「自らの非を認め謝罪する。これは一見簡単なように見えて実は難しい。
人は意識するしないにかかわらず己を正しいものと考え行動する。自らの行いは当然であり正当なもの、にもかかわらず何故批判されなければならないのか。
苛立ち、憤り、なぜ相手が批判するのかといった疑問にすら行き着かない。
人の話を聞き、相手が何故批判しているのか、何故自分は批判されているのか。
己を振り返り事態を把握する。カルメリア第四王女殿下は大変立派でございます。
その上で今一度お考えください、第四王女とは、王族とは何であるのかを。
王族とは国の象徴であり権威そのもの、王侯国家は国王を中心にまとまり運営されるもの。
故に国王は頭を下げないし、下げてはいけない。それは王国の権威を貶める事であり、王家の求心力を著しく低下させる行為であるから。
王族の者の発言は国家としての発言、人々はその背後にオーランド王国という国家を見るし、故に頭を下げる。
それは言葉を返せば王族は常に王国を背負い発言しなければならないという事。
カルメリア第四王女殿下、先程ゾルバ国王陛下はホーンラビット伯爵家の全権を預かる私に対し謝罪の言葉を口にした。決して他者に頭を下げてはいけない国王陛下がです。これがどういう意味かお分かりになりますか?」
俺は涙を流しゾルバ国王陛下、メルビア第一王妃殿下、レブル王太子殿下に謝罪を行っているカルメリア第四王女殿下の脇に膝を下ろすと、ゆっくりと諭すように語り掛ける。
カルメリア第四王女殿下は泣きじゃくる顔を上げ、涙で滲んだ瞳を俺に向ける。
「先のダイソン公国とオーランド王国との戦争では多くの将兵が犠牲となった、その数は十二万とも十三万とも言われています。
この戦争がどれほど大変な戦いであったのかという事は、その数字からも明らかでしょう。
そしてこの戦いはただダイソン公国とオーランド王国との対立というだけのものに
そんな状況で行われたのが、ホーンラビット伯爵家を中心としたダイソン公国とオーランド王国との停戦交渉です。当時はまだアルバート子爵であった彼らは、たった三十騎の騎馬隊でダイソン公国の中枢にまで進軍し、停戦を成し遂げた。激しく抵抗するダイソン公国の数万という軍勢をその実力で完全に沈黙させてです。
そしてそのままここ王都バルセンの王城に向かい両国との停戦を承認させた。この際王宮騎士団をたった五騎の騎兵で沈黙させ、三英雄を含んだ八騎で王城に乗り込んだ話はカルメリア第四王女殿下もご存じのはずです。
王都の劇場で語られる物語は決して過剰に誇張されたものではない、寧ろ人々に理解しやすいように過小に表現されているのです。真実の方がまるで絵空事のようだとは誰も思えないでしょうから」
俺はカルメリア第四王女殿下にそっと手を差し出す。しゃがみ込み床に両手を突いていた彼女は、恐る恐るその手を掴む。
「北西部貴族連合、南西部貴族連合、ダイソン公国との間に結ばれた不戦条約。これは同時にオーランド王国西部地域が一つのまとまりとして力を持ったことを示しています。
そしてその動きの中心で大きな役割を果たしたホーンラビット伯爵家、この家に対し王家の者が圧力を掛ける事は、単に一地方貴族に対し王家の威光を示したというだけに
オーランド王国を二分する戦乱の始まり、国家滅亡の宣戦布告に他ならないのです」
ここに来て初めて自らが何をしてしまったのかという真の意味に気付き、顔色を青くするカルメリア第四王女殿下。
聖茶にジャイアントフォレストビー蜂蜜(甘太郎バージョン)を加えたスペシャルドリンクを四杯飲んで、心の芯から生まれ変わった動揺する事のない状態(強制)でありながら尚顔色を青くする。それは自身の行いのヤバさを正確に理解した証左でしょう。例えるのなら核ミサイルのスイッチを押した事に等しい行いなのですから。
「落ち着いてください、カルメリア第四王女殿下。戦争の危機は回避されました、それは全てゾルバ国王陛下の非情なる決断。
ゾルバ国王陛下にとって愛する家族であるカルメリア第四王女殿下の処断をホーンラビット伯爵家に一任する事、それがどれ程辛く苦しい決断であったか。
王国を守るため、徐々に復興しつつあるオーランド王国に再びの混乱を起こさないため。その御心は我々には決して推し量ることの出来ないものであったことでしょう。
