“な、な、なんですのあれは!?”
多くの生徒保護者が各学園の代表生徒同士の戦いを見守る王都闘技場観覧席、その一角に気配を殺し、自らに隠蔽の魔法を掛け戦いの様子を窺っていた人影が二つ。
“今代の<勇者>、ジェイク・クロー。常識的であり比較的おとなしく、これといった特徴のない“平時の勇者”。魔法や剣術など、優秀ではあるものの勇者であれば当然と納得できてしまう程度の者、そういう評価ではなかったのでして?
これでは大剣聖を打ち負かしたジミーやその大剣聖を鮮血に染めたエミリーと変わらないではありませんの、一体全体何がどうなっているんですの!?”
混乱し、自身でも何を言ってるのかよく分からない状態にあるラビアナ。そんな彼女を専属メイドのコリアンダが諭すように宥める。
“ラビアナお嬢様、落ち着いて下さい。事実は事実、騒いでも状況は変わりません。それにだからといって何が変わるという事もないのです、交流試合も終わったようですしここはこの騒ぎに乗じて退散いたしましょう”
“コリアンダ、あなたそんな冷静に。今の状況でそんな判断を口に出来るあなたが、これまでどのような経験を積んで来たのか気になる所ですわ”
王都学園・王都武術学園・王都魔法学園との交流会は、乙女ゲーム「蒼天の花嫁」の中では重要なイベントの一つであった。武術学園との交流試合に出場するラグラ・ベイル、魔法学園との交流試合に出場するカーベル・ハンセン、アルデンティア第四王子。
どちらの応援に行くかで今後の展開に大きく影響する分岐点イベント。ゲームではそれぞれの攻略対象が華々しい活躍をし、アリスが称賛を与えるという流れであったのだが、いざ蓋を開けてみればカーベル・ハンセンは代表を辞退、アルデンティア第四王子殿下は休学の為代表者候補にすら上がらず。アリスは唯一代表に選ばれたラグラ・ベイルの応援に向かうという一択の状況になってしまっていた。
それでもスチルの進行を期待していましたのに、アリスはただ普通にラグラ様を応援するだけでこれといった進展はありませんし、何故かジミーとの距離が急速に近づいたと言うか、恋する乙女の様な表情に。
ってなんでジミーですの、ジミーはただの地味メガネではありませんの!
確かに背は大きいですし、頼りがいもありますし、なによりとても強いですし。時折見せる子供らしさも何かこう乙女心をくすぐると言いますか、その・・・って違う違う、
“ハァ、ハァ、ハァ“
“ラビアナお嬢様、大丈夫でございますか?先ほどの爆発の影響が・・・”
“いえ、大丈夫よ。コリアンダ、心配させたわね。大丈夫、私は大丈夫”
その後行われた魔法学園との交流会、何故か対戦形式で行われる事となった魔法学園との交流試合。これは二学年に上がってから起きる交流イベントだったはずではなくて?学園ダンジョン探索を多く熟せば勝利し、そうでなければ傷付いた攻略対象をアリスが献身的に癒す。
どちらに転んでもアリスの好感度がアップするボーナスイベント、それがなぜこのようなバトルイベントに。
フィリーの戦いは見事でしたし、二年生と三年生の先輩方の戦いは素晴らしかったですわ。ロナウドの戦いは・・・あれを戦いと呼んでいいのでしょうか?力の差と言うか格の違いをまざまざと見せつけただけの様な。
でもまぁ、まだいいでしょう。
<勇者>ジェイクと魔法学園の代表との戦い、アレは学園生徒同士の戦いを遥かに凌駕していませんこと?火属性魔法<ボルケーノ>って戦略級の上級魔法の一つではなくて?王宮魔導士でも使える者は極一部って聞いた事があるような。
そんなとんでも魔法を木刀で弾き飛ばすって意味が分からないのですけれど?しかもそれまで弾いた魔法を全て上空に待機させておいてまとめて落とすって、全ての魔法職が涙目でしてよ?
それらの魔法を巨大な火の鳥に変えて王都上空で爆発させて、あれって王宮でもしっかり観測されますわよね、王城から騎士団が雪崩れ込んできますわよね。だって王都の上空が真っ赤な火の海に覆われてましたもの、普通に大惨事でしてよ?各学園の学園長様方、顔面蒼白になっていましたけど大丈夫なのかしら?
