源蔵は焦っていた。
目の前で起きている事が信じられないという思いで一杯であった。
源蔵のこれまでの人生は決して楽なものではなかった。強さこそ全ての扶桑国において、侍でもない平民の自分が裕福な生活をすることは難しかった。任侠の道に足を踏み入れ喧嘩に明け暮れる日々、時には短刀を振り回し、武芸者崩れとやり合う事など日常であった。
己の腕っぷし一つでのし上がる、単純明快なその生き方は身体の大きさが取り柄の源蔵には性に合っていたのだ。
力は人を惹き付ける、力は金を集める。人脈も広がり、裏通りを仕切る街の顔役として。この街に於いて源蔵に叶わぬ事など何一つないと言っても間違いはなかった。
“何なんだ、こいつらは・・・”
源蔵がこれまで潜り抜けた修羅場は一つや二つじゃない。短刀一本で数十人の
そんなギリギリの生活の中で磨かれていった自身の嗅覚が強者を見誤るはずなど無い、源蔵はこれまでもそうして絶対的な危険を回避し、多くの手駒を手に入れてきていた。
その男達は何処にでもいるような田舎者であった。黒いフードを被った若造と精悍な顔つきの若造。おそらくは付き人を連れた庄屋の倅か、マジックバッグで持ち込んだ魔物素材を買い取り屋に持ち込んでたんまりと懐を温めた世間知らずに、世の中の厳しさを教えてやる。
街の顔役にまともに挨拶も出来ないような馬鹿がどういう目に合うのか知らしめることは、この街の掟を守るうえでも必要な事。自分たちが誰のシマで何をしてしまったのか、その身に確りと刻み付けるがいい。
“ドサッ”
自身の目の前で崩れ落ちる武芸者。源蔵の一家は腕自慢の若い衆を多く抱えていた。周囲にきっちり睨みを利かせる事ができる程に彼らは強く、無頼の武芸者崩れがこの街で大きな顔をできないのは自分たちの功績だと密かに自負していた。
他にも抱え込んだ武芸者たち、彼らの腕は一流とまではいかないものの、源蔵一家は他の街の任侠一家からも一目置かれる程の勢力を誇っていた。
“居合抜きの達人、“胴抜きの玄才”だぞ!? 他の連中とは数段格の違う本物中の本物、剣に於いては他に並びようのない人斬りなんだぞ!?”
これまで出会って来た多くの強者たち、ガタイの大きな者、女武芸者、中には背の曲がった老人や子供と見まごうほどの小さな者もいた。だが彼ら彼女らは一様に一目で分かるほどの強者の気配を纏っていた。
どれだけ静かに過ごそうともその気配、佇まいは隠す事など出来ない。彼らは住む世界の違う化け物なのだから。
武芸者太田玄才、“胴抜きの玄才”はそうした一角の化け物の一人であった。
背筋を走る悪寒、止まらない冷や汗。目の前の若造どもからは全く強者の気配は漂ってこない、精々が村の力自慢といった程度だろう。だが自慢の若い衆が、お抱え武芸者が、馬鹿だが腕は一流の海月が、切り札の太田玄才が土を付け闇に呑み込まれて行った。
「さて、源蔵だったか。この落とし前、どうつける?」
「お、落とし前だと!? 手前らが人の家に来て大事なうちの者相手に一方的な狼藉を働いただけだろうが!! 落とし前を付けるのは手前らの方だろうが!!」
腹の底から声を出し恫喝する源蔵、だがそれはそうでもしないと恐怖に負けそうな自身を鼓舞するための、負け犬の遠吠えであった。
「そうか? 俺たちはあんたのところの若い衆に連れてこられたはずなんだが、まぁ源蔵さんがそう言い張るんならそれでもいいんだが」
“ジャリッ、ジャリッ、ジャリッ、シュンッ”
「だったら落とし前はこの首と財産全部って事になっちまうんだが。まぁこれも渡世の習い、これまでの源蔵さんの行いがまとめて返ってきたって事で、鬼神様にはよろしくな?」
“ピトッ”
突然目の前から消えた若造、耳元に囁かれる別れの言葉。首筋に当てられた刃物の冷たい感触が、自身の終わりを確定的なものとして伝えてくる。
強者の気配? 見た事もない若造? 大金を手に入れた世間知らず? そんなものはこの確かな死を前にしては些事に過ぎない。
「わっ、分かった、何が欲しい? 金か? 女か? 好きなものを好きなだけ用立ててやる!!」
「お~、流石街の顔役源蔵さんだ、話が分かるね~。でも残念ながら事ここに至っては少し遅いとか思わないかな~。
