転生勇者の三軒隣んちの俺   作:@aozora

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第698話 鬼人族の少年、奇跡との出会いを振り返る (2)

「ほうほう、では袈瓶殿は我が藩の米がご所望と」

代官所の美しい庭園に突如姿を現した無頼の者。だがその袈瓶と名乗る青年は集まる代官所の侍たちを謎の力で地に沈め、その場にいた“大岩の源蔵”と扇屋勘兵衛の角を躊躇なく切り落とした。

鬼人族にとって角は力の象徴であり誇り、戦の場であろうと“首は落とせど角は落とさず”が作法であり常識。“角落としによる放逐”は扶桑国における最も重い極刑であり、それはその者の尊厳を奪い子供以下の力しか持たぬ弱者として全てに怯えながら死に果てろというものであった。

 

「はい、先程米問屋の石田屋にお伺いしてある程度は購入させていただいたのですが、それはそれ、街の商家には限界がございますし。

ここは伊藤様の御言葉添えをいただき藩の備蓄米を卸していただければと。なに、今年の新米を流して欲しいといっているのではありません。

今年は例年に増し豊作であったとか、であれば備蓄米の入れ替えも行われましょう。こちらの代官所が扱う分量もそれなりにあるかと。

その中から伊藤様の采配で動かせる分を回していただければと存じまして、お支払いはこの通り」

 

そう言い収納の腕輪から取り出した皮袋から金板三十枚をばら撒く袈瓶。

 

「ふむふむ、そうであるな。今年の備蓄米の入れ替えはまだ行われておらず、尚且つ各地で豊作であったため価格が著しく下がっておると勘定方から報告が上がっておったか。

であれば蔵の中身がそっくり入れ替わるともなれば皆も喜ぶであろうな。

だが蔵の米は全部で一万二千俵、古米や古古米の例年の卸値から換算してもこの分は用意出来んが」

「いえいえ、これはほんのご挨拶、今後とも伊藤様とは末永いお取引をいただければと。なに、無茶は申しません、伊藤様の御裁量の範囲内で結構でございます。それと今後私がこちらにお伺いできるよう何か許可証のような物をいただければ幸いでございます」

商談は進む、互いに満足のいく話し合いに自然と笑顔になる両者。

 

「そうそう、先程はこちらのお役人様との間に何やら思い違いがあり大変失礼をいたしました。<エリアヒール:マジックリカバリー>」

袈瓶が右手を翳す、すると淡い光が庭先を染め地面に倒れ伏していた侍たちが目を覚ます。

 

「あぁ、皆の者、ご苦労であった。先程は何も告げず皆を試すような真似をしてしまい申し訳ない。こちらのケビン殿の力を忖度なく見せてもらおうと思ってな、皆も分かったと思うがケビン殿の力は本物であったよ。

皆には後程金一封を渡そう、皆が本気で挑んでくれたお陰でよくよく見極める事が出来た故にな」

伊藤代官の言葉に首を捻りながらも、一礼をし各自の持ち場に下がっていく侍たち。

 

「では後はこちらの二人を。<マジックリカバリー>、起きろ、源蔵」

ケビンの言葉にムクリと身体を起こす源蔵、その身体からは嘗ての様な覇気は見られず、虚ろな瞳が宙を彷徨う。

 

「あちゃ~、これはちょっと効き過ぎたか? まぁいい、先ずはこの茶を飲め」

源蔵は渡された湯呑を言われるがまま口にする。すると次第にその目に光が戻り、辺りを見回して現状を確認する源蔵。

 

「俺は一体・・・、そうだ、あの時の若造に角を切り取られて」

そう言い畳に目を向ける源蔵、そこには自身の額から落ちた角が転がっている。

 

「なぁ源蔵、お前の背負っている“男の看板”とやらは一体なんだ? 大勢の子分の前で恥をかかされた、汚名を払うために皆の前で口にした約束事を舌の根が乾かぬうちに反故にする。これのどこが男らしいって言うんだ?

源蔵よ、街の顔役ってのは周囲に目を光らせて街の者を守る盾なんじゃねえのか? 余計な騒ぎを持ち込む無頼漢や無法を働く武芸者から街を守ってきた、そうして源蔵一家は大きくなった、そうじゃねえのか?

だからこそ街の者は源蔵一家を畏怖し、どこか頼りにしてたんじゃねえのか?

