“パチンッ、パチンッ、パチンッ”
まばらに樹木の生える林の中、開けた場所にテントを据えて焚火の炎を見詰める男女。
手斧で伐採してきた細木の周りに生活魔法<ウォーター>で作り出した魔力水を混ぜた泥を塗りたくり、生活魔法<ブロック>で固めて吊るし台を作る。
その吊るし台に鉄鍋を引っ掛け、王都門外で捕まえたホーンラビットの肉と野菜を使ってスープを作る。
味付けはシンプルに岩塩、そこに隠し味として幾つかのハーブを加えてある。
「いい香りだな。少数パーティーでの野営ではこうした香りの出る食事は厳禁とされるが、小隊、中隊での作戦行動であれば逆に英気を養う事にもつながる。
食事は意外に無視できないものだからな」
男性は周囲に漂う食欲を誘う香りに、待ちきれないといった表情で口を開く。
「そうね、こうした林の中での野営なら木々が目隠しになって焚火も気付かれにくい。問題は匂いだけど結界の魔道具や匂い消しの魔道具を使えばその辺も解決できるんじゃないかしら。
それこそそうした物はリフテリア魔法王国で作られているんじゃないの?
実用的な魔道具に関してはバルカン帝国が有名だけど、未だに魔道具や魔法技術の最先端はリフテリア魔法王国ですもの。幅広い分野の魔道具で溢れているっていうし」
男性の言葉に応えるように、女性が相槌を打つ。
「そう言えばリリアーナは学園を卒業した後の進路は決まっているのか?
お前ほどの実力なら王宮魔法師団からの誘いも来ているんじゃないのか?」
“パチンッ、パチンッ”
爆ぜる焚き木の音が、静かな林に広がる。
周囲は暗く、空には小さな星々がキラキラと瞬いている。
「うん、正直迷ってる。私は魔法が好きで魔法の事ばかり追い掛けてきた。授けの儀で上級職である魔導士の職を授かった事も、火・風・土の三属性の魔法適性を授かった事も、王都学園に入学できたことも、全ては魔法を学ぶための下地でしかなかった。
王都学園に入学できたことは素直にうれしかったわよ? 王都学園の大図書館は一般の図書館では決して触れる事の出来ない貴重な書物で溢れている。魔法講師のシルビーナ先生の授業はいつも刺激的で、私の好奇心を満たしてくれるのに十分以上のものを齎してくれたしね。
王都学園に入って私の世界は広がった。多くを学び多くの友人も出来た。
王宮魔法師団からのお誘いも受けている。順風満帆、魔法使いとして仕事をする両親も心から喜んでくれている。
そう、喜んでくれているのよ。
でもね、本心を言えばこのまま王宮魔法師団に入るのってどうかなとも思ってるの。
理由は簡単、あそこって家柄が全てだから。
自分が誘われている職場を全く調べもしない程私も初心じゃないし、それなりに伝手を使って探りを入れてみたんだけど。
平民出身の王宮魔導士の扱いって小間使い以外の何物でもないのよね。
それでも元王宮魔導士って肩書は大きいから四~五年我慢して再就職。この風潮はどうにもならない問題らしいわ。彼の大魔導士シルビア・マリーゴールド様もそんな王宮魔導士の在り方に辟易して冒険者に転身したくらいだしね。
これ、大図書館で偶然見つけた手記に愚痴交じりに書いてあったわ。
大図書館って本当に何でもあるのね、正直誰かの悪戯を疑ったくらいよ」
そう言い肩を竦め星空を見上げるリリアーナ、そんな彼女に男性は、バルドは意を決したように言葉を向ける。
「リリアーナ、お前さえよければウチに、シュティンガー侯爵家に来ないか? ウチはお前も知っての通り魔法職が優遇される家系だ。領内にも様々な魔道具店が軒を連ね、多くの魔法職の者が住み暮らしている。
理由は隣国リフテリア魔法王国との交易にあるんだが、魔道具ばかりじゃなく魔法薬や魔法技術、魔法や魔導に関する様々な知識や物が、我がシュティンガー侯爵領を通じオーランド王国ばかりか世界各国に広がっていっている。
そうした意味で我が領の魔法技術はある意味最先端をいっていると言ってもいい状態なんだ。リリアーナもきっと気に入ると思う」
力強い瞳を向けリリアーナを誘うバルド、その表情がユラユラと揺らめく焚火の炎に赤く照らされる。
リリアーナはそんなバルドの様子に一瞬驚くも、直ぐに優し気な笑みを浮かべ、首を横に振る。
「フフフ、ありがとう、バルド。あなたの申し出、凄くうれしいわ。
正直即答でお願いしたいくらい」
「それじゃあ・・・」
続ける言葉をリリアーナは手で制する。それは決意、それは意地。
リリアーナは少し寂し気な、それでいて笑顔を崩さずに言葉を続ける。
「でもそれは駄目、バルドはそれでいいと言うかもしれないけれど、周りはそうは思わない。
