ハァ~、何でこんな事になっちゃったんだか。
俺は目の前で顔を青ざめさせるヘルザー宰相閣下とその横のオーランド王国で最も偉い人の顔を見つめながら、思わず零したくなるため息をグッと堪える。
季節は夏、小麦の収穫も粗方終わり、たわわに実った果菜類の収穫に汗を流す今日この頃。本当は学園勤務もお休みさせてもらって収穫に励みたいところなんだけど、そうもいかないんだよな~。
これでも生活魔法の講義がありますし、学園生徒さん方はどこでどんなトラブルを発生させるか分かったものではありませんし?
ついこないだもジェイク君とエミリーちゃんがアルデンティア第四王子殿下とのお茶会に出席、マルセル村の日常を暴露してドン引きされてたんだよな~。
学園監視用式神タイプBアサシンリザード、超便利。アイツら気配消すの上手いもんな~。特殊能力で周囲に完全擬態するし、魔力視ですら判別が困難って、やっぱ大森林のアサシンリザードは半端ないです。
で、そんな便利な魔物がいるのならスカウトしない手はないじゃないですか、比較的友好な個体とOHANASHI(肉体言語)の末雇用させていただいたという訳です。名前は才蔵ですね、忍ぶ者ですし。
そんな才蔵からフレッシュな鱗を数枚いただき(治療は直ぐにさせていただきました)蒼雲さんに式神作製を依頼、タイプAビッグクローと共に学園内の監視に当たらせております。
そこはスライムにしなかったのか?スライムの式神って難しいんですよ、蒼雲さんにちょっと無理って言われちゃったんですよ。大福素材の式神なんかを作った日には最強軍団が誕生したのに、夢のドラゴン航空隊が!!
無論ドラゴンの鱗も無理だと言われました。あの時の蒼雲さん、めちゃくちゃ顔が引き攣ってたな~。
ロマンは追い求めるもの、いつかはきっと。
まぁそんなこんなで普段収穫に参加できない分、王都学園が休みの日には積極的に畑に出ていたケビン君なのであります。
「はぁ!?ジミーがやらかした?それってどういう事?」
大福から緊急の業務連絡が入ったのは村役場に収穫した野菜の搬入を行い、珍しく村役場にいたホーンラビット伯爵閣下と雑談をしている時でした。
ホーンラビット伯爵閣下、パトリシアのお腹が大きくなりもうすぐ産み月に入ると聞いて、御屋敷の執務室では落ち着いて仕事が出来ないんだとか。ミランダ奥様とデイマリア奥様に怒られて、渋々元村長執務室で仕事をしていたんだそうです。
まぁ初孫ですしね、なんやかんや言ってソワソワするのは分かりますけどね。正確には別れたマルセル家のマイケル君がすでにお子さんを作られてるそうですが、そちらと交流する訳にも行きませんからパトリシアの子供が初孫となる訳です。
「ケビン君、突然どうしたんだい?」
「いや、その、今大福から業務連絡が入りまして。王都に行っているマルセル村若者軍団が、王都学園二年生のフレアリーズ第五王女殿下にお呼ばれして王宮でお茶会をしていたんですが、そこで問題が発生しまして。
ジミーの奴が殺気を飛ばして衛兵様方をですね。
どうも第四王女殿下が“言う事を聞かないとホーンラビット伯爵家がどうなっても知りませんよ~”的な事を言ったもので、ジェイク君が切れちゃいまして。
いや~、若いっていいですね~」
“ブーーーーーッ”
俺の言葉に飲んでいたマルセル茶(新茶)を噴き出すドレイク村長。うん、ここにいると完全にドレイク村長だわ。あの太鼓腹の村長が懐かしい。
って汚いから、吐くんなら他所を向いて。
「うぇ~、何するんですかホーンラビット伯爵閣下、お気持ちは分かりますけど。
