「ジェイク君、そろそろ街の雑用依頼でも受けてみない?」
王都学園に来てから半年以上が過ぎ、学園での生活が日常になって来たある日。それは放課後いつもの様にエミリーと一緒に学園ダンジョンに入り、手に入れたドロップアイテムを学生ギルドでポイントに変えた帰り道の事。
「街の雑用依頼って前に行った冒険者ギルド本部での依頼って事だよな。確か俺たちと同じ年頃の見習いが行く、別棟の見習い専用受付で受けれる奴」
「そうそう。確かに王都学園の学生ギルドでも先生方のお手伝いや必要とされる素材回収やらで簡単な見習いの真似事は出来たけど、やっぱりこういう事はちゃんとした現場を知らないといけないと思うの」
確かにエミリーの言う事はもっともな事、学園という守られた環境で依頼を熟していていざ冒険者ギルドに行ったら使い物になりませんでしたじゃ目も当てられない。下手に学園での成功体験でもあれば、意識の修正にはかなりの時間が掛かる事だろう。
「そうだよな、実際の現場の依頼人には色んな人がいるだろうし、そうした人たちとの対応を学ぶには街の雑用依頼を受ける方が勉強になるだろうしな」
学園での俺たちの放課後の過ごし方は大体三つ、武術訓練場に顔を出して剣術部の先輩方と剣を交えるか、魔法訓練場に顔を出して魔法研究部の先輩と意見を交わしながら魔法の練習をするか、学園ダンジョンに潜るか。
学園ダンジョンに潜る際は俺とエミリーのパーティー、ジミーをリーダーにしたパーティーに分かれて入ることが多く、学園ダンジョン攻略パーティーごとの連携を図るのは、学園内では普通の事らしい。
「それに偶にはマルセル村のみんなだけで動く日を作らないとディアが可哀想だし。最近のディアはすっかりメイドさんで、ジミー君とも一緒にいられないし」
確かに。折角ジミーと一緒に学園へと思って王都まで来たのに、蓋を開ければエミリーのお世話係。これでエミリーが生粋のお嬢様だったらそれなりに仕事があったんだろうけど、基本平民のエミリーは何でも自分で出来るしやっちゃうから特にやる事もなし。出来る事といえば部屋の掃除やら細々とした雑用やら。
空いた時間は学園大図書館で魔法に関する資料を漁ったり、魔物の事や世界各国の地理や風俗について勉強しているみたいなんだけど、ディアは元々フィリーを守るための騎士、つまり肉体派。
結構ストレス溜まってるんだろうな~。マルセル村なら嫌って程発散できたんだろうけど、まさかお付きのメイドが武術訓練場で鍛錬する訳にもいかないもんな~。
「話は分かった、ジミーには俺から話しておく。でもそうだよな、ディアは身体を動かす訓練もやりづらいだろうし、その辺のことも考えてあげないといけないよな」
「あぁ、訓練に関しては大丈夫みたいよ? ディアの事は護衛メイドとして申請してあるから武術訓練場の使用許可は出ているの。基本的には生徒が使わない時間、普段授業で使われていない昼間か夜になるんだけどね。
手の空いている武術教官が相手になってくれることもあるから、それなりにいい訓練になってるって言ってたよ」
・・・そうか~、学園の武術教官の方々、お付きの護衛メイドにボロボロにされてるのか~。ディアの言う「それなりにいい訓練」ってそういう意味なんだろうな~。
でも夜間の訓練って生徒も許可されるのかな? それだったらもう少し本気でジミーとの打ち合いを・・・駄目だな、武術訓練場が壊れる、マジその辺どうしよう。
このままだとマルセル村に帰った時にボビー師匠辺りに弱くなったって言われちゃうかも、ボビー師匠、あの年齢で益々強くなってるし。
ジミーにしろヘンリー師匠にしろボビー師匠にしろ、打倒理不尽で燃えてるからな~。
勇者パーティーの最弱は
と言うかパーティーリーダーはジミーでよくね? ジミーとゆかいな仲間たちって事で。
俺はそんなくだらない事を考えつつ、学園の休みの日に行く冒険者ギルドに思いをはせるのでした。
―――――――――
時は過ぎる、季節は巡る。夏の暑さも疾うに過ぎ去り、涼やかな秋風が爽やかな朝の庭園に吹き抜ける。
“タッタッタッタッタッタッタッタッ”
澄み渡る青空に遠く故郷マルセル村を思い出し、“今年の収穫祭はどうだったのかな”と思いを巡らせていると、足早に駆けてくる女性の姿が。
「ハァッ、ハァッ、ジェイク君、お待たせ。大分待たせちゃったかな?」
大きく息を切らし、申し訳なさそうな瞳で見上げる女性、俺はそんな彼女に首を横に振ってから言葉を返す。
