整然と並べられた石畳、魔法レンガにより造られた堅牢な建物。道の両脇には排水路が敷かれ、家々の周りには花壇に植えられた花が風にそよぐ。
商店らしき建物の店先には数々の品物が並べられ、この場所で文明的な商取引が行われている事を伺わせる。
「・・・なぁオーガ、ここって大森林中層部だよな? そんでもって大岩砦と呼ばれるオーガの里で合ってるよな?」
ケビンは自身の隣を歩くオーガに話し掛ける。オーガは自慢げに鼻を鳴らし、見下すような視線を向けながら語り始める。
「フッ、村人風情には分かるまい。我らオーガは貴様ら人族を遥かに超えた肉体を有している。だが貴様ら人族が繫栄し、我らオーガを脅かす事が出来たのは何故か。それは全て女神とやらが貴様ら人族に肩入れしているが故よ。
我らオーガは進化を果たした、人族に負けぬ知性と理性を手に入れた。
我らこそがこの世界を統べる者、我らは盟主様の導きの下、世界を正しく変革するのだ!!」
そう言いニヤリと笑うオーガに、「あぁ、なるほど。だからお前たちはまるで人族のように身ぎれいにしているのか」と納得といった声を上げるケビン。
「ところでお嬢さん、一つ聞きたいんだが、二人はどうしてこの男に追われる事になったのか教えて貰っても?
これだけ文明的な集落を築くオーガが普通のオーガじゃないという事は分かるんだけど」
ブー太郎はチラリと後ろを振り向き、世間話でもするかのように姫君と呼ばれた者に言葉を向ける。
「いえ、その・・・はい。今更隠し立てをしても仕方がありませんね。
私たち大岩砦の者が現在の様な生活をするようになったのは今から十数年前の事と聞いています。当時この大岩砦のオーガは現在ほどではないものの石造りの家を建て獣の皮を敷き、それなりに文化的な生活を送っていたと聞いています。
ですがオーガはオーガ、強き者が正義であり強き者に従うのがオーガの習い。その時々の族長の方針により状況はまちまちであったようです。
そんな時に現れたのがあの者たち、盟主と呼ばれる者を筆頭にした人族でした。彼らは我々に様々なものを齎した。それは理性であり知性、文明的かつ文化的な生活であり進化した肉体。
私はそんな進化を与えられた族長である父の子として生まれました。
彼らの行い、それはある種の実験であったのやもしれません。父がその事に気が付いた時には時すでに遅く、大岩砦の里は盟主により完全に支配されていた。父はただのお飾り族長となっていたのです。
それは誇り高いオーガである父にとって許されざるものであった。父は人族を排除し、大岩砦の里を取り戻そうとした。
ですがこの里は既に盟主の支配下、父と共に立ち上がった心ある側近の者たちは悉く一人の若者に倒された。それは将来を嘱望され私と共に手を取り合い大岩砦の里を盛り立てていくはずであった者でした。
失意の中倒れた父、私がメイドと共に里を逃れる事が出来たのは父の最後の抵抗のお陰と言ってもいいでしょう。父は何かを察していたのかもしれません、私がこのまま里にいては私の身によくない事が起こって仕舞うのではないかと」
そこまで語り終えると悲しげな表情で俯く姫君。ブー太郎はそんな姫君に「辛い事を思い出させてしまったね、どうもありがとう」と、優しく言葉を掛けるのでした。
「これはこれは姫様、無事なお帰り心よりお喜び申し上げます。
ガバルン、ご苦労であった。盟主様も大変お悦びであったぞ?