平民の女が侯爵家の四男をいいように手玉に取った。「そんな、俺は・・・」こら、ちゃんと話は最後まで聞きなさい。
人の話を最後まで聞かないのはバルドの悪い癖よ? それって一学年の時から全然変わらないわね。まぁいいけど」
リリアーナの言葉に「ご、ごめん」と言ってシュンとするバルド。
リリアーナはそんなバルドに愛おしそうな目を向けつつ、話を続ける。
「あなたは侯爵家四男バルド・シュティンガー。いずれ家の為にどこかの貴族家のお嬢様を嫁に貰わなければならない身。そんなあなたが王都から女性を連れて帰ってきたなんてことになったら、どんな噂が立つのか分からない。
今は先の戦争の影響で婚約者のいないあなたでも、侯爵家四男である以上これは避けられないこと。
そんな事、平民の私にだって分かるわよ。王都学園を一歩外へ出たらまともに口を聞いてはいけない程の身分の差があるという事もね。
私ね、ネイチャーマン先生に感謝しているの。
生活魔法の応用に関する実践講習の名目で、こうしてバルドとゆっくり話をする時間を作ってくれた事にね。
あの先生、落ち着いた大人だからか私やあなたが心に抱えた気持ちをしっかり受け止めた上で、互いによく話し合った方がいいって判断したんじゃないかしら。本当に敵わないわよ」
リリアーナは密かに決意していたのだ、自身の心の内は決して明かすまいと。目の前にいるバルドの気持ち、真っ直ぐ伝えられたことはなくともそれがどのようなものであるのかを察することは容易であった。
それ程にバルドは不器用で、真っ直ぐな心根の持ち主であった。
だからこそそんなバルドの将来を曇らすような真似をしてはいけない、貴族社会における身分制度がどのようなものであるのかを貴族ですらない自身が推し量る事は出来ない、だが察する事くらいは出来る。
その溝が決して年若な自分たちにどうにか出来るようなものではないという事くらい、分かってはいるのだ。
「なんでだよ・・・」
「バルド・・・、それは・・・」
「それじゃ、何でリリアーナはそんな苦しそうに笑顔を作って泣いているんだよ!!」
「!?」
気が付かなかった、上手くやれていると思っていた。でも止まらない、止められない。
溢れる涙が、溢れる想いが、頬を伝う雫に視界が歪み真っ直ぐ物が見えなくなる。
「あっ、あれ? どうしたんだろう。煙でも目に入ったのかしら、ごめんなさいね」
そう言いその場を立とうとしたリリアーナ。
“ガシッ”
だがその手をバルドの大きな手が掴み、その場に留める。
「行くなリリアーナ、俺と一緒にいろ。俺は馬鹿だから難しい事は分からん。将来の事もシュティンガー侯爵領騎士団に入る事しか考えていなかった。
だがその将来の生活にはリリアーナが必要だ。どこで何をしていようとも、お前が一緒にいないというのは嫌なんだ。
もしリリアーナが他所の男と一緒になったなんてことを聞いたら、俺はおかしくなっちまう自信がある。それくらい俺は我が儘でどうしようもない男なんだ。
リリアーナは言ったな、俺が王都から女性を連れて帰ったら、どんな噂が立つのか分からないと。それってのは俺の立場を慮っての事なんだろう?
つまりは俺の為、だったら余計に頼む、俺と一緒にいてくれ。
俺はお前なしじゃ生きていられないほど馬鹿で弱い人間なんだ、俺のためと言うのなら、俺の為に一緒にいてください!!」
それはプロポーズというには酷く情けない相手女性に頼り切った言葉であった。だが噓偽りのない本心であり、真っ直ぐで実直なバルドらしい言葉でもあった。
「プフッ、バルド、いい加減頭を上げなさいよ。
折角の二人きりの夜だっていうのに雰囲気が台無しじゃない。
バルドは少し女心ってものを学びなさいよね、女はね、雰囲気やロマンを大事にするものなのよ?」
そう言い焚火に掛けた鍋の蓋を開けるリリアーナ。そんな彼女を不安そうな瞳で見上げるバルド。
「だからシャキッとしなさいシャキッと。身体付きの大きなバルドがそんなに縮こまっていたら一体何が起きたのかって思うじゃないのよ。
あなたは三学年で一番強い男なんでしょう? まぁ学園一の地位はジミー君に取られちゃったけど、強者である事には変わらないんだから。
それにこれからが大変なんですからね、私の事、どうにかするんでしょう? 全てはバルドに掛かってるんだからね、確りしてよね」
そう言い深皿によそったスープを手渡すリリアーナ、そんな彼女の様子に「えっ、それって、その、えっ!?」と動揺の隠せないバルド。
「先ずはスープを食べちゃいましょう、難しい話はそれから。
と言うかバルド、捨てたら酷いんだからね?」
「は、はい、絶対幸せにします!!
