王都学園生徒寮、そこはオーランド王国各地から集められた上位職と呼ばれる有用な職業を授かった者たちが共同生活を行う場。
十二歳の誕生日を迎え教会で行われる授けの儀において上位職を授かった者は、王都の王都学園に通わなければならない。これは王国法により定められており、オーランド王国国民であれば守らなければならない絶対的ルール。
そんな大人の事情により親元から引き離され寮生活を強いられた若者たちであるが、本人たちはいたって冷静に自己の立場を理解し、それなりに青春を謳歌する。
郷に入れば郷に従う、若者とは存外逞しく強かなものなのであろう。
「いや~、しかし今日は驚いたよな。アルジミールに連れられて向かった王都三大禁足地の一つ“アーメリア別邸”で、ケビンお兄ちゃんが待ち構えているんだもん。
しかもしっかり根回し済み、そりゃケビンお兄ちゃんからしたら“アーメリア別邸”はいつかは訪れたい観光地の一つかもしれないけどさ、普通ここまでやる?
常識的に考えて、門前を眺めて満足するもんじゃないの? 教会が管理を行う王家の所有地だよ?」
「いや、本当、ケビンお兄ちゃんがすまん。
ケビンお兄ちゃん、結婚して少しは落ち着きを覚えたと思っていたんだが、そんな事全然なかったよ、むしろ悪化してたよ。
以前だったら“魔物怖い、冒険者怖い、大商人怖い、貴族恐い。王都、駄目、絶対!!”とか言って決して近寄ろうともしなかったんだろうけど、ケビンお兄ちゃん、男爵様になっちゃっただろう? しかもホーンラビット伯爵家の御令嬢であらせられるパトリシアお嬢様を奥さんに迎えて。
更に言えば月に一回くらいの間隔で王都に俺たちの様子を聞きに来ているらしいし、どうも以前の感覚とはだいぶ変わっちゃったみたいでな。
それでも出来ればマルセル村に引き籠っていたいっていうのは一緒みたいなんだが、目的があれば行動するようになったからな」
男子生徒寮の一室、学園の休日である闇の日を利用し街に出ていたジェイクとジミーは、友人のアルジミールに連れられ訪れた王都三大禁足地“アーメリア別邸”での出来事について話し合う。
「ですよね~。でも改めて思ったよ、ケビンお兄ちゃんはマルセル村から解放しちゃいけない人物だって。
中庭に現われたアーメリア様の死霊にも驚いたけど、ケビンお兄ちゃん、アーメリア様がなぜあの場に留まっているのかという核心に触れる部分をズバッと突いちゃうんだもん。しかもああも理路整然と。
アーメリア様、平静を装っていたみたいだけど、内心相当焦っていたと思うよ? 行き成り大量の濃厚な闇属性魔力を噴き出して威圧を掛けてきたくらいだし」
「“一体何を守られておられるのでしょうか? 一体何を封じられておられるのでしょうか?”、これは駄目な奴だろう。
実際アーメリア様がその役目を負っていたとしたら絶対に知られたくない大事だろうし、ケビンお兄ちゃんの言う通り、王家や教会の絡む大きな秘密だろうしな」
そう言い肩を竦めるジミーに頷きで応えるジェイク。
「それにケビンお兄ちゃん、三大禁足地“アーメリア別邸”を浄化しちゃうし。どことなく漂っていた負の気配が一切なくなっちゃうって、やっぱりケビンお兄ちゃんはケビンお兄ちゃんだったよ。
あの浄化で姿の消えなかったアーメリア様、怨霊じゃない事決定じゃん、王家の秘密説が益々信ぴょう性を増しちゃったじゃん。
それとあの後ケビンお兄ちゃん、小声でアーメリア様に話し掛けていたんだよね、「王家秘蔵の呪物の管理を行っているのがこのアーメリア別邸の裏の顔」とか「呪物は地下室にでも秘蔵されているのでしょう」とか。
あの時ばかりは耳の良い自身を呪ったよ、知りたくなかったってね。
だってアーメリア様、否定も肯定もしなかったんだよ? ただジッとケビンお兄ちゃんを見詰めるだけで。
まぁその後の勇者病<仮性>重症患者発言でドン引きなさっていたけど。
ケビンお兄ちゃん、あそこで大人しく引き下がったって事は、今日はあくまで顔繫ぎってだけだったんじゃないかな。いつか絶対王家秘蔵の呪物を見にいくつもりだよ、だってケビンお兄ちゃんだもん」
