荒ぶる気配、吹き荒れる濃厚な闇属性魔力。
王都三大禁足地の一つ“アーメリア別邸”、王族と限られた人間しか立ち入りを許されないその場所の中庭では、この地の主と呼ぶべき力ある存在が目の前に現れた無礼なる者に刃を向ける。
“貴様、何者か。如何なる用があってこの地に参った”
「はい、私の名はケビン・ワイルドウッド。オーランド王国北西部ホーンラビット伯爵家において騎士男爵として仕えさせていただいております。
この場所、“アーメリア別邸”を訪れさせていただいたのは完全な趣味です。私、呪われた剣とか呪われた道具といったものに目がなくてですね。
いいですよね、呪われた道具。なんかこう、ゾクゾクくるものがありますよね。
あぁ、今“こいつは一体何を言ってるんだ? 勇者病じゃあるまいし”とか思いませんでした?
そう言いどうだと言わんばかりに胸を張る俺に、その場の空気が凍り付く。
・・・あれ? ここは“なんじゃそりゃ!!”ってツッコミがくる場面じゃないの? ツッコミ担当のジェイク君たちは、あぁ、フィリーちゃんの結界の中に避難しちゃってたか。
アーメリア様に突っ込みを期待するのは・・・高貴なる御方にそれは無理筋でしたね、反省反省。
“はぁ? いや、はぁ? ・・・すまぬが言っている言葉の意味が分からない。いや、勇者病云々が分からない訳ではない、そのあたりの知識は私にもある。
しかし、かと言って・・・、すまぬ、やはり分からない”
そう言い混乱するアーメリア様。ふむ、やはりこのような場所で引き籠っているようなご仁には時代の最先端は伝わりにくいのか。勇者病<仮性>患者は常に人々を牽引し走り続けるのだよ。
先ずはボケとツッコミという概念を。
「ケビンお兄ちゃん、またくだらない事を考えてるでしょう。話が進まないからいい加減戻って来てくれない?
ケビンお兄ちゃんが暴走し始めたら誰もついて行けないから、アーメリア様が困っていらっしゃるから」
グッ、ジミーから鋭いツッコミが。アイツってば絶対人の心が読めるよね?こっちの隙を許さないんだもんな~。
あの、小声で「エミリー、あとでパトリシア様に苦情の手紙を書くぞ、俺はメアリーお母さんに手紙を書くから」って言うの止めてください、マジでお願いします。
俺の目の前では先程まで荒ぶっておられたアーメリア様が困惑と言った表情で固まっておられます。何かおかしなことでもあったんだろうか?
“お主、ケビンと言いましたね。なぜケビンはそうも平然としているのですか? この場は私の領域、常人には耐えがたい闇属性魔力に満たされた異界と化しているはずですが”
「あぁ、慣れです。別に魔道具とかそういう類のものではありません。しいて言えばスキルも関係しているかな?
アーメリア様はお気付きでしたでしょうか、あちらの若者たちも全く平然とした顔をしていたことに」
そう言い俺はジェイク君たちの方に顔を向けます。するとなぜか全員して首を横に振るマルセル村若者軍団の面々。イヤイヤイヤ、めっちゃ元気じゃん。
“慣れ・・・ですか。私の存在意義は一体・・・”
そう言い急激に濃厚な闇属性魔力による威圧を引っ込められるアーメリア様。ほうほう、消し去るんじゃなく引っ込めると、これはこれで無駄のない魔力運用法ですな、勉強になります。
「ジェイク君、エミリーちゃん、ジミー、フィリーちゃん、なんかごめんね? アーメリア様も落ち着かれたみたいだし、もう結界を解除して貰ってもいいよ。<範囲指定:アーメリア別邸全体:結界:広域浄土化:癒しの覇気>」
“ブワーーーー”
突如周囲の空気が清浄で清廉なものへと変わる。気を失っていた若者たちがまるで夢から覚めたかのようにゆっくりと目を開け、眠たげに身を起こす。
その光景に唯々呆然とするアーメリア様。
“これは、一体・・・”
「あぁ、何か私が警戒させてしまったようでしたのでちょっとした詫びです。建物や庭先に溜まった不浄を祓わせて頂きました。
それと先程アーメリア様が放った闇属性魔力の波動に、この屋敷の他の場所にいた者たちが当てられていたようでしたので、ついでに対処を。
今頃皆目を覚まされていると思いますよ?」
そう言いニコリと笑う俺に、何か信じられないものを見るような視線を向けるアーメリア様。えっと、何で俺にそんな目を向けるし、禁足地の主よ。
ジェイク君たちも揃ってこっちをジト目で見るし、凄い居心地悪いんですけど?
