「カルメリア第四王女殿下、我々はあなたとの婚約を拒絶する!!」
それはスロバニア王国の王宮にて開かれた、隣国オーランド王国第四王女カルメリア・ウル・オーランド殿下を歓迎するパーティーの席での事であった。
この会場にはスロバニア王国国王夫妻をはじめ、多くの高位貴族が顔を揃えていた。それはスロバニア王国がそれだけオーランド王国との外交を重視しているという証左であり、両国の関係がより親密になる事を深く望んでいるという証拠でもあった。
「それは、どういった事でしょうか? 何か深い理由でも?」
会場には他にも多くの若者が集まっていた。彼らは皆成人である旅立ちの儀前後の若者たちであり、カルメリア第四王女殿下の婚約者候補、友人候補として選ばれた者たちであった。
「私には元々長く仲を深めていた婚約者がいる。だがこの度外交の為といってその婚約者を第二夫人とし、カルメリア第四王女殿下を第一夫人とするようにとの話が持ち上がった。
このような事を私は看過する事が出来ない。この話を聞かされた時の婚約者の気持ちを考えると、今でも胸が締め付けられる思いがする。
カルメリア第四王女殿下には大変不敬であり申し訳ないとは思うが、私はこの話を辞退させていただきたい!!」
それは公爵家子息であり将来を嘱望された若者からの言葉であった。
若者の言葉に、隣に寄り添う女性がうっとりとした表情を向ける。見詰め合う二人、彼女が話に出ていた婚約者なのだろう。
「カルメリア第四王女殿下、あなたの事は調べさせてもらった。すまないが私はあなたのような他者を見下し己の事しか考えないような女性を生涯の伴侶とする気はない。
これは我々の総意だ、申し訳ないが了承して貰いたい」
そう言い隣の女性の肩に手を回す煌びやかな雰囲気を纏った男性。隣に立つ女性は、何か勝ち誇ったような瞳をカルメリア第四王女殿下へと向ける。
「エルミール、一体そこで何を。今日のパーティーには出席できないんじゃ・・・」
その声は事態を見守る群衆の間から掛けられた。若者たちの暴走に静まり返った会場、そんな中その声はやけにはっきりと響き渡る。
「あら、ニールセン、あなたはそんな所で何をなさっているのですか?
この会場はカルメリア第四王女殿下の婚約者を決める場、そのような場所で自らの意思をはっきりと伝える事もしないで、婚約者である私が大事ではないのですか?
もっとも周りの顔色ばかりを窺うようなあなたの事など、私は最早どうでもよいのですが。
私には第三王子殿下がおられますから」
そう言いうっとりとした表情で隣に並ぶ煌びやかな雰囲気の男性を見詰める女性。男性は勝ち誇ったような表情で、ニールセンと呼ばれた男性に声を掛ける。
「ニールセン、そういう事だ。これはエルミール嬢の意思、お前も男なら大人しく引き下がる事だ。
なに、次のお相手ならすぐ目の前にいるだろう? 婚約者を失ったお前に相応しい相手が」
ニヤリと口角を上げ視線をカルメリア第四王女殿下に向ける男性の言葉に、若者たちの間から冷笑が広がる。
ニールセンは力なく膝から崩れ落ち暫く俯いていたかと思うと、スクッと立ち上がり、顔を上げ真っ直ぐカルメリア第四王女殿下の下へ向かうと、胸に手を当て深く礼をする。
「突然のお声掛けの御無礼、平にご容赦願いたく存じます。私の名はニールセン・マルローニ、マルローニ侯爵家嫡子でございます。
この会場は少々空気がよろしくないかと、御不快でなければ外の中庭をご案内させていただきたく思うのですが、よろしいでしょうか?」
スッと差し出された手。カルメリア第四王女殿下はにこやかに微笑むと、「ニールセン様の御心遣いに感謝を。スロバニア王国では大変美しい花々が見られるとか、魔道具の明かりに照らされた庭園もさぞ美しい事でしょう」と言い、その手に自身の手を添えるとニールセンと共に会場を後にするのだった。
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煌めく星々、月明かりが中庭を照らし魔道具の明かりにより浮かび上がる美しい花々が咲き乱れる中庭を、幻想的な雰囲気で包み込む。
「カルメリア第四王女様、この度は我がスロバニア王国の者たちが大変な無礼を働き、誠に申し訳ございませんでした。
この責はいかようにも、スロバニア王国の貴族の者として、心より謝罪いたします」
