転生勇者の三軒隣んちの俺   作:@aozora

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第663話 辺境男爵、女神様の使者とお話しする (2)

人は小さな存在である。

心が吸い込まれそうなほどの紺碧の空、深緑の森に突如姿を現した大渓谷、先の見えない広大な海原、空を越えた先、永遠の暗闇と星々の浮かぶ大宇宙。

人は自らの想像を大きく凌駕する事象を目にしたとき、己がいかに小さな存在であり世界がいかに広大で果てしないものであるのかを感じ取る。

 

人は弱い存在である。

嵐に見舞われた夜の海に浮かぶ船内で、突如発生した土砂崩れの現場で、荒ぶり溶岩を流す大噴火を起こす山の麓で、大河の氾濫、大火事、果ては病魔に侵され横になるベッドの中で。

人は己の無力さを噛みしめる。

 

「・・・あなた様、俺、まだ生きてます?」

“・・・ごめんなさい、私自身がどうなっているのか分からないから確証が持てないわ”

 

それは永い戦いであった。刹那の中の永遠、止められた時間の中で、延々と尽きる事のない力の洪水を処理し続ける。一瞬の油断も許されない極度の緊張、少しでも気を抜けばあっという間に持っていかれてしまう。そうなればこの場にいる者たちは、マルセル村の人々は、ホーンラビット伯爵領を中心とした周辺地域は。

中級天使の堕天など目ではない、堕天使の暴走など歯牙にも掛けぬほどの怒りの咆哮。

大好きなマルセル村を守るため、何より家族を、妻と息子を守る為に。

囚われた永遠の中で、体力と気力の尽きた屍になろうとも立ち続けた。

 

上級天使の暴走、静かなる者の爆発。普段あまり怒らない御方がブチ切れると、シャレにならないレベルでヤバいっす。

黒鴉先生、生きてますか? しばらくご飯いらないって、黒鴉先生マジっすか!? 魔力の腕輪先生、壊れてませんか? 一度腕から外してくれと、それは構いませんが。

 

俺は言われるがまま身体をノロノロ動かし、魔力の腕輪を“カランッ、コロコロコロ”すみません、手が滑りました。

慌てるも身体が言う事を聞きません。

 

“フワ~”

突如流れる優しい風、心が、身体が、癒しの風に包まれる。

 

“ピカ~~~~”

発光する魔力の腕輪、だがその光は何処か優しく今にも倒れそうな俺の身体を包み込む。

 

それは女神、穏やかな表情で慈愛の籠った瞳を向ける美しい女性。その御方が俺の右腕を手に取り、美しい唇をそっと口づける。

 

「あれ? 身体が動く。なんか心身ともにスッキリしてるんですけど? そうそう、魔力の腕輪先生はっていつの間に? なんで右腕に戻ってきてるの?」

俺は不思議そうに右腕に嵌まる魔力の腕輪を見詰めます。なんかデザイン違くね? きれいなお姉さんのレリーフが刻まれてるんですけど?

 

“な、ケビン、あなた、その腕輪・・・”

「あぁ、これは以前あなた様から頂いた闇属性魔力回収装置の魔力の腕輪ですけど? いつも大変お世話になっております」

 

俺はそう言いながら右腕の魔力の腕輪を優しくさすります。すると魔力の腕輪から嬉しいといった感情が伝わって・・・感情が伝わって?

 

「あの、あなた様。魔力の腕輪のバージョンアップでもしました? そういう時は一言教えておいて欲しいんですけど。行き成り感情が流れ込んできたもんだからびっくりしちゃったじゃないですか」

“私じゃないわよ!! なんでただの神器が神聖器に変化しちゃってるのよ、しかもその腕輪、神の欠片が宿ってるじゃない、しっかり意志ある存在になっちゃってるわよ!!”

 

「・・・えっとそうなんですか?」

“・・・・♪”

 

「ふむ、祭壇でも作ってお祀りした方がいいんですかね?」

“・・・フルフル”

 

「今まで通りでいいんですか。と言うかこれまでより感情表現が豊かになったって程度ですかね。基本的に魔力の腕輪さんは魔力の腕輪さんって事で。

でもそうですね、美しい女性のレリーフも付いた事ですし、シルフィーとでも名付けましょうか?」

“!?フルフルフルフル♪”

 

「魔力の腕輪さん、めっちゃ喜んでるんですけど。まぁいいか。

それじゃ行きますね? <名付け:シルフィー>」

“ゴソッ”

ヤベッ、俺の魔力、魔力の腕輪さんに吸い上げて貰ってたんだわ。

魔力の腕輪さん改めシルフィー、魔力送って~~!!

