転生勇者の三軒隣んちの俺   作:@aozora

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第673話 禁足地と後始末

“ガヤガヤガヤガヤ”

周囲から聞こえる喧騒、朦朧とする意識、目の前に広がるのはテーブルに並べられた幾つかの料理。

 

「お~い、大丈夫か~? 普段飲み付けてないのに急にあんなに飲んだら、いくらエールでも酔っぱらうっての。

ベノムとゼノンも止めろよ~、この後世話するのって俺の仕事なんだからな~。

なにゲラゲラ笑ってるんだよ、“聖女のゲロを浴びるなんて、一生経験できない貴重な体験だぞ?”ってふざけるなよ?

こんなの喜ぶ奴いるわけねぇだろうがよ!!

なぁ、本当に大丈夫か、無理せず先に部屋に戻っておいた方がいいぞ?」

 

聞こえてくるのは私の事を心から心配する男性の声。何故か胸が苦しくなって、嬉しい気持ちと温かな思いと、悔しい気持ちと怒りと憎しみとが溢れてきて。

思考がグルグルと回って、ずっとこの場に居たいのに、苦しくも楽しかったあの頃に。

 

「おいおい目を回すのは部屋に戻ってからにしてくれっての、意識のない酔っぱらいは重いんだって、マジで勘弁してくれ~!!」

 

遠のいていく意識、耳心地のいいあの人の声が消えていく。

あぁ、私は、私は・・・。

頬を伝う涙、私はあの人と共に。

 

ゆっくりと上がる瞼、目の前に広がるのは洞窟の岩肌?

ここはダンジョンか何か、いえ、この清廉な空気はダンジョンではありえない物。

 

「やぁ、どうやら目を覚ましたみたいだね。どうかな? 状況は分かっているのかな?」

声のした方を振り向く、そこには黒いコートにフードを目深に被った人物。声の感じからすると男性?

 

「ここは一体、それにあなたは」

「う~ん、どうやら記憶の混濁が見られるのかな? 君は自分の事が分かるかい? 名前や年齢、仕事等自身に関する事なら何でもいいんだけど」

 

黒いコートの人物を訝しむも、言われた通りに自身の事を考えてみる。私は、私は・・・。

 

「私は一体、誰かとても大切な人がいたような。嬉しくて、楽しくて、苦しくて、辛くて、憎しみが心を埋め尽くして。

私は大切な人を失った? それが信じられなくて、許容できなくて。

分からない、私自身の事がさっぱり思い出せない。

私は一体・・・」

 

押し寄せる不安、自身が一体何者であるのか分からないという事の恐怖。心と体がバラバラになるような、嵐の夜の海に一人投げ出されたかのような。

 

「ふむ、まぁ落ち着きなよ。取り敢えずこのお茶でも飲んで」

そう言い差し出された物、それは白い受け皿に載ったティーカップ。立ち昇るお茶の香りは新緑の若葉のようにすがすがしい。

 

“コクリッ、コクリッ”

「あぁ、スッキリとしていておいしい」

 

先ほどまで心を占めていた不安な気持ちがスッと落ち着いてくる。まるでこの若葉のお茶が私の心を癒し包み込んでくれるかのように、心の荒波が凪いでいく。

 

「どうやら落ち着いたみたいだね。ここはある建物の地下、地下室のさらに先の洞窟のような場所かな?

君はここで倒れていてね、私が介抱していたのさ。意識が戻ってくれて本当に良かったよ。

取り敢えず君の事は僕が保護するって事でいいかな? 目が覚めたからといってこんな場所に女性一人を放置する訳にもいかないしね」

黒いコートの男性の言葉に私はコクリと頷き了承を示す。私としてもこのような薄暗い場所に置き去りにされてしまっては、どうしたらいいのか分からない。

 

「そう、なら先ずはその格好からか。今夜の影当番は残月と更だったかな?