カルメリア第四王女殿下を連れ中庭にやって来たニールセン・マルローニが最初に行った事、それは誠心誠意心からの謝罪であった。
冷静に考えて他国の第四王女に対し公衆の面前で婚約拒否を突き付けるなど言語道断、それは相手国に対し宣戦を布告している事と何ら変わりのない行為。しかもその者たちの中に王家の血を引く第三王子が含まれている事、第三王子の口より「これは我々の総意だ」と宣言されたことが事態の悪化により拍車を掛けた。
その事はその前に示された公爵家のお花畑馬鹿が行った婚約辞退の比ではない。公爵家のお花畑馬鹿の行動も十分問題であり国際的な緊張を生むものではあるものの、それ自体は個人的な問題として処理できる範疇のものであった。
精々が謹慎処分の上、領地で生涯を終える程度で済むだろう。
だが顔だけ第三王子の行いはそんなものでは済まない。集団での婚約拒否など国交断絶宣言そのもの。その問題を前にしては自身の婚約者が奪われた事など構うべくもない。
ニールセン・マルローニは必死であった。少しでも判断を誤れば国家間の戦争に発展しかねない事態に、如何に最小限の被害で事を収めるのかを必死になって考え続けた。
「ニールセン様、お顔をお上げください。私は、我がオーランド王国はこの一事を以ってスロバニア王国との関係をなかった事にするなどという愚行は犯しません。
バルカン帝国という脅威に晒されている現状、両国が手を結びより関係を強化する事は急務、その為の此度の訪問であり、その為の婚約なのです。
私は自身よりも国の立場を優先いたします。無論今回の件をうやむやにすることはオーランド王国の権威を損ねる事であり了承しかねます。
スロバニア王国にはオーランド王国として抗議申し上げる事となるでしょう。私は第四王女としてそれだけの使命と責任を負ってこの場にいるのですから。
ですが両国間の関係をより親密なものとしたいという事は、オーランド王国の望みであり私が成し遂げなければならない使命。
ニールセン様、共に手を取り合い、この難局を乗り越えませんか?」
カルメリア第四王女殿下から差し出された手、それは噂のような自己の事ばかりを考え他者を虐げるような者の行いとは真逆のもの。自身の名誉よりも国と民を優先する誇り高き為政者のもの。
「カルメリア第四王女殿下のお言葉、深くこの胸に刻みましてございます。不肖ニールセン・マルローニ、微力ではありますがお力添えをいたしたく存じます」
交わされた握手、オーランド王国とスロバニア王国との危機は、己を顧みないカルメリア第四王女殿下の献身と、自身よりも国のために行動したニールセン・マルローニの機転により回避する事が出来たのであった。
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この事は多くの王宮関係者の見守る中で行われた国際問題ともいえる愚行、当然若者たちがただで済むようなことはなく、その知らせを聞いたアルジミールとライオネスが頭を抱えたことは言うまでもないのであった。
そしてその話を聞かされた俺たちはといえば。
「「「「「それって本当にカルメリア第四王女殿下だったの!?」」」」」
「あぁ、俺もこの話を聞いた時は我が耳を疑ったよ。
顔だけ第三王子にそそのかされた馬鹿貴族共もそうだけど、それだけの状況に遭って怒鳴り声ひとつあげずに冷静に対処し、あまつさえ自身の名誉よりも両国間の関係強化を優先したって。
相手はあのカルメリア第四王女殿下だぞ? 何度も説得し、状況を理解しても尚自身を曲げなかったカルメリア第四王女殿下が、国の為に身を引くって。
第四王女殿下はそんな
「「「「「「「ウ~~~~~ン」」」」」」」
皆して腕組みをし首を捻る。この短い期間にカルメリア第四王女殿下に一体何が・・・。
「あっ」
そんな中、エミリーが何かに気が付いたように声を発した。
「そうだよ、王城にはケビンお兄ちゃんがいたんだよ。でもケビンお兄ちゃん、まさかカルメリア第四王女殿下に対してアレをやっちゃったの?
いいのそんな事して、ケビンお兄ちゃん、捕まっちゃわないのかな?」
ぶつぶつと独り言のように何かを口にするエミリー。俺たちはそんなエミリーに目を向けます。
「ジェイク君、フィリーちゃん、ケビンお兄ちゃんだよ。
あの日王城に現われたケビンお兄ちゃん、本人の話では黒蜜の情報を大福が受け取ってそれをケビンお兄ちゃんに伝えたって言っていたじゃない?
