祭り、それは人々の思いを神に捧げる儀式。
日々の安寧を、五穀豊穣を、先祖の安らかな眠りを。
人々は様々な思いを込め、形を作り、神々に祈りを捧げてきた。
神々に捧げられるものは様々であり、その年の実りであったり、歌や舞であったり。戦士と戦士による戦いも、神に捧げられる儀式においては決して珍しいものではないだろう。
「いや~、流石はマルセル村の双璧“鬼神ヘンリー”、玄人好みの凄まじい戦いでしたね~。解説の白雲さんは今の戦いをどうご覧になりましたか?」
盛り上がる会場、マルセル村の住民たちがエールの入ったジョッキを手に歓声を上げる中、実況席では十六夜が解説役の白雲に説明を求める。
「はい、確かに一見ヘンリーさんが単に大剣を掲げ振り下ろしただけに見える戦いですが、その決着に至るまでの過程がとてつもない程の濃密さを持った勝負でした。
戦いの中でもヘンリーさんが語っていましたが、昨年の収穫祭で行われた兄弟子ケビン対マルセル村男衆との戦い、結果としてケイトさんの闘争心を鎮める歌声により勝負自体をなかった事とされてしまいましたが、ヘンリーさんはそこで諦めなかった。
あの歌は俺も会場で聞きましたが、魂を揺さぶる抗いがたいものであった。闘争心を鎮めるなんてものじゃない、丸ごと消し去られてしまったのではと錯覚するほどのものであった。
戦いを己の根幹とする者にとってこれ程恐ろしい攻撃はないでしょう。
ヘンリーさんが見せた先程の技、これまでのように闘気や覇気を高める事で敵に立ち向かう事とは全くの真逆。己を鎮め、己と向かい合い、己の本質を知る。
戦うとは何か、生きるとはどういう事かといった魂の根源に迫る問い掛けの末に辿り着いた境地。
戦士として高い水準にあるクルン選手には、ヘンリーさんが目の前に聳える岸壁か山そのものにでも見えていたのかもしれません。
ヘンリーさんは人として一段階上の階位に至った、二人の間にはそれ程に隔絶した開きが生まれていたとみる事が出来るでしょう。
いや~、これは俺もうかうかしてはいられませんよ。あれ程の技を見せられては追い掛けずにはいられない、我々の目標は打倒理不尽ですからね」
白雲は自身の掌を力強く握りしめ、闘志を燃やし熱く語る。
「ではメルルーシェ様にもお話をお伺いしたいと思います。暗黒大陸において様々な戦いをその目でご覧になられたメルルーシェ様は、先程の戦いをどのように分析されますか?」
「・・・・・・・・・・」
「・・・え~、声が出ない程の驚きを以って受け止められたようです。
では引き続きパルム一族の姫君ラビアンヌ選手とボビー師匠との戦いに注目したいと思います!!」
―――――――
目の前で見せられたものは一体何であったのか。ラビアンヌは混乱した思考の中、己を取り戻そうと必死に心を鎮めていた。
「ジミーがいない?」
昨年行われた魔都総合武術大会、その決勝戦に於いて想い人であるジミーは最有力優勝候補と目されていた龍人族のバンドリア選手を下し、見事暗黒大陸一強い漢の栄光を手に入れた。
嬉しかった、眩しかった、その戦いに魅せられ、ジミーに対する想いが溢れかえった。
だがその後起きた三将軍による内乱、魔都崩壊の危機に立たされた自分たちに出来る事は少なかった。
激動の一夜、事態は奇跡の連続により混乱しつつも一応の終息をみた。あの戦いは一体何だったのかと振り返る暇もなく魔都復興のために奔走する人々、漸くの落ち着きを取り戻したときはじめて気が付く、大会優勝者であるジミーの姿が見えないと言う事に。
“三将軍の起こした内乱を鎮める為に戦い戦死した”、“三将軍との戦いで相打ちになり命儚くなった”。
憶測は混乱を、魔都は騒然とし魔王城にはジミーの安否を心配する人々が詰め掛けてと、落ち着きを取り戻した人々の心に再び暗い影が差し込んだ。
“武勇者ジミーは三将軍の内乱を鎮めた御使い様と共に暗黒大陸を旅立った”
魔国国王と自身の呼び名を改められた魔国王アブソリュート様の宣言は、気落ちする私の心に新たな火を灯した。
ジミーは生きている、生きて暗黒大陸を離れていった。
であれば話は簡単だ、ジミーのいる場所を探し出し会いに行けばいい。ジミーの出自は、ジミーは何時どうって暗黒大陸にやって来た?
