“トントントントントントン”
瑞々しい野菜がザルに盛られ、色鮮やかに己を主張する。
まな板の上では包丁が踊り、形を変えた野菜たちが沸騰した鍋に飛び込んでいく。
“ジュ~~~~~~~”
アツアツに熱せられたフライパンに載せられたホーンラビット肉、各種ハーブと岩塩により味を染み込ませてあったそれは、音とともに食欲をそそる香りを周囲一帯に広げていく。
「トライデント、店内の扉に開店の札を下げて来てくれ」
「畏まりました、マスター」
黒のパンツに白のカッターシャツ、はちみつ色のスカーフを巻き前掛け姿の彼らは、忙しなく店の開店準備を行う。
今宵も一時の安らぎを求め訪れるお客様の為に、心を込めたもてなしを行う為に。
“カランカラン”
ドアベルの音色が店の者に客の訪れを知らせる。
「いらっしゃいませ、二名様でのご来店ですね、どうぞこちらへ」
ホール係のトライデントに案内されカウンターテーブルに腰を下ろすお客様。俺は作りたての料理を収納の腕輪に仕舞うと、厨房を後にしカウンターに向かう。
「いらっしゃいませ、あなた様、本部長様。本日はどの様なお飲み物をお出しいたしましょうか?」
壁の棚からグラスを取り出し声を掛ける。あなた様は“気取ってないでとっとと出す物を出せ!!”といった形相、これは相当ストレスが溜まっているという事でしょうか。
やっぱ天上の世界はブラックでいらっしゃる事、地上のド田舎に生まれて良かったでござる。
“カランカラン、キュッ、トクトクトクトク”
グラスに入れた透き通った氷、注ぎ込んだのは予め作っておいた光属性魔力マシマシ蜂蜜カクテル。
“コトッ、スーーーッ”
カウンターテーブルに差し出した一杯、蜂蜜色に煌めくそれを手に取りクイッと口に運ぶや、“タンッ、お代わり!!”直ぐに次の一杯を要求するあなた様。
そんなあなた様の姿に苦笑を浮かべる本部長様。
「では私は聖茶のカクテルを、あと摘みを適当に」
「畏まりました、直ぐにご用意いたします」
店内を照らす魔道具の明かり、窓の外には暗い夜空に瞬く星々。
山の中腹にある小さな酒場“居酒屋ケビン”。そこは日々の生活に疲れた者たちが訪れる、癒しの空間。
“ってケビン、アンタまた頭の中でポエムみたいな事を考えてるでしょう。そうじゃないからね?私たちが来た理由、あなたも分かってるんでしょう?”
あなた様からの問い掛けに顔を向けてから、少し申し訳ないような弱々しい笑みを返す俺。
「申し訳ありません。エクアドルラの肉の入荷はここしばらくありませんので、エクアドルラ料理は“違~~~~~~~う、そうじゃないでしょう!?勇者よ勇者、ケビンが絡んでいることは調べがついてるんですからね!!”・・・。
あぁ、王都武術大会の件ですね。あれは素晴らしい戦いでした。<勇者>ジェイクと<剣天>ジミーとの息もつかせぬほどの攻防、マルセル村の兄貴分として大変誇りに“違~~~~う、同じ勇者だけどそっちじゃな~~~い!!”・・・」
俺の言葉に被せるように叫び声(念話)を上げるあなた様。すっかりノリツッコミがお上手になられて、ケビンは嬉しゅうございます。
“ダ~~~~ッ、その表情はキョトンとしながら心の中で阿呆な事を考えるのは止めい!!相変わらず器用と言うか意味が分からないと言うか。
満面の笑みで純粋な信仰心を向けるな~~~、馬鹿にされてるのが丸わかりだわ~~!!”
なんか今日のあなた様、初っ端から全開です。仕事上で何かあったのでしょうか?
“コトンッ、スーーーッ”
俺は無言であなた様にお代わりのグラスを差し出すと、本部長様に目を向けます。
「フフッ、ケビンは相変わらずですね。$$%&が足繫くこちらに訪れるのは、このやり取りが楽しいからなのかもしれませんね」
“ちっ、違いますからね。**#@様、勘違いをなさらないでください!!”