“混乱している人を見ると逆に自分は冷静になれる、至言ですわね。お待たせしたわね、コリアンダ。これ以上の騒ぎに巻き込まれないうちにこの場を「何やってるんだ?ラビアナ嬢。今日は一般生徒は授業があったはずだが、サボりか?まぁ大方アリス嬢の観察でもしに来たんだろうけどな、どうだ、面白いところは見れたか?」・・・”
目の前に立っていたのはスラッと高く伸びた背に確りとした肉体、全体的に地味な雰囲気を纏っているにもかかわらずなぜか気になる男子生徒。
「あっ、コリアンダさん、この前はお疲れ様です。コリアンダさんも大変ですね。でもラビアナ嬢は言葉遣いは悪いかもしれませんが性格はいいんで、これからも面倒を見てやってください。
それじゃあな、ラビアナ嬢。バレないうちに早く帰るんだぞ、先生方には黙っておいてやるよ」(ニヤリ)
そう言いその場を下がっていくジミー、何故か鼓動が早くなる私。
「・・・ジゴロですね。それも相当な手練れ、この私ですら少々惹かれるものがありました。ラビアナお嬢様でしたら・・・手遅れですか、お可哀想に」
「な、何を言っていますの?そんな訳あるはずないではありませんの、馬鹿な事を言ってないで下がりますわよ」
私たちは未だ騒ぎの収まらない王都闘技場を抜け出し、面倒事に巻き込まれる前に家路につくのでした。
学園の授業?今日は体調不良でお休みしていますの、暑くなると貧血が。本当に箱入り娘の身体は貧弱で困りますわよね。
―――――――――
「それで先ほどの爆発の原因は判明したのか?」
「ハッ、部下からの報告によりますと、原因は本日王都闘技場で行われておりました王都学園・王都武術学園・王都魔法学園との交流会において生徒の一人が放った魔法によるものとの事でございます。詳細はこちらに」
ヘルザー宰相は報告者である近衛騎士から渡された報告書に目を通し、軽く頭を抱えた後同じテーブルに座るゾルバ国王に手渡す。
ゾルバ国王は同様に報告書に目を通してから大きくため息を吐く。
「本日王都三大学園の交流会が王都闘技場で行われるという話は聞いていた。各貴族家の者が<勇者>と<聖女>を直接見て見たいと学園側に無理を言ったとか。
<勇者>誕生は百五十年ぶりの慶事故、各貴族家の者の気持ちも分からなくもない。現在王都武術大会の準備を行っている王都闘技場の者たちには負担を強いてしまうが、その点は目を瞑ろう。
だが何故そこで王都学園の代表生徒と王都魔法学園の代表生徒との対人戦となるのだ?あの場所にはそうしたものに耐えうる結界や魔法防御設備は施されていないと記憶していたのだが」
「はい、本来魔法学園との交流試合は魔法学園の魔法訓練場で互いの魔法を見せ合うといったものとなっています。これは単に魔法が危険というばかりでなく、代表者に選ばれるような生徒の魔法を受け止めきれる施設が少ないという事にも起因します。
魔法学園は魔導士や魔法使いの育成を主としているため、他の学園よりもより耐久性の高い魔法訓練場が作られておりますので。
ですので幾ら要請があったからとは言え、王都闘技場での魔法の披露も推奨すべきではなかったのですが、よりによって対人戦ですか。
いくら<聖女>が二名いたからといって、普通に死人が出ますよ?今回治療の施しようのないような者もなく、無事に交流会を終えられました事は、ある意味奇跡と言えるでしょうな」
ヘルザー宰相の呆れ交じりの言葉に、同意の頷きを示すゾルバ国王。
「しかし火属性魔法の上級魔法<ボルケーノ>ですか。学園生徒でありながらすでにそこまでの技量を、これは王宮魔法師団が騒がしくなりそうですな」
「うむ、ではあるがその様な者があの場所でやっていけるのか。これは主観ではあるが火属性魔法を得意とする者たちは総じて自己主張が強いからな、権威主義的な今の魔法師団では、早々に嫌気がさしてしまうのではないか?」
互いに顔を見合わせ乾いた笑いを浮かべるゾルバ国王とヘルザー宰相。王宮内の意識改革は徐々に進んではいるものの、一朝一夕とは行かないのが現状であったからである。
「そしてそんなとんでもない魔法を全て上空に打ち上げ待機させておいて、一気に落とす。その技量差、今代の勇者は凄まじいものであるな」
