情を崩さず、ピエールは訝しみの視線を向け口を開く。
「ふむ、なるほどお話は分かりました。正確に言えば分からないという事がわかりました。
お二人がご存じかは分かりませんが、この王都には三大禁足地と呼ばれる場所があります。
一つは初代国王バルセリア・グラン・オーランド陛下の墓所バルセリア霊廟。
一つは悲劇の王妃アーメリア・ウル・オーランド妃が晩年を過ごされたとされる貴族街のアーメリア別邸。
そして最後の一つがこの場所、“商人街の悪夢”です。
初代国王陛下の墓所が禁足地とされるのは当然、この国で最も神聖とされる場所の一つと言えますので。
アーメリア王妃殿下の別邸は現在王都教会の管理下に置かれ、適切な維持管理が行われています。この場所も王家に関わる地、やたら足を踏み込んでいい所ではない。
ですがこの場所は違う、ただ過去に悲劇的な事件が起きたといっただけの場所、そこに歴史的背景も何もない言わば野良地。
ではなぜそんな場所が禁足地とされたのか、はっきり言えば割に合わなかったから。
過去冒険者ギルドや教会にこの地の浄化依頼が複数よせられたことがありました。ですがそのいずれも失敗に終わった。
冒険者ギルドや教会が勢力を集めればどうにかなったのかもしれませんが、それには莫大な資金が掛かる。だがその資金を提供する先がない。
土地というものには必ず持ち主がいる、行政としては税金さえ支払ってくれれば、周囲に問題を振り撒かなければその土地が呪われていようがどうでもいいのです。
次第に調査の熱は冷め、いつしかこの地は禁足地と呼ばれる様になった。
だがその力は本物であった、過去幾度とない浄化が試みられたが成功はしなかった。
この様に美しい庭園を造り屋敷をよみがえらせる、その様な事に成功したものは一人としていない。
我々教会としてはその点が知りたい。そして王都教会として正式に協力を願いたい。オーランド王国各地に存在する穢れ地、そうした土地の浄化に是非そのお力をお貸し願いたいものですな」
「ふむ、そう言う事か。私も心のどこかに引っ掛かりを覚えていたのだよ。この屋敷が禁足地と呼ばれる様な穢れた地であるのならば現在の様な状況はおかしい、であるのならばその禁足地、穢れた土地を浄化した者がいる筈。
であるのならばその力はどれほどオーランド王国の為に役に立つというのか。その者も王国に尽くす事が出来るという名誉を得る事が出来るとは、なんと幸運な事か。
今すぐこの地を浄化した者を連れてまいれ。これは国益にかなう事、王家の者としての命である」
それは教会を取り仕切る者としての考え、王家の者としての為政者の考え。
「アルデンティア殿下、お止めください。この土地は穢れた土地でも何でもない、悲劇に襲われた被害者の眠る安息地なのです。
どうか、この地とこの地を守る方々を刺激しないでください!!」
いい縋る様に言葉を述べるアリス、だがアルデンティアはそんなアリスに優しく諭す様に言葉を返す。
「いいかい、アリス。王国には力なく日々苦しみ悩む人々がいる。力ある者はそんな彼らに手を差し伸べる義務があるんだ。
力ある者の責任、力はただ好き勝手に振るわれるべきではない。
王国の者として生まれた以上これは義務であり責務、王国民は王国に尽くさなければならない、それはアリスにも分かるだろう」
しかしアリスはそんなアルデンティアの言葉に首を横に振る。
「でも、それはこの屋敷の人たちを巻き込んでいいという話ではないと思うんです。確かに困っている人がいれば手を差し伸べたい、それは私の思い。
だからと言ってその思いを静かに心穏やかに暮らす人たちに強要するのは違うと思うんです。
それは私の思い、職業や立場とは関係のない私の願い。
そんな思いに共感し、賛同してくれたのならまだしも、全く関係のない人たちを巻き込むなんて、私には出来ないししてはいけないと思うんです。
アルデンティア殿下、どうかお考え直してはいただけないでしょうか」
アリスの悲痛とも言える叫び、それはこの地の人々の平穏を守りたいという純粋な気持ち。
「フッ、アリス、君はまだ若い。いずれ分かるさ、僕の言う事が正しいと「ほう、何が正しいのですかな?アルデンティア第四王子殿下」・・・!?」
アルデンティアは自身の言葉を邪魔するように声を発した者に不機嫌さを隠す事なく顔を向け、その人物に驚愕する。
「ヘルザー宰相、お前がなぜこのような場所に」
「それは私のセリフですぞ、アルデンティア第四王子殿下。なぜこのような場所に?この屋敷は私の知人の家、王子殿下がお越しになるといった話は一切聞き及んではおりませんが?
しかも勝手に門扉を開き侵入した挙句、この地を浄化した者を出せと、オーランド王国のために働けと。
アルデンティア第四王子殿下にお聞きいたします、第四王子殿下はいつからその様な権限をお持ちで?
これは王城に急ぎ立ち帰り、ゾルバ国王陛下ならびにメルビア第一王妃殿下にご確認させていただかなければなりませんか。
ジェームス、悪いがそういう事になった。ワイルドウッド男爵には私が謝っていたと伝えて欲しい」
「はい、畏まりました、ヘルザー宰相閣下。またのご訪問、家の者一同心よりお待ち申し上げております」
そう言い深々と礼をする執事とメイド。鉄柵門の前にはいつの間に待機していたであろうヘルザー宰相の馬車と護衛の者たちが、礼の姿勢でヘルザー宰相を迎え入れる。
「あっ、そこの者、ピエールと言ったか。教会も一枚岩ではないのであろう、大変ではあるとは思うが先走らぬことだ。何が切っ掛けで大きな力の不興を買うとも限らない。
ドラゴンの尻尾は踏まぬに限るからな?」
それだけを言い残すと、馬車に乗り込み屋敷を去って行くヘルザー宰相。その場に残されたアルデンティア第四王子は事態の変化について行く事が出来ず、ただ茫然と立ち竦む事しか出来ないのであった。
本日二話目です。
いってらっしゃい。
by@aozora