それでどうします?このままだと聖者の行進再びって話に発展しかねませんけど」
「ゴホッゴホッ、すまないケビン君、突然の事だったものだからつい。
すまないけど王都に行ってなるべく穏便に事を収めてきてはくれないだろうか?この通り」
そう言い頭を下げるホーンラビット伯爵閣下。今は収穫期、面倒事は勘弁でござるといったところなんでしょう。
まぁ俺もパトリシアの出産を控えてますし、アナスタシアとケイトも控えてますし。
ケイトは目を離すとすぐ無茶するからな~。「出産には丈夫な身体が大切」とか言ってエッガードの上に立ってたからな~。「体幹を鍛えるには最適」ってそれって妊娠する前の女性が行うトレーニングじゃないのか?妊娠中は駄目だろう、何処の知識だ何処の。
ケイトってば無茶苦茶だから目が離せないんだよな~。
「分かりました。それじゃなるべく穏便な方向でどうにかしてきます。
それと前に貰った全権委任状を使いますんで、了承をお願いします」
俺はホーンラビット伯爵閣下に一礼をすると、急ぎ王都のベルツシュタイン伯爵閣下の下に向かうのでした。
「こんちわっす、ケビンです。何かお忙しそうですね」
俺がベルツシュタイン伯爵邸を訪れた時には伯爵閣下は大変慌ただしいご様子で配下に指示を飛ばしておられました。
「なっ、ケビン・ワイルドウッド男爵・・・という事は王城の騒動も?」
「流石伯爵閣下、ご理解が早い。既にご報告は・・・まだみたいですね。
簡潔に言えば第四王女殿下がやらかしました。よりによって<勇者>ジェイクと<聖女>エミリーにホーンラビット伯爵家の名を出して脅しを掛けた。より正確に言えば「エミリー・ホーンラビット、あなたの心持次第であなただけではない、あなたの家もどうなるのかしら?」です。
これはその場に同席したスロバニア王国の留学生アルジミール・マルローニ侯爵子息も聞いております。
後程耳目の者に詳細を確認していただければわかりますが、第四王女殿下って馬鹿ですか?再三第五王女殿下にお呼ばれした席ですのでそちらには行けませんよとお断りを入れてるのにしつこく誘いを掛けるって、他国の貴族からも遠慮してくれと言われて尚脅しまで掛けるって。
こないだ第四王子殿下の一件があったばかりなんですが?あれは百歩譲って若気の至りで済ませられますが、今回ばかりは無理ですよ?
既に事も大げさになっちゃっていますし」
俺の言葉に口をポカンと開けたまま固まるベルツシュタイン伯爵閣下。気持ちは分かりますけどね、なんと言っても今日は<勇者>と<聖女>が揃って王宮の第五王女殿下を訪ねられた喜ばしい日ですもんね。
あっ、引き出しから胃薬の瓶を取り出してお飲みになられてる。追加で十瓶ほど欲しいと、毎度あり~。
まぁそんなこんながありましてベルツシュタイン伯爵閣下のお供という形で登城して国王陛下の執務室にやって来たという訳なんですけどね。
「うむ、その方がケビン・ワイルドウッド男爵であるか。話はヘルザーやベルツシュタインから聞いている。
して、“ホーンラビット伯爵家全権を預かる者”とはどういう意味であるか、それはその方が「臣下の礼を取れぬ」と申した事と関係があるのであろう?」
へ~、ゾルバ国王陛下、お姿を拝見したのは王都武術大会の挨拶の時が初めてだから二回目だけど、結構切れ者?今の会話だけでそこまでの考察を行えるって事は中々だと思うんだけど。
言葉の端々に罠を仕込む貴族政治の中で国王として君臨し続けるっていうのは、こういう事なんだろうか。周りの人間も「国王陛下に対し無礼であろう!!」などと言って怒鳴りつけない辺り、かなり状況を把握しているとみていいのかな?