それが利益を上げたよそ者を締め上げて金をむしり取ろうなんざ、自ら街の評判を落とし男を下げてるとしか思えねえ、源蔵親分は何処で考え違いをしちまったんだ?」

 

源蔵は床に落ちる自らの角を掴むと肩を震わせ涙する。それは角を失った事に対する悲しみなどではない、これまでの自身の行いに対する後悔の涙。

“なぁ源蔵、男って奴はな、べらべらしゃべるもんじゃねえんだよ。手前も一端の男を目指すってんなら背中で語るようにならねえとな”

それは源蔵がまだ若い頃、源蔵に任侠の道を示してくれた大親分の言葉。

 

「源蔵、後悔するに遅いって事はねえ。人は失敗するもんだ、間違っちまったらやり直せばいい。犯しちまった罪は決して消えねえ、死んでも背負っていけ。だがな、自分にやれること、これからの一家の事、源蔵の仕事は終わっちゃいねえだろうが。貸しな」

袈瓶は源蔵の手から角を受け取ると、懐から小瓶を取り出し蓋を開ける。

 

「これは大陸西方に伝わるありがてえ薬だ。ほれ、源蔵、頭を下げろ。こうして傷口に塗って張り付ければあら不思議」

袈瓶は小瓶から指で掬った軟膏を源蔵の額と切り落とされた角に塗り、角度を合わせてからピタリとくっ付ける。すると接続部から角全体に七色の光が広がり、角が元に戻ったのである。

 

“ガバッ”

「袈瓶さんと言ったか、本当にすまねえ事をした。この詫びはどうやって償ったらいいのか分からねえ、首でよければ喜んで差し出そう」

土下座をし、心の底から謝罪の言葉を向ける源蔵。

 

「馬鹿野郎、手前の首を取ったら何のために角を直してやったのか分からねえじゃねえか。手前のやる事はこれまでの尻拭いだ、自分のケツは自分で拭きやがれ。

今度俺が街に来た時手前らが全く変わってねえようだったら、その時は容赦なく叩き切る、よく覚えておけ!!

手前の戦いはこれからだ、子分の反発は当然あるだろう、だが、だからこそ男が問われるってもんだ。こんな所でぐずぐずしている暇はねえぞ、とっとと行きな」

 

袈瓶に促され立ち上がる源蔵、その目にはもはや迷いはない。

 

「伊藤様、大変お騒がせし申し訳ありませんでした。“大岩の源蔵”、所用を思い出しましたので下がらせていただきやす」

「あぁ、気にするな。こっちも面白いものを見せてもらったんでな、またいつでも来るがいい」

伊藤代官の言葉に一礼をし、大きな身体を揺すりながらその場を下がる源蔵。

 

「次はこちらですね。伊藤様、この者は扇屋と呼ばれておりましたが」

「あぁ、扇屋勘兵衛、現在の扇屋店主だが、袈瓶殿は知って角落としを行ったのではないのかな」

 

「それが詳しく知っている訳ではないのですが、少々この者と縁の深い者がおりまして。伊助、こちらに来て伊藤代官様にご挨拶を」

袈瓶の声にフードを取り姿を見せる伊助たち。突然三人の人物が現れたことに、驚きの表情を見せる伊藤代官。

 

「こちら向かって右から白雲、伊助、海月。海月の事は伊藤様もご存じかも知れませんが」

「あぁ、源蔵のところの女武芸者であったか。なんでも御刀之守天海の落し胤(おとしだね)とかなんとか」

 

「あぁ、それは往来での口上の為の売り文句であったものかと。世間には多くの御落胤がいると申しますから。

聞けば海月は幼い時分に御刀之守織絹殿にあやして貰った事があったとか、その時に掛けられた“私よりも強くなる”との言葉を信じここまでの武芸者になったというのですから、想いの力というものも馬鹿にしたものではありません」

「秋津でござる」

 

「ん?」

「秋津海月でござる。それよりも袈瓶殿、その直刀は。先程のお言葉、もしや失われた護国の剣、“魔剣黒鴉”では」

海月は声を震わせ袈瓶に問い掛ける。それは幼き頃より追い求めた思い、夢にまで見た伝説の宝刀との出会い。

 

「あぁ、これか? “国守の鴉”、百数十年前に御刀之守家の力を恐れた有力氏族の画策により朝廷の命で取り上げられ、その後大陸に流されたものだとか。巡り巡って俺の手にやって来た大切な相棒だからな、頼まれてもやらんぞ。