情報を集め分析し、ジミーが四天王絶剣のゼノビア様と共に暗黒大陸にやってきたことを突き止めるのに、さほど時間は掛からなかった。
その後何故ゼノビア様が暗黒大陸を離れていたのか、ゼノビア様が何処に向かわれていたのかといった情報を手に入れた者により、ジミーがゼノビア様に見出された地点がオーランド王国北西部地域ではないかという事が特定された。
手掛かりが見つかったのならやるべきことは一つ、私は荷物を纏め、愛するジミーの下に旅立つ決心をするのだった。
だがそこに魔国王城より待ったが掛かった。
“ジミー殿に会うには、次に行われる魔都総合武術大会において決勝戦に残る事を最低限の条件とする。引き換えとしてジミー殿の下に魔国の責任において送り届けるものとする”
この知らせに魔国の女性は沸いた。強さこそすべての暗黒大陸に於いて、弱き者が強者に従うは当然のこと。
ジミーの下に向かいたいのならばその資格を示せ、さすればその願い叶えよう。これはいわば前哨戦、ジミーに相応しいのは自身であることを暗黒大陸中に知らしめる行為。
戦いは壮絶を極めた。意地と意地、己の魂を燃やし尽くし愛の為に戦う、これに共鳴しない女は暗黒大陸の女じゃない!!
私とクルンはそんな熱い戦いを勝ち抜いた愛の戦士、己の覚悟は生半可なものではない、そう自負していた。
「これがマルセル村、ジミーの生まれ故郷にしてジミーをジミーたらしめた修羅の里・・・」
目の前で見せ付けられた現実、ジミーの父親であるヘンリーと本年度の魔都総合武術大会優勝者であるクルンとの戦い。
それは戦いなどと呼べるようなものなどではない、ヘンリーの隔絶した実力をただ見せ付けられるだけといったものであった。
「ハッハッハッ、お嬢さんや、ラビアンヌ殿といったか、大丈夫かの?」
顔色を青くし身を震わせるラビアンヌに対し声を掛けたのは、対戦相手であるジミーの幼少期からの剣の師匠、ボビー老人。
「いやはや流石は暗黒大陸魔国に於ける武術大会優勝者クルン殿、あのヘンリーに対しあれ程の粘りを見せるとは。
ヘンリーが思わず手を差し伸べたのも理解できるわい。あれは名勝負であったの」
ボビー老人は先程の勝負とも呼べないような戦いを振り返り、目を細めながらそう語る。
「ん? ラビアンヌ殿は気が付かんかったかの? ヘンリーの奴が嬉しさのあまり浮かれていたことに。最期まで立ち続けたクルン殿に対し尊敬の念を抱いていた事に。
ヘンリーのあの技はとんでもないものじゃ。儂らでさえ当初その対策に頭を悩ませたほどにの。
じゃがクルン殿はそんなヘンリーの技を受けても最後まで戦う意志を失わず立ち続けた、それがどれ程の偉業か。
それはこの国一番の剣の使い手と謳われた大剣聖クルーガル・ウォーレンですら成し遂げる事の出来ぬ偉業、誇っていい事なんじゃよ。
まぁこのマルセル村は異常じゃからな、そうでもせんと理不尽に手が届かんで致し方ないんじゃが」
そう言いカッカッカッと笑うボビー老人に呆気にとられるラビアンヌ。
「さて、儂らも剣を交えようかの。この戦いはジミーの母親であるメアリーさんや父親であるヘンリー、妹のミッシェルちゃんも観ておるでの。ジミーを追い掛けてきたラビアンヌ殿としては、いいところを見せねばなるまい?」
そう言いニヤリと笑うボビー老人に、クスリと笑みを漏らすラビアンヌ。
「ありがとうございます、ボビーお爺さん、いえ、ボビー師匠。
ジミーは素晴らしい師の下で剣を学んでいたのだと言う事を、短い時間ですが理解する事が出来ました。
“我が命、ここにあらず。我、愛の戦士にして一本の剣。我が思い、全てを切り開く刃とならん”
