緑広がる美しい庭園、花壇には秋から冬に掛けて咲く花々が見ごろを迎え、心地よい秋風にユラユラと揺れる。
“カチャッ、カチャッ、カチャッ”
メイドさんによりテーブルに並べられていくティーカップ、鼻腔を擽る香りはいつかモルガン商会の商会長執務室でいただいた紅茶のもの。
「ハッハッハッ、このような庭先で済まないね。屋敷では今夜夜会が行われる事になっていてね、屋敷内はその準備でバタついているのだよ」
そう言いにこやかな笑みを浮かべ着座を勧める初老の男性。
「そうそう、名乗っていなかったね。私はマリルドア・リットン、リットン侯爵家王都屋敷の代官を務めている者だよ。現当主デリルブル・リットン侯爵閣下は私の甥に当たる人物でね、私は元々リットン侯爵領の代官であったんだが、代変わりにともなって王都屋敷の代官に指名されたんだよ。
まぁそれでも基本的な仕事は王都屋敷の執事長を中心として回っているし、このところはデリルブル侯爵閣下が忙しく動かれているから私の仕事はそれほど多くはないのだがね」
そう言いにこやかに微笑まれるこの御屋敷の偉い人。
「お初にお目に掛かります。私はこの度こちらのお屋敷の溝浚いの依頼を受けさせていただきました銀級冒険者ディア・ソードと申します。
こちらの者たちは私が見守りパーティーを組み指導監督させていただいております、見習い冒険者となります」
「マリルドア閣下、お初にお目に掛かります。私は王都学園に所属しております見習い冒険者のエミリー・ホーンラビットと申します」
「はじめまして、同じく王都学園に所属しております見習い冒険者のジミー・ドラゴンロードと申します」
「お会い出来まして光栄に存じます。王都学園所属、見習い冒険者のフィリー・ソードと申します」
「はじめまして。王都学園所属、見習い冒険者のジェイク・クローと申します」
自ら名乗られたマリルドア閣下に応える形で、一人一人挨拶をする俺たち。順番は立場上指導者に当たるディア、伯爵家令嬢のエミリー、男爵家令息のジミー、男爵家令嬢のフィリー、騎士爵家子息の俺ですね。騎士爵家は似非貴族、貴族家でもない俺に令息なんてとんでもない、子息で十分でございます。
「・・・誰か、彼らにケーキを持って来てくれるかな? 夜会用のものがあっただろう、あまり甘すぎないスッキリしたものにしてくれ、見栄を張る用のものではない奴だ。
それとランサー主任を呼んで来てくれ、ギルドから渡された紹介状があれば持って来るように伝えて欲しい」
俺達の挨拶を聞いた途端、どこか慌てたようにメイドさんに指示を出すマリルドア閣下。そのお顔が何か引き攣っているように見えるのは、俺の気のせいだろうか?
「閣下、御呼びでしょうか?」
「あぁ、ランサー主任、忙しいところ呼び出して悪かったね。メイドから聞いているとは思うが、彼らが王都学園の生徒であると伺ってね。ギルドから紹介状を渡されているようであったら見せて欲しいと思ったんだよ」
マリルドア閣下の言葉によく分からないといった表情を浮かべながらも、紹介状を手渡すランサー主任。マリルドア閣下は紹介状を一読すると大きくため息を吐き、俺たちに対し「これは失礼した、深く謝罪しよう」と言ってから話をされるのでした。
「はじめに伝えておくがこれはランサー主任の落ち度でも何でもない。恐らくは王都冒険者ギルド本部でも一部の者しか正確に把握していなかったのだろう事柄だから気に病まないようにと伝えておくよ。
こちらのお嬢さんだが、名をエミリー・ホーンラビット嬢という。
あのホーンラビット伯爵家のご令嬢にして<聖女>の職を授かったと噂されているお嬢さんだよ。
そしてこちらジミー・ドラゴンロード氏、王都騎士団を壊滅させた鬼神ヘンリー・ドラゴンロード男爵の御子息にして大剣聖クルーガル・ウォーレンを打倒したと噂される剣の申し子。
こちらのディア・ソード嬢とフィリー・ソード嬢は、剣鬼ボビー・ソード男爵のご令嬢方だ。
最後にこちらジェイク・クロー氏は今代の<勇者>にして剣と魔法の天才、王都の空を炎に染めた王都三大学園交流会の話はランサー主任の耳にも届いているだろう?」
“カチャッ、カチャッ、カチャッ”
メイドさんがケーキの乗った小皿を配膳する音がやけに大きく響く。ランサー主任は顔面蒼白といった様子でカタカタと身を震わせる。