<業務連絡:残月、こっちに呼ぶから来てくれる? 一人、女性の保護をお願い。衣服がボロボロだから、お風呂に入れてから着替えを頼むね>」

 

“ニュイン”

地面から黒い影が立ち上がる。するとその四角い壁のような影から一人の女性執事が姿を現し、黒いコートの男性に向け深く頭を下げる。

 

「残月、詳細は先程伝えた通り。どうも記憶障害を起こしているみたいなんだよね。

まぁ思い出したら思い出したで、難しい事は先送りでいいんじゃない? 多分今は疲れているだろうから面倒をお願い。

暴れても残月なら余裕かな? 更には荷が重いだろうからその辺は気を付けてあげてね」

「畏まりました、ご主人様。では参りましょうか、お嬢様」

 

そう言い膝を突き私の手を取る女性執事。向けられた美しい笑顔、高鳴る鼓動。

イヤイヤイヤ、駄目駄目駄目、私には心に決めた人が!!

心に決めた人・・・優しい声音、温かい言葉、溢れる涙。

でも思い出せない、あの人の顔も、名前も、ぼんやりとした霧の中に、どんどんと離れて消えていく。

 

「ん? あぁ、記憶の整理が始まったのかな? 朝起きると夢の内容をどんどん忘れていくみたいに、古い記憶は新しい記憶に塗り替えられていく。

大切な思い出も、その時その時の感情も。人は過去を捨て未来を掴み取って生きていく。

でもその魂に刻まれた思い、忘れたくないと思った大切な出来事は、君の心を形作る重要な一面としていつまでも残り続ける。

たとえそれを振り返る事が出来なくても、君の魂の一部として常にあり続ける。

だからそんなに悲しい顔をしなくてもいいよ? それは君と一つになったという事なのだから」

 

黒いコートの男性の言葉が胸に染みる。私のあの人は私と一つになった。心にぽっかりと空いた空虚な穴が、あの人によって埋められていく。私は決して一人ではないと、薄れゆくあの人が笑顔で見守ってくれているような気がする。

 

「さあ、参りましょう」

女性執事に手を引かれ、立ち上がる影に足を踏み入れる。

そこは真っ暗でありながらどこまでも広がる闇の世界。ヒカリゴケの淡い光だけが、周囲の物を照らし出す。

 

「あちらでございます」

それは一軒の二階建ての屋敷。屋敷の窓からは魔道具の明かりが漏れ、その屋敷に人の息吹がある事を教えてくれる。

 

「お嬢様におかれましては暫くの間こちらにご滞在を願います。私どもの準備が済み次第、日の光の下にご案内いたしますのでご安心を」

女性執事はそう言い一礼をした後、私を屋敷へと案内した。

心の中に渦巻く疑問と不安、だが私はただ彼女の後について行く事しか出来ないのだった。

 

―――――――

 

「ふ~、こんなもんでどうですかね? 一応“狂った聖女”は正気を取り戻したみたいですし、オーランド王家が抱えていた使命は果たされたかと」

 

俺はそう言いただの背景のように沈黙していたアーメリア様にお声掛けする。

・・・お~い、アーメリア様~、全部終わりましたよ~。

なにか呆けた状態で未だ帰ってこられないご様子なので、その間に洞窟内のお掃除、流石にこの場所には呪物放置をしていなかったようなので、全体に<清掃>を掛けて終了。

長い年月を掛けて周囲に染み込んだ怨念や闇属性魔力は、黒鴉を筆頭にした魔剣四人衆と魔力の腕輪さん改めシルフィーが確り除去してくださっております。

魔剣の皆様方、“偶には違った味わいも乙なもの”と大変喜んでおられました。

そうだよね~、偶に食べるカップラーメンって無性に美味しいもんね~。

高級料理の食べ放題(魔王デビルトレントの呪い)もいいけど人気の豚骨ラーメンもまた旨いって奴です。

どっちもこってりし過ぎてないか? 呪いなんてもんは基本しつこくて濃厚なのよ。さっぱり味の呪いはアナさんのポンポコラクーンの呪いですかね。

あれはあれで情念が怖い? ウッ、否定できない。

まぁ碌なものじゃないって事で。

 

俺は四振りの魔剣に礼を言い収納の腕輪に戻してから、再びアーメリア様に話し掛ける。

 

「アーメリア様、それでは参りましょうか。国王陛下の憂いを取り除くのも、また臣下の務めですので」

伸ばされた手、アーメリア様の手がその上にそっと載せられる。

俺はまるで夜会のエスコートをするかのように、この因縁から解放された地下空間を後にするのだった。

 

