それは何の変哲もないある日の午前中の事であった。
“ガタガタガタガタ”
それは春先から始まったグロリア辺境伯領ゴルド村とマルセル村とを繋ぐ幌馬車の音、多くの観光客(聖地巡礼)はエルセルの街からゴルド村へ向かい一泊し、朝の定期馬車に乗りマルセル村を目指す。一日マルセル村を楽しんだ後暗くなる前に馬車でゴルド村に移動し一泊、翌日馬車でエルセルの街に戻るといった順路を踏む流れが出来上がっていた。
「私は創造の女神様にお仕えさせていただいております、アルターナ(偽名)と申します。ホーンラビット伯爵様にお取次ぎ願いたいのですがよろしいでしょうか?」
その人物はそんな朝の観光客と共にマルセル村を訪れた。
見た目は女神様に仕えるシスターといった服装、だがその身から漂う高貴なる気配がただのシスターなどではないことを如実に物語っていた。
「畏まりました。ただいまホーンラビット伯爵邸にお問い合わせいたしますので、少々こちらでお待ちいただければと存じます」
その日村門の当番として対応した騎士男爵は後にこう語っている。「その御方はまるで天上から舞い降りた天使のように、高貴で美しい御姿であった」と。
その話の後、証言をした騎士男爵が擂り粉木棒を持った女性に「浮気者~~~!!」と追い掛け回されている姿が目撃されたとの事であったが、その真偽は定かではない。
“コンコンコン”
「失礼いたします。ケビン・ワイルドウッド、お呼びにより参りました」
ホーンラビット伯爵閣下が呼んでいると執事長のザルバさんが農場に顔を出したのは、朝の収穫も終わり仕分け作業を行っている時の事でした。
俺はまた何か厄介事でも起きたのかと警戒したものの、ザルバさんが然程焦ったり緊張した様子を見せていない事から緊急性の高いものではないと判断し、「はい、分かりました、直ぐに向かいます」と返事をして後の作業を満月に任せると、急ぎ服を着替えホーンラビット伯爵邸に向かうのでした。
そこにあのような御方が待ち構えているだなどと、この時の俺には想像する事も出来ませんでした。
「はい、開いています。入って来てください」
ホーンラビット伯爵邸に着いて案内された先はホーンラビット伯爵閣下の執務室、近頃は孫のアルバに夢中で仕事が滞っているという話をザルバさんから聞いていた俺は、ちゃんと仕事をするようになったんだと変な感心の仕方をしながら部屋の扉を開きます。
「あぁ、収穫作業で忙しいところを呼び立てたりしてすまなかったね。緊急の用事という事でもなかったんだが、先ほどこちらのお方がマルセル村の視察に見えられてね。
なんでもケビン君とは古くから面識があるとの話だったので、来てもらったという訳なんだ」
そう言い紹介されたのは、執務机の前でこちらに背を向けているシスター服を纏った女性。その御方はホーンラビット伯爵閣下の言葉に俺の方を振り向くと、深く一礼してからゆっくりと
「お久しぶりでございます、ケビン様。創造の女神様にお仕えさせていただいております、アルターナ(偽名)でございます」
その御言葉に、噴き出しそうになるのを必死に堪える俺氏。
「お久しぶりでございます、アルターナ様(なにやってるんですか~!!)。まさかこの辺境でアルターナ様にお会い出来るとは、これも女神様の思し召しという事でしょうか」
「そうですね、女神様は全ての人々を見守られておられますから。先程ホーンラビット伯爵様よりお伺いしたのですが、ケビン様の奥様が元気なお子様をお産みになられたとか。母子ともに健康との事、心よりお喜び申し上げます。
差し支えなければ、私からもお二方に祝福申し上げたいのですが」
アルターナ様(偽名)のお言葉に、“あぁ、そういう”とどこか得心のいった俺。ホーンラビット伯爵閣下は「それは素晴らしい、娘パトリシアと孫のアルバも喜ぶことでしょう」と満面の笑み。
まぁアルターナ様(偽名)からはこれでもかってくらい神聖な雰囲気が漂ってますし、俺の知り合いって事で安心したのでしょう。
「こちらでございます」
何故かニコニコ笑顔で案内をするホーンラビット伯爵閣下。アルターナ様(偽名)、ホーンラビット伯爵閣下に何かしました?