「あぁ、最初に言ったが、今回の件でランサー主任に何か責を負わせるような事は一切しないから安心してくれたまえ。
後で詳しい経緯についてはもう一度聞かせてもらうが、私の見た限りランサー主任の態度に何か問題があるようには思えない。
ただ一点、排水路脇でも<勇者>ジェイク殿が指摘していたが、溝浚いの依頼料については一考の余地がある。後ほど下男頭のマクジともよく相談し、依頼における注意点を踏まえたうえでよく検討してくれるかな?」
「はい、大変申し訳ありませんでした!!」
ランサー主任は俺たちに対し深く礼をすると、顔色の悪いままその場を下がっていくのでした。
「エミリー嬢、今回の件はこれくらいで勘弁してもらえないだろうか? ランサー主任は多少高圧的なところもあるが使用人を纏める主任として大変優秀な男でね」
そう言い必死に部下を擁護するマリルドア閣下に、ブンブンと首を横に振り、全然気にしていないと答えるエミリー。
「そ、そうかい? それは良かった、本当に良かった。“惨劇の夜会”が再び繰り返されるのではないかと思って冷や汗が止まらなかったんだよ、本当に。
君たちホーンラビット伯爵家の若者にこういうことを言うのは申し訳ないが、ホーンラビット伯爵家の者に爵位や王家の威光は効かないからね。
特にケビン・ワイルドウッド男爵、彼はホーンラビット伯爵家が侮られたと判断すれば平気で命を賭けるから恐ろしい。
たとえそれが高位貴族であろうと王家であろうと、ケビン・ワイルドウッド男爵は止まらない、止められない。
国王陛下と第一王妃殿下のおられる御前で第四王女カーメリア殿下の人格変更を行った話を聞いた時は、さすがに身の震えが止まらなかったよ。
急に国王派に寝返ったバルーセン公爵閣下がホーンラビット伯爵殿達にどんな目に遭わされたのかを察してしまったからね」
そう言い乾いた笑いを浮かべるマリルドア閣下。
・・・ケビンお兄ちゃんなんてことやってくれちゃってたのさ~~~!! 国王陛下と王妃殿下の前で人格変更って、やっちゃったの!? 公衆の面前で聖茶の刑を執行しちゃったの!? しかも相手は第四王女様!?
「ジミー、ごめん。俺もう色々とついていけない」
「ハハハ、何言ってるんだジェイク、俺なんか実の兄のやらかしを聞かされてるんだぞ。それに比べたら大した事ないだろうが」
互いに顔を引き攣らせ視線を交わす俺とジミー。
「マリルドア閣下、大変申し訳ありませんが王都ではホーンラビット伯爵家の事についてどのような噂が流れているのか、お教えいただいてもよろしいでしょうか。
なにぶん年若ゆえそうした世情には疎く、学園内でも少々敬遠されているものですから」
そう言いマリルドア閣下に対し、申し訳なさげな瞳を向けるエミリー。
「まぁ、そうですな。中々当事者に向かってこうした話をする者もいないでしょうから」
マリルドア閣下はそう前置きをしてから、これまで俺たちが知らなかったホーンラビット伯爵家に関する様々な噂話について教えてくださるのでした。
「ほうほう、では生活魔法<ウォーター>の応用で排水路の水を抜き取ったと」
「はい、今回は何も準備をしていませんでしたので魔力障壁で排水路の両端をふさぎ中の水を取り除きましたが、予め木板のようなものを用意して塞いでおけば魔力障壁を使えない者でも直ぐに出来る方法です。
私たちは排水路から作り出した水を再び同じ場所に戻しましたが、そのまませき止めた先の排水路に流してしまえばいいのですから。
後は乾いた土を掻き出すだけですので、人手さえあれば問題なく排水路の清掃は行えるものと思います」
マリルドア閣下からお伺いしたホーンラビット伯爵家の噂は、思った以上にとんでもない物ばかりでした。
ダイソン公国とオーランド王国との間で行われた独立戦争、その解決の為に立ち上がったホーンラビット伯爵家騎士団、停戦交渉の為王城に乗り込んだ三英雄の事は有名な話なので俺たちもよく知っていました。
問題はその後、一躍有名になった当時のアルバート子爵家に対し王都の多くの貴族家が接触を図ろうとした、それはパトリシア様やエミリーに対する婚姻の打診だったりロバート君に対する婚約話だったり。そうした話をエミリーの祖父母に当たる人物が勝手に取り仕切っていた。
その事に怒ったドレイク村長とケビンお兄ちゃんとグルゴさんが、エミリーの祖父母を法的に抹殺、結婚や婚約の話を推し進めていた各家に対し、ご挨拶と称し一軒一軒脅しを掛けに回ったんだとか。