あなた様、超焦ってやんの。俺はその間に本部長様のグラスをスッと差し出すのでした。
“カランカラン”
グラスの中で氷が躍る、本部長様はカウンターテーブルにグラスを置くと、こちらの目を見て口を開かれます。
「先程$$%&も言いましたが、私達が今回訪ねたのは“勇者”の件についてです。現在地上世界には三人の勇者が観測されています。ナミビア王国と、ガジン王国、そしてオーランド王国の勇者です。
ですがそこに突然もう一人の勇者が現れた。その地点がオーランド王国北西部ホーンラビット伯爵領マルセル村。
天界の関係部署では一体何が起きたのかと大騒ぎになりました。そこで恐らくこの件に関し一番詳しいであろう人物に話を聞こうという事になり、私と$$%&でこちらにお訪ねしたという訳です」
そう言いニコリと微笑まれる本部長様。笑顔なのに有無を言わさぬ迫力があるって、凄い器用。
俺は暫し考え込んでから口を開くのでした。
「本部長様は“生き人形”というものをご存じでしょうか?
元々は死んだ優秀な人材の肉体を操り生前の力を使わせる死霊術の一種、“呪い人形”という技術が始まりであった様です。
この“呪い人形”という死霊術には一つ欠点がありまして、それは“呪い人形は生前の力の半分しか使う事が出来ない”というものでした。その問題を解決するために考案されたものが“生き人形”、生きている者に“呪い人形”の術式を施し、主人の命令に絶対服従の人形とするというものでした。
この試みは見事成功し、人形とされた者の力はそのままに強力な生体兵器の作製が行われた。
話は変わりますが、今から百五十年前に活躍した剣の勇者様がおられましたよね?上の世界では剣の勇者様の最後はどうなったと記録されていますでしょうか?」
俺の突然の問い掛けに、訝しみの表情を向ける両者。
“えっと、確かバルカン帝国の外れの街イースタニアで亡くなったんじゃないかしら?私は部署が違うから詳しくは知らないけど、そんな報告が上がったと聞いているわ”
「そうですね、私もその報告は聞いています。イースタニアにて連れの賢者と共に命を落としたとか。その証拠に勇者に施されていた神々の加護もその効力が失われたとの報告が入っています」
あぁ~、なるほどね。名を奪い人形とする、すなわち死者と同列とする事で失われる事のない命、ある種の魔道具に変えるのが“生き人形”という技術。バルカン帝国に於いて生き人形の部隊が作られていないところをみると、何らかの制約があるか、相当な特殊技術であったのか。
ゴミ屋敷の干物騎士もそうだけど、特殊生物兵器といったところなんだろうな。
「では
ここから先は多分に憶測を交えます、可能性の一つとしてお聞きください。
剣の勇者は当時のオーランド王国王家にとって非常に扱いの難しい存在でした。権力欲が薄く女性の誘惑にも靡かない、パーティーメンバーに王女を加えることに成功したものの、その王女と良い仲になる兆しが見えない。
与える難題も次々に熟していく勇者、その有用性は言うに及ばず、国際的にも高い名声を作り上げていった。
内に取り込むのに躍起になっていた王家側は勇者の想い人である賢者を亡き者にし、その罪を帝国に擦り付ける事で勇者の取り込みと帝国に対する牽制を同時に行おうとした。
その為の仕込みは既に済ませていた、それが勇者パーティーに於いて聖弓と謳われた弓の名手ユーリカでした。
だがその企みは帝国が潜ませていた間者により邪魔される事となった。影使いジルバ、勇者を手引きしバルカン帝国に逃がすことに成功した彼は、次なる任務に着手する。
オーランド王国国内で受けた傷により弱っていく賢者、その治療の為と称して連れてきた学者風の男。
全てはバルカン帝国の掌の上であった。
先程も言いましたが“生き人形”とは死霊術の一種です。本来死者に施す呪いを生者に施す事で従順な生物兵器を作り出す禁術。名前を奪い相手の意思や魂を拘束する、了承をもって契約は成立する。
“生き人形”になった時点でそれは人ではなく兵器であり魔道具、神々の加護は失われ、剣の勇者としての命は失われた。そうみなされた。
オーランド王国王都バルセンで行われた王都武術大会、その会場で国王暗殺を試みたバルカン帝国。作戦の要として投入された二体の生き人形。
ウチには呪い人形であった時の記録を持つ残月がいますからね、この二体を分析し解術を試みた。
俺はスキルにより霊体になる事が出来る、生き人形に闇属性魔力を与え魂の欠損を補完、直接魂に触れる事で情報を集める事にしました。
そこで分かった驚愕の事実、まさか生き人形の正体が剣の勇者とパーティーメンバーの賢者だとは思いもしませんでしたよ、二人はどこかの片田舎でひっそりと人生を終えたものだとばかり思っていましたから。
時々いるんですよ、俺は剣の勇者の子孫だとか言う輩がね。
話を戻しますが、二人の魂に触れる事でどういう経緯で生き人形になったのかを知る事は出来ました。厄介だったのは契約の要に真名が使われていた事です。名はその者の魂を縛る、この点を解決しない限り生き人形の呪いを解く事は出来ず、解術失敗によりどんな現象が起きるのかが分からない。
これ程高度な術を仕掛けた呪術師です、解術の対策も当然しているでしょうからね、罠も仕込むでしょう。
そこで俺は二人の真名を変えてしまう事にしました。まさかスキル<名付け>が役に立つときがくるとは思いもしませんでした。
真名が変わってしまえばあとは簡単です、既に魂に対する縛りはない、錠前の掛かっていない鎖は取り外してしまえばいい。
念の為フィヨルド山脈の最奥の聖地で解術を行い、解術通知が飛んでも大丈夫なように対策は取りましたが。
勇者が突然現れた理由はあれでしょうね、与えられた職業は生涯変わらないといった原則が働いたからじゃないんですか?
