転生勇者の三軒隣んちの俺   作:@aozora

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第660話 辺境男爵、子どもと対面する

“コツコツコツコツコツコツコツコツ”

落ち着きなく部屋の中を歩き回る男性。それは苛立たし気というよりも、ソワソワとした誰かを心配した様子である事が誰の目にも明らかであった。

 

「旦那様、大丈夫でございます。助産師のセシルお婆さんはこれまで多くの子供たちを取り上げてきた大ベテラン、万が一といった事もございません」

メイドにより掛けられた声、旦那様と呼ばれた男性はそれでもどこか心ここにあらずといった気持を隠すことなく、促されるまま席に着く。

 

“コトッ”

差し出されたティーカップ、立ち昇る新緑の香りに少しだけ気持ちが落ち着いて来る。

 

「マルセル茶の新茶となります。蒼雲さん親子が届けてくださいました。

新しくお茶栽培に加わった移住者の方も熱心に働いてくださっているようで、これまでよりも多くのマルセル茶を生産出来るようになってきたと申しておりました」

「そうですか、あの二人もすっかりマルセル村に馴染んだようですね」

 

男性はティーカップに口を付け、フゥ~とため息を吐く。

 

「って言うかドレイク村長、何で村長がそんなにソワソワしてるんですか。ミランダ奥様とデイマリア奥様がめちゃくちゃ苦笑いしているじゃないですか。

大体それって俺がやる奴ですから、初めての子供にソワソワする新米お父さんの微笑ましい光景が初孫誕生にソワソワする新米お爺ちゃんに全部持っていかれちゃって、色々と台無しですから」

俺の言葉に「そうは言ってもね、ケビン君」と上目遣いに言葉を返すドレイク村長。

この御方、こう見えても伯爵閣下であらせられるんだけどな~、威厳がな~。

ドレイク村長とは付き合いが長いからか、こうした私的な場面ではどうしてもドレイク村長と呼んでしまいます。体形はスッキリと痩せて優しげなダンディーさんになってしまったので、でっぷり肥えた嘗ての胡散臭い村長といった雰囲気は微塵も残ってはいませんが、俺の中では未だにドレイク村長はドレイク村長のままですから。

どんな運命のいたずらか、お義父さんと義娘婿という関係になって仕舞いましたが。

 

“コンコンコン”

「失礼いたします。ご主人様、セシル様が面会の準備が出来たと仰られております」

「ありがとう残月、母子ともに問題はないか?」

 

部屋の扉を叩き声を掛けて来たのはワイルドウッド男爵家の執事残月。治癒魔法の専門家である残月には、万が一に備え出産助手に就いて貰っておりました。

本来妊婦には魔法薬の類は使えない事になっているんですけどね、そこは“放浪の大聖女”と呼ばれた人物の記憶を持つ残月、妊婦に対応した治癒魔法の使い方にも熟知しておりました。

うちの使用人ってば優秀、マジ優秀。セシルお婆さんが残月を掴まえて「是非後継者に!!」とか宣わっていますが、あげませんからね?

 

俺はその場を離れパトリシアと我が子の下に向かいます。後ろから付いてこようとしたドレイク村長が、ミランダ奥様とデイマリア奥様に捕まって何やらお説教をですね。

すみません、ドレイク村長、まずは家族の時間をください。そんな捨てられた角無しホーンラビットのような目を向けられても駄目ですから。

 

俺は部屋の皆様方に一礼をすると、喜びにソワソワと浮かれた気持ちをグッと堪え、残月と共に廊下を進んでいくのでした。

 

―――――――

 

「フフフ、本当に可愛らしい。ロバート様の小さな頃を思い出しますね」

「そうね、あの子もとても可愛らしかったから。バーミリオンとマリアンヌも大分やんちゃになってきたんじゃない?

あなたたちも毎日大変ね」

 

「そうなんですよ、ちょっと目を離すと直ぐにどこかに行こうとして。お子様のお世話がこれ程大変だとは思ってもいませんでした。パトリシア様と一緒に首の輪コッコのお世話をしていた頃が懐かしい」

「フフフ、そうね。でも子供たち相手にぶつかり稽古をしちゃ駄目よ? 小さな子供は私たちが思っているよりもずっと繊細なのですから」

 

耳元に聞こえる楽し気な会話、その声に釣られゆっくりと覚醒していく意識。俺は一体・・・。

段々と鮮明になってくる記憶、そうだ、俺は勇者に殺されて大穴に落とされて。

気が付いた時には雲の上のような不思議な場所にいて、そこで天使様に出会って。

・・・そうか、僕は生まれ変わったんだ。

 

