転生勇者の三軒隣んちの俺   作:@aozora

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第699話 転生勇者、王都の悪意に触れる

空に浮かぶ雲が高くなり、色付いた木の葉がひらひらと零れ落ちる。街並みの喧騒は相変わらず続くものの、その装いは厚く、幾重にも着込んだ衣類が外気の冷たさを如実に表している。

 

「なぁエミリー、チェリーにはこの花のブローチが似合うと思うんだけど、どうかな? それともやっぱりこっちのフリルの付いたエプロンかな? 可愛らしいホーンラビットの刺繡がされていて、チェリーの魅力を一段と引き立ててくれると思うんだ」

 

王都の人々は季節の変化に合わせ様々な品物を買い込んでいく。それは毛皮や衣類であったり、薪であったり。だがそれは地方都市のような商品自体がなくなるからという理由ではなく、価格高騰に備えあらかじめ購入して少しでも家計費を浮かせようとする王都民の知恵。物流の盛んな王都において、品不足による飢えや凍死のリスクはないと言ってもいいだろう。

王都はオーランド王国南東部に位置し、国内においては比較的温暖と言える地域に属するのだ。

 

「う~ん、ジェイク君がチェリーちゃんを可愛らしく着飾りたい気持ちはわかるけど、チェリーちゃんは大人びた装いをしたがるお年頃なんじゃないかな? ほら、小さい頃って背伸びをしたい時期があるじゃない? 私が昔お母さんから貰ったハンカチを大切にしていた頃みたいに」

「あぁ、ビッグクローに干してあったハンカチを持っていかれそうになって、俺が石を投げて取り返した時の奴。

確か金の刺繍が入ってた奴だよな、なんか大人っぽいと思った覚えがあるよ。

でもあれってエミリーが六歳の頃だったよね、チェリーって今度四歳なんだけど」

 

王都でも大聖堂にほど近いこの区画の商店街は、王城側の商店街のような若者向けの雑貨などは少ないものの、より生活に密着した衣類や小物といったものを多く取り扱っている店舗が多い。そのため今の時期は普段よりも多くの人々で賑わいを見せているのだ。

 

「もう、ジェイク君は分かってないな~。私たちの子供の頃と今とじゃマルセル村の様子は全然違うんだよ? 

私たちが小さい頃は毎日お母さんたちが一生懸命働いて、少ない食べ物を何とかやりくりしてくれていたじゃない? 冬場は寒さをしのぐためにお母さんとくっ付いてベッドに入って。

そんな生活の中じゃちょっとした贅沢が凄くうれしかった。

でも今のマルセル村はとても豊かになって色んな物で溢れている。薪や食べ物は当然の事、服や温かなお布団、文房具だって買い与えてもらえるんだよ?

初めからそんな生活環境にあるチェリーちゃんたちと私たちの子供の頃を一緒にしちゃダメだよ。これは良い悪いといった話じゃないんだからね?」

 

エミリーの言葉に何かハンマーで頭を殴られたような衝撃を受けるジェイク。

“これがジェネレーションギャップって奴か”

ジェイクは自身を“俺が若い頃はもっと大変だったんだぞ。それを今の若い奴ときたら”と言って愚痴る中年サラリーマンの姿と重ね、“俺は加齢臭漂うおっさんだったのか~~!!”と頭を抱えたくなる。

 

「大丈夫だよ、チェリーちゃんのお土産はエミリーが一緒に選んであげるから。その代わり、ジェイク君にはエミリーに何かプレゼントを選んで欲しいな・・・」

そう言いもじもじしつつ上目遣いで聞いてくるエミリー。ジェイクはとても謙虚で頼りになる彼女にドキッと頬を染めると、「あっ、あぁ。よろしくお願いします。それじゃ次の店に行こうか」と言ってスッと手を繋ぎ通りを進んでいくのであった。

 

「うん、完全に操られているな。軽く不安を煽り動揺させたところで救いの手を差し伸べつつ甘える、これはエミリーと付き合いの長いジェイクでもクラッとくるんじゃないのか?」

「そうですね。エミリーは普段は明るく元気のいい幼馴染といった雰囲気で接していますが、不意にこうした刺激を与える事で互いの関係を常に新鮮なものにする努力を欠かしません。

これは私たちも見習うべきことかと」

 

