季節は巡る、夏の暑さは峠を越え、村人たちは今年も多くの果菜類を収穫する事が出来た。
新しくマルセル村にやってきた住民、家族を連れマルセル村に帰ってきた者たち。月を数えるごとに、彼らも次第にマルセル村の住民として馴染んでいった。
「親父、トメートの箱詰め終わったぞ」
「おう、カシム、ご苦労さん。いま収納の腕輪に仕舞っちまうから、お茶でも飲んで休んでいてくれ」
マルセル村の便利屋マルコの下にも長男リード、次男カシムが、それぞれの家族を連れ移住してきた。
以前は決して振り返ろうともしなかった故郷、その故郷が伯爵領となり農産物は元より畑のお肉ビッグワーム干し肉や角無しホーンラビット干し肉の生産地として一躍脚光を浴びる事となった。
辺境の寒村の暮らしに絶望し、輝く未来を夢見てマルセル村を巣立って行った若者たち。だが世間の風はそんな彼らに冷たかった。
毎日の生活に追われ困窮していた彼らが、親元を頼り帰村する事は当然の流れでもあった。
「どうだカシム、今の暮らしにはもう慣れたか?」
収穫物を収納の腕輪に仕舞い終えたマルコは、テーブルに着き麦茶を飲む次男カシムに問い掛ける。
「あぁ、お袋の口利きでホーンラビット伯爵家の門兵に雇って貰えたからな。今までも守護者シンディー・マルセル様の御屋敷で門番の仕事をしていたから仕事自体は直ぐに覚えられたし、何かあれば騎士団の皆さんが助けてくれるしな。
うちのもだいぶ食肉加工場の仕事に慣れたみたいで、以前よりも明るくなったよ。
子供たちはボビー師匠の訓練場で日々汗を流しているからか、逞しさが増したっていうか。よく動いてよく食べる、俺が子供の頃じゃ考えられない光景なんだが、未だにここは本当にマルセル村なのかって戸惑いの方が大きいくらいだよ」
そう言い肩を竦めるカシム。貧困に苦しむ冬場の餓死や凍死に怯えていた子供時代にくらべ、何と平穏で豊かになった事か。自分たちが領都に出ている間に、マルセル村で一体何があったのかと首を捻る。
「まぁここ十年、マルセル村も色々あったからな。今更だがお前たちを連れてマルセル村に引っ越した事を後悔しなかった事はない。
王都で魔道具職人として働き、ある程度の成功をおさめ、工房でもそれなりに信頼されていると思っていた。あの時俺が工房主に言われるがまま呪いのペンダントの修復を行っていればお前やリードにひもじい思いをさせる事もなかったと、お前たちが出て行ってからずっと後悔し続けていたよ。
長い物には巻かれろ、お貴族様の依頼を断り命を狙われる事になった俺は、世の中が分かっていない愚か者だったってな。
お前たちには苦労を掛けた、お前たちの父親として心から詫びよう、すまなかった」
マルコはカシムの目を真っ直ぐに見て謝罪の言葉を向ける。それは力なく逃げるという選択肢しか取れなかった自責の念、家族を不幸にしてしまったという後悔。
カシムはそんなマルコに首を振り顔を上げるように促す。
「止めろよ親父、親父は別に間違っちゃいないよ。たとえ親父が俺たちの事を思って信念に反する仕事をしていたとして、それで俺たちが幸せになったのかと聞かれれば違うだろう?
人を不幸にする呪いの魔道具、俺も冒険者をしている中で何度か聞いた事はあるさ。そんなものに手を出した奴が幸せに何かなれる訳がない、
表面上平穏に過ごしていたとしても、親父の事だから酒におぼれて結局身を持ち崩していたんじゃないのか?