パルム一族族長が娘ラビアンヌ、命を賭して挑ませていただきます」
「両者、開始位置へ。始め!!」
審判であるケビンの声が舞台に響く。互いに構えを取り向かい合うラビアンヌとボビー師匠。
「先程ヘンリーの奴が何やら語っておったが、儂も昨年の収穫祭に於いてケビンの奴に挑んだ一人での。ケビンの嫁のケイトさんの歌には正直参ったものじゃ。
なんせ闘争心を根こそぎ奪われるのだからの。
じゃがまぁそれも所詮は歌、所詮は魔力現象。儂の妻と娘は魔法の専門家での、三人して夜遅くまで意見を交わし合ったものじゃて。
魔法とは何か、魔力とは何か、スキルとは何か。
スキルとは女神様が人族にお与えくださった魔力運用法、スキルなど無くともその運用法を理解し体現する事が出来ればそれはスキルとして発現する。
まぁ話は逸れたが、何を言いたいのかといえばたとえそれがスキルによる現象であったとして、そのスキルを理解すれば対策は取れるという事」
“スーーーーーーッ”
ゆっくりとした風が舞台の上に流れる。
「<絶風領域>、その領域内に於いて儂に分からぬことはない。全ては儂の風属性魔力が教えてくれるからの、ラビアンヌ殿がいつどこにどうやって踏み込み打ち付けてくるのかといった事もまる分かりというものじゃ」
“スッ、スススッ、スッ”
“ブンッ、ブンブンブンッ、ブンッ”
気配を殺し、予備動作の全てをなくした無拍子のようなラビアンヌの打ち込み、その全てを未来予測でもしたかのように華麗に避けるボビー師匠。
「じゃがそれくらいならなにもこのような仰々しい事をせんでも出来る者はいくらでもおる。<先読み>、<先見>、経験による行動予測。達人と呼ばれる剣士の多くは相手の先を見通す事など容易とする者ばかりじゃ。
じゃがこの場は儂の魔力領域、であれば干渉する事も容易」
“ドサッ、ゴロゴロゴロ、スクッ、ステンッ、ゴロゴロゴロ”
行き成り何もない所で転がるラビアンヌ。立ち上がろうにも、その動きのさなかに気が付けば地面に顔が迫る。
「人の動きというものはとても繊細で複雑なのじゃ。普段無意識に行っているものほどその中に少しの邪魔を加える事で上手くいかなくなる」
“ハァッ、ハァッ、ハァッ、ハァッ”
混乱し、息を荒らげるラビアンヌ。その額からはとめどなく汗が流れ、視線を方々に彷徨わせる。
「ホッホッホッ、まるで魔術師に化かされているようであろう?
これが儂なりの回答。今ラビアンヌ殿が感じているように、この場では音も空気も自在、対策としては瞬きを与える事もなく儂を倒す事であるが」
“トンッ”
首筋に当てられた木剣、そこで初めて自身の敗北を知るラビアンヌ。
「勝者、ボビー師匠!!」
“““““ウォ~~~~~~~!!”””””
霧散する魔力、鼓膜を揺らす歓声。ラビアンヌは自身の敗北と共に囚われていた空間から解放された事に安堵する。
何をする事も叶わない<絶風領域>は、ラビアンヌの心に恐怖を刻みつけるに十分過ぎるものであった。
「まぁ落ち込む事はない、ラビアンヌ殿は十分に強かった。平衡感覚すら失う<絶風領域>で、初見にもかかわらずあれほど動ける者はそうそうおらんでの。
まぁよく考えよく学ぶことよ。マルセル村にはそうした場が沢山ある、ジミーという強者を造り上げた里を堪能していくがよい。
さすればジミーの事もより深く理解出来ようて」
そう言いホッホッホッと笑いながら舞台を降りるボビー師匠。ラビアンヌはゆっくりと立ち上がると、その背中に深く礼をするのであった。
――――――
・・・あの、俺が王都のジミーたちの事で奔走している中、マルセル村で一体何が起きていたんでしょう?