―――――――――

 

それは月夜の晩であった。

オーランド王国国王ゾルバ・グラン・オーランドは日中の執務に疲れ切った身体をソファーにもたれさせ、グラスに注がれたワインを静かに味わっていた。

 

「こんばんは、国王陛下。お休み中のところ申し訳ない」

その声は自分一人しかいない筈の寝室にはっきりと響き渡る。

 

「あぁ、驚かせちゃったかな? そうだよね~、魔術的にも人的にも厳重に守られた国王の寝室に行き成り人が現れたらそりゃびっくりするってものだよね。

でも大丈夫、今この部屋は僕が認識阻害の結界を張っているから、天井や床、壁や部屋の隅に隠れている護衛さんたちには国王陛下が優雅にワインを飲んでいるようにしか見えていないから」

 

全く安心できないその宣告に、背中に冷たいものを感じるゾルバ国王。

 

「今日は国王陛下にお知らせしておきたい事があってね、悪い知らせと物凄い悪い知らせがあるんだけど、どっちから聞く?」

 

そう言い楽し気に両の掌を広げる目の前のナニカ。かつてダイソン公国との停戦交渉の場に現れ、その存在を多くの者の魂に刻み付けた理外の観賞者。

その場にいるのにその場にいない、明確な存在感を与えつつ意識の外にいる、そんな者。

 

「まさかバルカン帝国の侵攻が始まったとでも言うのか、スロバニア王国との連携を深めようとしている大事なこの時期に。

いや、奴らはそれを恐れた? 両国が結束を強める前に、国力の回復していない我が国を叩きにきたという事なのか」

「あ~、何か考え込んでいるところ悪いけど、そういう話じゃないからね? オーランド王国の諜報組織“影”は結構頑張ってると思うよ? 前みたいな電撃侵攻は流石に無理だと思うから安心して?

今回は全くの別件、オーランド王国の建国に関わる大問題と言えば分かるかな?」

 

ナニカの語る軽い口調とは裏腹に、その内容に眉を顰める国王ゾルバ。

 

「今は王家でも極一部、代々の国王と次代を受け継ぐ王太子だけに知らされる建国秘話。

でもこれって国王が突然の病死でもしたらどうするつもりだったんだろう? あぁ、“バルセリア霊廟”、あの中に石碑なり壁画なりがあって伝えられてきたのかな?」

 

ナニカの言葉に顔色が青ざめるゾルバ国王、その言葉の内容が分かる立場であり、その恐ろしさを伝え聞く者であるが故に。

 

「“アーメリア別邸”、管理が杜撰(ずさん)と言うかふざけてると言うか。

あのさ、王家もそうだし教会もだけど、あの場所を呪具や呪物の最終処分場か何かだとでも思っていたの? 多分何処かの時代で誰だかがあの場所に呪物を置く事でさらにその先に封印した本当に秘密にしたいモノを隠すためとかなんとか言い始めたんだと思うけど、酷かったからね?

アーメリア別邸自体が地下の何かを封じる為に作られた施設だったからよかったけど、いつ地上に呪いが噴き出してもおかしくない状態だったんだからね?」

 

漆黒のコートを纏ったナニカの言葉に目を見開くゾルバ国王、“アーメリア別邸”の管理は全て教会に任せてきた、その為の高額な寄付も毎年行ってきていた。

 

「これが悪い知らせね。まぁ鬱陶しかったから全部処分しちゃったんだけどね、だって邪魔だったし。

あぁ、地下室に染み付いていた呪いやら闇属性魔力やらはちゃんと処分しておいたから安心してね。

それでもっと大変って言うか、とんでもなかったのがその奥、封印されたオーランド王国最大の禁忌、“呪われた聖女の遺骸”だよね。

死して尚呪いを振り撒く特級呪物、世界を呪い、多くの国々を恐怖のどん底に叩き落とした四千年前の厄災。

悲劇の王妃アーメリア妃が何故貴族街のあの場所に別邸を造り晩年を過ごされたのか、何故死後もあの場に留まり王都三大禁足地と呼ばれるに至ったのか。

 

