「これはカルメリア第四王女殿下、突然のご訪問、感激の至りでございます。
只今フレアリーズ第五王女殿下は席を外しておりますが、御用向きをお聞きしてもよろしいでしょうか?」
王宮内に作られたよく手入れの行き届いた庭園、スライムが放し飼いになっているその庭園で、テーブルを囲みミントハーブティーをいただいていた俺たちの前に突如現れた王宮のとっても偉い人。
(小声で)
“なぁアルジミール、なんかヘレン先輩がイラついてるみたいなんだけど、一体何がどうなってるの?”
“あぁ、それはあのカルメリア第四王女殿下が何の先触れもなく突然この場に現れたからだな。王宮内では他者が集まりを行っている場所に勝手に顔を出すのは礼儀知らずの行為となっているんだよ。これはなにも王宮ばかりではなく一般貴族家でも言える事なんだがな。
ただ下級貴族家ではそこまでうるさく言う者も少ないが、貴族の常識として一応憶えておいた方がいいぞ”
アルジミールの言葉になるほどと納得の顔になる俺たち。さっきのヘレン先輩の言葉も、要約すれば「人の集まりになに首突っ込んでんだ手前、用件だけ言ってとっとと帰れやボケー!!」といったところなんだろう。
「あら、あの子ったらお客様を放置して、一体何をしているのかしら。
はじめまして、<勇者>様、<聖女>様。私は第四王女カルメリア・ウル・オーランドと申しますわ。
どうでしょう、あの子もいない事ですし、よろしければ私のお茶会にお招きしたいのですけれど」
そう言いニコリと微笑まれる偉い人。
(小声で)
“なぁアルジミール、アレって”
“駄目な奴だな、最早礼儀云々以前だな”
俺とアルジミールが顔を引き攣らせている中、後ろのメイド様から「あちらが<勇者>ジェイク・クロー様です」と声を掛けられこちらに向かって来る偉い人。
“プルプルプル”
「なんですのこの黒いスライムは。身体も小さいし出来損ないなのかしら?全く気持ち悪い。テーブルの上にスライムを載せるだなんて、あの子は一体何を考えているのかしら」
“ベシッ、ポテン、コロコロコロ”
テーブルから落とされ地面に転がる黒蜜、偉い人は口元に畳んだ扇を持った手を当て、然も不機嫌といった顔をなされておられます。
「・・・失礼いたします、一つ発言をよろしいでしょうか?」
俺は平伏したまま言葉を発します。
「なんでしょうか、<勇者>様。それとお膝をあげられてくださいまし、そのような姿勢ではお話も出来ませんわ」
「ご許可をいただきありがとうございます。まずは私ごとき身分の卑しい者にお声掛けいただきましたことに心からの感謝を。そしてあなた様のお茶会の席にお誘いいただけました名誉、生涯の誇りといたしたく存じます。
ですが私はスロバニア王国からの留学生でありますマルローニ侯爵家子息アルジミール・マルローニ様の友人としてお招きいただいた身、その私が勝手をする事はスロバニア王国とオーランド王国の関係に要らぬ不和を及ぼす事に繋がりかねません。
大変残念ではございますが、ご辞退申し上げたく存じます」
そうお断わりの言葉を返し、地面に転がる黒蜜を拾いにいく。
「あら、そのような事、マルローニ様、よろしいですわよね?少々のお時間<勇者>様をお借りしても」
ふと視線をアルジミールに移す偉い人。
アルジミールは暫し逡巡した後、言葉を返す。
「カルメリア第四王女殿下に申し上げます。本日この席に学友である彼らを招いたのは偏にスライム愛好家同士の交流の為、決して政治的意図があっての事ではありません。そのような席で私の口から彼らとの約束をたがえるような発言が出来ましょうか。大変申し訳ありませんが、カルメリア第四王女殿下のご提案は謹んでご辞退申し上げます」
アルジミールはそう答えると深々と頭を下げる。俺やジミー、エミリーと違い、生まれた時から高位貴族家の者として貴族における身分について深く教えられてきたアルジミールにとって、他国とはいえ王家の人間の言葉に逆らう事は余程勇気がいる行為であったことだろう。それがたとえ相手方に落ち度のある行為であったとしても、留学生であり王都学園の一生徒に過ぎないアルジミールにとって相当なプレッシャーであったことは想像に難くない。
「あら、そうですの?あなたは第四王女である私の言葉は聞けないと、そういう事なのかしら?」
「ありていに申し上げればそうした事になるかと。他国の貴族であるからこそ一度交わした約束事を反故にする訳には行かない。私の行為はスロバニア王国全体の名誉に関わりますので」
深く礼をした状態で言葉を伝えるアルジミール、そんな彼に不機嫌さを益々深くする偉い人。
「では構いません、<勇者>ジェイク、<聖女>エミリー、参りますよ?フレアリーズには後程私の方から話を通しておきましょう」
・・・何という粘り腰、普通あれだけ言われれば諦めない?自分がどれ程の横車を押そうとしているのか気付きそうなものなんだけど?