金だったら源蔵さんがいなくなってからゆっくりと探せばいい、女に至っては正直間に合ってる、って言うかもうお腹一杯です、勘弁してください。
大体この騒ぎだって源蔵一家の者がまた何か騒いでるって程度で、周囲の者は誰一人気にしちゃいない。下手に首を突っ込んで巻き添えにでもなったら堪らないからな。
俺を殺せばお尋ね者になるぞとか言って脅すかい? 見てみなよ、死骸はおろか血の一滴すら残っちゃいないぜ? そんな状況で源蔵さんが差し出せるものなんてあるのかね~」
源蔵はガタガタと奥歯が鳴るのを止めることが出来なかった。それはこの若造の言う通り、自身が出せる手札に一切思い当たらなかったからであった。
「冗談だよ、冗談。ほれ」
若造が首から剣鉈を外し軽く掛け声を掛ける。すると土間に若造の影が広がり、その場に気を失い倒れた若い衆やお抱えの武芸者たちが姿を現した。
「さ~て、お目覚めの時間だ、<エリアヒール>」
若造の言葉と共に周囲を温かな光が包み込む。すると気を失っていた男達が“ウ~~~ン”と唸り声を口にしながら次々に目を覚まし始める。
「まぁ俺も“鬼”じゃないんだ。行き成り他所の街の顔役を潰そうなんて真似はしないよ。ただ幾つかな。
一つ、伊助に関わるな。こいつは中々見どころがある、これからは俺が買い出しを頼む相手として使っていくつもりだ。ともあれ伊助はまだまだガキだ、少し商売というものを本格的に学ぶ必要がある。
でだ、伝手を使って都に修業に出す事にした。源蔵親分にはそうだな、伊助用の通行証でも用意して貰おうか。この街の顔役である源蔵親分だったらそれくらい簡単な事だろうからな。
ただそれだと道中心配だ、そこで海月を護衛に付ける事にした。アイツは白にこそ負けたが、その辺の武芸者よりは数段強い。確か源蔵親分が海月の刀を預かっているんだろう? 持ってきて貰おうか」
若造の言葉に渋い顔をしつつも、若い衆に目配せをし海月の刀を取りに行かせる源蔵。
“パシンッ”
投げ渡された刀、他の若い衆と一緒に目を覚ました海月は、戸惑いの中久方ぶりに自らの手に戻ってきた愛刀を引き抜き、その状態を確かめる。
「伊助、海月、そういう事だ。これだけの騒ぎがあったんだ、伊助もこの街に留まる事は難しいだろう。海月は元々旅の武芸者であったのだろう? その刀は先渡しの護衛料だ、確り仕事を熟せば後は好きにするがいい。後金としていくばくかの報酬は用意しよう」
若造の言葉に伊助と海月はコクリと頷き了承を示す。
「あとは俺たちに対する落とし前だが、基本絡んでこなければどうでもいい。俺たちに敵対するな、俺たちをどうにかしようと画策するな。
俺たちはこの街で買い物が出来ればそれでいいんだ。他所の街で大金を使ってまた源蔵たちみたいな連中に絡まれるのも面倒だ、源蔵はもうそんな事はしないだろう?」
そう言い視線を向ける若造に「あぁ、分かった。余計な事はしねえ」と答える源蔵。
「それじゃ俺たちは失礼するよ。あぁ、“胴抜きの玄才”だったか、アイツは貰っていくぞ、結構使えそうなんでな。
伊助、雑貨屋に行くぞ、雑貨屋に。他にも案内してもらいたい店は色々あるんだからな」
そう言い伊助と海月を連れその場を去っていく若造たち。
「・・・源蔵親分、どうしやすか?」
「あん? 決まってるだろう、俺たちの商売は舐められたらお仕舞なんだ。これだけ嘗めた真似されて“はい、そうですか”って引き下がれるほど“大岩の源蔵”は安くねえんだよ。
誰か、代官所に先触れに走れ。火急の用件でお伺いしたいとお知らせするんだ。くれぐれも粗相を犯すんじゃねえぞ!!」
「へい!!」
“この商売、嘗められたらお仕舞なんだよ”
源蔵はギリギリと音が鳴るほどに奥歯を噛み締めながら、若造どもが去っていった方向を睨みつけるのだった。
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ありました、鰹節削り器。扶桑国では魚木削り台というんだそうですが、やってる事は一緒なので何も問題ありません。他にも竹蒸籠や包丁など、気になる台所用品を次々と購入。扶桑国の包丁は刀文化があるからなのか引き切り包丁、オーランド王国の押し切り包丁とは使い方が違うんですね~。この辺は引いて切る扶桑国と押して切るオーランド王国の文化の違い、ノコギリなんかも使い方が真逆なんだそうです。(蒼雲さん情報)
