俺がこの世界に生まれ変わったと気が付いたのは、いつの事だっただろうか。
大きなガラス窓がはめ込まれたショーウインド、交差点を行き交う大勢の人々、走り出す何台もの車。
世間では終末思想というものがもてはやされ、惑星直列の影響で人類が滅ぶとかなんとか。
まぁ俺は人類滅亡の瞬間なんて知らないし、そうなる前に何らかの理由で命を落としたんだろう。
心残りがあるとすれば、ドラゴン〇スターⅣがまだクリア出来ていなかったことくらいか。買ったはいいけど仕事が忙しくて中々時間が取れなかったんだよな〜、徹夜でゲームが出来た学生時代が懐かしい。
十二歳を迎えた時に領都で受けた授けの儀、なぜかシスター様に連れられて別室で行われた鑑定の儀式。
「貴方様の職業は<勇者>でございます」
緊張しつつ慇懃に教えてくれた鑑定士の言葉に、最初は何を言われているのか分からなかった。
「キャ、凄いじゃない。これで一緒に王都に行けるわね、実は私心細かったのよ」
幼馴染のアイツは<賢者>の職業を授かったとか。特別な職業を授かった子供は王都の学園という所に通わなければならないとかで、一人ぼっちにならずに済んだと言って喜んでいたっけ。
学園では“平時の勇者”、“期待外れ”と散々に言われたんだよな〜。生粋の平民に行き成り魔法を撃てって、貴族って頭沸いてるとしか思えなかったんだよな〜。
だったら剣術はって、これまで木剣も碌に振り回したことのない者に何を期待してるのやら。俺が得意なのは鍬の使い方だっての。
まぁそれでも職業補正っていうのか、卒業する頃には学園では敵無し程度には強くなれたけれども。
学園を卒業して、アイツと一緒に冒険者になって。冒険者の生活が性に合っていたんだろうな、充実した毎日に気が付けば金級冒険者と呼ばれる様になって。
転機は街を襲ったドラゴン襲来っていうとんでもイベントだったんだよな~。いくら金級冒険者っていってもあれは駄目だろう、強制依頼ってギルドは何を考えてるんだっての。聞けばどこぞの馬鹿貴族が調子に乗ってドラゴンステーキを王家に献上しようとしたとかなんとか、誰か止めろよ、迷惑するのはいつも民衆なんだっての!!
まぁ戦ったけどね、三日三晩ぶっ続けって今考えても意味不明だけどね、エキストラポーションって名前の栄養ドリンク飲みまくりだったけどね!!
マジックポーチにダンジョン産ポーション類を詰め込んでいなかったら終わってたわ、24時間戦えますかだわ、ジャパニーズビジネスマンを嘗めるなですわ。
そんでなんか知らんけどドラゴンが“やるな人間、今回はこの辺で勘弁してやるが次はないからな?”的なことを言って飛び去っていった時は、“助かった”とか“みんなを守れた”とかよりも“これで寝れる”って気持ちで一杯だったんだよね。
睡眠は大事、お布団様最高!!