「カルメリア第四王女殿下、発言をよろしいでしょうか?」
声を上げたエミリーに不快そうな表情を向けるも、背後のメイド様から「<聖女>エミリー・ホーンラビットでございます」と囁かれにこやかな顔に変わる偉い人。
「どうぞ、<聖女>エミリー・ホーンラビット、発言を許します」
「ハッ、寛大なる御心に感謝申し上げます。私どもがこの度王宮に招かれるという栄誉を賜りましたのは偏にスライムによる繋がりあってのもの。
王都学園に於いてただ知り合えたというだけでは、このような素晴らしい
スライムを通じ互いに交流し合い、同じ時間を分かち合えたからこその今であり、それは私たちにとって忘れ得ぬ思い出です。
私たちとフレアリーズ第五王女殿下との間にはそうした浅からぬ縁がございます。そのような縁でお招きいただいておきながら、その席を抜け出すような真似が出来ましょうか。
私たち辺境の者は人との繋がりをことのほか大切にします。それはそうでもしなければ生き残って来れなかったという辺境の過酷な環境からくる物の捉え方でございます。
私たちはフレアリーズ第五王女殿下との縁を結んだ、であればそれを反故にして他所に足を運ぶなどありえる筈もない。それは辺境に生きる者の矜持であり生き方なのです。
王都のような素晴らしい環境で過ごされる御方様にとっては理解しがたい考えやもしれませんが、どうぞ田舎者の在り様とご理解いただければと存じます」
そう言い再び顔を下げるエミリー。流石にここまで分かり易く伝えればご理解いただけ「ハァ、全く何を言うのかと思えば。あなたたちは今どういう状況であるのか分かっているのですか?本来ならこの
それを高だか職業に恵まれただけの分際で、あなたたちはどれ程不敬で無礼なのです?」・・・分かっておられなかったようです。
「エミリー・ホーンラビットでしたか。聞いた事のない家名ですが、誰か分かる者は」
「はい。ホーンラビット伯爵家、昨年ダイソン公国とオーランド王国との紛争を停戦に持ち込んだ功績で陞爵された新興の貴族家です。王都の劇場で流行りました“聖者の行進・三英雄の物語”はホーンラビット伯爵家騎士団の活躍を謳ったものと言われています」
「あぁ、あの脚色多めの舞台ですか。庶民受けはしそうですが、少々誇張が過ぎますわね。大体たかだか数百の軍勢で万の敵軍を退けえるはずがないではありませんか。現実と創作物を混同するなど、勇者病<仮性>の誹りを受けますわよ?
さて、そんな英雄伯爵家の小娘は自身が一体誰に発言しているのか理解できているのかしら?これは物語ではない現実、エミリー・ホーンラビット、あなたの心持次第であなただけではない、あなたの家もどうなるのかしら?」
それは明白な恫喝、この場にこの偉い人を止めることの出来る者はいない。
「ハァ~、エミリーお嬢様、ジミー、フィリー、ディア、帰ろうか。
アルジミール様、大変申し訳ありませんが我々は急ぎ戻らねばならない用事が出来ました。この場で失礼させていただきます」
「いや、謝る必要はない。君たちをこの場に招いたのは私の不明、スロバニア王国の者として深く謝罪する。
ヘレン嬢、大変申し訳ないが我々はこの場を下がらせていただこう。フレアリーズ第五王女殿下にはアルジミール・マルローニが謝罪していたと伝えて欲しい。行く当てがなくなったときは是非私を頼って欲しいとも」
そう言いその場を下がろうとするアルジミールたちと俺たち。その様子に途端慌てた素振りを見せる偉い人。
「なっ、一体何を勝手していますの、不敬ですよ?私がいつこの場を下がってよいといいましたか?」
「ハァ~、カルメリア第四王女殿下に申し上げます。あなた様は未だ自身が何をしてしまったのかお分かりでないご様子、あなた様は先程何処の誰に何を仰いましたか?
あなた様が迂遠な表現で仰られた言葉は“ホーンラビット伯爵家など王家にとってはどうとでもなる存在、いう事を聞かなければどうなるのか分かっているのでしょう?”というように聞こえましたが?
あなた様はその言葉の意味を真に理解できていますか?
あなた様はダイソン公国とオーランド王国が停戦を結んだ、いや、停戦を結ばざるを得なかった真の理由を理解できていますか?
他国の人間であるこの私程度が調べられる事実、知ろうと思えばいくらでも集められた情報。あなた様はあなた様の発言がオーランド王国王家を代表した言葉だという自覚はおありなのですか?