ジェイクの言葉に眉間の皺を揉むジミー。
「「やっぱりケビンお兄ちゃんにはマルセル村に引き籠っていてもらおう」」
世の為人の為、これ以上常識を破壊され頭を抱える犠牲者を増やさない為に。
<勇者>ジェイクと<剣天>ジミーは、理不尽の権化ケビン・ワイルドウッドから世界を守る事を固く誓い合うのであった。
—――――――――
日は沈み、街は暗闇の静寂に包まれる。静かに昇る月は、喧騒に疲れ眠りに就く王都を優しい光で照らし出す。
王都の貴族街と呼ばれる区画、その一角に静かに佇む一軒の貴族屋敷。古くからその場に存在し、移り行く王都の歴史をつぶさに見詰め続けてきた。
“アーメリア別邸”、嘗て悲劇の王妃と呼ばれた故アーメリア・ウル・オーランド王妃が晩年を過ごされたとされるそこは、王都三大禁足地の一つと噂され、ある種異様な静けさを漂わせていた。
「さて、昼間の話の続きといきましょう。あの場には多くの若者がいましたからね、話せる事と話せない事がありましたので」
漆黒のコートのフードを頭から下ろし素顔を晒したケビンは、その身から濃厚な闇属性魔力を溢れさせながらアーメリア王妃に語り掛ける。
「昼間もお話しいたしましたが、ここアーメリア別邸に王家の所有する呪われた武器や防具、魔道具等といった所謂呪物や呪具といったものが集められているという事を知る事は比較的容易でした。
お話しした通り私はそうした物を見たり集めたりする事が好きなものでしてね? 呪われた剣に込められた思い、怨念、そうしたものから派生する呪いの武器の存在意義、そうしたものに酷く惹かれるのですよ。
簡単に言えばロマンですよ、ロマン。やっている事は“この左手に封印されし邪神の欠片が~”とか言ってる勇者病<仮性>患者と変わりません。
そうした訳で呪物の収集家でもあるのですが、この人々の欲望を煮詰めたような王都、その中枢である王家にそうした品が集まって来ない訳がない。王家なんて言ったら呪詛や呪術の塊のような側面もあるじゃないですか? 権力、名声、栄誉、それらすべての頂点が王家です。妬み、恨み、辛みが黙っていても集まってくる。叶わぬ願いなら呪ってでも、人の心とはかくも弱く恐ろしいものなのか、必然的にそうした品は特定の場所に保管される。
それは教会も同様、救いを求める多くの者たちから預けられるそうした品は、ある程度は教会の手により処分されるのでしょう。
ですが彼らの手に余るような危険なものは。この場所はそうした危険物の集積地と言ってもいい、いずれ何らかの方法で別の地に移されるのかもしれませんが、長い年月そうした事が繰り返されてきた。
ここまでは合ってますか?」
ケビンはそう言うやどうだとばかりに両手を広げる。
“そうね、よく調べたと言ってあげましょう。多分に推測も混じっているのでしょうが、概ね間違ってはいません”
アーメリア王妃はそんなケビンの言葉を静かに肯定する。
「そうですか、どうもありがとうございます。
今の話は表向きの裏の話、世間に隠された真実、王家の一部の者、教会の一部の者しか知り得ない真実というものでしょうか」
ケビンの言葉、その物言いに一切の表情を失くすアーメリア王妃。
「この屋敷、呪物収集家の私から言わせていただければ、おかしな点が多過ぎる。大体このような王城に比較的近い場所に先程説明したような呪物倉庫のような施設を作る事自体が異常であり、普通の感覚であればそうした物はもっと王都から離れた場所、例えば大森林の深層域などに造る方がまだ理解できる。
それにこの屋敷自体が頑強に過ぎる、朽ちる事のない屋敷、庭もおそらく計算され尽くしたものなのでしょう。この屋敷自体がある種の封印の役割を果たしている。
たかだか呪物にそこまでの事をするのかと聞かれれば甚だ疑問だし、それ程の手間を掛けるくらいなら山間の谷底にでも捨ててしまった方がどれだけ簡単か。
では何のためにその様な呪物を集めているのか、呪いを以って封印を強化する、多くの呪物によって本当に知られたくないモノを覆い隠す。
この屋敷は建設された当初から一つの目的を持って造られている。