「確かに。私も折角メイドという立場を得たのですから、ジミー様を支えつつ甘える“主人とメイド”を実践して、「ちょっとディア、なにさりげなくジミー君の手を握ろうとしてるのよ!! 上目遣いでウルウルしないの~~!!」」

冬になり長期休みに入る前に故郷の家族に贈る土産物選びに街へ繰り出したマルセル村の若者たちは、街の熱気に負けることなく楽し気に買い物を楽しむのだった。

 

「ん? エミリー、ちょっと待って。あれってアリスさんじゃない?」

「あっ、本当だ。それにカーベル様も一緒にいる。これはひょっとして・・・」

街の人混みの中、不意に学園の同級生を見付けたジェイクが口を開く。下町風情漂う商店街とはいえ、大聖堂にほど近いこの場所に王都学園生徒がいること自体は珍しくもないが、高位貴族子弟であるカーベルが立ち寄るような場所ではないと訝しむジェイク。

 

「いや、なんかちょっと雰囲気が違うぞ。それに何か子供と一緒にいるみたいだし」

「本当だ。人ごみで見えづらいけど、チラッと小さい子の頭が見えたね」

そんな同級生の様子にジェイクは後ろを歩くジミーに視線を送る。

 

「・・・いたぞ。フィリー、ディア、悪いがアリスさんとカーベル様に付いてやってくれるか? どうも怪しい。

俺たちは事情を知っていそうな人間に話を聞いてくる」

ジミーの言葉にコクリと頷くと、気配を薄くし音もなくその場を離れるフィリーとディア。

 

「ジェイク、俺たちも行くぞ。フィリーたちなら上手く偶然を装ってアリスさんたちに合流するだろうさ」

「そうだな、あっちは二人に任せようか。エミリー、行くぞ」

視線を交わしスッとその場から消える三人の若者。商店街の喧騒はそんな彼らの様子に気付く事なく、多くの買い物客を引き寄せ続けるのだった。

 

――――――――――

 

「コリアンダ、アリスたちの向かう先に見当はつくかしら」

「そうでございますね、大聖堂前の商店街を抜け直進していく様子を見ますと西地区、ですが彼らの服装や年齢から見て職人の見習いとは思えない。であればその先、旧住宅地区、所謂スラム地区の可能性が高いかと」

私はコリアンダの言葉に若干眉根を寄せる。

 

「そうね、コリアンダの考えに同意するわ。<聖女>アリスが月に一度の奉仕日以外にも教会での治療奉仕に率先して参加している事は、大聖堂周辺地区では有名な話。そんな噂を聞けば<聖女>アリスに頼りたいと思う者が現れても不思議じゃない。まして普段教会での奉仕を受ける事もままならない患者を抱えたスラム地区の住民なら尚更ってところかしら」

私は古い記憶を呼び起こす。それはこことは違う前世の世界での記憶、主人公が教会に足しげく通う事で発生するスラム街イベント。慈悲深いアリスの献身により救われるスラム街の親子、同行する攻略対象の好感度が爆上がりするボーナスイベントだったはず。

これはもうカーベル様ルート確定? 最近はアルデンティア殿下との私的な絡みもあまり見られないし、殿下は殿下で学園の生徒たちと積極的に交流する事で急速に求心力を高められているようですし。

う~ん、個人的にはもう少しアルデンティア殿下とアリスのツーショットスチルを拝見したかったのですけれど、これはこれであり? ラグラ様は完全に鍛錬モードに入られているようですし、アリスも積極的にかかわろうとしていない様子。

ただ気になるのはアリス自身が鍛錬モードに入って“強い奴に会いに行く”などと言いださないかどうかですわ。

流石の私でもワイバーン狩りに同行するのはためらわれますもの。

 

「で、今はどういった状況なんだ? おそらく前を行く子供二人が先導して、アリスさんたちを何処かに案内しているといったところなんだろう?」

「えぇ、このままの順路ですとおそらくはスラム街、<聖女>アリスの力を当てにして身内の治療を頼んだといったところじゃないかしら」

 

「ふむ、ありきたりだな。ラビアナにしちゃ少し考えが甘くないか? ここは王都だ、聖女の力を欲するものは何も王家ばかりじゃない。だが相手は王都学園に通い中々接触する事が出来ない、ならばどうするか。