ゆっくりと開く瞼、目の前の光景は大きな女性が僕の事を覗き込んでくる姿。

 

「パトリシア様、赤ちゃんが目を覚まされましたよ」

「あら、本当。あまりに気持ちよさそうに眠っていたから、おっぱいをあげる事も躊躇(ためら)われていたのですけれど」

 

それは僕の隣、ベッドに横になる美しい女性から掛けられた声。

聞こえるのは布ずれの音、どこからともなく香ってくる甘い匂い。

それは意識というよりも本能、差し出された胸に夢中に吸い付く僕。身体中に温かい何かが広がっていく、これは聖女に回復魔法を掛けられた時に感じていた、心から幸せになっていく感覚。

 

「フフフフ、夢中になっちゃって。お腹が空いていたのですね。これはセシルさんが教えてくださったのですが、産後直ぐの初乳は赤ちゃんの成長にとってとても重要だとか。ティナもよく憶えておくといいですよ?」

「それはそうでしょうけど、私の場合先ずお相手を見付けるところからじゃないですか。

ホーンラビット伯爵領には若い男性が少なすぎるんですよ!! いてもみんな既婚者や既にお相手のいる方ばかりじゃないですか!!

パトリシア様、今度新月さんと満月さんを紹介してください。これって私たちにとっては切実な問題なんです」

 

与えられたおっぱいに夢中になっている僕の頭の上では、何か女性がいたたまれなくなるような会話を。

前世彼女いない暦年齢の僕は何の助言も出来ないけど、きっと良い出会いがあると思います。希望を捨てずに頑張ってください。

その後も女性(多分メイド)と美しい女性(推定お母さん)の本音女子会話が続く中、僕はお腹が一杯になるまでおっぱいを吸い続けるのでした。

これまで全然知らなかったんですけど、女の人も大変なんですね。“トントントン、ゲフッ”、これは失礼。赤ちゃんという事で許していただけると助かります。

 

“コンコンコン”

「失礼いたします。ご主人様をお連れいたしました」

叩かれた扉、食後という事で軽い眠気に襲われながら大きなあくびをしていると、部屋の扉が開き執事のような格好をした女性とその後ろから一人の男性が入ってくるのが目に映る。

今更だけど僕の身体って凄いな。人から聞いた知識でしかないから本当の事は知らないけど、産まれたばかりの赤ちゃんって目がはっきりとは見えないんじゃなかったっけ?

これって個人差が大きいって奴なんだろうか。

意識ははっきりしているし、声も聞こえれば目も見える。

天使様が生まれ変わる僕に何か手心を加えてくれたのかな?

 

「ケビン、ごらんになって。あなたに似てこんなに可愛らしい」

そう言いベッドに上体を起こし、僕を優しく抱き上げるお母さん。

 

「そうかな? 目元や鼻筋はパトリシア似だと思うぞ」

言葉を返した男性は、優し気に微笑むと僕の方に顔を近付ける。

 

「はじめまして。私はケビン・ワイルドウッド、君のお父さんだよ」

その平凡そうな顔をした男性は、僕に言葉を向けるとにっこりと微笑むのでした。

 

――――――――

 

残月に連れられやって来た出産室(仮)、中ではパトリシアがベッドに横になりメイドと言葉を交わしている。

そんなパトリシアの元気そうな様子と室内の明るい雰囲気に、出産が何事もなく無事に行われた事を感じ、ホッと息を吐く。

 

「ケビン、ごらんになって。あなたに似てこんなに可愛らしい」

俺の姿に気が付いたパトリシアが上体を起こし枕元にいた赤ちゃんを胸元に抱き上げる。

行き成り起き上がるんじゃありません、産後は静かに身体を休ませる必要があってですね、広がった骨盤が時間を掛けてゆっくりと戻って行くのを待たないと、その後の生活に支障が・・・なんかなさそうですね。

 

女神様の祝福、目茶苦茶いい仕事をなさっているようで、産後直ぐとは思えないくらいパトリシアの顔色がいいんですが? まさに聖母様といった雰囲気を出しまくっているんですが?