 

“・・・ケビン、アンタ何馬鹿やってるのよ。神聖器に名前なんて付けたらそうなるのは当然じゃない。って言うか普通は無理だから、そんな事出来るのは**#@様クラスの上級天使様方か補助神様方くらいだから”

あなた様がめっちゃ呆れた顔を向けておられますが、全く反論できません。どうやら(わたくし)、生き残った事でテンションがおかしくなっていたようです、反省反省。

 

“で、ケビン、いい加減現実逃避は止めましょうか”

そう言いあなた様が目を向けられた先、そこには先程から全力土下座をなさる高位存在がですね~。

 

「ケビンさん、$$%&、本当に申し訳ありませんでした!!」

 

あっ、うん。正気に戻られた本部長様、顔面蒼白でございます。

でもまぁこればっかりはね~、本部長様から漏れ出た怒りの神気の量が半端なかったからな~。あなた様が堕天使しはぐった時や御方様が世界を崩壊させようとした時よりも凄まじいって、一体どういう事って言いたい、凄く言いたい。

前科持ちのあなた様、何とも言えない表情で苦笑いなさってるし。

因みにあなた様が抱っこしていたアルバはパトリシアの腕の中で時間停止状態になっています。

正確には停止じゃなくて超超超遅延なんですけどね、刹那が一月ってほぼ停止と変わらないと思います。いつもは一秒が一日レベルなんですが、あなた様がこのままじゃヤバいって事で本気モードの遅延を掛けてくださいました。

それと部屋全体のコーティングですね、蒸発レベルの神気暴走に周りが巻き込まれていないのは、あなた様のお陰以外の何物でもございません。

 

「本部長様、頭をお上げください。幸いあなた様や黒鴉、シルフィーのお陰で被害らしい被害は残っておりません。

それよりも何故本部長様がそこまで我を見失ってしまったかという事の方が気になります。

一体何があったんですか?」

 

俺の言葉に下げていた頭をゆっくりと上げる本部長様。

本部長様は未だ反省の色は崩さないものの、ぼつりぼつりとその時の状況について話を始めるのでした。

 

「私がアルバ君に魂の記録の閲覧許可をいただいて最初に調べた事は、アルバ君の前の人生がどういった人物であったのかというものでした。その結果分かった事は、アルバ君は前世に於いて勇者パーティーに所属し、最悪の魔王として知られる魔王デビルトレントを討伐した人物という事でした。

アルバ君の役割は収納スキルを使っての荷物持ち、ですが最も重要な任務は討伐した後の魔王デビルトレントの収納でした。

魔王デビルトレントは巨大で、地上人の作り出す収納の魔道具では回収する事が叶わなかったからです」

 

「えっ? でもそれだったら幾つかに分割すればよかったんじゃないんですか? 無理に全部持ち帰る必要もなかったでしょうし」

俺の疑問に首を横に振る本部長様。

 

“ところがそうはいかないのよ。魔王デビルトレントが何故最悪の魔王と呼ばれたのか、それは周辺の強大な力を持つ魔物を従えていた事や自身を中心に疫病の原因となる闇属性魔力を垂れ流していた事もあるけど、最も厄介なのが討伐した後、その亡骸から世界を汚染する疫病や呪いが噴き出すという事だったの。

この事は天使による調査で明らかになっていて、普人族の各国家にも神託により伝えられていたはずよ”

 

「そしてその対策として選ばれたのが前世におけるアルバ君だったのです。

勇者パーティー一行は多くの犠牲を払いながらも魔王デビルトレントの下に到着、激戦の末討伐に成功しました。

そして倒れた巨大な幹と切り株を前世のアルバ君が収納回収した。全ては上手く行った、そう思われた。

ですが地上人はそれだけでは不安だったのでしょう、英雄である彼は勇者の手により亡き者とされた。マジックバッグに仕舞ったものは、マジックバッグが壊れると取り出す事が出来なくなります。これはスキルによる収納も同じ事、そのスキルの持ち主が亡くなる事で回収された魔王デビルトレントの亡骸は永遠に消え去る事になる。

勇者の行動はある意味地上の者たちにとって最良の選択だったのでしょう。英雄は殺されその魂は天上界へと昇った。

 

そこでアルバ君は天使に出会い、生前の功績を以って多少の便宜を図った来世を約束された。

具体的には“二度と王家や大貴族の無茶な要求を受けないような人生、中央から離れた地方貴族の男爵家、畑を耕したり家畜を飼ったり、片田舎でのんびり暮らせるような人生を送る”というものでした。

アルバ君は他にスキルを隠蔽するためのスキルや、のんびり暮らしたいという自身の思いを来世に伝えるためのスキルを望み、転生の扉を潜った。

 

全ては歴史の選択、天上界は粛々とこの事実を受け止め後の処理を行う、そうなるはずであった。ですがそうはならなかった。

私はその点を疑問に思い上位者権限によりアーカイブを精査しました。その結果分かった事は天使による職権乱用と、地上人をモノとしてしか見ない許されざる行為でした。

具体的にはアルバ君の転生を担当した中級天使#$%&が行うべき手順を(おこた)った。

あの者が行ったのは、意図的にアルバ君の望みを強調し、アルバ君の魂を魔王デビルトレントの封印の依り代とするものでした。

本来であれば魔王デビルトレントの遺骸は魂魄漂白の際に魂から切り離し、別途処理を行わなければならなかった。この作業には数百年の時を要すると予想されていましたが、#$%&はその工程をゼロにした。

