「ただいま、パトリシア」
従業員の皆さんと向かった山芋掘り大会&ヒーローショー「勇者ブー太郎とオーガの里」は、無事に幕を閉じた。
遠足は家に帰るまでが遠足、途中変な事に巻き込まれないか心配であったものの、そうした事もなく無事に帰りついたのはブー太郎様の行いが善行であったと女神様がお認め下さったからだと思いたい。
「おかえりなさい、ケビン。何か森に行っていると聞いていたんだけど」
「あぁ、セシルお婆さんからそろそろ生まれそうだと聞いてね。パトリシアの滋養にいいものが何かないかと相談したら、山芋がいいんじゃないのかって言われたんでちょっと山芋掘りに。
ブー太郎に協力して貰ったおかげでとてもいい型の山芋を見付ける事が出来たよ」
俺はそう言うと収納の腕輪から布を出し床に敷くと、その上に三メートはあろうかという大きな山芋を取り出してみせる。
「まぁ、大きい。私、山芋は調理された物しか見た事がなかったのですけど、こんなに大きなものだったのですのね」
そう言いニコリと微笑むパトリシア。パトリシアはここ数カ月ホーンラビット伯爵家屋敷で過ごしていたからか、仕草や言葉遣いがすっかり伯爵家のお嬢様のものに。
でもこれで体調が安定してホーンラビットの飼育やショーのお姉さんの仕事に復帰したらいつもの感じに戻っちゃうんだろうな~。
ここは貴重な一幕という事で俺も合わせておく?
「あぁ、それでもここまで大きなものはそうそうないらしい。ブー太郎もこれまでこの大きさのものは掘り当てた事が無かったと言っていたくらいだからな、私は運が良い。
この山芋は調理場に運んでおこう、後でグリルさんに調理してもらうといい。
他にも何本か掘ってきているからね、後で村の皆におすそ分けしてくることにするよ」
俺はそう言いパトリシアに軽くハグをすると、部屋を後にする。
体温平常、魔力の流れに異常なし。健康状態は母子ともに良好といったところかな?
それじゃセシルお婆さんの当初の予定通り、明日は出産の準備に参りますか。
何故か妙にテンションが高くなるのをグッと抑えつつ、俺はマルセル村の各家に山芋を配りに回るのでした。(嫁の出産前の御挨拶回りとも言う)
「ハッハッハッ、そうかそうか、いよいよケビンもお父さんか。
あの悪ガキだったケビンがな~、俺も爺さんになる訳だよ、時のたつのは早いものだな~」
そう言い俺の背中をバシバシ叩くのは、村の何でも屋、元魔道具職人のマルコお爺さん。
マルコお爺さんはダイソン公国との停戦交渉のときは防具作りが忙しくて訓練に参加出来なかったので、ホーンラビット伯爵家の騎士にはなってないんですよね~。その代わり奥さんが参加していたので奥さんは騎士様、しかもエミリーちゃんチャレンジをクリアした猛者なもんだからすっかり頭が上がらなくなってしまったって言うね。マルコお爺さん、ドンマイ。
「そうですね~、ガキの時分は随分マルコさんのところに入り浸っていましたもんね。“聖水布”やら“照明の魔道具”やら“幌馬車の改造”やら、あの頃は楽しかったな~」
そう言いどこか懐かしそうに昔を思い出す俺とマルコお爺さん。
「それはそうと、例の品だが」
「あぁ、大丈夫ですよ。ご要望のエール用小麦はちゃんとエール作製小屋にお届けいたしますから。
マルコお爺さんたちエール作製班の作るエールは我が家の者たちにも好評ですからね、その為の投資は惜しみませんとも」
マルコお爺さんたちエール作製班はその後も研鑽を重ね、今では立派な酒蔵の様相を呈しております。
無論そこにはワイルドウッド男爵家からの資金提供もございまして、今では立派な取引相手になっているんでございます。
しかもしかも、もっとも重要な小麦の提供先でもある我が家の発言力は絶大、作製されたエールのかなりの部分が我が家に出荷されているというね。
そんなにエールを求めてどうするのか? うちには呑み助がごろごろいるんだよ、天上の御方とか最強生物とかデカい亀とか。
冷えたエールは最高とか言ってるんじゃない、君たちはバッカス酒店のお酒を飲みなさい、バッカス酒店の酒を。
現在あなた様経由でバッカス様にビールの作製を依頼しているところ。エールと違いホップの苦みとか言われても俺にはよく分からないんですが、何故か天界には転移者が齎した異世界食文化知識がですね。
