転生勇者の三軒隣んちの俺   作:@aozora

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第615話 辺境男爵、所用に出掛ける

街の喧騒漂うグロリア辺境伯領領都グルセリア。その繁華街の片隅、裏通りを入った行き止まりといった場所にその店はあった。

周囲は雑然としているもののよく見れば汚れやゴミなどの形跡はなく、ここが手入れのよく行き届いた何者かの管理下に置かれた場所であることが窺える。

 

“ガチャリ”

店の前には看板のようなものはなく、あるのは古びた扉のみ。一部の常連だけの知る隠れた酒場といったそこは、それなりに広い店内に幾つかのテーブルが置かれ、昼間だというのに幾人かの者がグラスを手に摘みを楽しんでいる。

 

「やぁマスター、このところご無沙汰しちゃって。元気してた?」

カウンターテーブル越しにグラスを磨くマスターと呼ばれた者は、席に着いた黒衣にフードを被った者に対し苦笑いを向ける。

 

「まぁな、この辺は少し前に例の人工ダンジョンが一斉にスタンピードを起こしたくらいで、他にはこれといった事件もないからな。

グロリア辺境伯家とランドール侯爵家の諍いも北部貴族連合という形で完全に収まっちまったし、ダイソン公国による一年戦争のあおりでオーランド王国北西部の各貴族家が結束を強めちまったからな、今のところ貴族絡みの大きな仕事はなくなっちまって商売あがったりさ。

でもまぁこんな事はこれまでも何度かあったし、あと数年もすればまたいつものように貴族同士の争いが始まる。人は三人寄れば派閥が出来る、恨み辛み妬み、人が人である限り俺たちの仕事はなくなりはしないよ」

 

“コトッ”

そう言いカウンターテーブルに料理の盛られた深皿を出すマスター。大き目に切られた肉の塊、野菜と一緒に煮込まれたであろうそれから漂うやや甘みを感じさせる香りが食欲を誘う。

 

「グレートボアの蜂蜜煮だ。さっき話した人工ダンジョンのスタンピード以来冒険者共がやたら張り切っていてな、大森林に入って狩って来たらしい。

一時期は銀級冒険者の多くが貴族家に仕官した影響でグルセリアの冒険者もかなり質が悪くなっていたが、金級冒険者パーティー“黄金の羊”や白金級冒険者“守護者シンディー”の活躍によりかなり状態は回復したようだ」

 

「へ~、流石はグロリア辺境伯閣下のお膝元、“オーランド王国の剣”、オーランド王国最強騎士団と名高いグロリア辺境伯家騎士団を擁するグロリア辺境伯領は冒険者も一角ですこと。

うんま、グレートボアの煮込み加減もだけど、味付けが絶品。流石マスター、“料理長”の名は伊達じゃない」

カウンター席で出された料理に舌鼓を打つナニカの言葉にフンッと鼻息を鳴らし、料理に合うワインを準備するマスター。

ここは酒場、暗殺者稼業に身を置く裏の人間が集う街の掃き溜め。そんな暗殺者たちの連絡所“暗殺者ギルド”に顔を出し、純粋に料理を楽しむ目の前の者は頭のイカレ具合が普通じゃない。もっともこの相手が人であるのかどうかといった問題もあるのだが。

 

「いや~、満足満足。この一皿に込められたマスターの思い、堪能させて頂きました。ところで頼んでおいたバルカン帝国とミゲール王国、スロバニア王国とリフテリア魔法王国の動きってどうなってるのか分かる?」

不意にふざけた態度を消し存在感の増したナニカに、緊張の走るマスター。

 

「あっ、あぁ。とは言ってもそれぞれの国のザッとした動きといった程度の情報にはなるがな。

先ずはミゲール王国だがこちらは静観の構えといったところだ。積極的にオーランド王国にちょっかいを掛けるといった事もないが関係を断つといった事もない。これまで通りの関係を維持しつつ今後の動向をみるといった感じだな。

 

対してスロバニア王国は積極的に同盟強化に努めようといった動きがある。今回のダイソン公国独立の裏にバルカン帝国があることは明白であるし、そのどさくさに紛れて侵攻作戦を行おうとした事は既にスロバニア王国上層部の知る所となっている。

オーランド王国国王ゾルバ・グラン・オーランドが出した声明、「我々オーランド王国国民は“英霊”により守られた。死して尚愛する者を思い、そして旅だった英霊に黙祷を捧げる」の言葉は、スロバニア王国でも大きく取り上げられてな。徹底的な調査の末バルカン帝国軍東部方面作戦参謀長イワン・ビスコッティーの失脚や東部方面軍の大規模な再編成の動きから、オーランド王国に対する侵攻が行われそれが失敗に終わった事を確信したようだ。

明日は我が身、西部地域の強化と共にダイソン公国、オーランド王国との関係強化に舵を切ったようだな。

 

気になるのはリフテリア魔法王国なんだが、あの国は表向き王家の治める国であったがその実ある組織がその実権を握っていた。“栄光の王国”、超越的な力を持つ“総帥”と呼ばれる者を頂点とした実力者集団。その力は周辺各国を容易く支配し得ると恐れられていたエイジアン大陸北西部最大最強の裏組織。