もっとも誰も扱えんだろうけどな」

そう言い黒鞘の直刀を宙に放り投げる袈瓶。するとその刀は空中で制止し、スッと袈瓶の手に戻っていく。

 

「海月も御刀之守の名を騙ったくらいだ、魔剣黒鴉の伝承は知っているだろう? 遥か昔、世を乱した大怪異黒鴉、その大怪異を封じたのがこの封じの直刀。だがその力は完全に封じこめるものではない、御刀之守家は本来国を守護する家などではなく、魔剣黒鴉を封じ受け継ぐ家であった。

だがその役目は朝廷により奪われた。魔剣黒鴉は巡り巡って俺の手に渡る。俺は魔剣黒鴉との正式な契約者って訳だ」

そう言い魔剣黒鴉を自身の身体に当てる袈瓶、すると吸い込まれるようにケビンの身体の中に沈んでいく魔剣黒鴉。

 

「確かに御刀之守家の役目は終わった。御刀之守家最後の直系御刀之守織絹殿が俺と出会ったのも、魔剣黒鴉と御刀之守家先祖の引き合わせだったのやもしれない。角に力封じの呪法を受けた織絹殿は本当の意味で解放され今は新しい人生を生きている。

海月が憧れである御刀之守織絹殿の影を追う事を止めはしないが、本質を見誤るな。お前はなぜ織絹殿に憧れた、たとえ魔剣黒鴉という宝刀を失おうと決して失われなかった御刀之守家の誇り、悪鬼織絹と呼ばれようと貫き通した武士(もののふ)の意地。

秋津海月、お前は一人の武芸者“秋津海月”として己の目指す道を生きよ」

 

袈瓶の言葉、それは己の殻を破り、一武芸者として己の道を切り開けというもの。

 

「<マジックリカバリー>、目を覚ませ、扇屋勘兵衛。お前に話がある者がいる。先ずはこのお茶を飲み心を落ち着けるんだ」

袈瓶に声を掛けられ身体を起こした扇屋勘兵衛は、朦朧とした意識の中、差し出された湯呑を口にする。それは新緑の香り広がる爽やかで甘いお茶、これまで飲んだことのあるどんなお茶よりも旨味とコクを感じる不思議な飲み物。

 

「私は一体・・・。そうだ、私は角を切られて・・・」

扇屋勘兵衛は自身の額に手を当て自覚する、自分は角無しになってしまったのだと。

 

「勘兵衛、久し振りだな。俺が誰だかわかるか?」

掛けられた声、見上げた先には昔懐かしの見覚えのある顔をした少年。

 

「・・・もしかして伊助坊ちゃん、生きていらっしゃったのですか」

「あぁ、なんとかな。お前の方は羽振りがいいようで結構じゃないか。どうだ、扇屋店主という座は。店の人間を懐柔し、前店主である俺の両親を亡き者にし、俺という不要分子を排除してまで手に入れた地位。長年扇屋に仕えていた番頭のお前にとってはどうしても手に入れたかったもの、さぞや座り心地がいいものなんだろう?」

 

勘兵衛はハッと目を見開き目の前の伊助を見やる。その一切の感情が籠っていない瞳は、自身の罪を鏡のように突き付ける。

 

「いつからご存じだったのですか? この私が旦那様方の死に関与していたという事を・・・」

「さぁな、そんな事はどうでもいいだろう? 肝心なのは勘兵衛がその罪に向き合い、扇屋勘兵衛として責任を持って扇屋を取り仕切っているかどうかだ。

商売というものは店を手に入れたら終わりというものじゃない。仕入れ先や顧客、店の従業員の事まで。店主が考えなければいけない事は多岐に渡る。

父上が何故常々“何事もほどほどに身のほどを弁えて”と口にしていたか分かるか? 勘兵衛、お前はちゃんと自身の事が見えているのか? お前の身体はすでにお前だけのものじゃない。勘兵衛の言葉は扇屋勘兵衛の言葉、お前は扇屋そのものを背負っているという事を忘れるな」

 

伊助の言葉に後悔と自責の念が沸き起こる勘兵衛、その瞳からは大粒の涙が溢れ出る。

 

「伊助坊ちゃん、私は、私は・・・」

「何度も言わすな。俺は伊助、ただの伊助だ。今の扇屋の店主は勘兵衛、お前だ。周りの誰もがお前の罪を忘れてもお前自身は決してその罪から逃れる事が出来ない。現にお前は角を失った。