一国の国王が謝罪するという事はそれほどに重く、厳しい決断なのです。
カルメリア第四王女殿下、我々ホーンラビット伯爵家が望む事はあなた様が自らに向き合い、人として、王家の者としてどう考えどう生きるのかを今一度学び直していただく事です。
そして自身の罪に向き合い、王家の者としてオーランド王国に尽くす事。
今オーランド王国は非常に難しい立場にある。国内の混乱はもとより、バルカン帝国の脅威は未だ去ってはいない。
その証拠につい先だって行われた王都武術大会においてバルカン帝国による国王陛下襲撃計画が実行され、王都諜報組織“影”の働きにより大事にいたる前に防がれたという事件が起きたばかりです。
その為ゾルバ国王陛下はバルカン帝国に対抗すべく、同じくバルカン帝国の脅威に晒されているスロバニア王国との関係強化に努めておられます。
本日フレアリーズ第五王女殿下がスロバニア王国からの留学生であるアルジミール・マルローニ侯爵子息を招いてのお茶会を行った事は、単に<勇者>と<聖女>を王宮に招いたというだけでなく、オーランド王国西部地域との関係改善とスロバニア王国との関係強化という非常に大きな意味があったのです」
俺の言葉に自身がいかに
「私は自分の事しか考えていなかった。第五王女フレアリーズが自身を差し置いて<勇者>と<聖女>を王宮へ招いた、その事に対する嫉妬心だけが先に立っていた。
自分は第五王女フレアリーズより優れている。生意気なフレアリーズには自身の立場を分からせなければならない。
妹に嫉妬し、フレアリーズがオーランド王国の為にどれ程の働きを行っているのかなど一切考えもしないで」
俺はカルメリア第四王女殿下の手を引き上げ床から立ち上がらせると、顔を上げるようにと促す。
「カルメリア第四王女殿下、私は先程申しました。我々ホーンラビット伯爵家が望む事はカルメリア第四王女殿下が自らの罪に向き合い、王家の者としてオーランド王国に尽くす事であると。
カルメリア第四王女殿下に出来る事は、スロバニア王国とオーランド王国との橋渡しとして、両国の親密な関係構築のための
婚姻外交は国家間の関係構築の有効な手段。ゾルバ国王陛下はその為にカルメリア第四王女殿下、フレアリーズ第五王女殿下の婚約者候補を募っていたはず、そうではありませんか?」
話を振られたゾルバ国王は、何故か口元を引き攣らせながらも頷きで返す。
「そうだったのですね。私はそのような事を考えもせず、他国は気に入らないだなどと我が儘ばかり。王家の者としての役割も果たそうとせず権利だけを主張して、本当に情けない」
「カルメリア第四王女殿下、今からでも遅くはありません。必要な事はメルビア第一王妃殿下が教えてくださるでしょう、素晴らしいお相手はゾルバ国王陛下並びにレブル王太子殿下が選んでくださるはずです。
反省は必要でしょう、罪を悔いる事もこれまでの自分を振り返り見詰め直す事も必要でしょう。
ですがそこで立ち止まってはいけません。自分に出来る事は何か、カルメリア第四王女殿下が素晴らしい女性として人々の希望となることを、ホーンラビット伯爵家は期待しています」
そう言い慇懃に礼をする俺に、再び瞳を涙で濡らすカルメリア第四王女殿下。だがそれは罪を悔いるだけのものではない、寄せられた期待に対する決意の涙。
「ゾルバ国王陛下に申し上げます。以上がホーンラビット伯爵家の総意となります。
ホーンラビット伯爵家はオーランド王国の安寧と平和を第一に願っております。ゾルバ国王陛下の御英断、心より感謝申し上げます」
「うむ、ホーンラビット伯爵家の総意、確かに受け取った。第四王女カルメリア・ウル・オーランドの処遇に関してはホーンラビット伯爵家の望む通りといたそう。メルビア、レブル、そして皆の者も良いな?」
膝を突き臣下の礼を取る俺に、大きく頷き言葉を述べられるゾルバ国王陛下。国王執務室にいた者は皆頭を垂れ、ゾルバ国王陛下に敬意を示す。
「さて、それでは私は一人の兄として弟のしでかしたことに対処させていただきたいと思います。<範囲指定:王宮全体:清掃>」
“ブワッ”
広がる魔力、それと共に輝きを増す室内。何かが変わったという事もない、しいて言えば綺麗になった?