まぁそこからはあれよあれよと担ぎ上げられて、やれ勇者様勇者様言われながら利用されまくったっけ。偉そうなお貴族様や国王陛下が無理難題を押し付けてきて、必死こいて解決してくれば「流石は勇者だ、我の見込んだ通りであったわ」とか言って次の難題を押し付けてきて。
やれ“勇者は民の希望”だとか“勇者は民を導く光であらねばならん”とか言って、礼儀作法やら言葉遣いやら。俺は生粋の平民だっての、前世の記憶が無かったらマナー講習で死んどるわ!!民の希望とダンスの因果関係が未だに分からん。
なんやかんやと増えた仲間、盗賊のライアークに狩人のユーリカ、なんでも屋のジルバにお荷物の姫さん。
姫さんには振り回されまくったんだよな〜。
力ある者の義務ってなんだよ、だったらお前らはスラム対策をしろと言いたい、物凄く言いたい。
無知は罪だって言うけど本当だよな。言われるがまま、正義のために戦っていたはずが、権力者の先兵に成り下がっていたって言うね。
「人類の敵、魔王を倒すのだ!!」
多くの迫害されし者たちを匿い理想郷を造り上げていたオークの魔王、そんな彼らを脅威に感じ排除しようと兵を差し向けた王国。
どっちが悪でどっちが正義か。追い詰められ、戦わざるを得なかった俺と魔王。
高まる勇者の名声と、抱える矛盾。流石に幼馴染の命が狙われた時は、もう無理だと思ったけどね。背中から刺される不安を抱えながら戦う事なんて出来ないっての。
国を越えて影響力の広がる勇者という存在を取り込もうとする王国側、お姫様と勇者は手を取り合いいつまでも幸せに暮らしましたとさってのは昔話の定番だけど、絶対嫌がる者もいたはずだ。
闇夜に紛れ王都を逃げ出した俺たち、なんでも屋のジルバの手引きで逃げ出せたのはいいけど、あそこでユーリカが裏切るなんて。
逃げ
その時は既に賢者の身体を蝕む病は深刻なものになっていて。
ユーリカの短剣、あれには病を引き起こす何かが仕込まれていたんだろう。でもなんでユーリカは最後にあんな申し訳なさそうな顔をしていたのか。
そんな時なんでも屋のジルバが連れて来たのが、濃紺色のローブを羽織った学者風の者。そいつが言うには賢者の病状はただの病じゃない、呪いの込められた特殊なものだとのこと。
「病を取り除くには、呪いを分散し、呪いを違うものに変える必要がある。あなたはこの女性の為に命を危険に晒す覚悟はありますか?」
そんなもの、答えは初めから決まっている。俺はその学者の言葉に従い呪い分散の儀式を行った。
分散先は俺、賢者の命が助かるのなら、自らの命を危険に晒す事など何でもなかった。
「これで症状は安定しました。ですがこの呪いを取り去るには別の呪いを上書きする必要がある。あなた方にはこれまでの名前を捨て新しい名前になっていただく必要があります」
学者が言うには自身の名前を差し出し主権を預ける事で全ての呪いを跳ね除ける事が出来るのだとか。賢者の名前を俺が預かり、俺の名前を学者の持つ記録版に預ける事で術式が完成するんだとか。
俺と賢者は名を失うが、それで賢者が助かるのなら。俺の決断は早かった。俺たちは直ぐに儀式を行い、賢者と俺は全ての呪いを跳ね除ける存在、“生き人形”へとなった。
「なるほどね。そうやって君たちは新たなる人生の選択をした訳なんだ。どうもありがとう、よく分かったよ。
疑問だったんだよ、君たちのような存在がどうして“生き人形”なんてモノになっていたのかがね。
でも今なら君たちが“生き人形”にされた理由もその方法も知っているんじゃないのかな?
僕はね、生き人形の知り合いはいないんだけど以前呪い人形であった者を雇っていてね。彼女曰く、“呪い人形”であった頃は意志の力もなくただ命じられるがまま主人の言う事を聞いていたが、その時の記憶は確り残っているとの事だったんだよ。
“生き人形”はその改良版、魂を残し思考を残す事で本来の力を失うことなく、十全に操る事が出来る。生き人形は従順でありながら優秀な生きる兵器。言われた事を忘れることなく、思考判断し状況に合わせ工作活動を行う事が出来る。
まさに今回の王都武術大会での君のようにね。
であれば“生き人形”になってから主人であるバルカン帝国の呪術師から語られた言葉も理解出来たんじゃないのかい?」
その者はそこにいた。真っ暗な空間にその者の姿だけが何故かはっきりと見る事が出来た。
いや、正確には見ているのではない、認識している。なぜならここは俺の思考の空間、今の俺は石化の呪符を貼られ石像と化しているはず。