「全然、そんな事ないさ。エミリーと一緒に街に出掛けるって思ったらウキウキしちゃって。エミリーを待つ時間も楽しくてしょうがなかったよ」(ニッコリ)
エミリーは俺の言葉にパッと花の咲いた様な笑顔を浮かべる。俺はスッと手を差し出すと、「それじゃ、行こうか」と声を掛けるのだった。
「・・・六十点。エミリーの謝罪に対し気にしないでいいと返した点は評価しますが、返答としてはありきたりです。
それと返答の中身が自分の心情ばかりでエミリーに対する気遣いが感じられません。内容的にもう一歩踏み込んだ方がお互いの関係がより深まったのではと感じられました」
「六十四点。ジェイク君大好きのエミリーとしては、ジェイク君が自分が来ることを楽しみにしていたと言ってくれることは嬉しいと思います。最後の笑顔も好印象を与えられたのではないでしょうか。
ただ残念ながら内容が薄いかと。これでは待たせてしまった事を後に引き摺ってしまう可能性が高いでしょう。ジェイク君のより一層の精進を期待します」
「七十点。俺としてはそんなに悪くないと思うぞ? ただこれは男の視点だからな、女性からしたらフィリーやディアの言う通り何か物足りない返答だったのかもしれないな。
ここは敢えて遅れてきたエミリーの言葉には触れずに、“おはようエミリー、今日は髪をまとめてあげてみたんだね。街の雑用依頼って事で邪魔にならないようにっていう気遣いかな? エミリーってそういうところが凄いよね、俺なんかずぼらだからいつもエミリーに頼ってばかりで。凄く似合っていて素敵だと思うよ、今日もよろしく頼むね。(ニッコリ)”とかやった方がよかったんじゃないかと思うぞ?」
「「「「流石はジゴロ、朝から殺しに来てるんですけど!?」」」」
学園の庭園、冒険者ギルドに向かうため待ち合わせをしていた俺は、何故かエミリーの“理想の待ち合わせ”に付き合わされる羽目に。
これ、絶対十六夜さんの影響だよね、フィリーとディアの評価が辛辣なんですけど!! エミリーさんや、そんなにお目目をキラキラさせて今度は何を期待しているのかな? 俺はジゴロジミーと違って引き出しは少ないの、さっきのだって結構頑張った方なのよ?
「ジェイク、ヘンリーお父さんが言っていたぞ、「女性の要望には出来る限り応えろ、それが生き残るためのコツだ」と。ケビンお兄ちゃんは・・・ケビンお兄ちゃんは女性関係に関しては全く役に立たないからな。こないだも「結婚するまで貞操を守ることが俺に出来た唯一の抵抗だった」とか言ってたしな」
そう言いどこか遠くを見つめるジミーに、「あぁ、そうだね」と言って同じく遠くを見つめる俺。
子供の頃からどこか大人びてたケビンお兄ちゃん、アナスタシアさんとケイトさんにガッツリロックオンされてたもんな~。最終的にはパトリシアお嬢様にまで外堀を埋められて、今は赤ちゃんも生まれて幸せそうだからいいんだけど、決して他人事じゃないんだよな~俺たち。
「とりあえず冒険者ギルドに行こうか、どんな仕事が貼り出されているか分からないし」
「そうだな。只人気の高い仕事は既に並んでいる連中が受注しているだろうから、俺たちは所謂不人気依頼を受ける事になるとは思うがな」
俺は肩を竦め「何事も経験だ」と答えると、学園正門に向け歩を進めるのでした。
―――――――――
“ガヤガヤガヤガヤ”
冒険者ギルド本部別棟の見習い受付では、鉄火場のような依頼ボード前の依頼書の奪い合いは既に収まっているものの、午前中の早い時間帯という事もありそれなりの見習い冒険者でにぎわっていた。
「おはようございます、冒険者ギルド見習い受付へようこそ」
見習い受付の受付カウンターでは依頼書を手に持った見習い冒険者たちが、今日の糧を得ようと列を作る。
「あぁ、私は銀級冒険者のディア、見守りパーティーの指導官をしている。私の指導するパーティー用の依頼を受けたくてね、何か手ごろなものはあるだろうか」
ディアがそう言い銀級冒険者のギルドカードを差し出すと、それを何かの魔道具に載せ、石盤のような物を確認する受付嬢。
「確認が取れました。王都学園の生徒さんを指導するディア様ですね、いくつかご紹介できる依頼はあるのですが、ギルド側としてはこちらの依頼を受けていただけると助かるのですが」
“スッ”
差し出されたのは一枚の依頼書。ディアは依頼書に確りと目を通すと、「貴族絡みか」と小さく呟く。