#$%&は見事魔王デビルトレントの遺骸を処理した功績により、部内での昇進を掴み取った。元々家柄が良い事もあり昇進は時間の問題だったのでしょうが、大きな後押しになった事は確かです。

 

アルバ君が挙げていた転生先の条件、本来であればその条件に比較的近い人物の下に生まれる筈であった。ですが#$%&はこの条件を絶対条件にまで引き上げた。

考えてみてください、王侯貴族社会にあって、貴族籍である男爵でありながら上位貴族や王家からの干渉を一切受けない家など存在すると思いますか? しかも片田舎で農業と酪農を行う男爵家、有りそうで絶対に存在しないんですよ、そんな男爵家は。

貴族社会は縦の繋がりです、最上位者である王家の命令には絶対服従を基本とします。上位貴族家も同様、最下層の爵位である男爵家が上の者の顔色を窺わず貴族家運営を行う事は不可能なのです。

 

そしてそんな条件のアルバ君の魂に魔王デビルトレントの遺骸を背負わせた。アルバ君の魂が多くのスキルを有していたのは、通常の魂魄漂白処理を行っていないからです。処理を行ってしまっては封印の役割を果たせませんから。

記憶が残っているのも同様の理由からでしょう、転生を経る事で人物の名前などといったものの記憶は失われるでしょうが、多くの記憶がそのまま残っているのはその為です」

 

そして再び怒りの気配を纏い始める本部長様、止めて~、落ち着いて~、もう一回本部長様の暴走処理を行うのは勘弁して~、マジで死んじゃうから~。具体的には本部長様の暴走処理に掛かった時間が現実時間で十日っていうね。あなた様にお伺いしたときは本気で俺よく生きてたなって思ったもんでございます。

あなた様と一緒に必死に宥め、怒りを抑えてくださった本部長様に俺はとんでも爆弾を差し出す事に致しましょう。

 

「本部長様、お話は分かりました。ですが気になることが幾つか。勇者の行った英雄殺害、これは本当に普人族だけの結論だったのでしょうか?

事は最悪の魔王と呼ばれた魔王デビルトレントの封印です。たかが普人族のスキル<収納>に全てを賭けるにはリスクが大きすぎる。

そんな決断を普人族の王たちが行うのかと聞かれればはなはだ疑問です。

これ程の大きな決断、何らかの後押しが無ければ即決する事など不可能でしょう。そして普人族の王たちに決断を促したもの、一番可能性が高いのは天使による“神託”です。

であれば中級天使の行いにも説明がつく。突発的ではなく予め計画されていたのであれば、事はスムーズに行われた事でしょう。

 

まぁ具体的な証拠となるようなものは残されていない筈、各国の王も具体的な指示ではなく言葉の裏を読むような言い回しで伝えられたものかと。

彼らはそうしたものが得意ですから。

各国の王に神託を行った者と転生を担当した中級天使の関係、直接的でなくとも所属していた派閥などから裏は見えてくるものかと」

俺の言葉に口を開けたまま固まるあなた様と本部長様。これくらいの裏工作など普人族の中じゃ当り前よ? 天上界にも貴族かぶれみたいな連中がいたらしいし、地上人から悪知恵を学習していても何ら不思議はないしね。

 

「それはそうとまずはアルバの<収納>の中に仕舞われているデビルトレントを処分しちゃいましょうか。具体的にはアルバの<収納>から俺の収納の腕輪に移すだけなんですが。

これって上位者権限でどうにかなりませんかね?」

 

俺からの問い掛けにしばらく考え込んだ本部長様は、「本来は許されていない行為ですが」と前置きをしたうえで、アルバの身体に軽く触れ、何やら言葉を呟かれるのでした。

 

「ハァ~、アルバ君、相当便利使いされていたようですね。収納の中身が碌でもない物だらけでした。具体的には猛毒を含んだ魔物の死骸やら呪物等ですか。

整合性を図るため、収納の中身は全部ケビンさんの収納の腕輪に移しておきましたので、処分をお願いします」

 

そう言い頭を下げられる本部長様、俺は「アルバの憂いを晴らしてくださりありがとうございます」と頭を下げ返します。

まぁ処分と言ってもやり方はうちの従業員や魔剣たちの餌にするだけなんですけどね。

幸い黒鴉はお腹いっぱいだけど、今度の話を聞いた大福や緑や黄色が食べ放題を要求すること請け合いなんだよな~。

俺は今後の事に頭を悩ます本部長様とあなた様をよそに、従業員たちの食べ放題について考えを巡らせるのでした。




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