雑貨屋の後は酒屋によってみりんを探したんですけど、残念ながらみりんのような甘い酒は扶桑国にはないとの事。酒屋の店主の話によれば、大陸の創国には甘酒と呼ばれる甘いお酒があるんだとか。都の大きな酒屋に行けば扱っているが、この辺にはまず回ってこないとの事でした。
「いらっしゃいませ、どういったものをお探しでしょうか?」
威勢のいい掛け声、溌溂と働く従業員たち。
「あぁ、この人達は今年の新米を探しに来てるんだ。なるべく大量に購入したいとお望みだ、持ち運びはマジックバッグを持っているので問題ない」
伊助の掛けた言葉に、上客来店とばかりに奥から顔を出す番頭らしき人物。
「これはこれはようこそいらっしゃいました。店先で立ち話もなんです、奥でお茶でも飲みながらお話を伺わせていただければと存じます。
おい、誰かお客様をお座敷にご案内して」
にこにこ笑顔で店の奥に案内する番頭に従い、靴を脱ぎ板の間に上がる俺たち。白も普段実験農場脇の小屋に顔を出すからか、靴を脱ぐ文化には特に抵抗がないようです。
“スッ”
通された先は板の間ではなく畳敷きの部屋、これは上客に対するもてなしの現れ。人数分用意された座布団に座り、目の前に差し出された湯呑に手を伸ばす。
“スススッ、コクリ”
甘さを感じるお茶の香りが口から鼻に抜ける。気分を落ち着ける熱すぎもせず温すぎもしないお茶の温度、これは余程高価なお茶の葉を使っているだろうことが窺えます。
“スーーーッ”
「失礼いたします。私《わたくし》は米問屋石田屋の四代目店主、石田屋宗兵衛と申します。本日は何か大きなご商談だとか、お話をお聞かせ願ってもよろしいでしょうか?」
現われたのはきっちりと着物を着熟した壮年の男性。四代目店主との事だが店を引き継いでから長いのだろう、長年この店を支えてきたという貫録を感じる。
「はい、私の名は袈瓶、こちらの伊助の案内で石田屋さんにお伺いさせて頂きました。率直に言えば米を買えるだけ買いたいと考えております」
そう言い目立たなくなる外套のフードを取り額を見せる俺。
「・・・大陸、普人族の方でしたか。しかしなぜ普人族の方がこのような内陸に、創国との交易は南の相馬藩が仕切っており出島で行われていると聞いていますが」
この情報は予め蒼雲さんに聞いていた事、普人族の自由な渡航は認められていないとの話だったか。
「それはまぁ、蛇の道は蛇と申しましょうか。ただ港の近くであまり派手に動きますと色々と噂が、それでは誰も幸せにはなりませんので。
この辺りは内陸地でも有数の米の名産地であるとか、木を隠すなら森の中、多くの木の葉の中から一握りの葉を貰う分にはだれも見向きもしないでしょうから」
俺の言い回しに感心したように口元を緩める店主。この店主、清濁併せ呑むタイプと見た、これは話が早そうだ。
「そうですか、わざわざ扶桑国の米をお求めに。ではどれ程ご用意いたしましょうか、お客様の求めにお応え出来るといいのですが」
「そうですね、取り敢えず金貨五千枚分ほど。伊助に聞きましたが今年は豊作だとか、いや~、いい年にお伺い出来ましたよ」
“ガチャガチャガチャガチャ”
そう言い収納の腕輪から大金貨である金板の入った皮袋を取り出し中身を広げる。畳の上に転がる大金貨五十枚に目を白黒させる店主。
「いや、その、あの、流石にこの金額分の米となりますと、その・・・」
焦る店主、そりゃそうだ、扶桑国でのお米一俵の市場価格は大銀貨二枚、金貨一枚で五俵となる。そのまま市場価格で購入したとしても金貨五千枚なら二万五千俵、石高に直せば一万石、江戸時代の大名家が一万石からだったはずだから、小大名家の年収額を差し出されたって事になる。
幾ら米どころの米問屋でも、それだけの金額と量の取引など早々ある訳じゃない。
「あぁ、あくまで取引していただける範囲で構いません。我々が買い占めたことで他に米を必要としている方々を苦しめたい訳じゃない、あくまで正当な取引がしたいというだけですから」(ニコリ)
俺が微笑みかけると何故か“ヒッ”と小さな悲鳴を上げる番頭さん。俺はどうした事だろうと首を捻りつつ、店主石田屋宗兵衛さんとの商談を進めるのでした。
本日一話目です。