「うん、随分意識がはっきりしているんだね、流石勇者と言ったところかな?もう一人の“生き人形”である賢者はもっと意識が希薄だったんだけどね。
おそらくは王都武術大会準決勝戦、対戦相手のシルバリアンが打ち込んだ闇属性魔力の掌底が効いたからなんだろうけどね」
目の前の黒いフードを被った存在、その者から言われる様に物事をはっきりと考えられるようになったのは、あの掌底の一撃から。それまでは自身がどこか空虚な存在であったことを覚えている。
「賢者と勇者の事はあの場にいた帝国の者に聞いてね、初めはそう言われているだけのまがい物と思いきや本物なんだもん。
賢者にも闇属性魔力を与えて話を聞いてきたよ。随分と勇者の事を気にしていたよ。自分の為にこんな事になってしまい、勇者には申し訳ない事をしたって」
賢者は何を言っているのか。全てはオーランド王国王家とその企みを利用したバルカン帝国の罠。
賢者を亡き者にし、その罪をバルカン帝国に擦り付け俺を王国の先兵にしようとしたオーランド王国王家。その企みを逆手に取り俺たちを“生き人形”として取り込むことにしたバルカン帝国。
オーランド王国の間者としてパーティーに潜り込んでいたユーリカ、バルカン帝国の間者としてパーティーに加わっていたジルバ。その事実を“生き人形”になってから聞かされた俺、間抜けにもほどがある。
「まぁそんなに自分を責めなくとも、反省する事はいい事だけど、既に百年以上前の出来事だしね。当事者は君たち以外亡くなっているから、今更復讐ってのもね~。
どうしてもって言うのなら止めはしないけどね、これも自業自得、先祖の罪が子孫に襲い掛かるなんてことはよくある話だしね。
世間話はこの辺で、肝心なのはこれからの事だよ」
“フッ”
目の前にもう一人の人物が現れる。それは幼馴染のアイツ、昔と変わらぬ姿の美しい女性。
「君たちにはいくつかの選択肢があるよ?
一つはこのまま今世に見切りをつけ、女神様の下に旅立つ事。
君たちの人生は壮絶だったからね、全てを捨てて旅立つことを誰も責めたりはしないよ。
もう一つは呪いを解き新たな人物として人生をやり直す事。勇者君は王都武術大会を十分盛り上げてくれたからね、そのご褒美。別に君たちの境遇に同情したからと言った、押し付けがましい物じゃないから安心してほしいかな?
送り先はより取り見取り、多少の生活支援もしようじゃないか。今の僕は気分がいいからね。
でもまぁ急にこんな事を言われてもどうしていいのか分からないと思うし、考える時間も必要だと思って彼女を連れて来たんだよね。正確には賢者の魂と勇者の魂を魔力で繋いでいるって感じかな。
素の魂の状態だからお互い正直な気持ちを曝け出せるはずだよ?
しばらく僕はこの場を離れるから二人で十分話し合ってね」
そう言いその場から消える誰か。残されたのは俺とアイツ。
「会いたかった、言葉を交わしたかった、あなたをこんな不幸に巻き込んでどんな顔をしていいのか分からなかった。
怖かった、あなたに嫌われる事が、あなたに恨まれる事が怖くて仕方が無かった。
愛してる、でもあなたを不幸にした私があなたに何を言えるというの?
ずっと傍にいたい、でも私にそんな資格なんてない。
怖い、会いたい、嬉しい、寂しい、苦しくて仕方が無い。
様々な感情が渦巻いてどうしていいのか分からない」
あの者が言った“魂が繋がっている”というのはこういう事なのか。幼馴染の心の葛藤が、溢れ出る様々な思いが、全て魂に流れ込んでくる。
「焦らなくていい。俺の思いも全てお前に伝わっているんだろう?
謝らなくてもいい、もう過ぎた事だ。互いに辛かった、それだけでいいじゃないか。
さっきまでそこにいた誰か、何者かは分からないけど選択肢は示していった。
俺たちは決めなければならない、俺たちが一体何を望みどうしたいのかという事を」
これが現実であったなら互いの存在を確かめ合い言葉を尽くし想いを伝えあった事だろう。だが魂という存在そのものが繋がっている今、もはや伝える言葉は必要ない。
アイツの想いも苦しみも、全て俺に伝わっているのだから。
「考えは纏まりましたか?」
「「はい。俺たち(私たち)は・・・」」
選び取った道、それがどういう結果に繋がるのかは分からない。だがそれでもいい、俺は再びアイツと共に前へと進む事が出来たのだから。
本日一話目です。