「えっと、私は一体。・・・アーメリア様、それに皆様も。
そうでした、先程アーメリア様が突然いつもの訓練を始められて。
すみません、アーメリア様、私、また気を失ってしまっていたようで。
頑張ってはいるんですけど、私もまだまだですね。アルジミール様、すみません。どうやら私の訓練に巻き込んでしまったようで。
アーメリア様はいつも突然訓練を始められるんですよ、“王族たるものいついかなる時でも物事に冷静な対処を行えるように心がけよ”というのがアーメリア様の教えでして」
そう言いアルジミール君に謝罪するフレアリーズ第五王女殿下。
フレアリーズ第五王女殿下、さっきの出来事をただの訓練と思ってるって、マジっすか!? スゲーな王族。
って言うか普段どんな訓練を積んでるの、アーメリア様ってどこぞの剣客? 山ごもりしてる剣の師匠? 常在戦場なの?
「ハハハハ、そ、そうだったんですか。どうも私は気を失っていたようですね、いざという時に何のお力にもなれずお恥ずかしい。
でもそうですか、フレアリーズ殿下は常にこうした訓練を。
私などその足下にも及ばない」
そう言い俯くアルジミール君。
「いえ、そんな事ありません。アーメリア様がおられるこの場でこうしてお話が出来るだけでも十分優れておられると思いますよ?
アーメリア様は心眼確かな御方、心根の曲がった者はどれ程取り繕っていてもその目を誤魔化す事など叶いません。
その点アルジミール様はこうして認められているではありませんか、もっと自信をもたれてください」
そう言いニコリと微笑まれるフレアリーズ第五王女殿下。
(小声で)
「ねぇジェイク君、今の会話って何か噛み合ってないように聞こえたんだけど私の気のせい?」
「いや、気のせいじゃないと思うぞ? アルジミールは言外に“何ここ、超恐いんですけど。俺なんか無理無理無理、この婚約話はなかったって事で~!!”って言って逃げようとしたんだけど、フレアリーズ先輩が“ダ~メ、逃がさないんだから。アーリー様も見てるわよ~、フフフフ”って言ってガシッと掴んだって感じ?
フレアリーズ先輩の怖いところはその辺を素でやってるところかな? 多分言葉通りの事しか思ってないんだろうけど、貴族用語的にアルジミールにはそう聞こえたのと、行動がね? 今もアルジミールの腕をさり気なく掴んでるし」
「「「お~、ジェイク(君)、しっかり見ている」」」
何やらひそひそと盛り上がる若者軍団。マルセル村のお兄ちゃんとしてはジェイク君がちゃんと成長している姿が見れてニッコリです。
“ケビンとやら、これ程の力を持った貴殿の目的がいまいち分からないのだが、本当に何の用でこの屋敷に来たのだ?”