その中にビールの知識も伝わっていたみたいなんで作れるのかお問い合わせしたところ、小麦を分けてくれればイケるとのお返事が。居酒屋ケビン用のお酒として依頼したという訳でございます。
マルコお爺さんのところにお分けした小麦もそうですが、原材料の小麦は自己領域の島の畑産ですね。畑の管理は鷹の目コッコの初期メンバーに依頼、食肉にしないことを条件に転職していただきました。
こいつら妙に器用だからな~、全員そろって“ありがとうございます、御屋形様!!”って頭下げられた時はどうしてこうなったと思ったもんです。
ですので今鷹の目コッコの飼育場にいるのは二代目以降の連中ですね、こいつらも頭いいんだよな~、凄い食べづらい。
因みに斑点コッコはただの家畜ですね、警戒心が強いので注意が必要ですが、食肉用としても卵の生産用としても大変すばらしい家畜魔物です。
首の輪コッコは
食肉用の牛を飼育している農家さんの気持ちが理解できてしまうような家畜です。
散々ホーンラビット飼育を行っておいて何を言ってるといった話なんですけどね、日々ぶつかり稽古をしている相手を食べるって言うのはね。
まぁ食べるんですが、美味しいですし。
そんなこんなでマルセル村の生活はそれなりに回っているのでございます。
「それにしてもこの村もにぎやかになったもんだよな。ケビンが子供の頃はそれこそいつ廃村になってもおかしくないってくらいに人が減る一方だったのにな」
マルコお爺さんがしみじみとした口調で言うのも無理もありません。マルセル村って本当に人口が増えたから。
初期移住⇒ケイト親子
第二移住⇒アナさんたち隠れ里の者たち
第三移住⇒蒼雲さん親子と諜報員の二人
第四移住⇒デイマリア様たちグロリア辺境伯家の方々
第五移住⇒マルコお爺さんのお子さん等出戻り組
他にも各家の出産が未だ続いているので、マルセル村にはちょっとしたベビーブームがですね。
セシルお婆さん、めっちゃ忙しくなって軽くキレてたもんな~。
ビッグワーム改干し肉と山芋で宥めておきましたが。
これでもホーンラビット伯爵領は北西部貴族連合の雄、大きな戦争があったばかりという事もあり安全と富を求めマルセル村に移住したいと申し出る人間はそれなりにいるんですけどね。
第一の関門、村中をうろつく大型グラスウルフ(実はフェンリル)の試練 ⇒大半が腰を抜かす。
第二関門、畑で作業を行う緑と黄色、キャロルとマッシュの試練 ⇒悲鳴を上げて逃げ出す。
第三関門、村人の娯楽、大福チャレンジ見学の試練 ⇒気を失った後、夜逃げの様に村を後にする。
中々居ついてくれる方がですね~。それでも根性を示して残ってくださる方はいるんですけど、慰労と治療を兼ねて美味しいお茶をお出しするとまぁ出るわ出るわ。
「私はどこそこの間者でございます。マルセル村の秘密を探りに来ました」ってのはいい方で、「私は盗賊団の引き込み役です」とか「私はホーンラビット伯爵家の内情を探り、内側から工作活動を行う為に参りました」だとか。
いや、いいんですよ? 狙われるのは最初から分かっていましたから。でも最終面接に残るのがこんなのばっかりって。
皆さんの健闘を祝し、美味しいお茶(光属性魔力マシマシバージョン)をお出しして、丁重にお帰り願っているというのが現状であります。
マルコお爺さんのところの長男さんみたいなパターンもありますけど、ああした出戻り組はそれぞれの家庭で責任を持って教育していただくという方向で。(漂白済み)
「それじゃ俺はこれで、おばさんによろしくお伝えください」
「おう、わざわざ届けてくれてありがとうな。山芋は婆さんも大好きだからよ」
俺はマルコお爺さんの家を後にすると、次のお宅に足を向けるのでした。
「うん、偶には村の様子を見て回るもんだわ。皆さんそれなりに抱えていらっしゃるのね」
マルセル村は豊かになった、それは客観的に見て分かる事実。
冬場の餓死や凍死に怯えることのない生活、年寄りにも与えられる仕事。生活の安定と誰かに必要とされているという自己肯定感、ある意味満たされた生活を送っていると言ってもいい現状。