突然の変化にどう反応してよいのか戸惑う一同。
「後は倒れてる人たちですね。<範囲指定:王宮全体:癒しの覇気>」
“ブワッ”
再び広がる力の波動、それは春の木漏れ日のような優しさと温かさを伴って、身体と心を包み込む。
「失礼いたします。ご報告申し上げます、殺気により気を失っていた者たちが意識を取り戻しました。また、恐怖に身を震わせていた者たちの表情が穏やかなものに変わり、正気を取り戻したとの報告が続々と集まっております。
原因は謎の力としか言いようがありませんが、王宮内の混乱は一応の収束を見たものかと」
近衛騎士の報告に驚きの目を向けるゾルバ国王陛下。
「ケビン・ワイルドウッド男爵殿、これは一体」
「さて、身内の者として動いたとしか。では私はこれで、ホーンラビット伯爵閣下には素晴らしい会談であったとご報告させていただきます」
そう言いベルツシュタイン伯爵閣下に目配せをした後、国王執務室を下がる俺氏。
ダ~、終わった~~~。
俺は床にゴロゴロしたい気持ちをグッと堪え、次の目的地に向け歩を進めるのでした。
―――――――
“ブワッ”
何かの魔法が室内に広がる。俺とジミーは警戒態勢を取り、エミリーとフィリーとディアの三人は、フレアリーズ第五王女殿下の警護に当たる。
「えっ、ジェイク、今のは一体・・・」
「分からない、だけど何かの魔法が掛かった事は確か、しかも広域に渡る範囲魔法?発生地点が特定できないほどの広さ、大規模魔法なのは間違いない」
俺の言葉に、自身の身体を触り異常がないか確かめるアルジミール。
「・・・きれいになってる」
「「「「「「は?」」」」」」
「いやさ、今朝こぼしたスープのシミの跡がきれいさっぱり消えてるんだよ。いや、ちゃんときれいにして来たんだぞ?でも何て言うのか、薄っすら跡が残ってたんだよ」
アルジミールの言葉に「そう言えば、お部屋がいつもに増してきれいになっているみたいです」と応えるフレアリーズ第五王女殿下。
“ブワッ”
再び全身を襲う何か、これは覇気、それも優しさと温かさを伴った癒しの覇気。こんな事を出来る人物は。
「「「「「ケビンお兄ちゃんが来てる!?」」」」」
「えっ、どういう事?なんでケビンお兄ちゃんが王宮にいるの?」
「いや、それは今回の騒ぎで呼ばれたからじゃないか?方法は分からないが俺たちの監視の為に王都諜報組織“影”が動いている以上、何らかの連絡手段があってもおかしくない。
それで飛んで来たってところなんじゃないのか?」
俺たちが不意の状況に、ああでもないこうでもないと騒いでいる時であった。
“コンコンコン”
「失礼いたします。フレアリーズ第五王女殿下、ベルツシュタイン伯爵閣下が面会を求めておられますが、いかがいたしましょうか?」
扉越しに告げられた来客の知らせ、「はい、入っていただいて構いません」、フレアリーズ第五王女殿下の返事に開かれる扉。
「お久しぶりでございます、フレアリーズ第五王女殿下。それとそちらに居られるのは王都学園のご学友の方々でございますね。
お楽しみの所をお邪魔いたし、大変申し訳ございません」
そう言い慇懃に礼をするベルツシュタイン伯爵閣下。その後ろでは騎士服を着た男性が同じく深い礼をする。
「「「「「ケビンお兄ちゃん!?そんな格好で何をやってるのさ」」」」」
俺たちの言葉に礼をしつつ顔を引き攣らせるケビンお兄ちゃん。
そんなケビンお兄ちゃんの様子に、“これって一体どういう状況?”と首を捻る俺たちなのでありました。
本日一話目です。