特に何もしていないと、これが普通の反応だと、俺がおかしいと。
帰って来たお答えはどこか納得いかないものでしたが、まぁいいでしょう。俺たちはホーンラビット伯爵閣下に案内され、パトリシアとアルバのいる部屋へと向かうのでした。
「ドレイクお義父様、ケビン。アルバなら今おしめを替え終わったばかりですよ」
部屋の中ではパトリシアがアルバを抱っこしてあやしてるところ。アルバはパトリシアに手を伸ばし、楽しそうにキャッキャとはしゃいでいます。
「ところでそちらの御方は?」
俺たちと共に部屋に入ってきた見知らぬ女性に訝しむパトリシア。
「あぁ、こちらのお方はケビンの知り合いで、女神様にお仕えするアルターナ様だ」
「お初にお目に掛かります、アルターナ(偽名)と申します。
本日はかねてから交流のありますケビン様の奥様がお子様をお産みになられたとお聞きし、祝福申し上げたくお伺いさせていただきました」
「それは大変ありがとうございます。夫ケビンは少し変わったところがありますが、今後ともよろしくお願い申し上げます」
そう言い会釈をするパトリシアの姿に、“ケビンにはもったいないくらいのいい奥さんじゃない、ちゃんと奥さん孝行してる? 駄目よ、そうした事は夫婦の基本なんですからね?”という思念がですね。
って言うかアルターナ様(偽名)、独身じゃないですか。何を夫婦について語ってるんですか、そういう事はまずお相手を見付けてからです“ギロッ”・・・なんでもございません。
心の声にも敏感に反応する女心、調子に乗ってすみませんでした。
「ではお二人に女神様の祝福を」
そう言い祈りの姿勢を取るアルターナ様(偽名)。
“ブワッ”
部屋全体に神聖な気配が広がります。
ホーンラビット伯爵閣下はそんなアルターナ様(偽名)の御姿に自然と祈りを捧げ、室内のメイド様方もどこか恍惚とした表情を浮かべておられます。
「さて、ケビン様、改めてお子様の誕生、おめでとうございます」
「ありがとうございます。って何やってるんですか“あなた様”、まぁうちの子を視に来たって事は分かるんですけどね」
急に軽口を叩き始める俺、でもそんな俺の様子に誰もツッコミを入れないどころか未だに皆して祈りを捧げておられます。
まぁいつものアレですね。
おや? アルバが突然の事態に慌てていらっしゃる。
「あなた様、アルバの時間は止めなくてもいいんですか?」
「なんで? 別に赤ちゃんなんだし大丈夫じゃないの?
こんにちは、アルバ君。君はお父さんに似ず可愛いわね~」
“ブワッ”
そう言い背中の羽を解放してからパトリシアの腕の中のアルバを抱き上げるあなた様。そんなあなた様の様子に、“えっ、嘘、天使様!?”と目茶苦茶慌てるアルバ。
「あぁ、あなた様、その子、前世の記憶持ちですよ。今も確りあなた様のことを認識していますんで、ご了承ください。
アルバ、これって内緒ね、一応天使様方は余程の事でもない限り地上には姿を御見せにならないって事になってるから」
俺の言葉に驚きの顔になるあなた様とアルバ。
「えっ、嘘、あなたってば転生者なの?」
「そうですね、日頃のアルバの話からするとまず間違いないかと。ホーンラビット伯爵閣下の爵位に驚いていたようですし、純粋にこの世界での転生、漂白ミスですかね。
原因は分かりませんが、ちょっとしたあなた様案件です、お仕事頑張ってください?」
「ダ~~!!何でそうなるのよ~~~!!
それとケビン、巨神合体ビッグダイフクーンて何!? 巨大化して同じく巨大化したオーガを倒すって、あなた一体何やってるのよ!!
あなたがやったとんでも現象に上が大騒ぎになってるんですからね!!」
うわ~、あなた様、先ほどまでの祝福ムードはどこへやら、すっかり荒ぶっておられます。
それと“巨神合体ビッグダイフクーンが何か”と仰いましたが、ロマンですね。巨大化怪人に巨大化で対抗する、男の子だったら誰でも憧れるシチュエーションでしょう。
「だ~か~ら~、ケビンは口で話せ口で、こっちが心を読めるからって頭の中で考えただけで済まそうとするんじゃない!!