まぁ親父の事を恨まなかったかと聞かれれば目茶苦茶恨んだけどな、それでも今こうして笑っていられるのは親父が人の道を外れたって訳じゃないからだ。貧乏だったのは仕方がないさ、その分頑張って豊かなマルセル村にしていったんだろう? 俺からとやかくいう事はないよ」
ニヤリと笑い麦茶の入ったコップを掲げるカシム。そんな息子の仕草に思わず笑みの漏れるマルコ。
「よし、今夜は飲もう。俺の仕込んだエールの味は絶品だからな、食堂に行けばうまい摘みが「そうね~、美味しい料理が待ってるものね~。でもその前に注文のベッドを作らないとね~」・・・お前、いつからそこに」
マルコは背後に立つ笑顔の妻に顔を引き攣らせる。カシムは「さ~て、次は兄貴の畑の収穫作業を手伝わないと」と言ってその場を後にしようとする。
「マルコ、先ずは村役場に収穫したトメートを運んじゃいなさい。カシムはリードの事をお願いね、あの子、真面目になったのはいいんだけど、狡賢さがなくなった分要領が悪くなったみたいで。
もともと変な自尊心ばかり高かったから、そこが大人しくなった分頼りない部分がよりはっきりとしちゃったのよね。正直カシムしか頼れる相手がいないのよ。
リードの家族全員“お茶会”に招かれちゃったし」
そう言い肩を竦める妻に苦笑いで返すマルコ。
マルセル村の移住希望者に必ず振る舞われる美味しいお茶、その際の反応で移住の可否が決定される。帰村者である長男リードや次男カシムとその家族はホーンラビット伯爵の計らいで初めから移住の許可は下りていたが、その分入村審査が厳重に行われる事となった。
「リード兄貴のところは酷かったからな~。「家を継ぐのは長男である俺の権利だ」とか「お袋は騎士爵に叙爵されたんだってな、それなら息子である俺がその後を継ぐんだよな」とか騒いでたもんな。兄貴の嫁さんも一緒になって「今日から私も騎士爵夫人ね」とか言って金の無心をしてたし。
でもそんな兄貴たちが涙を流して謝罪するって、“お茶会”でいったいなにがあったんだ? 俺、凄い怖いんだが」
そう言い身を震わせるカシムに「「ハハハハ、いずれ分かる」」と生暖かい視線を向ける父と母。
「そうそう、カシム、秋の収穫祭が終わったらお前たちも本格的にマルセル村の住民になるからな? この冬は色々と大変だろうけど、頑張れ」
マルコの言葉に首を捻るカシム。村役場での住民登録は済ませてあるし、既にマルセル村の住民になっているのではないのか?
「あ~、確か一年目は“魔力纏い”からだったかしら? 大丈夫よ、アレは簡単だし便利なだけだから。問題は二年目なんだけど、“エミリーちゃんチャレンジ”はやるのかしら?」
「どうなんだろうな? 来年はまだエミリーお嬢様は王都学園の二学年でいらっしゃるから、お戻り次第行われるのかもしれないぞ? と言うか俺もそれって受けないといけないのか? 今年の冬場は御入学の関係でそんな暇がなくて行われなかったけど」
顔を引き攣らせながら問い掛けるマルコにいい笑顔でサムズアップする妻。ガックリと肩を落とす父の姿に一体何事かと顔を引き攣らせるカシム。
「まぁカシムも徐々に馴染んで行きなさい。少なくともマルセル村は餓死や凍死とは無縁の村になった、その事は確か。その分“ケビンがケビンする村”になっちゃったんだけどね。
カシムも悩み事があったらすぐに言うのよ? おそらくカシムの悩みは私達の誰しもが通り過ぎた道だから」
そう言いそれぞれの仕事に向かうように促す母に、訝しむカシム。グラスウルフが村中を歩き回り、村の爺さん婆さんが訪れた冒険者たちを叩きのめす光景以上に何を悩むというのか?