その中には公爵家であるバルーセン公爵家も含まれていたとの事。
他にも王家に大森林の素材買い取りの約束を取り付けていたケビン・ワイルドウッド男爵が、王城で行われた査定現場で結果にブチ切れて覇気をばら撒いて全ての素材を引き上げ全部商業ギルドに卸してしまったとか、その事で宰相閣下がホーンラビット伯爵閣下に頭を下げにいったとか。
マリルドア閣下が仰っていた“惨劇の夜会”という話は、グルゴさんが昔仕えていたマルドーラ伯爵家がワイルドウッド男爵家王都屋敷に乗り込んでグルゴさんの身柄を要求、かなり強引な手段で強行したところを返り討ちにあって捕縛。
逆に夜会を行っていたマルドーラ伯爵家王都屋敷に乗り込まれマルドーラ伯爵夫人を公衆の前で拷問、参加者全員を気絶させて引き上げていったというものでした。
これ、今年の四月の出来事なんですよね。そりゃ誰も俺やエミリーに絡まない訳だよ、貴族家の方々軒並みドン引きだよ。
だって俺やエミリーに余計なちょっかいを掛けたら辺境の蛮族が屋敷に乗り込んで来るんだよ? 公爵家でもお構いなしにホーンラビット伯爵閣下自らがやって来るんだよ?
そんなヤバいホーンラビット伯爵家、お嬢様で聖女であらせられるエミリーは撲殺治療を行う鮮血姫だし、ジミーは大剣聖を倒す戦闘狂だし、俺はついこないだ怒らせたらヤバい奴認定を受けたばかりだしな~。
で、更にケビンお兄ちゃんが王城でやらかしたと。原因である俺たちには文句も言えないどころか、上手いこと事態を解決してくれたと感謝しかないんだけれども。
でもやっちゃったんだよね~。
ケビンお兄ちゃん、オーランド王国の敵認定とか受けてないんだろうか? ヤバ過ぎて触れちゃいけない者認定は確実だよね、王都諜報組織“影”の総帥ベルツシュタイン伯爵閣下と仲がいいのって、監視の意味合いが大きいよね?
「なるほど、生活魔法と侮っていたが、<ウォーター>の魔法にはそういう使い方もあったとは、これは勉強になったよ。
実は我がリットン侯爵領は湿地が多く麦の生産には向かなくてね。湿地でも育つ飼料用の雑穀をバルーセン公爵家をはじめとした酪農の盛んな地域に供給することで何とか生計を賄っている地域が多いんだよ。
こればかりはどうしようもないと思っていたんだが、土地の水分を抜く事が出来れば穀物栽培にも希望が持てるかもしれない。参考にさせてもらうよ」
俺の排水路清掃の話を熱心に聞いていたマリルドア閣下、ただどうやって排水路の清掃を行ったのかを聞いていたんじゃなく、その先の応用として自領の農地改革に繋げようとしていたとは。
アルジミールと言いマリルドア閣下と言い、高位貴族家の人間は常に見ているものの視点が違うと痛感させられます。
「・・・マリルドア閣下、リットン侯爵領では水稲の栽培はなさらないのですか? これは東方の扶桑国から来た鬼人族という種族の方から聞いた話なんですが、中央大陸東方地域の国々では麦ではなく稲から採れる米を主食とする国があるとか。
閣下が私たちに提供してくださったこの紅茶、その主な生産国である創国でも米が主食であると聞いています。
この米は水田と呼ばれる湿地帯で作られるとか、私もこれ以上詳しいことは知らないのですが、商業ギルドに問い合わせればより詳しい情報を得られるやもしれません。なにせ創国で作られた品である紅茶がここにあるのですから」
そう言いティーカップの紅茶に口を付けるジミー。
・・・東方の扶桑国、米文化。俺知らなかったんですけど!? えっ、なに、お米が食べれるの? もしかして味噌や醤油もあったりするの?
「ふむ、湿地で穫れる穀物であると、であれば我が領でも栽培は可能。直ぐに商業ギルドに問い合わせてみよう。
ジミー殿であったか、何か他に米について知っている事はあるかな?」
「そうですね、これも話だけとなりますが、扶桑国には米から作った穀物酒があるとか。スッキリとした味わいで非常に美味しい物であると言っていました。
学園を卒業し冒険者になった暁には、ぜひ訪ねてみたい国の一つです」
米、穀物酒、これは調味料も期待大!! 思わぬところから齎された特大の情報、俺は将来目指すべき明確な目標が決まった事に、緩む口元を押さえられないのでした。
本日一話目です。