だがそうなってくれば人は様々な欲を抱える事になる。
女衆が甘味や美容に執着し、男衆がエールや武闘に興味を示すように。
生活の余裕は人の欲を刺激し、欲は際限なく次を求め始める。
簡単に言えば村人たちが脱引き籠りを始めたってだけなんですけどね。
定期的に街にお買い物に行きたいだの、新しい農具や武器が欲しいだの。そういう事は俺じゃなく村役場を通じホーンラビット伯爵閣下に陳情なさってください。
ホーンラビット伯爵閣下は聡明な御方、これまでも様々な商会と繋ぎを作り、マルセル村に行商人を呼び込んだ功労者。
定期的に開かれる行商人の市は、毎回盛況を呼び、村人行商人双方から大変喜ばれております。
近頃ではこの行商人市を目的に来る観光客がですね。ゴルド村をはじめとした近隣四箇村の村人に関しては村民証の提示(一応他領なので村民証の提示は必須です)で入村料は無料とさせていただいております。
そんな盛り上がりを見せるマルセル村ですが、やはり外の刺激は好奇心を掻き立てるのでしょう、領都に行きたいだの王都に連れて行って欲しいだの。
どうぞ頑張って行ってきてください、俺は送り迎えなどいたしませんから。
グルゴさんたちを王都から連れて帰ったじゃないか? あのね、あれは公務なの、お仕事なの。お仕事をするなら連れて行ってもいいですよ? その代わり王家との交渉はお任せしますが。その結果ホーンラビット伯爵家がお取り潰しになっても俺は知りませんけど。
まぁ大概の村人はここまで言えば顔を青ざめさせて諦めてくださいますけどね、余裕が出てきて調子に乗ることは悪い事ばかりではないので強く叱責するつもりもありませんが、便利使いされる気はさらさらございません。
妥協点はホーンラビット伯爵家から定期便を出してもらうってことくらいですかね。幌馬車(魔改造済み、引き馬は強化魔馬)だったら六日もあれば余裕で領都グルセリアに着きますし。
御者は旦那を仕込むって方向で。
俺の提案に奥様方の目が光った事は言うまでもありません。
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「セシルお婆さん、今日はよろしくお願いします」
「あぁ、ケビンかい。こっちの準備は整ってるよ、直ぐに始めようか」
翌日の午前中、向かった先はホーンラビット伯爵邸。出産部屋と化している一室には、既にパトリシアがベッドに横になって待機しています。
「ケビン、おはようございます。今日はよろしくお願いしますね。
私、昨日の晩からすごく緊張してしまって、どうしたらいいのか。デイマリアお母様やミランダお義母様から何の心配もいらないとは伺っているのですけれど、どうしても・・・」
そう言い不安げな表情を浮かべるパトリシア。俺はそんな彼女をそっと抱き締め、「大丈夫、何の心配もないよ。俺とセシルお婆さんを信じて」と言葉を掛けるのでした。
「セシルお婆さん、皆さん、パトリシアと子供の事、どうかよろしくお願いします。<清浄化><聖域結界><癒しの覇気>」
“ブワッ”
途端室内の空気が清浄なものへと変わる、とても室内全体が神聖な雰囲気に包まれ、どことなく輝きが増したかのような錯覚に囚われる。
ここは癒しの空間、産まれ出る新しい命は世界と人々の祝福の下、その誕生を歓迎される。
母体は深い幸福感と高揚感の中、ある種の快感を伴って我が子との対面を果たす。
“フワァ?”
まるで“えっと何が起きたの? もしかして僕、産まれちゃった?”と言わんばかりの気の抜けた鳴き声を発する赤子に、思わず吹き出す室内の面々。
「相変わらずケビンのスキルは意味が分からないよ。まさか産まれたばかりの赤ん坊が生まれたことにびっくりする場面を見せられるとはね。
ほら、お母さん、元気な? ちょっと気の抜けた? まぁケビンの子らしい赤ちゃんだよ」
そう言い取り上げたばかりの赤子を清潔な布に
「フフフ、なんて可愛らしいのでしょう。初めまして私の愛しい子、産まれて来てくれてありがとう」
幸せそうな瞳で我が子を見詰めるパトリシア。新しい命の誕生、こうしてマルセル村にまた一つ、新たな物語が紡がれ始めたのでした。
本日二話目です。
いってらっしゃい。
by@aozora