これから始まるのは聖者の行進の再演。向かう先はここ王都バルセン。三英雄の一人アイリス・ダイソンは謁見の間にて多くの高位貴族家当主とゾルバ国王陛下が居られる中こう発言したそうです。「国王陛下は滅亡をお望みか?」と。
「我々も全力で抗わせて頂きます。奪おうだなどと思いません、支配し簒奪するような余裕など我々にはありませんから。生き残れるのはどちらか、これはそういった戦いなのですから」、あなた様が交渉の一手段として向けた言葉の刃は確かに彼らの耳に届きました。そしてある決断を促した。
これから始まるのは辺境の蛮族による殲滅戦、彼らは確かに数が少なく王家からすれば弱い存在なのかもしれない。だがその一人一人は万の軍勢を退ける猛者ぞろい。
そんな両者がぶつかり合えばどのような結果となるのか、そしてそんな隙を晒した国家をバルカン帝国が手をこまねいてみているはずもなく。
いずれにしろ私は急ぎ本国に戻りこれから始まるであろうオーランド王国の崩壊に備えなければなりません。
私に出来る事など何もない、あなた様が私に対して下した判断は非常に正確ですので」
そう言い一礼の後この場を下がる俺たちに金切り声を上げる偉い人。
「誰ぞ、その者たちを止めなさい!!これは国の命運にかかわる大事、衛兵、急ぎその者たちを取り押さえるのです!!」
“ザザザザザザザザッ”
なだれ込むように集まる衛兵たち、騒然とするスライム庭園。
「なぁアルジミール、王族って皆こんなに考え無しの馬鹿なのか?」
「う~ん、流石に王太子殿下は聡明であると思いたいが、スロバニア王国の第三王子は相当に馬鹿だぞ?授けの儀を迎える前の俺が兄貴の愚痴を聞いて呆れたくらいだからな」
「「「「「うわ~、関わり合いになりたくね~」」」」」
「「マジにそれな!!」」
アルジミールとライオネス、相当苦労して来たんだろう瞳から光が消えているんですけど。
「何をしているんです、早く捕らえなさい!!」
声を荒らげる偉い人、でも衛兵たちは冷や汗を掻き掌をびっしょり濡らしながらその場から一歩も動かない、動けない。
そりゃそうですよね、俺たちこの場の衛兵たち全員に魔力による威圧を掛けてますし、それも魔力視で確認しながらピンポイントに掛けてるものだから偉い人には何が起きてるのか全く理解出来ないっていうね。
「どけ、さもなくば“切る”」
“ブワーーーーーー”
瞬時に広がるジミーの殺気、それはこの場のみならず王宮全体に行き渡る。
“バタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタ”
白目をむき崩れ落ちる衛兵たち、しゃがみ込みガタガタ身を震わせ涙を浮かべるメイドたち。その足元が人にはお見せ出来ない状態になっている事は言うまでもありません。
「さて、カルメリア第四王女殿下。あなた様には事の詳細をゾルバ国王陛下に伝える義務がある故殺気を弱めておいた。次に会う時は剣で語り合おう、楽しみにしている」(ニチャ~)
「「「「「ヒィーーーーーーーー!!」」」」」
“バタバタバタバタバタバタバタバタバタバタ”
「「「「うわ~、ジミーの鬼畜、女殺し。そこに痺れる憧れる」」」」
「まぁな、こういうのは慣れてるんだ」
そういい眼鏡をクイッと上げるジミー、レンズがキランと光るのは仕様です。
「皆様、お待たせして申し訳ありませんでした。アルジミール様、申し訳ございません。ご招待しておきながら置き去りにするようなことになってしまってって何か大勢の方たちがお休みになられていますが、何かございましたか?」
「あぁ、何か先程カルメリア第四王女殿下がまいられまして少々。
でもそうですね、こうなってしまってはゆっくりお話も叶いませんか。ここは残念ですが「そうですわ、皆様私のお部屋に参りましょう。アルジミール様に購入していただいたスライムクッションもございますのよ?」・・・ハァ、畏まりました」
「ねぇねぇジェイク君、私、アルジミール君って絶対尻に敷かれるタイプだと思うの」
「そうだな、俺もそう思う。って言うかフレアリーズ第五王女殿下って無敵じゃね?ジミーの殺気ってフレアリーズ第五王女殿下にも届いてるはずだよね、全く平然としたお顔で戻ってこられたんだけど?」
それは計算か、はたまた天然か。今もスライミーの一体を抱き上げて「スライミーちゃんも一緒に行きましょうね~♪」とお声を掛けるフレアリーズ第五王女殿下の御姿に、戦慄を覚える俺達なのでありました。
本日二話目です。
行ってらっしゃい。
by@aozora