「はい、であるのならあの王都の空を炎の海で覆い尽くした大爆発も納得できるかと。他者の魔法を集め、形を変え自在に操る。どこかで聞いた様な話ですな」
「アスターナの上空に現われた蛇型のドラゴン、王都上空に現われた火の鳥。確か<勇者>ジェイクは“聖者の行進”に参加した騎士の一人であったか」
「はい、あの停戦交渉の功績をもってホーンラビット伯爵家の騎士として取り立てられたと伺っています」
重い沈黙、胃の辺りにズシリと重い何かを感じ、手を当てさすり始める両者。
「よし、これは逆に考えるとしよう。馬鹿どもが<勇者>にやたらな接触を行えなくなった、厄介事が減れば<勇者>の背後にいるホーンラビット伯爵家の者たちも動く事はない。彼らは基本引き籠りであるからな。
だが王都を騒がせた事態の責任の所在はハッキリすべきであろう。これはヘルザーに任せる事とする、各学園の学園長を呼び事情を聴く様に。
それと王都闘技場には今後今回のような横槍は王家の名において拒絶してよいと伝えておくように。“魔法による対戦を行えるような設備は備わっていない、どうしてもと言うのなら王家から許可を貰って来い”と言えと伝えておけ」
「ハッ、畏まりました。では私は早速対処に当たらせて頂きたいと思います」
そう言いその場を下がるヘルザー宰相。残されたゾルバ国王は控えの執事に声を掛け、「胃薬を持って来るように」と指示を出すのであった。
―――――――――
「ほう、では先程の爆発は今代の<勇者>が引き起こしたものであると。これまでの報告では、今代の勇者は優秀ではあるが現段階ではそこまで飛び抜けた実力は示していないとの事であったが」
王都上空を朱に染めた大爆発、それは王都民に大きな衝撃を与える事となった。突然の事態に身を屈め頭を隠す人々、彼らの脳裏によぎるのはダイソン公国とオーランド王国との間で行われた一年戦争とダイソン公国の背後に控えていたとされるバルカン帝国の存在。
バルカン帝国の最新兵器による攻撃か?再び戦端が開かれるのか?
憶測が憶測を呼び、混乱に包まれる人々。
そんな中王宮より発表された、“王都上空で起きた爆発は、王都学園・王都武術学園・王都魔法学園の交流会に於いて、代表生徒である<勇者>ジェイク・クローが放った魔法によるものである。王都の安全に問題が生じるものではない”という知らせ。
強大な力を持った勇者の登場、それはバルカン帝国の脅威という不安を抱えた王都民にとって待望の知らせであり、先程まで感じていた怯えが反転したかのように、王都は一気にお祭りムードに包まれていったのである。
「ハッ、正確には対戦相手であった魔法学園の代表生徒が放った火属性上級魔法<ボルケーノ>を上空に飛ばし、それまで対戦相手が放っていた火属性魔法を全て纏める事で引き起こした爆発であったとか。
王都闘技場の観覧席にいた者の話では、爆発の衝撃で身動き一つできなかったとの事でした。
この爆発が闘技場内で引き起こされていたならおそらく生き残れてはいなかっただろうとも。それでも<勇者>ジェイク・クローは「自分ならば生き残れる」と断言していたそうです。
その前に行われた武術学園との対戦でも<勇者>は対戦相手の武技を全てその身で受けながらも平然としていたとか、今代の勇者は耐久力・防御力に於いて飛び抜けた才を持っていることが証明されたものかと」
配下の言葉に<勇者>ジェイク・クローの詳細人物鑑定の内容を思い出すルビアン枢機卿。彼の鑑定結果に示されていた<勇者(堅牢)>とはこういう意味であったのかと、パッとしない勇者であると切り捨てた自身の考えを修正する。
「防衛特化の<勇者>、確か<剣天>という職業持ちは大剣聖に模擬戦で勝利したとの報告があったか。今一度<勇者>の周辺情報を見直す必要があるやもしれんな。
これまでの<勇者>ジェイク・クローに関する報告を全て集めよ。<勇者>の出身地や鑑定報告が上がってきたグロリア辺境伯領に関係するものも全てだ。
それらをまとめ報告書として挙げるように」
「ハッ、畏まりましたルビアン枢機卿猊下」
人々の思いは動く、それは当事者を離れ様々な思惑を伴って。
王都民に明確に認知された<勇者>という存在は、希望や期待、欲望を引き寄せながら、徐々に大きく膨らんでいくのであった。
本日二話目です。
いってらっしゃい。
by@aozora