その驚いたグラスウルフの様なキョトンとした表情は止めろ~~~!!」
「いや~、流石あなた様、今日もノリツッコミが冴えまくっておられますな~。
アルバ、ちゃんと見たか? これが天上界の至宝、天界のOL(総合職)あなた様の実力。アルバがいずれ至るべき道だ!!」
「阿~呆~か~!! なに産まれたばかりの赤ちゃんをツッコミ師に育成しようとしてるのよ!! アルバ君、こんなお父さんの言う事は聞かなくてもいいからね、君は自由に自分の人生を掴みなさいね」
中級天使であるあなた様から慈愛の籠った瞳を向けられどうしたらいいのか分からずオロオロするアルバ、助けを求めるようにこっちを向いたので取り敢えずサムズアップを送っておきましょう。
「フゥ~、フゥ~、落ち着け私。相手はケビン、相手にしない、相手にしない。
よし、それじゃまずはこっちの仕事をさせてもらうわね。特異点ケビンの子供、種族変化を起こしているあなたの子供の種族がどうなっているのかを調べるのが今回の目的なの。
普段は調査部が行っている調査の一環なんだけど、相手があなたでしょう? **#@様からの指名で私が調べに来たって訳。
アルバ君、悪いんだけど、ちょっと調べさせてもらうわね。
<管理者権限:ステータスオープン:モニター表示>」
“ブォン”
あなた様の声に音を立てて出現する巨大モニター。あなた様がその巨大モニターに視線を向けると、モニターは少し離れた壁側に移動し、丁度見やすい大きさにサイズが変化する。
名前:アルバ・ワイルドウッド
年齢:零歳
種族:人族
職業:なし
スキル
剣術 槍術 体術 身体操作 身体強化 気配察知 魔力感知 魔力操作 魔力制御 魔力超回復 魔力異常耐性 毒耐性 算術 交渉術 超収納 ステータス統合 伝言(*)
魔法適性 風 光 闇
称号 なし
加護 創造神の加護
「「「・・・・」」」
俺は一度眉間を揉み、再び壁際のモニターに目を向ける。
「あなた様、これって完全なクリーニングミスですよね」
「そうね、でも普通の浄化処理じゃ絶対こんな結果にはならない筈なんだけど、ちょっとこれはシャレにならないわね。
私の権限の範疇を超えちゃってるわ、“**#@様、お忙しいところすみません。はい、今丁度ステータス画面をモニターに出しているところです。はい、少し問題のある内容でして、表示データをそちらに送ります”」
慌てて上司である本部長様に連絡を取るあなた様。種族の確認をしに来たのに箱を開けたらそれどころじゃすまないステータス結果がですね。
「“はい、分かりました” ケビン、**#@様がこっちに召喚して欲しいと言ってるの、お願い出来る?」
「あっ、はい。<召喚:本部長様>」
“ブォン”
床に広がる光輝く魔法陣、その中心に光柱が出現し、地面から音も無く顕現する一柱の高位存在。
“バサッ”
広げられた純白の翼、神々しいまでのその御姿に人は皆涙を流し、我々を見守ってくださる女神様の存在を心に刻み付ける。
「ケビンさん、何かこちらの不手際が発生したようで申し訳ありません。先程$$%&より粗方の状況は報告してもらいました。
アルバ君、初めまして。私の名は**#@と言います、天上界では上級天使の仕事をしている者です。
少々アルバ君の誕生に関しこちら側の不手際が発生したようなのでアルバ君の魂の記録を調べさせてもらいたいのですが、許可をいただけますでしょうか?」
本部長様の登場とそのお言葉に、目を丸くしながらコクコク頷くアルバ。アルバ君、君はまだ首が座ってないんだから頷きは止めよう、お父さんの心臓に悪いから。
本部長様はそんなアルバの様子にニコリと微笑むと、アルバの胸の上に掌を当て、「<上位管理者権限:魂魄履歴開示>」と唱えられるのでした。
「・・・一体何をやってるんですか、あのバカ者どもはーーー!!」
“ゴウンッ”
突如本部長様より立ち上がる怒りを含んだ力の奔流、俺は慌てて収納の腕輪から黒鞘の直刀“魔剣黒鴉”を取り出すと、「黒鴉、全部吸え!! 神力も魔力も関係なく、全力だ!! 魔力の腕輪は俺の中に溜まった魔力を片っ端から収納して、もし処理しきれない神力も吸えるようならそっちもお願い!!」と指示を出し、終わりの見えない戦いに身を投じる。
“あなた様、アルバとこの部屋の人たちをお願いします!!
アルバ、短い間だったけどお前に会えてよかったよ、どうかパトリシアお母さんの支えになってやってくれ。
後の事は頼んだ”
愛する家族を守るため、俺はこの念話を最後に、一匹の修羅と化すのでした。
本日二話目です。
いってらっしゃい。
by@aozora