悲劇の王妃アーメリア妃、果たしてそれは世に謳われているように単に王妃の座を簒奪され排斥された女性の物語だったのだろうか。
晩年を一人寂しくこの地で過ごしたのではなく、ある目的を持ってこの地を管理していたとしたら、死して尚この地に留まり役目を果たすべく自ら英霊となる術を施した闇属性特化型魔導士だったとしたら。
私は過去、自らの意思でリッチエンペラーとなった者と相対した事があるんですよ。その者は自身の肉体を捨て、力ある依り代を乗り換える事で永遠の命を得ようとした。その有様は魔物のそれとなっていましたが、人としての意識も確り残していた。
他にはそうですね、偶然の重なりにより女神様の下に向かう術を失い、この世に留まり続けた魂。その者たちは生前の理性や知性を残し、自らの工夫と研鑽の果てに疑似的な肉体を得るに至った。
アーメリア様の在り様はそうした者たちとどこか似ていた。大体たかが恨みや執着で何百年もこの世に留まり続けられるほど、人というものは強くない。意識は次第に薄れ、自身が一体何のためにこの世に留まっているのか分からなくなるのが人というものです。
そうして執着を失った魂は天使様の導きにより女神様の下に送られる。
これが自然であり、この世界の摂理。
ではその摂理に逆らってまでこの世に留まり続けるアーメリア様の使命とは、一体この地に何が封印されているというのでしょうか?」
ケビンからの問い掛けに天を見上げるアーメリア王妃。
情報を集め、考察を重ね、類推し、真実に近付く力ある存在。この出会いは天啓、数百年にも渡る長い時の中、この地を守り抜いて来た自身の使命、それが終わりを迎えようとしている。
“ケビン・ワイルドウッド、あなたは“最悪の魔王デビルトレント”の物語を知っていますか?
今からおよそ四千年前、世界を滅亡に追い込もうとした恐るべき魔王の物語を”
「・・・はい、勇者物語では全ての人種や国家が手を取り合い、協力して戦ったとか。最終的には勇者様の手により打ち倒されたと記憶しています」
ケビンの言葉に頷くアーメリア王妃。
“確かに魔王デビルトレントは勇者の手により討ち倒されました。ですが話はそこでは終わらなかった。
何故魔王デビルトレントが最悪の魔王と呼ばれたのか、それはその葉一枚、その枝一つが残っていても、その残骸から厄災が広がり呪いや疫病によって多くの人々を死に追いやるからです。
その為その亡骸の処分が最も重要であるとされた。そしてそれはある一人の<収納>スキル持ちの戦士に託された。
戦士は勇者と共に戦い、勇者が討ち倒した魔王デビルトレントの巨大な亡骸を全て自身の<収納>に納めたと記録されています。
世界は勇者と<収納>持ちの戦士により救われた。残念ながら戦士は戦いの後地盤の緩くなっていた地面の崩落に巻き込まれ亡くなったと記録されています。
ですがこの話には隠された真実があった、戦士は勇者の手により殺されたという話です。これは世界各国の上層部の話し合いにより初めから決められていた終着の形であった。戦士と恋仲であった聖女はその事実を知り勇者を恨んだ、恩を仇で返すこの世界を呪った。
聖女は戦士が崩落に巻き込まれたとされる大穴に身を投じた、その手には教会の禁忌物保管庫に保存されていた吸血女王の心臓という呪物が握られていたとか。
時がたち、人々が聖女の事を忘れ始めた頃、事件が起きた。
世界を救った英雄である勇者が何者かの手により惨殺された。その亡骸は四肢がちぎれた見るに堪えないものであったとか。その事件を皮切りに次々と殺されていく各国の王や宰相たち。
そんな中、一人の人物がその解決に名乗りを上げた。それが後のオーランド王国初代国王、バルセリア・グラン・オーランド。
ここオーランド王国王都バルセリアは、元々世界を呪う元聖女を封印する為の場所だったのです”
絡み合う真実、心当たりのある様々な事象。
好奇心、猫を殺す。ケビン・ワイルドウッドは自身の飽くなき好奇心の結果を心底後悔しつつ、この場で見聞きした事は墓場まで持っていく秘密にしようと固く決心するのだった。
本日一話目です。