ガバルンの働きは高く評価なさっておられた」
「ハッ、ありがとうございます。このガバルン、その御言葉を胸により精進いたしたく存じます」
不意に現れた一体のオーガ、ローブを羽織り身ぎれいにしたその者に片膝を突き感謝の言葉を返すオーガ。
「・・・なぁブー太郎、俺、こんな理知的なやり取りをするオーガって初めて見たんだけど」
「そうですね。前に行ったオーガの集落の連中は飲んで食って喧嘩してってのが基本でしたからね。
でもあいつら、酒を前にすれば異常なくらい理知的でしたよ?族長の次に位の高いのか酒蔵の頭領でしたから」
「そうだったな~、でもあの酒は旨かったな~」とどこか懐かしそうに話すブー太郎とケビン。そんな彼らをよそにオーガたちの会話は続いて行く。
「では姫様、どうぞこちらへ。族長様と盟主様がお待ちです」
「何を言います、族長である父は既に旅立たれたはず、この里に族長と呼ばれる者は・・・」
「族長は継承されました。戦いの末強き者が族長となる、これは我らオーガの習い。
先代様は残念ながら儚くなられましたがこれも宿命、誇り高い御方でしたので戦いの果てに散ったのであれば本望であった事でしょう」
そう言い胸に手を当て軽く礼をするローブ姿のオーガに悔しげな眼を向ける姫君。
そんな姫君の肩をブー太郎は優しく抱き寄せる。
「ブー太郎様・・・」
「まずはその新しい族長とやらに会ってみよう。ここまで来てただ指をくわえていても何も始まらないだろう?」
ブー太郎の言葉にコクリと頷き鋭い視線をローブのオーガに返す姫君。
「分かりました、向かいましょう。ただしこちらの方々も一緒ですが、構いませんね?」
「はい、結構でございます。族長様からともに連れてまいるようにと仰せつかっております」
一礼の後、背を向けるローブのオーガ。ブー太郎たち一行は、その後に従いオーガの集落の街並みを奥へ奥へと進んで行くのでした。
「・・・ねぇ、ブー太郎。ここって屋敷って言うか、城だよね。
オークの集落でここまでの建物って造ってた?」
「いや、流石にここまでの物は。石工のおっちゃんは器用ですけど、個人住宅以上の建物は造れませんから。
石工のおっちゃん、ああ見えてオークの職人の中では一流なんですよ? 前に行った肉食オークの集落でも住宅はそこまで立派じゃなかったじゃないですか。オーガの集落でもそうですし。
この大岩砦の里が異常なんですって、どう見ても人の街と遜色ないじゃないですか」
そう言い周囲に目をやるブー太郎とケビン。そこには金属鎧を身に付け城門の守りに付くオーガやメイド服を着て頭を下げるオーガたちの姿。メイド服のオーガの姿は、角と肌の色の違いが無ければ人の女性と見分けが付かないだろう。
「「「「「お帰りなさいませ、姫様」」」」」
「姫様、よくぞお帰り下さいました。湯浴みの準備が出来ております、族長様にお会いなさる前に身を清めていただきたく存じます。
ガガム、あなたもです。姫様の警護ご苦労でした、謁見の前に身を清めなさい」
メイド長らしき女性オーガの声にブー太郎に顔を向ける姫君。ブー太郎はコクリと頷き後に続くよう促す。
「では皆様、姫様の準備がお済になるまで客間にてお待ちください。ただいまこの者たちに案内を「いや、結構だ」・・・」
言い終わるのを待たずに口を開くブー太郎に、一瞬不快な表情になるも直ぐに取り繕うローブのオーガ。
「お気遣いを無にするようなことを言ってすまない。だが我々はあなた方にとっては招かれざる客、言わば排除すべき異物だ。族長殿の広い御心にこれ以上縋るのも気が引ける。
我々はこの場で姫君の支度が終わるのを待つこととする。だがそうだな、姫君にはこの子を供に付ける事としよう。であれば我々が逃げずにここに留まる
シャロン、頼めるか?」
“キュルルル~♪”
ブー太郎からのお願いに、“パパ任せて~♪”と嬉しそうに応えるシャロン。
「そうですか、では何かありましたらそちらのガバルンにお申し付けを」