そんな連中が忽然と姿を消した。正確には一切の動きを見せなくなった。

今は残党共が組織の再編を狙っている様だが、幹部級の者たちが完全に姿を消してしまった現状、どうにも上手くいっていないらしい。

これを好機と捉えたのが現在の王家だ、国内の徹底的な粛清を行い、裏組織からの脱却を図っているらしい」

 

“コトンッ”

差し出したのは赤ワインの入ったグラス。ナニカはそのグラスに手を伸ばすと、口元に近付けその香りを楽しむ。

 

「う~ん、いつ嗅いでもいい香りだ。豊潤で力強い香り、口当たりも良くのど越しはスッキリとしている。思わずお代わりを頼みたくなる逸品。

これで二杯目にはそのまま女神様の下に旅立ってしまうって言うんだから、暗殺者ギルドのワインはおっかないよね。

でも美味しいからいただいちゃうんだけど」

そう言いごくごくと喉を潤すナニカ。そして発言通りお代わりを要求すべくグラスを差し出す。

 

マスターはそんな光景に呆れたような何かを諦めたような表情を見せながら、ボトルの中身を注いでいく。

<Departure>、出発や旅立ちを意味する皮肉の籠ったラベルの貼られたワイン。そんな()()()()()()()()()()高級ワインを心行くまで堪能する者など、世界広しといえども目の前のナニカくらいであろう。

 

「最後のバルカン帝国だが、あそこはいつでも貴族やら軍属やらが虎視眈々と上を目指して争い合ってるからな。今回バルカン帝国軍東部方面作戦参謀長イワン・ビスコッティーが失脚した事により、その後釜を狙う者たちが様々な動きを見せている。東部方面軍の再編成もそうだが、連中は未だオーランド王国侵攻を諦めてはいない様だな。

 

まぁオーランド王国上層部もまるっきり馬鹿と言う訳じゃない、以前国内の西部地域全体に販路を広げていたユニック商会を締め出し、オーランド王国中に張り巡らされていた帝国諜報網を根こそぎ叩き潰している。

ただ流石に王都諜報組織“影”だけでは手が足りなかったらしくてな、“伯爵”経由でうちにも仕事が割り振られたよ。

使えるものは何でも使う、ベルツシュタイン卿は清濁併せ呑む性格だからな」

 

そう言い肩を竦めるマスター。店内のあちこちから洩れる乾いた笑い、暗殺者ギルドグルセリア支部も相当にこき使われたのだろう。ナニカはそんな彼らにグラスを挙げ、労を労う。

 

「という事はバルカン帝国が今後も何かちょっかいを掛けそうだから要注意ってところかな?本当に彼らは楽しませてくれるよね。

僕としては危機感に目覚めはじめたオーランド王国が今後この難局にどう立ち向かっていくのかが見ものといったところなんだけど。

 

そうそう、そう言えばバルカン帝国の若き天才軍師ホーネット・ソルティア卿がその後どうしてるのかって分かった?失脚してどこかに左遷させられたって話は聞いてたんだけど、詳しい内容は知らなかったんだよね」

 

「あぁ、“策略のホーネット”、軍略だけでなく内政面においても高い評価を得ていた若き天才軍師。ヨークシャー森林国侵攻作戦失敗の責任を取らされて、バルカン帝国北西部地域タスカーナ地方の特別行政官として赴任させられたそうだ。

だがそこで終わらないのが若き天才といったところだな。赴任から二年、私財を投げ打って道路網の整備や公共施設の充足を行い、見事に地域経済の活性化に成功したよ。

共に連れて行った技術者が鉱山の発見を行ったことも大きな後押しになったんだろうな、今じゃ周辺地域で一番勢いのある地区として多くの住民を集めているとの事だ」

 

「へ~、それは一度見に行ってみないとね。これからの発展が見込まれるとなれば、どんな争いごとが起こるか分からないもんね。

天才軍師ホーネットがそうした欲望や悪意をどう跳ね返すのか、バルカン帝国は見どころ満載だ~♪」

 

“ガシャッ”

カウンターテーブルに置かれた皮袋、それを無言で受け取ったマスターは思う、“この化け物は金払いだけはいいんだよな”と。払いも良く変な難癖も付けない、これ程の良客はそうそういない。

そう言えば一度だけえらく文句を言われた事があったか。「王都暗殺者ギルドの幹部が聞いていたよりも弱すぎるんだけど!人外の実力者じゃなかったの!!」と言われても自身に何が出来るというのか。ドラゴンから見ればゴブリンもオーガも大差ないだろうに、“俺の基準とお前の基準を一緒にするな!!”と言いたい、凄く言いたい!!

 

「そうそう、これ貰いものだけどどうぞ」

“ドサッ”

そう言いナニカがどこかから取り出したもの、それは大きな爬虫類の尻尾。

 

「大森林深層の大きなトカゲだね。レッサードラゴンとか大そうな名前がついてるけど、ドラゴンは洒落じゃ済まないからね、一緒にしちゃ駄目だよ?