「はい、ここ冒険者ギルド本部は場所柄貴族街からの依頼も多く入ってくるのですが、仕事内容と報酬のわりに責任が重いといいますか、やたらな冒険者見習いにはご紹介できない案件もございまして。
こちらは屋敷周辺の溝浚いの仕事なんですが、依頼人がその・・・」
声のしぼむ受付嬢、ディアは俺たちに振り返ると、依頼書を差し出してくる。
<依頼書>
王都内雑用依頼
依頼内容:屋敷周り排水路の清掃
詳細:指定範囲内の泥やゴミを除去し、排水路の環境を改善する事
依頼料:銀貨二枚
依頼主:リットン侯爵家
「リットン侯爵様といったら確か南部の大貴族じゃなかったっけ」
「そうですね、先の戦争の時は南部貴族のまとめ役として交渉の席に着かれたとか。ご領地はスロバニア王国と接するオーランド王国の玄関口だったはず」
俺の言葉に透かさず答えるフィリー。つまり何が言いたいのかといえば。
「「「「スロバニア王国との外交において最も重要な役割を担う貴族家って事じゃないですか」」」」
「そうなんです。今度の依頼も御屋敷でのパーティーを前にした清掃の依頼でして、やたらな者にはご紹介できないんです。かと言ってこの金額ですと本館の冒険者はまず引き受けません。
何かあった場合物理的に首が飛ぶ恐れがありますので。
あの~、どうにかなりませんでしょうか?」
「「「「イヤイヤイヤイヤ、俺たち(私たち)の首が飛んじゃうから、怖過ぎるから」」」」
「あっ、それでしたら大丈夫です。先方にはこちらから王都学園所属の冒険者見習いが依頼を受けた旨の書状を書きますので。
貴族街の者が依頼の不備で王都学園所属の冒険者に害を及ぼす事はありませんから。正当な理由なしに王都学園の者を害する行為は王家に叛意があるとみなされますので」
そう言いにこやかに微笑まれる受付嬢。うわ~、この人悪女だわ~、俺たちを生贄に依頼を完遂させようとしてるよ、これが王都冒険者ギルドのやり方かよ、超恐いわ。
俺は以前ケビンお兄ちゃんがミルガルの冒険者ギルドで言っていた言葉を思い出す。
「冒険者って世界は常にこうした罠が張り巡らされています。貴族の慰み者にされたり使い捨ての道具にされたりしない為にも、常に考え情報を集める事を心掛けてください」
見習い冒険者の段階でこんな危険な罠がやってくるって、王都ってマジヤバじゃないですか!!
俺たちがそんな風に身の危険を感じている中、暫く黙っていたディアが口を開いた。
「みんな、聞いて下さい。私はこの依頼を受けてもいいと思います。理由としては経験です。この先冒険者として旅に出るとして、貴族からの依頼を避け続けることは難しいでしょう。
冒険者としての実力が知られれば知られる程、多くの貴族から声が掛かる。中にはどうしても引き受けなければいけない依頼も出てくるかもしれません。その時どう立ち回るべきか、少しでも経験を積む事で心構えが出来るのではないでしょうか。
幸い王都学園滞在中であれば王家と学園という後ろ盾が得られます。これほどの機会はまずありえません。
この際その利点を十分享受すべきだと考えます」
ディアの言葉、それは失敗が許される今のうちにドラゴンの口に飛び込んでおけというもの。物事を一側面で考えるのではなく様々な角度で考える、使えるモノは何でも使う。それはこれまで事あるごとにケビンお兄ちゃんが示してきた生き残るための知恵。
「そうだな。冒険者は依頼を完遂してこそ、そこに至るまでの方法は決して一様じゃない。俺たちが目指すものは世界に羽ばたく冒険者、であればその経験を積むのに何の遠慮があるものか。
ディア、よく言ってくれた、これからも頼りにしているよ」
ジミーの言葉に嬉しそうに笑みを返すディア。
「話は分かった。依頼内容について、清掃範囲やどの程度の清掃を望まれているのかといった具体的な達成条件について聞かせてもらいたい。
お貴族様の忖度せよといった思考は、冒険者の利益に反する事が往々にしてあるからな」
強かでありながらしっかりと物事を確認する。俺たちはディアの後ろ姿に逞しさを感じつつ、これからの交渉事はディアに任せようと密かに決意する。
「あの、冒険者として旅立ったら交渉事は持ち回りですからね?」
「「「「イエイエイエ、ディアさんには敵いませんので」」」」
「ズルくないですか!?」
頼もしい仲間の存在に感謝する俺たちなのでありました。
本日一話目です。