そう言い一礼の後その場を下がるローブのオーガとメイドたち。
城の前に残されたブー太郎たちは、姫君たちが無事に戻ることを信じ、ただ待つことしかできないのであった。
「皆様、大変お待たせいたしました・・・あの、一体何をなさっておられるのですか?」
待つこと暫し、城内より現れたのは美しいドレスに身を包んだまさに姫という呼び名に相応しい麗しの女性であった。
「ん?あぁお帰りなさい。いやね、折角採れ立ての新鮮な山芋があることだし、ちょっと食べてみようって事になってね。
あぁ、三人の分もあるから座って座って」
何処からともなく並べられたテーブルと椅子、大皿に盛られたのは山芋を角切りにして小麦粉の衣を付けて油で揚げた山芋の天ぷら。
「粗塩か岩塩かは好みかな~。一摘みくらいをパラパラって掛けてからいただくのがお勧めだね。冷めないうちにいっちゃって~」
そう言い二本の木の棒を器用に操り小皿に天ぷらをよそっていくケビン。
“サクッ”
口の中に広がる衣の食感、揚げられたことで甘味を増した山芋の風味が衣から一気に解放され、旨味の暴力となって口腔を席巻する。
「ハハハ、どう?旨いでしょ。次は岩塩で食べてみてくれる、同じ塩でしょうって思われるかもしれないけど、粗塩とはまた違った美味しさなのよこれが。
ここに冷えたエールなんかがあったら最高なんだけどね~」
「あ、ケビンさん、俺前にマルコさんから頂いたエール樽持ってます。出しますか?」
ケビンの言葉にそう言えばと応えるブー太郎。「それ早く言ってよ~」と顔をしかめるケビン。
“ゴクゴクゴクゴク、プハ~”
樽から木製ジョッキに移されたエールを一気に呷り、気持ち良さ気に息を吐くブー太郎。その隣では同様にエールを口にし、冷えた酒に驚きの表情になる姫君。
「いや~、やっぱり揚げたての天ぷらには冷えたエールでしょう。お前もそう思うよな、ガバルン」
ケビンの掛けた声に頷きながら、夢中になって天ぷらを頬張るガバルン。
広がる笑い、穏やかな一時。姫君と呼ばれた者は、心の中を埋め尽くしていた不安と緊張、恐怖といった感情がいつの間にか薄れているのを感じ、自然と笑みを浮かべるので「オホンッ、こんなところで一体何をなさっておられるのですかな? 姫様、族長様がお待ちですぞ」・・・。
そこには額に青筋を浮かべたローブ姿のオーガ。全身から怒りのオーラを漂わせるその姿に慌てて席を立つ面々。
「お待ちしておりました。それでは案内をお願いします」
ケビンはそんなローブ姿のオーガの様子をまるで気にすることなく、「さぁ、皆さん参りますよ?」と周りの者に声を掛ける。
その場にあったはずのテーブルや料理、果ては手に持っていた小皿やフォーク、エールの注がれたジョッキすら姿を消している事に驚きの表情になる一同。
「で、ではご案内いたします」
目の前で起きた現象に未だ理解が追い付かないものの、ローブのオーガは自身の役目を果たすべく一同を城の中へと案内するのでした。
「おぉ、姫よ、よくぞ無事に戻った。心配していたのだぞ?」
その者は玉座から立ち上がるや豪奢なマントを広げ姫君の下へと歩み出る。姫君はその者の姿に何か不気味なものでも見るような視線を向ける。
その者は嘗て将来を誓い合った若者、大岩砦の里を共に盛り立てていこうと夢を語り合ったかつての思い人、父や側近の者たちを惨殺した終生の仇。
「族長様、しばしお待ちを。盟主様が参られます」
「うむ、そうであったな。我は少し気が高ぶっておったようであるな」
何処かとってつけたような返事をする族長、背伸びをしていると言うか、長としての心が定まっていない若者のようにしか思えない。
“ガチャリ”
開かれた扉、入って来たのはローブ姿の複数の人族。
「族長様、姫君が無事にお戻りになられた事、心からお喜び申し上げます。これにより大岩砦の里の益々の繁栄は約束されたも同然、族長様におかれましてはより一層の御働きをご期待申し上げます」