でもこのトカゲ、ドラゴンの名前が付くくらいあって結構おいしいんだよね、煮て良し焼いて良し、お好みでいただいちゃってください。

それじゃまた」

「あぁ、いつも悪いなってもういないか。相変わらず意味の分からん奴だ。

おい誰か、これを下に運んで解体してこい。終わったら素材ごとに分けて皮は資材部へ肉は厨房へ運んでおけ。

今夜はレッサードラゴンのステーキとテールスープだ、きびきび動けよ」

 

“““““ザッ”””””

統制の取れた兵士の如くきびきびと動き出した配下たちの様子に、“こいつら食いもんが絡むと途端動きが良くなりやがる”と苦笑いを浮かべるマスター。

配下の者が店から姿を消し、マスターは再びカウンターでグラスを磨き始める。繁華街の片隅、裏通りを入った行き止まりのその店では、またいつものような薄暗い時間(とき)が流れ始めるのだった。

 

――――――――――

 

「こんちは~っす、親父さんいますか~」

店の奥から響く木槌を叩く音、多くの仕事を抱える老舗武器装具工房ヘンドリック武具店では、今日も依頼品を作り出す職人たちが耳心地のよいリズムを刻む。

 

「はいよ~、誰か用かってこれはワイルドウッド男爵様、お久し振りでございます。元気なお姿を拝見出来、このヘンドリック、感激の至りでございます」

前掛けに付いた木くずを払い、慇懃に礼をするヘンドリック武具店店主デリル・ヘンドリックに「嫌だな~、親父さん、止めてくださいよ~」と頭を掻きながら言葉を返すケビン。

 

「ワザとだよ、お前さんは慇懃に畏まられるのが苦手みたいだからな。

それで今日はどんな無理難題を押し付けに来たんだ?」

「アハハハ、嫌だな~、無理難題だなんて。俺は親父さんに出来る仕事しか頼んでないじゃん。

今日はこの二振りの鞘を頼もうと思って」

 

そう言いケビンが収納の腕輪から取り出したもの、それは美しい輝きを放つショートソードとサーベル。

 

「ほう、これは中々見事なものじゃないか。こっちのショートソードは魔鉄製、サーベルはミスリル製といったところか。確認させてもらうぞ」

デリルがそう言い剣に手を伸ばそうとした時、ケビンから待ったが入る。

 

「親父さん、ちょっと待ってくれる?

おい、お前ら、分かってるよな?これからこちらの親方がお前らの為に鞘を作って下さるんだからな。

そんな親方を少しでも害してみろ、光属性魔力水なんかで済むと思うなよ?

神気の籠った・・・」

““カタカタカタカタカタカタ””

 

突然カタカタと震え始める二振りの剣に、ビクッと身を震わせるデリル。

 

「おい、ケビン!!お前、この剣は」

「あぁ、ちょっと仕事先で手に入れた所謂魔剣ですよ。俺は鑑定スキルがないんで銘は分かりませんが、それなりに働いてくれるんで鞘を作ってあげようかと。

よく言い聞かせましたんで大丈夫です、大丈夫だよな?」

 

ケビンが声を掛けた途端、ピタリと震えの止まる“魔剣”。

 

「ま、まぁいいけどよ。それでまた材料は持ち込みなんだろう?」

「はい、そうなんですが、今回の材料に関しては少々使用に条件がありまして。親父さん以外の人間には絶対に見せない事、削り出したカスは皮袋に入れ返却する事、余った素材の買取等は禁止、持ち出しも当然禁止となります。

以上の条件なんですが、引き受けてもらえますかね。鞘の色付けはなしで構いません。おそらくどんな染料でも染まらないと思うんで、その辺はこっちで何とかしてみます」

 

そう言いどうでしょうといった顔を向けるケビンに暫し考え込むデリル。

 

「・・・魔境か?」

「知らない方がよろしいかと。厄介事の規模がこれまでで最大とだけ」

 

そう言いニコリと微笑むケビンに苦虫を噛み潰したような顔になるデリル。

恐らく出される素材はこれまでの人生でも経験した事のない様な素晴らしいものなのであろう、だがそれに付随する厄介事もこれまでの人生で経験した事のないものとなると・・・。

 

「・・・よし、分かった。詳しくは聞かん。俺もこの仕事に就いて長い、人生の全てを捧げてきたと言っても過言じゃない。人には言えない秘密の一つや二つ抱えてきたつもりだ。

少し待ってろ、今俺専用のマジックバッグを持って来る」

そういい工房へと引っ込むデリルに嬉し気に笑顔を向けるケビン。

 

デリルは知らない、この仕事が己の職人人生において最高の希少素材を扱うものになるという事を。この仕事を経て職人スキルがバカみたいに上がるという事を。

仕事の礼としてもらったビッグワーム干し肉の炙り焼きを食べて、全身の古傷や痛みが綺麗さっぱり無くなってしまうという事を。

 




本日一話目です。
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