そこのメイドさん、手を組んで祈らない。「私にも素敵な男性を」とか言われても、なんの御利益もないから。

・・・何故にこちらをチラ見するんです。“素敵なお相手を紹介して欲しいな~”って目を向けるんじゃありません。そういう事はホーンラビット伯爵閣下にお願いしてください。

 

俺は顔を近付け赤ちゃんにご挨拶をします。

「はじめまして。私はケビン・ワイルドウッド、君のお父さんだよ」

赤ちゃんはそんな俺の言葉にキョトンとし、パトリシアと俺とを交互に見た後、何故か不思議そうに俺の事を見詰めるのでした。

 

・・・えっ、この子俺の事が見えてるの? 生まれたての赤ちゃんって光くらいしか認識できないんじゃなかったっけ? 在りし日の記憶では、赤ちゃんがまともに物を認識できるようになるには数カ月掛かるって話だったような。

う~ん、俺ってどうだったっけかな~。確か生まれてすぐに確り意識があったんだよな~。赤ん坊の頃は何する事も出来なかったから周りをキョロキョロ見回して、その内母メアリーが生活魔法<ライト>を使うところを見て“異世界転生キタコレヒャッホイ♪”ってなって、只管自身の中の魔力を探しまくって。

目は・・・確りと見えていたな、うん。

この世界の赤ちゃんは生まれてすぐにでも目が見えてるんですね、確定。周りも特に騒いでないし、びっくりして損しちゃった。

 

口にしないでよかったです、とんだ恥を晒すところでした。首が座っていない筈の赤ちゃんが俺とパトリシアの事を見比べて不思議そうにしていたのもこの世界なら当然なのかな? 魔力が人の身体にも宿るくらいだし、多少の物理的障害は無意識のうちに使われる魔力がカバーするんでしょう。

そう考えると俺の子供の頃の奇行に母メアリーや父ヘンリーが寛容だったことも頷けます。全ては魔力のお陰、ケビン、学習しました。

 

「ところでケビン、この子の名前なんだけど」

「うん、そうだな。パトリシアは何か考えていたんじゃないかな? 俺はパトリシアの意見に否やはないけど」

 

俺の言葉にどこか困ったような顔をするパトリシア。

 

「そうなのですけれど、この子の顔を見ていたら私の考えていた名前だとどうもしっくりこないと言いますか、これは違うなという感じがしまして」

「因みにどういう名前を考えていたの?」

 

「男の子ならガイガン、女の子ならフランソワーズでしたの。

ヘンリーお義父様もあなたも武闘派ですし、男の子であるこの子には力強い名前がいいと思ったのですけれど」

そう言い申し訳なさそうに腕の中の我が子に目を向けるパトリシア。確かに鬼神ヘンリー並みの体格になるんだったらガイガンでもいいんだろうけど、ごめん、俺って母メアリー似なの。

この子がもし俺並みの身長で名前がガイガンだったら。顔が俺に似ているんだったら何の問題もないんだけど、その目鼻立ちからすると、どう見てもパトリシア似なんだよな~。

ガイガン、ないわ~、ガイガン。

腕の中のお子様、パトリシアの言葉に“マジっすか、僕ガイガンっすか”って顔をなさっておられるし。

 

「そうだな、それじゃあ俺の考えた名前を聞いてくれるかい? 俺が考えていたのはアルバ。幾つか候補はあったんだけど、この子の姿を見た時なにかぴったりだなって気がしたんだよね」

「アルバ、アルバ・・・うん、素敵な名前。アルバ、あなたの名前はアルバ、愛しの我が子」

 

パトリシアが腕の中の我が子に向かいそう話し掛けると、アルバは嬉しそうにキャッキャと声をあげます。

そんなにガイガンが嫌だったのかアルバよ、先ほどとは表情が雲泥の差だぞ?

でもケイトが男の子を産んだら喜んで付けそうな名前だな、あとで教えておいてあげよう。

 

「アルバ、これからよろしくな。因みにアルバはお母さん似だから、女の子からモテモテだぞ? 苦労するかとは思うが頑張れ。お父さんは全く助言できんからな?」

 

俺の言葉に暫く視線を向けていたアルバは慰めてくれるかのようにアウアウ口を開きます。

“こんなに素敵なお母さんを捕まえたんだから、凄いよお父さん”って残念、お父さんはお母さんを捕まえていません。お父さんが捕まったんです。

 

「あ~、アルバ、残念ながらそこは違うんだな~」

俺はアルバにパトリシアとの馴れ初めを語って聞かせます。話の途中で「そうそう、懐かしいわね」と相槌を入れるパトリシアに驚きまくるアルバ。

うん、この子前世の記憶残りまくりじゃね? 天使様方、お仕事が雑ですよ~。

俺はのろけまくるパトリシアにドン引きするアルバに微笑みかけつつ、いつか前世と今世の折り合いの付け方について話ししてやらないとなと、心のメモに書き込むのでした。

 




本日二話目です。
いってらっしゃい。
by@aozora
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