それでベルツシュタイン伯爵閣下の下に向かって、急ぎ登城して。その後何らかの方法で事態を収拾してからフレアリーズ第五王女殿下のお部屋を訪れた。
その後王宮からもカルメリア第四王女殿下からも、私たちやフレアリーズ第五王女殿下に対してあの件で何か言われる事はなかった。
これって凄く変だと思わない? 特にカルメリア第四王女殿下が何も言って来なかったってところが」
言われてみればそう、あのカルメリア第四王女殿下があれだけの醜態を晒して何も言って来ないだなんて普通に考えればあり得ない。
国王陛下から何か言われたから? それくらいでカルメリア第四王女殿下が止まるだろうか。
「それにさっきのアルジミールの話、自身よりも両国の関係を優先させたカルメリア第四王女殿下、まるで別人のような話だと思わない?
でも私たち、こんな話を実際にその目で見ているよね。
パトリシアお姉ちゃんと一緒にレンドールの避暑地シリアル湖に向かった時、マルセル村からダイソン公国に終戦交渉に向かった道すがら」
「“聖者の行進”、荒れに荒れ、盗賊が跋扈するオーランド王国西部を人死にを出す事なく走り抜け、盗賊たちを改心させていったというあの話。
まさか本当に?」
エミリーの話に何かに気が付いたかのように“聖者の行進”の話を口にするアルジミール。
「「「「「ケビンお兄ちゃん、カルメリア第四王女殿下にお茶を振る舞っちゃったんだ」」」」」
途端頭を抱える俺たち。でもそうか~、聖茶を飲ませちゃったのか~。盗賊すら聖人に変える聖茶、あのカルメリア第四王女殿下が両国の為に身を捧げる聖女様に変わっても何ら不思議はない。
って言うかケビンお兄ちゃん絶対何か吹き込んだよな~、盗賊団の時も「自身が罪人である事を忘れる事なく、命尽きるその時まで、誰かの為にあろうとしてください」なんていって、元盗賊団の人たちを煽ってたもんな~。
俺たちが頭を抱えながら「これってヤバいよね、絶対犯罪だよね」「ホーンラビット伯爵家、お取り潰しになっちゃうのかな? 私たち処刑されちゃうの?」などと話している様子を、唖然とした顔で見てくるアルジミール。まぁそうなるのは分かるけど、詳しくは言えないんだよな~。
「あ~、うん。アルジミール、疑問に持つ気持ちは分かる。だがこれ以上は話す事が出来ない。状況が分からないというのもあるが、国家機密に属する問題と思って納得して欲しい」
そう言い頭を下げる俺に、焦り顔になるアルジミール。何かあったんだろうか?
「なぁジェイク、重要な秘密があるという事は分かったが、一つだけ教えて欲しい。俺の下に届いたカルメリア第四王女殿下の様子はそれこそあの時のものとはまるで別人、信念を持つ理想的な王女といった感じらしい。
だがそんな事は有り得ないだろう? 人はそうそう変わるわけがない。
もしこれが仮初のもの、何らかの方法によって一時的に変えられてしまっているものだとしたら・・・。
どうもこのままだと俺の兄貴がカルメリア第四王女殿下の婚約者にされそうなんだよ」
「「「「「あ~、うん。それはなんとも、頑張ってとしか」」」」」
「ウワ~~~~ッ」
俺たちの返事に頭を抱えるアルジミール。俺はそんなアルジミールに一つの希望を与える事にするのだった。
「アルジミール、これは独り言だ。オーランド王国貴族にエラブリタイン伯爵という御方がいる。この御方について詳しく調べてみるといい。
その人となり、評判、昔はどんな人物であったのか。
それでお前の憂いが晴れるかどうかは分からんが、これは事例の一つだ。
あとは聖者の行進のその後、改心した盗賊たちがその後どうしているのか。あれから一年半、今頃何をやってるんだろうな」
人はそうそう変わらない、それは紛れもない事実。だがここにそんな常識を覆すとんでもないお茶があったとしたら。
あれは一時的に変えられたものか、あるいは根本から変えられてしまったものか。
その結果を、俺たちは知らない。
本日一話目です。