転生勇者の三軒隣んちの俺   作:@aozora

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第700話 転生勇者、王都の悪意に触れる (2)

「「シスターハーティー、シスタークリス、本日もご指導ありがとうございました」」

「いえいえ、礼の言葉は不要ですよ、<聖女>アリス、カーベル様。教会としても奉仕日以外にもかかわらずこうして手伝いに訪れてくれる事は、大変ありがたく思っているのですよ。

お二人は魔力の運用がとてもたくみで、我々としても大変参考になっているんです。これからも共に民のため頑張りましょう。

お二人に女神様の祝福があらんことを」

 

王都教会大聖堂、多くの信者が訪れる王都民の心の支えとも呼ぶべき信仰の中心地であるここは、病に苦しむ人々を救う医療機関としての側面も持ち合わせている。

王都学園の生徒であり<聖女>の職を授かったアリスは、自らの技術向上の為、毎週のように大聖堂に足を運び治療奉仕活動に参加していた。

 

すべての物事がそうであるように、ただやり方を知っているだけで何でも上手にこなせるという事はない。剣術然り、料理然り、毎日剣を振るい剣と向き合うのは何故か、食材と真剣に向き合い日々調理の腕を磨くのは何故か。

それは回復魔法においても同じ事。決まった詠唱を唱えれば同じ結果が現れる。確かに魔法がそうした技術である事は否定できない。

だがその行使において適切な運用とはどういったものであるのか、魔力を節約し、より多くの患者に向き合うにはどうしたらよいのか。

必要な魔法、不要な治療、明確な見極めは数多くの現場をその目で見て経験してこそ磨かれるというもの。

魔法練度という言葉があるように、数多くの経験と医療現場の者の指導、そして弛まない考察と努力こそが、治療師としての自身を高める事に繋がるのである。

 

王都学園生徒であるアリスが実践の場で経験を積む事は難しい。日々の授業は何も回復魔法の事だけを教えるものではなく、様々な知識を身に付け土台を作るもの、学園内においてケガ人以外に回復魔法を施す事はまずないといってもいい。

そのような状況において様々な症例の患者の治療に携われる教会の治療奉仕活動は、アリスにとってのまたとない修業の場となっているのである。

 

「カーベル様、いつもお付き合いいただいてありがとうございます。

回復魔法の訓練を王都学園の中だけで続けることは中々難しくて、でも私一人で大聖堂に通うのはやっぱりちょっと怖くって。カーベル様が一緒に来てくれるので、凄く心強いです」

そう言い花の咲いた様な笑顔を向けるアリス。カーベルはそんな彼女に「大した事じゃない、気にするな」と言って同じく笑みを返す。

 

カーベルにとってアリスは<聖女>という職業を授かった駒に過ぎなかった。第四王子アルデンティアの側近として王家に食い込み、いずれは国政を担う重鎮の一人になる。子供の頃より叔父である宰相ヘルザーハンセンを尊敬し、その後継ぎとなるべく己を磨き続けてきたカーベルにとって、<聖女>という駒を手に入れ第四王子アルデンティアの発言力を上げる事は、自身の野望を叶えるための足掛かりの一つに過ぎなかった。

 

「フィリーちゃん、凄いです!! 私感動しちゃいました。どうか私たちに指導を付けてくれませんか?」

魔法訓練場で同学年のフィリー・ソードに完膚なきまでに叩き潰されたあの日、それまで魔法の指導をしていたアリスはあっさりと自身を切り捨てフィリー・ソードに教えを請うた。屈辱であった、だがそれ以上に何も言い返せない自分が情けなかった。

目の前に突き付けられた明確な実力の差、お前などただのひよっこなのだと有無を言わさず分からさせられた。

 

「・・・まぁ構いませんけど、先ずは基礎体力作りからですよ?今の状態で魔法の指導を行っても大して役には立ちませんから」

「はい、よろしくお願いします!! カーベル様、一緒に頑張りましょうね?」(花の様な笑顔)