ウォォォォォォォォォォォ!! 俺はやったぞ、兄貴ーーーー!!」
深皿を片手に星空に向かい咆哮を上げるバルド、そんなバルドの姿をため息交じりに見詰めるリリアーナ。リリアーナの瞳には精悍でありながらもどこか子供っぽい、心根の真っ直ぐな青年の姿が映っているのであった。
—――――――――――
“クホッ、こ、これは、たっ、堪りませんわ~~~~~!!”
王都学園の敷地内、夜の暗闇に支配された林の中で、木立に身を隠し隠蔽の魔法で身を隠しながら身もだえる女子生徒。そんな彼女の周りでは同じくそれぞれの方法で身を隠しながらも目の前の光景に興奮する多くの仲間たち。
王都学園魔法研究部を中心に組織された“リリアーナ先輩とバルド先輩の恋を見守る会”の面々は、これまで二人の間で交わされてきた恋のジレジレを十分以上に堪能してきた。
この二人、両想いであるにもかかわらず奥手と言うか不器用と言うか、周りがやきもきして身をねじるくらいに純情で純粋で。
“リリアーナ先輩とバルド先輩の恋を見守る会”の規模は日に日に拡大し、中には学園関係者や生徒保護者まで混じる始末。
先程も隠蔽の魔道具を付けた高位貴族の方々が「今夜はとことん飲むぞ!!」と言いながら夜の暗闇に消えて行った。
「<結界>、ラビアナ様、どうですか、これぞ青春、これぞ恋。互いに身分という壁を感じつつ淡い恋心を抱えたまま別れ話に進むと思いきや、バルド先輩の粘り腰。
確かに恋愛小説に出てくるような格好いい言葉ではありませんでしたけど、そこがいい。
まさに実直なバルド先輩らしい求婚。私、今日この場に立ち会う事が出来て本当によかったです」
そう言い拳を握りしめ感動に震える私。ラビアナ様はそんな私に抱き付き、「フィリー、ありがとう、ありがとう」と感謝の言葉を伝えてくれる。
私の展開した<結界>の中では周囲に声が広がらない事を言い事に、「バンザーイ、バンザーイ」と叫ぶ者や「キャ~~~、バルド先輩可愛い~~~、ギュッと抱き締めてあげたい~~!!」と身悶える者など喜びようは様々。
「でもな~、大変なのはこれからだろう? 相手は四男とは言え侯爵家令息、平民のリリアーナ先輩じゃ身分的に難しいんじゃないのか? 良くて愛妾の立場が精々だろう」
ジェイク君は腕を組み難しそうに考え込む。
「そうだな、だがそれをあのバルド先輩が良しとするかと言えば、それはないだろう。
あの人は良くも悪くも真っ直ぐだからな、第二夫人ならまだしも愛妾となると考えてしまうんじゃないのか?」
ジミー君がジェイク君の言葉に同意を示す。
「だったらリリアーナ先輩がどこかの貴族家の養女になればいいんじゃない? 伯爵家以上の家柄であれば侯爵子息のバルド先輩でもつり合いは取れるんじゃないかな?」
エミリーの言葉になるほどと頷く二人。
「だがそう上手くいくか? 養子にするという事はその家とシュティンガー侯爵家との間に密接な関係が生まれるという事、家同士の関係を望み尚且つリリアーナ先輩を受け入れてもよいと考える家はそう多くはないんじゃないのか?」
そう言葉を向けるのはロナウド君。私たちは一瞬テレンザ侯爵家ならと思うも、先の戦争絡みで当主が戦死したシュティンガー侯爵家とテレンザ侯爵家との関係は微妙なものであると思い直し、口をつぐむ。
「あぁ、うん、まぁそれだったらウチの兄貴に聞いてみるのはやぶさかじゃないぞ?」
「「「「!? ナバル先輩!?」」」」
それは王都三大学園交流会に於いて魔法学園との勝負に代表者として参加した二学年のナバル・パイロン先輩の声。
「うちはシュティンガー侯爵家の譜第の寄り子だからな、シュティンガー侯爵家との縁が深くなることは大歓迎だ。しかも四男であるバルド様と養女の婚姻であれば家督相続にも絡まない。
単純に寄り親との縁が深まるという事は我が家にとって得しかないからな。
肝心の養女も王都学園の主席と名高いリリアーナ先輩、平民である事を差し引いてもお釣りが出る良縁。これがシュティンガー侯爵家の後を継ぐ立場であったら無理筋だがバルド先輩は四男、家督を継がれた長兄様には既に男児のお子様もおられる。
反対する者も少ないだろうよ。バルド先輩はシュティンガー侯爵家では剣術馬鹿の変わり者で通っていたからな」
「「「「「ナバル先輩、よろしくお願いします!!」」」」」
“縁は異なもの味なもの”、そんな二人を多くの者が見守り応援するこの縁は果たしてどのような結末を迎えるのか。
星空の下、焚火を囲み笑顔で言葉を交わす若者たちには、先の事は分からないのであった。
本日二話目です。
いってらっしゃい。
by@aozora