何でそうなった、何がお前をそんな状況に追い込んだ。他者を見下し、人を侮り、自分ならどんな悪事だろうと通す事が出来る。

商売を舐めるな勘兵衛、汚い手を使えばそれを嗅ぎつけたより大きな力がお前を飲み込みに来る。

先代の言葉を思い出せ勘兵衛、あの言葉は何もお前を戒める為の言葉なんかじゃない、お前を含めた扇屋の家族を守ろうとした父上の精一杯のやさしさだ。今度はお前が扇屋を守る番だ、道を見失うなよ勘兵衛」

そう言い踵を返す伊助に畳に額を擦り付け謝罪の思いを向ける勘兵衛。

 

「・・・どうですか、伊藤様。都でもなかなか見れない出し物かと」

「うむ、面白かった。普通に面白かったぞ」

 

「普通でございますか、いやはや手厳しい、やはり伊藤様は趣きの深い御方だ。勘兵衛、これは伊藤様からのご慈悲だ。伊助からの言葉を胸に扇屋を盛り立てよ」

袈瓶はそう告げると畳に転がる勘兵衛の角を拾い、小瓶の軟膏を塗り付け額の角の痕に貼り付けるのだった。

 

――――――――――

 

食品雑貨屋の庄吉と別れた伊助は、懐に紹介状を忍ばせ一路都を目指す。その目には既に迷いはなく、どんな苦しい修業も耐え抜いてみせるという思いがあった。

 

「兄貴、来やしたぜ。伊助と海月の二人だけだ、あの訳の分からねえ二人組の姿は見えませんぜ。流石は兄貴、読みはバッチリだ」

「おうよ、こちとら往来で武芸者をカモにして海月にボコらせてたんだ、武芸者や強者(つわもの)の裏をかくなんざ朝飯前よ。

“大岩の源蔵”も角を折られたみてえにすっかり人が変わっちまった。あんな奴について行っても先はねえ。ここは一つ伊助の馬鹿からお宝を奪って他所で仕切り直しよ。

先生方、海月の阿呆はお願いしやすぜ。アイツは猪武者だ、馬鹿にすれば簡単に罠に掛かりやすからね」

 

それは通りで海月の口上を行っていた男の言葉。

 

「あぁ、悪い、それはなしだ」

“ズボズボズボズボズボズボズボズボズボズボズボズボ”

途端姿を消す仲間たち、武芸者が、無頼の若い衆が、源蔵一家に見切りを付けた者たちが一瞬にして。

 

「なっ、手前は・・・」

「馬鹿だよな~、あれだけ忠告してたんだから大人しくしてればいいものを。まぁ馬鹿は死んでも治らないって言うしね。じゃあお前も逝ってみようか、お仲間が待ってるよ~♪」

“ズボッ”

 

“ドシンッ”

「イタタタタ、ここはいってえ」

そこは暗く周囲全体が闇に包まれた場所、そんな所に何故かふんどし一丁で落とされた自分。

 

“ギシギシギシギシギシギシギャリギャリギャリギャリ”

“恨み恨み恨み恨み恨み怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ”

全身を襲う悪寒、あまりの恐怖に顔を向ければ、暗闇の中に赤黒い大剣と怪しい輝きを放つサーベルが浮かぶ。

 

““クワックワックワッ、ガギャギャギャギャ””

“ブンブンブンブン”

恐ろしい声がした方を向けば、龍の顔をした人型の何かが太い丸太をブンブンと振り回す。

 

““ズズズズズズズズズズズズッ、キュワーーーーーーー!!””

地を滑り現われた二体の地這い龍、その咆哮が轟いた時、化け物共の蹂躙が始まった。周囲にいた若い衆が吹き飛ばされ、刀を失った武芸者が蹴り飛ばされ、呪いの武器が命を求め飛んでくる。

ここは地獄、暗闇に閉ざされた狂気の宴。彼らはただ叫び声を上げ逃げ回る事しか出来ないのであった。

 

伊助と海月の旅の始まり、枯れたススキ野に吹き抜ける風は、秋の肌寒さを運んでくる。

抜けるような青空に舞うビッグクローは、そんな若者の旅立ちを見守るかのように、ゆっくりと飛び続けるのだった。

 




本日二話目です。
いってらっしゃい。
by@aozora
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