勇者の反応に上で確認しようにも、登録されている名前は全く知らない人物の者、そりゃ驚きますよね。
でも正確には剣の勇者が改名しただけ。特に問題ないんじゃないですか?」
俺は摘みの小皿を収納の腕輪から取り出しカウンターテーブルに置くと、こめかみを揉むお二人の前にスッと差し出すのでした。
―――――――――
お茶農家の朝は早い。茶葉の若葉を摘む作業は朝の涼しい時間帯に行わなければならず、空が白み出した頃には茶畑に向かい作業を開始する。
香りのよい美味しいお茶は、こうしたお茶農家の不断の努力から生まれているのだ。
「おはよう、グランドさん。朝早い生活にはだいぶ慣れたかい?」
声を掛けて来たのは農業指導を行ってくれている白雲さん。額から角を生やした鬼人族という種族の方で、「もしかして獣人族の方ですか?」とお聞きした際に「ホーンラビット族じゃないからな、獣人族じゃなくて鬼人族だから」と言って教えてくださいました。
「はい、お陰様で。朝の爽やかな空気を吸いながらの作業が気持ちよくって、なんか生きているっていう実感がすると言いますか」
「ハハハハ、グランドさんは大げさだな。まぁ俺は兄弟子に簡単な説明を受けているから、その気持ちも分からなくもないけどな。
程度の違いはあれこの村には何らかの事情を抱えた連中が大勢暮らしている。だからグランドさんの事情を詮索しようとする奴はいないし、自分から話す必要もない。
のんびりゆっくり暮らしたい、いいじゃないか、俺はそんな生き方もありだと思うし出来る限り協力するつもりだ。
分からない事があったら何でも聞いてくれ、俺も親父もお茶農家が増えてくれることは大歓迎だからな」
そう言い茶摘み作業に向かう白雲さん。お茶畑では師匠である蒼雲さんと手伝いのベルガさん、ルインさんが茶摘み作業を開始している。
「グランド、遅くなってごめんなさい。もうみんな作業を始めちゃっていたのね、本当に私ったら」
「なに、そんなに気にするなって。リーフの長所は何事にも動じない度胸の良さだろう?」
「なによグランド、私の事を図々しい女とでも言いたいわけ!?」
そう言い腰に手をやりむくれ顔になるリーフ。そんな彼女の姿を見るだけで自然と笑顔が浮かぶ。
「そんなに怒るなよ。家に着るものに家財一式、仕事まで与えて貰ったんだ。せめておいしいお茶を作ってすこしでも恩に報いなきゃ罰が当たるってもんだ」
「そうね、こんなに穏やかな朝を迎える事が出来るのも全てはあの御方のお陰ですものね」
“君たちはどうしたいんだい?”
そう魂に問われた時、俺たちが出した答えは「「二人で共に穏やかな暮らしを送りたい」」というものだった。
あの御方は俺たちのこんなあいまいな願いに、最高の形で応えてくれた。
日の光が大地から伸びる、昇る朝日が一日の始まりを知らせる。
「リーフさん、朝食の準備に向かいましょう。お父さんたちはまだしばらく作業がありますから」
ルインさんから掛けられた声に、リーフは茶摘みの手を止め家へと向かう。そんなリーフの後ろ姿を見詰めながら、こんな暮らしがずっと続く事を願わずにはいられない。
俺はマルセル村のグランド、いずれは師匠の様な最高のお茶を作る事を夢見るお茶農家。俺は決意も新たに茶摘み作業に精を出すのだった。
本日二話目です。
行ってらっしゃい。
by@aozora