その後カシムは自身がマルセル村の表面上しか知らなかった事に愕然とさせられるのだが、それは彼と彼の家族がマルセル村の住民(マルセル人)となるための通過儀礼でしかないのであった。
―――――――
「グランド、リーフ、休憩だ。白雲、悪いが茶の準備を頼む」
緩やかな傾斜地に続く一面の茶畑。そんな茶畑の脇に立つ家とその隣の倉庫のような建物。
マルセル茶の加工場として建てられたその倉庫では、これまで家の台所で細々と行われていたお茶の葉を蒸したり揉んだりする作業を本格的に分業で行えるように、製茶用の設備が整えられていた。
「フゥ~、蒼雲師匠、お疲れ様です」
頭に巻いた手拭いを取り首筋の汗を拭うのは、お茶農家の蒼雲の下でお茶の加工を学ぶグランド。
「グランドさん、リーフさん、お疲れ。手揉み作業は暑さとの戦いだからな、慣れるまでは大変だろう。
井戸水で冷やしておいた麦茶を持ってきた、ゆっくり休んでくれ」
“コトッ、コトッ、コトッ、コトッ”
テーブルに並べられる湯呑。粗熱を取り、井戸水でよく冷やされた麦茶は、作業後の火照った身体にはありがたい。
““ゴクゴクゴクッ、プハ~””
旨そうに喉を鳴らす二人に笑顔を向ける蒼雲と白雲。
「グランドとリーフはマルセル村の暮らしに少しは慣れたか?
まぁそうは言っても毎日お茶農家の仕事しかしていないから慣れるも何もないんだが」
蒼雲は自分で話を振っておきながらおかしなことを聞いたものだと、おもわず首を横に振る。
「いえいえ、お茶農家の生活はとても新鮮で日々楽しませてもらっています。俺たちはこれまでこんなのんびりとした生活は送って来ていませんでしたので」
「そうね、グランドとは長い付き合いだけど、こんなに充実した日々は学園に通っていた時以来かしら? あの頃は毎日が新鮮で刺激的だったから」
そう言いなにかを懐かしむような表情になる二人。どこか緊張の残っていた二人がこんな顔を見せるようになったのかと、自然と笑顔になる蒼雲。
「まぁなんにしてもそれなら良かったよ。前にも言ったがここマルセル村は訳アリの人間がほとんどだ、色んなものに追われ最後に辿り着いたのがここマルセル村だった。
互いに協力し少しでも暮らしやすい村にしようと頑張った結果が今のマルセル村であり、村人たちの結束は固い。
二人の過去に何があろうともそれはそれ、マルセル村の住民グランドとリーフになった以上、マルセル村は二人を受け入れる。
後は二人がどう過ごしていくかだ。
変に気負う必要はない、ここは俺たちみたいな異種族や魔物ですら受け入れるあり得ない程の度量の深い村だからな、のんびりと毎日を笑顔で暮らせるように頑張ればいいさ」
そう言いコップの麦茶を口にする蒼雲の姿に、自然と笑顔になる二人。
異種族や魔物ですら受け入れる村、大きなグラスウルフが観光客の誘導をし、ホーンラビットは子供たち相手に見世物を行う。今まで見た事もないような蛇型の地這龍と呼ぶべき魔物が畑を耕し、まるで人の形をしたドラゴンのような魔物が収穫作業を行う。
魔物と共に在る村、目の前にいる額から角を生やした鬼人族という見たことのない異種族の蒼雲からの言葉に、それがマルセル村の日常であることは疑いようがない。
グランドとリーフは思う、かつて自分たちはそんな理想郷のような場所をその手で壊したのだと。一体のオークが治める理想の地、多くの異種族、多くの魔物が互いに協力し合い、平和な暮らしを作り上げていたそんな場所。
国王の命令に従い、異種族や魔物を従える知性ある魔物を<魔王>と称し人類の敵として討ち滅ぼした。
“オークの魔王を倒せし勇者”、“人類の希望”、多くの称賛を浴びるも、心に残ったシコリは今でも忘れる事が出来ない。
“そんな俺たちが命を狙われ、国を追われ、命からがら向かった先で“呪いの生き人形”にされたことは、ある意味自業自得であったのやもしれない”