「うむ、盟主殿の言葉、しかと心に刻もう。では早速ではあるが始めてもらおうか」
族長の言葉にサッと礼で応える盟主。盟主は視線を姫君に向けると、短く言葉を向ける。
「よくぞ戻った依り代よ。これよりお前は新時代の母となる。光栄に思うがいい」
“ブワッ”
途端盟主から溢れる膨大な魔力、その力に呼応するかのように目を見開きながら部屋の中央に歩み出る姫君。床面には大きな魔法陣が光り、その中央に立つ姫君を妖しく照らし出す。
その場にいるオーガたちは皆膝を突き頭を垂れる、そんな中、姫君の口がゆっくりと開かれる。
「“この私を、再び呼び覚ましたのは誰ですか?”」
「ハッ、ラミア様、お久しぶりでございます。ベルセウスでございます」
姫君、いや、ラミアの前に膝を突き頭を垂れる盟主。その顔は紅潮し、表情は喜びに打ち震える。
「“ベルセウス、オーガの強制進化を研究していた者ですね。そうですか、それではこの身体はあなたが研究していたオーガの進化体、全身に力と魔力が漲るのを感じます。
よくやりましたベルセウス。して、総統閣下はいかがいたしましたか?”」
「ハッ、総統閣下に於かれましては私の用意した依り代では力不足であったのかと。現在第二計画としていた次代様をお迎えすべく、聖母に相応しい御方であるラミア様に再誕いただいた次第」
「“私が聖母、フフフフ、なんと素晴らしい。ベルセウス、では早速始めなさい。
今この時より世界の変革は始まるのです!!”」
「ハッ、畏まりました、聖母ラミア様!!」
動き出す者たち、世界を変える指導者の誕生。盟主は高まる心もそのままに、新たな時代の一歩を「あの~、何か盛り上がってるところ悪いんですけど~」・・・。
声を掛けたのはその場で蚊帳の外に置かれていたブー太郎。
「“・・・ベルセウス、あの者たちは”」
「はい、復活されたラミア様の餌にとおびき寄せていた者たちとなります。大森林を平然と闊歩する程の者たち、最初の食事に相応しいモノかと」
「フフフ、ベルセウス、とても気が利くではないですか。どうやら魂と身体が馴染んだようですね、先程よりもこの身体を自在に操れるようになりました。
“あなたたち、私の足下にきて跪きなさい”」
それは心と身体、魂を揺さぶる調べ。その場のオーガたちが皆羨まし気にブー太郎とケビンに目を向ける。
「・・・なぁブー太郎、前にもこんな事が無かったっけ?」
「ありましたね~。って言うかラミアって確かあの時の化粧の濃いおばさんの名前ですよ。鼻が曲がりそうな思いをしたんで良く憶えてます」
だがそんな周囲の事はどこ吹く風と、呆れたような表情で肩を竦める二人。
「“何をしているのです、早く「あぁ、もうそれいいんで。って言うか久し振りですね。一度死んだぐらいじゃ性格って変わらないものなんですね、直ぐに分かりましたよ」・・・貴様はあの時のオーク!!
ベルセウス、この者たちを「だからもういいですって、絶剣<断界>」・・・」
“バシュン、ドサッ”
“~~~~~~~!!”
駆け抜けた風、ラミアは自身にいったい何が起きたのかも分からず、ただその場に佇む。そして自身の魂が肉体より離れている事に気付き、悲鳴を上げる。
「あ~、五月蠅い。あの時の犠牲者は総統閣下と共に女神様の下に旅立ったと思っていたんだけど、そう言えばおばさんは総統閣下がやらかす前にブー太郎に切られていたんでしたね。
何て言うかこれも巡り会わせ?
今度は迷わず成仏できるようにちゃんと送ってあげますから。<浄炎>」
それは白き癒しの炎、魂の穢れを焼き払い涅槃へと送る救魂の揺らめき。
“私は、私は、総帥様、今こそあなた様の下へ”
光の粒子となり天へと昇っていく魂。ブー太郎とケビンは、消えゆく魂の平穏な来世を願い、ただ祈りを捧げるのであっ「ふざけるなーーーー!!」・・・。
物語は、いまだ終わらないのでありました。
本日二話目です。
行ってらっしゃい。
by@aozora