 

それからの毎日は地獄のようであった。カーベルは思う、己のこれまでの努力や研鑽など子供の遊戯に過ぎなかったのだと、同年代の者たちと比べ優れているといって悦に浸っていた自身のなんと恥ずかしい事かと。

自身の無力を認め、今までの自信や誇りを捨てる事は、身を裂かれるような辛く苦しい事であった。こんな馬鹿馬鹿しい事は今すぐやめてしまおうと思った事は一度や二度ではなかった。

だがそんな地獄のような指導を共に受け、あまつさえ励ましの言葉まで掛けてくれたのがアリスであった。

 

“こいつは本当に凄い奴だよ、常に真っ直ぐで全力で。己の信念のまま弱音一つ吐きやしない”

カーベルの中でアリスは既にただの駒などではない、苦楽を共にした仲間、尊敬すべき一人の女性としてとても大きな存在になっていたのである。

 

「あの、お姉ちゃん、お姉ちゃんが聖女様ですか? お願いです、僕の、僕のお母さんを助けてください」

「お願いしまちゅ、わたちのおかあさんをたしゅけてくだちゃい」

その声は大聖堂から出てすぐの事、その場には似つかわしくない薄汚れた服装の小さな子供たちから掛けられたものであった。

 

“しまった、油断したか”

カーベルは舌打ちしたい気持ちをグッと抑えアリスに視線を向ける。アリスは膝を曲げ子供たちに目の高さを合わせると、優しく微笑み掛けて言葉を向ける。

アリスは<聖女>である。<聖女>とは治療や回復に特化した上級職であり、多くの人々を癒し、難病に苦しむ者にとっての希望となり得る存在。

それは光、有象無象を引き付ける闇夜の篝火。

自身の役割とはそうしたただ縋るだけの雑音から<聖女>アリスを遠ざける事でもあったはずなのに。

 

「カーベル様、行きましょう。この子たちを見捨てる事など出来ません。私は<聖女>、であれば自分に出来る事を精一杯行うだけです」

真っ直ぐな瞳でカーベルを見つめるアリス、その瞳の輝きはゆるぎない信念の現れ。アリスは行くのだろう、それがたとえどんな場所であろうと一度こうと決めたら貫き通す、それがアリス・ブレイク嬢という女性なのだから。

 

「分かった、俺も付き合おう。ただし、決して無茶はしない、俺の言葉には従う、これだけは守ってくれ」

「はい、カーベル様の言葉に従います!!」

そう言い拳を突き出すアリス、それはいつの間にかアリスとカーベルの間で結ばれた合意のサイン。

 

“コツンッ”

「さぁ、案内してくれ。あまり長居は出来ないが精一杯治療に当たると誓おう」

アリスとカーベルは子供たちについて歩きだす、自らの信念に従い助けを求める者に救いの手を差し伸べるために。

 

「アリスにカーベル様、そんなに慌てた顔をしてどうしたのですか? 今日は確か教会の奉仕活動に参加すると言っていたと思うのですが」

それは街の商店街を通り過ぎようとしていた時であった。声を掛けてきたのは王都学園の同学年生徒であり、アリスとカーベルの魔法指導教官を引き受けてくれているフィリー・ソードであった。

 

「そうですか、この子たちの母親が病気で。でしたら私達も共にまいりましょう。

この子たちの服装を見ればあまり裕福な家庭環境ではないという事が見て取れる、そして<聖女>であるアリスに助けを求めた、そこから考えられる事はこの子たちがスラム地区の住民であるという事。

患者に貴賤はない、アリスであれば王族であろうがスラムの住民であろうが等しく治療すべきであると答えるでしょう。

ですがそれはあくまで病気の患者に対してです。この子たちがアリスやカーベル様をスラム地区という危険地帯から守れる訳じゃない。

アリス、物事には手順というものが必要です、この度の事も本来であれば頼るべきは教会の大人であった。時間がないというのならその分金を使い冒険者を雇い入れ安全を確保すべきであった。

 

あなた達はスラム地区の悪意に晒されたとき、この子たちを人質に取られたとき、相手を殺してでも信念を貫く事が出来ますか? 自分たちは強い、自分達なら誰も傷付ける事なくすべてを丸く収める事が出来ると慢心してはいませんか?