「ハッ、ご質問にお答えいたします。“ホーンラビット伯爵家全権を預かる者”とはその言葉の通り、この場での私の発言はホーンラビット伯爵家の総意として受け取っていただいても構わない、それだけの権限を与えられているという事です。今回の事態はそれだけ重要な問題であるとご理解いただければと存じます。
まず何が起きたのかを端的に申し上げます。オーランド王国王家は、ホーンラビット伯爵家に対し宣戦を布告なさいました。それに対しホーンラビット伯爵家がどう動くのか、その決定権を与えられケビン・ワイルドウッド男爵が登城した。これが現在の状況であります」
“ザワザワザワザワ”
動揺し混乱する国王執務室内の人々、そんな中ゾルバ国王陛下がスッと手を挙げ静寂を促す。
「宣戦を布告したとはどういうことか、それは本日第五王女フレアリーズを訪ねた<勇者>ジェイク・クロー殿、<聖女>エミリー・ホーンラビット嬢と関係する事であるのか」
「ハッ、私は以前マルセル村に視察に訪れたエラブリタイン伯爵閣下に申し上げた通り、<魔物の雇用主>というテイム系スキルを所持しております。そして<勇者>ジェイク・クローには私の雇用するスライムの眷属のスライムを譲渡してあります。
つまり<勇者>ジェイク・クローの状況は雇用魔物であるスライムを通じ常に知ることができるのです。これはスキル<魔物の雇用主>による効果とお考え下さい、一般のテイマーに同様の事は出来ませんので。
その前提の上でこれから私がお話する事は全て事実であると宣言いたします」
俺は自身のスキルの事を説明したうえで、王宮内スライム庭園で何が起きたのか、王宮内の現在の惨状がどうして引き起こされたのかを説明するのでした。
「以上になります。
以前ダイソン公国とオーランド王国との停戦交渉の為、三英雄とホーンラビット伯爵家騎士団の者が王城に登城した事がございます。その際三英雄が一人アイリス・ダイソン嬢が述べた言葉を覚えておいででしょうか?
数に勝るオーランド王国王家に我々ホーンラビット伯爵家が勝てる道理はない。たとえ勝利したとしてもその後どうすればよいと?降伏したと思わせつつ牙を磨く者たちをたかだか辺境の村人が御しきれるとでも?
ですが我々も貴族家の者、売られた喧嘩、逃げる訳にはまいりません。
これは殲滅戦、降伏などという生ぬるいものはありません。どちらかが亡びるまで続けられる戦いなのです」
“ドサドサドサドサ”
突如執務室の床に倒れる複数の者たち。それは騎士であり、執事であり、メイドであり、何処からともなく現れた全身を隠した者であり。
「“落ち着け、今はまだ私と国王陛下が話をしている最中だ。貴様らの余計な動きで国王陛下のお気を煩わせるな”
失礼しました少々騒がしくした事をお詫びいたします」
それは心に直接響く声音、思いを乗せた覇者の言葉。
「そうか、話は分かった。して、全権大使であるケビン・ワイルドウッド男爵殿がこの場にいるという事は直ぐ開戦という話ではないという事なのであろう?」
「それは状況次第かと。以前ベルツシュタイン伯爵閣下にもお伝えいたしましたが、ホーンラビット伯爵領の者、マルセル村の者は様々な事情により辺境に逃げ延びた所謂訳アリ。
今更支配欲も地位や名誉に対する欲もありません。ただ日々のんびり暮らせればそれでいい、家族が笑い合える、そんな暮らしが送りたい。
私たちがさまざまな工夫を凝らし辺境の地を豊かな農村に作り変えていったのはその思いがあればこそなのです。
鬼神ヘンリーはアスターナの戦場で言いました「“眠れるドラゴンを起こすな”、その言葉の意味を今一度よく考えよ」と。
三英雄アイリス・ダイソン嬢は停戦交渉の場で言いました、「国王陛下は滅亡をお望みか?」と。その言葉、再び国王陛下にお向け致します。
返答や如何に」
投げられた問い掛け、それは国家の命運を賭けた選択、目の前にいる者はそれを実行しうる力を有する者。
「相分かった。だが我もオーランド王国を代表する者である、その方らの言葉に唯々諾々と従う訳にはいかない。
だが状況を弁えず己が思いのまま場を乱したカルメリア第四王女の罪は重い、その命を以って罪を償わせる必要があろう。
その処分の全てをホーンラビット伯爵家に任せよう。どのような処罰を下そうともオーランド王国国王ゾルバ・グラン・オーランドの名において異議申し立てを行わない事を誓おう。
その上で王家として此度の事態を引き起こしてしまった事を謝罪する。賠償金並びに何らかの権利の委譲も視野に入れ和解交渉を望む」
それはある意味全面降伏に近い謝罪の意思の表明、俺は目の前で首を垂れる国王陛下に対して思う、この狸親父!!と。
この狸親父、こっちが罪人として引き渡された第四王女を直ぐには処分しないと踏んで擦り付けやがった。こっちは農繁期で忙しいんじゃい、要らんわこんな不良物件!!