コリアンダさんだったらどうする?」

「そうですね、私なら罠を仕掛けるでしょうか。自らが直接接触するのは悪手、第三者を使い必然性を装うか偶然の出会いを演出するか」

 

「だろうな。流石に聖女を誘拐しようとするような馬鹿な組織は現れないと思いたいところだが、残念ながら馬鹿はどこにでも湧くからな。慎重に様子見ってところか」

そう言い言葉を結ぶジミーの意見に同意を示しつつ、私たちは再びアリスを・・・。

 

「ってなんでジミーがここにいますの!? さりげなく会話に参加してって意味が分からないのですけれど!?」

声のした方に身体を向け驚愕の表情になる私とコリアンダ。そこには悪戯が成功したと言わんばかりにニヤリと口角を上げるジミーと、その後ろで手を振りながら笑顔を向けるエミリー。ジェイクは相変わらず添え物ですのね、顔立ちは良いしスタイルもよろしいのにジミーよりも存在感が薄くありませんこと? <勇者>“赤髪のジェイク”は「ソードオブファンタジー」の主役、大人気プレーヤーキャラでしたわよね? 人気投票でも常に上位に入っていたはず、暗殺者ギルド総帥の“白炎”と魔王軍四天王の“絶剣のシルバリアン”には負けていましたけれど。

あの二人は別格でしたから仕方がありませんわよね。“策略のホーネット”にも・・・、大丈夫、“冒険商人アレン”には勝っていましたわ。

 

「いや、さっきアリスさんとカーベル様が二人の子供と一緒にどこかに向かっているのを見掛けてな、アリスさんが不審な行動をする場には絶対ラビアナがいるだろうと思ったら案の定だったってだけだ。

俺たちは冬期休暇に入る前に家族の土産物を買いに来ていただけなんだがな」

そう言い肩を竦めるジミー。そんな仕草も様になっているのがなにか悔しいですわ、地味メガネのくせに!!

 

「そ、そうでしたのね。それでは「お嬢様、アリス様が」えぇ、ごめんなさい、私たちは少し急ぐのでここで失礼しますわ」

「大丈夫だぞ? ほら、フィリーたちが合流した。アリスとカーベル様はフィリーの生徒だからな、あの二人がフィリーたちの同行の申し出を断るはずがない。その間俺たちは先回りしてスラム街に向かえばいい。

いや~、スラム街では何が待ってるんだろうな~、今から楽しみだ」(ニチャ~)

そう言い獰猛な笑みを見せる戦闘狂、この男は本当に。

 

「分かりましたわ。それでは共に参りましょう。ジミーはスラム街までの経路はご存じでして?」

「いや、俺はあまり王都内を出歩かないからな。頼りにしているぞ、ラビアナ」

 

“ポンッ”

掛けられた言葉、肩に添えられた手からジミーのぬくもりが伝わってくる。

 

「・・・あれはもう駄目だな、完全に落ちたと見た。ラビアナ様、その沼は底なしだぞ?」

「リリアーナ先輩とバルド先輩に続く第二弾はラビアナ様とジミーの身分差を超えた恋? でもジミーのあの態度、単に頼りになるパーティーメンバーに“これからもよろしく”って声掛けしただけだよね? いつもの事だよね?」

「ラビアナお嬢様、おいたわしや。これまで男性と関わる事のほとんどない純粋無垢な箱入り娘であった事が、まさかこのような事に。飲んで忘れたいときはお付き合いいたします」

 

・・・なにか後ろの方でとても失礼なことを話していませんこと? (わたくし)は公爵家息女ラビアナ・バルーセンですのよ? その私がジミーのような地味メガネの事をそんな・・・。

 

「おい、ラビアナ、早く行くぞ。ここから先はお前が頼りなんだからな?」

高い背を横に曲げ、(わたくし)を下からのぞき込むように見上げるジミー。揺れる髪からふわりと漂うブランデーのような甘だるい香り。

 

「「「完全に落ちたな(落ちましたね)」」」

“ボッ”

「だから、違いますわ~~~!!」

 

顔を朱色に染め抗議するラビアナ、そんな彼女にうんうん頷きながら優しい目を向ける三人。

そんな中ジミーは“いい加減早く進んでくれないか?”と思いつつ、小さくため息を吐くのでした。




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