そんな俺たちの様子に困惑しつつ、再び俺に言葉を向けられるアーメリア様。いや、マジでさっき言った通りなんですけどね。
「はい、大変不敬である事を重々承知の上で申し上げます。観光です。
この地が王都三大禁足地と呼ばれている事はアーメリア様もご存じと思います。王家に連なる歴史ある建物であり教会が長年管理する呪われた屋敷。悲劇の王妃と呼ばれるアーメリア様が未だ彷徨い出る王都最大の禁忌。
こんな背筋がゾクゾクするような場所、一度は行ってみたいと思うのが男ってもんじゃないですか。それとですね・・・」
俺は声を潜めアーメリア様に囁くように語る。
「王家秘蔵の呪物の管理を行っているのがこのアーメリア別邸の裏の顔だとか。それであれば王家がこの場の立ち入りを固く禁じているのも、教会の管理が行われているのも納得のいく話です。
これは想像ですがそうした呪物は地下室にでも秘蔵されているのでしょう。アーメリア様がこの場に留まり続けるのはその管理のためか。
生前に何らかの事件に関わりそのように決意されたか、もしくは死後子孫の者に縋られたか。
これはもう、勇者病<仮性>重症患者の私としては堪らないと言いますか何と言いますか、王家に隠された呪われし秘宝、ロマンですよね、ロマン♪」
そう言い涎を垂らさんばかりにニヤニヤする俺に、ドン引きと言った表情になるアーメリア様。
え~、アーメリア様なら分かって下さると思ったのにな~。
男のロマンはやはり女性には伝わり難いようです。
「皆さん、お騒がせしてすみませんでした。ここは仕切り直しという事でお茶に致しましょう。広間でヘレンたちが準備をしているはずです、案内します、後に続いて下さい」
そう言い屋敷の中に入っていくフレアリーズ第五王女殿下、その後をアルジミール君やジェイク君たちが続きます。
「アーメリア様はご一緒なさらないのですか?」
俺はそんな彼らを見送るアーメリア様にお声掛けします。
“えぇ、私は昼間の内は基本的にこの場から離れないようにしているので。それに屋敷内の者たちを無暗に怖がらせるのも本意ではありませんから”
そう言いその場を下がるフレアリーズ第五王女殿下に対し、孫を見守るお婆ちゃんのような表情を向けられるアーメリア様。
俺はジェームスに一度目配せをすると、「それでは我々はこれで」と断りを入れ、中庭を後にするのでした。
—――――――
それはとんでもない人物であった。
王女フレアリーズと共に屋敷に現われたその者は、私の存在に驚く事もなく、平然と私に質問をぶつけてきた。
「アーメリア様は一体何を守られておられるのでしょうか?
いえ、これは言い方が違いますか、一体何を封じられておられるのでしょうか?」
それはこの場に私が留まり続ける存在意義、教会の歴代の教皇と王家でも代々の国王しか知らない真実。
この者は一体何を知っている、何処から情報が漏れた。
冷静にあくまでこの場の主として威圧を掛けるも、あの者は平然と理路整然とした考察を述べ始める。
それは当然の疑問、当然の帰結。私は全てを見透かされたある種の恐怖を感じつつ、男を睨みつける。
“貴様、何者か。如何なる用があってこの地に参った”
その言葉は王家の者としての意地、この地の守護者としての威厳。
だが得体のしれぬ存在と対峙しているような感覚は、一向に拭い去る事が出来ない。
“しかしこの地を訪れた理由が“趣味だから”などと、一体だれが信じるとでも思ったのやら”
だが男は目を輝かせながら語る、この地が自身にとっていかに心惹かれるものであるのか、禁足地と呼ばれる場所のロマンについて。
“あの者、この地に納められている様々な呪物についてまで突き止めていましたね”
好きこそものの上手なれと言うが、あの異常なまでの洞察力と類推力により王家の秘密の一端に指を掛けるとは。人と言うものは決して侮る事も油断する事も出来ない、そういう事なのであろうかと独り言ちる。
“コツンッ、コツンッ、コツンッ”
静まり返った王都、天より降り注ぐ月明かりが、アーメリア別邸の中庭を美しく照らす。
“コツンッ、コツンッ、コツンッ”
その足音はそんな静寂の空間に、やけに大きく響き渡る。
“ズォォォォォォォォォォォォ”
アーメリアはその足音のする方へと意識を向ける、その身からは濃厚な闇属性魔力が溢れ出る。
“コツンッ、コツンッ、コツンッ”
“何者です、ここを王家ゆかりの地アーメリア別邸と知っての狼藉ですか?”
アーメリアの誰何する思念が庭園に広がる。
何者かの足音がピタリと止まり、月明かりはその者の姿を明確に照らし出す。
「こんばんは、いい月夜ですね、アーメリア・ウル・オーランド王妃」
‟バサッ”
漆黒のコートに身を包んだ何者かが、顔を覆い隠していたフードを下ろす。
“お前は、ケビン・ワイルドウッド”
「夜は我々闇の者の時間。アーメリア王妃殿下、昼間の話の続きをいたしましょう」
“ブォォォォォォォォォォッ”
ケビン・ワイルドウッドの身から溢れ出る濃厚な闇属性魔力。アーメリアは自身に匹敵する、いや、自身を遥かに凌駕するその闇の魔力に唯々戦慄を覚え、一歩後退るのであった。
本日二話目です。
いってらっしゃい。
by@aozora