その上で和解交渉だ?面倒臭いわ!!只管面倒臭いわ!!
支配も地位も名誉もいらない、金も困らない程度あればいいといった俺に対しどう対処するのかと思えば丸投げって、マジで狸親父、だから王都って嫌い。
「ゾルバ国王陛下の御心、このケビン、確かに受け止めさせていただきました。
では幾つか、まず王家主催で行われています大森林の素材オークション、その売り上げから王家が受け取っています利益の半額をホーンラビット伯爵家のものとさせていただきます。
これは今後とも王家とホーンラビット伯爵家がより良い関係を結ぶという意志表示。ホーンラビット伯爵家と王家との間に不和が生じればこのオークション自体無くなっていた、それを思えば破格の条件では?
次にホーンラビット伯爵家は自治領宣言をいたします。既に自治領宣言をしているグロリア辺境伯家の傘下であるホーンラビット伯爵家が自治領宣言をする事に実質的な意味はありませんが、この宣言を王家が正式に認める事こそが重要。これによりホーンラビット伯爵家並びにホーンラビット伯爵領は完全に独立した地域となる訳です。
最後に今後ホーンラビット伯爵領から上位職を授かった者が出た場合においても王都学園に通う事を強制できないとする旨の誓約をいただきたく存じます。そうしたものが王都学園に通うのは義務ではなく任意である、我々辺境の引き籠りにとって、その決定はなによりの喜びとなりましょう。
大きなものは以上となります。賠償金やその他細かいものに関しては後程交渉の席での話し合いといたしましょう。
それとカルメリア第四王女殿下の扱いです。月影、残月、カルメリア第四王女殿下をこちらに」
“パチンッ”
それは突然国王執務室内に現われたメイドと女性執事。そして両者の間に抱えられる様にして立つ者、オーランド王国王家第四王女カルメリア・ウル・オーランド。
“ドサッ”
「カルメリア、大丈夫ですか?」
力無く床に倒れ込むカルメリア第四王女殿下の姿に、立ち上がり近寄ろうとするメルビア第一王妃殿下。だがそれをゾルバ国王陛下が手で制する。
「カルメリア第四王女殿下、お話はお聞きになられたと思います。ですが今は身体と心が休まっておらず、まともに考えがまとまらないかと。
先ずはこちらの飲み物をお飲みになり気持ちを鎮められてください」
そう言い差し出したのはグラスに注がれた琥珀色の飲み物。
「こちらはマルセル村産のお茶にジャイアントフォレストビーの蜂蜜を加え甘くした飲み物でございます」
「美味しい、それに気分がすっきりします。気に入りました、もう一杯お持ちなさい」
「畏まりました、ですがその前に」
“パチンッ、ドサッ”
「カルメリア第四王女殿下、お話はお聞きになられたと思います。ですが今は身体と心が休まっておらず、まともに考えがまとまらないかと。
先ずはこちらの飲み物をお飲みになり気持ちを鎮められてください」
そう言い差し出したのはグラスに注がれた琥珀色の飲み物。
「美味しい、それに気分がすっきりします。気に入りました、もう一杯いただいても?」
「畏まりました、ですがその前に」
“パチンッ、ドサッ”
繰り返すこと四度目。
「美味しい、それに気分がすっきりします。大変美味しい飲み物をいただきありがとうございます。
それと先程までのお話は部屋の隅で聞いておりました。私は自らが認められたい、自己を主張したいというとても小さな思いから多くの者たちを不幸にするところだったのですね。
国王陛下、王妃殿下、王太子殿下、第四王女として恥ずべき行いをした事、心よりお詫び申し上げます」
そう言い涙ながらの謝罪を行うカルメリア第四王女殿下の姿に、その場の者たちはただ呆然とする事しか出来ないのでした。
本日二話目です。
行ってらっしゃい。
by@aozora