前に王都に送り届けた大剣聖クルーガル・ウォーレンもいつの間にか戻って来ているし、ボイルさんの隣でジョッキのエールを豪快に呷ってるし。
王宮の買取役人のケープさん、ツッコミ疲れしてリンダさんに介抱されちゃってるし。十六夜の話じゃあの二人、なんかいい感じらしいんだよな~。今度ベルツシュタイン伯爵閣下に配下の結婚事情について聞いてこようかな?
それはさておき“鬼神ヘンリー”と“剣鬼ボビー”ですよ。
なにがどうしてそうなったんだ親父殿。純粋に心静かにって、あなたは野菜の国の王子様ですか、スーパーマルセル人にでも覚醒したんですか!? 黄金の神気を纏って髪の毛を逆立てるんですか!!
片やボビー師匠は<魔纏い>をさらに発展させることで空間を支配しちゃったし。スキルの<空間支配>のようにその場の事象を全て察知するばかりか、空間そのものがボビー師匠の意のままって、あなたはどこの絶対者ですか!?
俺、これからあの二人を相手に戦うの? 俺、今日死んじゃうの?
十六夜、分かってますからって顔でサムズアップするんじゃない、お前絶対分かってないから。
そんな俺の心情をよそに、素晴らしい笑顔で再び舞台に上がる死神たち。
「ケビン、素晴らしい祭りをありがとう。俺は幸せな父親だよ」(ニッコリ)
お父様、その物静かな佇まい、俺は恐ろしくてたまりません。
「ケビン、何事も学びだぞい。人は一生、いや、死んでからも学ぶことや好奇心を失ってはならん」
ボビー師匠、幸せそうで何よりです。会場のテーブル席からシルビアさんとイザベルさんが手を振りながら声援を送っておられます。
「それでは逝こうか、ケビン」
父ヘンリーの存在がまるでフィヨルド山脈の岸壁のようにその場に佇む。それは人の身では決して抗う事の出来ない大自然そのもの。
「そうじゃの、因みにケビンは魔力無し、覇気無し、武器無しの無し無しじゃ。当然わしらは己の持てる力の全てで挑ませてもらうがの。<絶風領域>」
“スーーーーーーッ”
その場の空気が変わる、それはこの場がボビー師匠の支配下に置かれた証左。
「“人”とは一体何であるか。女神様より命を授かりこの世界に生まれた“人”、この世の全ては女神様がお創りになられたうたかたの夢。
であれば“人”もまた、女神様の夢の一部。
この世界は、この世の全ては女神様の思い描く夢の欠片であるのではないか。
ならば己の思いは女神様の思い、女神様の望まれた夢の欠片。
<天想顕現>」
“ドンッ”
それは唐突であった。
鬼神ヘンリー、剣鬼ボビー、二人と対峙するマルセル村の理不尽ケビン。今にも戦いが始まる、そう思ったのもつかの間、顔面を鷲掴みにされた状態で舞台の石畳に叩き付けられた二人の戦士。
静寂が会場を包み込む。ケビンはアルカイックスマイルを浮かべたままゆっくりと立ち上がる。
“ゴハッ”
次の瞬間、口から大量の血を噴き出しその場に崩れ落ちるケビン。舞台下に控えていた月影と残月が急ぎ三人の治療に走る。
マルセル村恒例の最強同士の戦いは三者ノックアウトという壮絶な結果で幕を閉じる事となった。
その後残月の治療とハイポーションの投薬を受けながらも一週間寝込んだヘンリーとボビー師匠、対して翌朝にはケロッとしていたケビンの様子に“理不尽はやっぱり理不尽だったよ”と噂された事は致し方のない事なのであった。
本日二話目です。
バレンタインだ~、いってらっしゃい。
by@aozora