グランドは今が平穏で幸せに満ちていればいる程、自身の罪の大きさを深く自覚せざるを得ないのであった。
「こんにちは、蒼雲さんはおられますでしょうか」
声のした方に顔を向ければ、そこには自分たちに今の環境を与えてくれた恩人の姿。
「おぉ、ケビン殿、こっちだこっち。丁度休憩を入れていたところだ」
蒼雲は手を振り、尋ね人を招き寄せる。
「お休み中のところすみません。グランドさんとリーフさんもお久し振りです、中々顔を出せなくてすみませんでした。
どうですか、ここの暮らしは。お茶農家としてやっていけそうですか?」
「「はい、毎日楽しく仕事をさせていただいています。ケビンさんにはなんとお礼を言っていいのか、本当にありがとうございます」」
二人して元気よく頭を下げるグランドとリーフの姿に、「それは良かった、この仕事を紹介した甲斐がありました」と満足そうに頷くケビン。
「グランドさんとリーフさんが自身の不幸に囚われる事なく、過去を過去として前を向けるようになって本当によかった。あなた方のこれまでの境遇は、それまでに犯してしまった罪を差し引いても余りあるものでしたから」
そう言い背後に控えるメイドに目配せするケビン。するとメイドの周りから何かが晴れたかのように、一瞬にして姿を変える。
褐色の肌、美しい面立ち、尖った両耳。
「「ダークエルフ・・・」」
「久しいですね、嘗て我が主を惨殺せし殺戮者。王国の狗、勇者と賢者。
こうして生きてあなた方と相まみえることができるとは、これも敬愛すべき魔王様のお陰。
その首、今すぐかの御方の下に捧げましょう」
“グォッ”
突如メイドから立ち昇る濃厚な魔力の迸り、グランドとリーフはサッと立ち上がるも、そこには愛用の剣も魔法杖もない丸腰、二人の背中に冷たい汗が流れる。
“フッ”
だがメイドの身体を覆っていた魔力は瞬時に収まり、その表情には笑みを浮かばせる。
「安心なさい、嘗ての私であったなら二人の姿を認めた瞬間に既に切り掛かっていました。二人が未だに無事であることが私に害意のない証拠、先程のは軽い意趣返しといったところです。
今の私は新しいご主人様に仕える身、その主が受け入れた者を害するような真似は致しません。
ここは楽園、ご主人様が築き上げた王国。二人もマルセル村の一員となったのなら誠心誠意ご主人様の意向に従う事です。あなたたちは既に“剣の勇者”でも“勇者と共に旅する賢者”でもない、マルセル村のお茶農家グランドとリーフなのですから」
それは過去からの激励、犯した罪は決して拭い去る事は出来ない、だが新たな一歩を踏み出す事は出来る。
「私は決して“剣の勇者”とその仲間を許しはしない。敬愛する心優しい魔王様を亡き者にした相手を許す事は出来ない。
ですが魔王様は仰った、「生きろ、生きて幸せを掴むんだ」と。あの御方の思い、あの御方のやさしさを無にする事など、私には出来ない」
グランドは思う、嘗て何度も剣を交えた誇り高き戦士の姿を。常に仲間を思い、誰よりも危険に身を置いた真の勇者の姿を。
「ともに仕えましょう、人種も性別も関係ない、種族すら超えたこの楽園を守るために。ケビン・ワイルドウッド男爵閣下の、魔王カオス様の旗の下に!!」
“バッ”
片膝を突き頭を垂れるダークエルフ、その敬意が向けられた先は、混沌の魔王カオス!!
「うむ、我こそはって違うからね? そこ~!! 蒼雲さんと白もウンウン頷かない!! 大体魔王カオスは劇の役柄だから、俺は辺境の雇われ男爵だから~~~~!!」
夏の終わり、紺碧の空に響くケビンの叫び。
そんな訳の分からない状況の中、グランドとリーフは何か腑に落ちたといった表情で片膝を突きケビンに向かい頭を下げる。
「「「魔王カオス様に忠誠を」」」
「だ~か~ら~、ちが~~~~う!!」
蒼雲と白雲が腹を抱えて笑う中、ケビンの心からの訴えは虚しくお茶畑の空に消えていくのでした。
本日一話目です。