アーメリア王妃、頑張ってたよ~。でもその子孫があの場所の重要性を正しく認識していなかったから。

地下空間に無造作に置かれた大量の呪物、溢れ出る濃厚な闇属性魔力。上から蓋をされ行き場を失ったそれは果たしてどうなったのか。

地下室に設置された強力な封印、あれって中の物を外に出さない事に特化していて、外からの干渉を防ぐ役割はなかったんだよね~。

結果地下室の呪物が発する質量を伴わんばかりの呪いや濃厚な闇属性魔力が封印されていたはずの“狂った聖女”に注がれちゃうっていうね。

いや~、びっくりしたのなんの、封印の扉を開けたら元気に呪詛を口ずさむ“狂った聖女”が五本の封じの剣で地面に縫い付けられちゃってるんだもん。

しかも封じの剣自体がボロボロ、経年劣化と呪詛によってもってあと数十年って状態にまで風化しているっていうね。

これが物凄い悪い知らせ。初代国王バルセリア・グラン・オーランド陛下のお陰で保たれていた四千年に渡る平穏は、風前の灯火って状態だったんだよね~」

 

そう言いやれやれと首を横に振るナニカ。初代様の思いが、オーランド王国の国民が・・・。

世界に再び厄災が解き放たれようとしている。

 

「でもまぁ折角ここまで続いたオーランド王国が終わっちゃうってのもね~、しかもそれが人々の思いとは全く関係ない過去の忘れ物ってところがいただけない。

だもんで“狂った聖女”はこっちで引き取っておいたから。

今あの場所に行っても何もないけど、一応封印の扉の鍵はちゃんと掛け直しておいたから。

ある意味オーランド王国王家四千年の重しが取れたって奴?

ん? それじゃ悪い知らせじゃなくていい知らせ? でも世に厄災が解き放たれたから悪い知らせ? 解き放たれたって言っても僕のところにいるから悪さは出来ないんだけど、これってどっちだと思う?」

 

そう言い首を捻るナニカに、この者はまさしく人の考えの及ばない理外の者であると改めて分からせられる国王ゾルバ。

 

「そうそう、この人が一言お別れを言いたいって言うから連れてきたんだけど」

そう言いナニカが顔を向けた先、そこにはまるで初めからそこにいたといったように佇む一人の女性。

 

「・・・アーメリア王妃様」

“久しいですね、ゾルバ。すっかり老けてしまって、あなたも苦労しているのですね。

近頃はフレアリーズがよく遊びに来てくれていたので楽しく過ごしていたのですが、まさかこのような事になっていようとは。

あの場を管理守護する者として深く謝罪します”

 

頭を下げ謝罪の言葉を伝えるアーメリア王妃に、慌てて頭を上げるように言葉を向けるゾルバ国王。このような事態を招いた事は、教会の言葉を鵜呑みにし封印の地の状態を知らずに過ごした自身も同罪であると訴える。

 

“そうですか、そう言ってもらえると少しは心が軽くなるというもの、感謝します。

長きに渡るオーランド王家の使命は終わりました。私も役目を終え、次の道へ進む事としましょう。

オーランド王国の変わらぬ平穏と繁栄を祈っています。ゾルバも健康に気を付けて長生きするのですよ?

フレアリーズには突然いなくなることを謝っていたと伝えてください。フレアリーズの幸せを願っていたとも”

 

その言葉を最後に徐々に姿を消すアーメリア王妃、その姿が完全に見えなくなった時、その場にはゾルバ国王以外誰の姿も見る事は出来なくなっていた。

 

「誰ぞある」

“ガチャリ”

「国王陛下、御呼びでしょうか」

 

「うむ、すまんが急ぎヘルザーに連絡を。緊急事態故可及的速やかに登城するようにと。

それと教会の教皇に連絡を、国の大事(ゆえ)急ぎ登城を願うと伝えてくれ」

「ハッ、畏まりましてございます」

 

動き出した時間、この出来事によりオーランド王国上層部に激震が走る事になるのだが、それは限られた者のみが知る事実として内々に処理される事になるのであった。




本日一話目です。
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