もう一度言います、助けると決めたその行動が悪いといっているのではありません、物事には準備が必要なのです。

まぁそうは言ってもスラム地区です、突然ワイバーンに襲われる事もないでしょう。であれば私と姉のディアでどうとでも出来ますから」

 

フィリーに姉として紹介されたメイドは、アリスとカーベルに軽く会釈する。こうしてフィリーとその姉であるディアという心強い味方を得たアリスたちは、今一度物事を甘く見ていた自身を引き締め、子供たちの母親を治療するための一歩を踏み出すのだった。

 

――――――――――

 

旧住宅地区、通称スラム地区には多くの訳アリの者たちが肩を寄せ合い暮らしている。事業に失敗し職を失った者、ケガや病気で生活が苦しくなり他に行き場がなくなった者、後ろ暗い理由で住み着いた者。

職人街の者たちは彼らスラム地区の者を安い賃金で雇い労働力とする。他に行き場のないスラムの者たちは労働搾取されていると知りつつも、日々の食事を得るため雑用に奔走する。

輝かしい王都の裏の顔、それがスラム地区であり王都のもう一つの現実なのだ。

 

「ちょっと待ちな、この道は有料だ、通りたかったら通行料を置いていって貰おうか。そうだな、その身に付けているきれいな服とかな」

「「「「「ギャッハッハッハッハッハッ」」」」」

 

そんな掃き溜めに見るからに清潔な服装で立ち入ろうとすればどうなるのか。スラム地区の者にとって王都の民は妬みの対象、一度落ちてしまった自分達では決して這い上がる事の出来ない憧れであり、身体の奥に渦巻く負の感情のはけ口。

何処に隠れていたのか続々と集まってくる薄汚れた男達、彼らは皆不意に迷い込んできた獲物に対し、愉悦の籠った薄ら笑いを向ける。

好奇心か、それとも単に道に迷ったか。だがそんな事は彼らには関係ない、スラム地区にはスラム地区のルールがある。よそ者はスラム地区の手痛い洗礼を受ける、ただそれだけの事。

 

「ほう、通行料か。それはこの場の占有権を主張していると見ていいのか? ならば王国に対し税を払う必要があるな。

ここは王都、王都の土地は全て王家の所有物である。王都民に許されている事は専有的使用権でありその為に毎年多額の税を王国に納めている。

さて、ここにそんな王都民の義務も果たさず権利だけを主張する犯罪者がいる。その行いは盗賊と同じ、であれば冒険者としてやるべき事はただ一つ、見習いであってもその義務からは逃れられないよな~」(ニチャ~)

 

それは修羅の蹂躙、血に飢えた獣の悲しき咆哮。

 

「あん? 生きる苦労も知らねえボンボンが嘗めた口きいてんじゃねえぞ、手前ら構わねえ、やっちまいな。身ぐるみ剥いで下水道に捨てれば後はビッグラットとスライムが綺麗に処分してくれらー!!」

「「「「「嘗めんなクソガキがー-!!」」」」」

 

襲い来る悪意、ある者は棍棒を、ある者は錆びたショートソードを、それぞれの得物を手に襲い掛かるスラムの男達。

 

「エミリー、治療を頼む。久々の実戦は腕が鳴るんでな」

「うん、エミリーにお任せだよ。教会から出禁を言い渡されちゃったから、エミリーも中々聖拳術の修行の場がなかったからどんとこいだよ♪」

 

修羅は飛び出す、久々の食事に口を愉悦に歪めて。聖女は微笑む、どれ程重症な患者でも必ず治してみせると拳に力を込めて。

勇者は思う、“混ぜるな危険とはこの事だ”と。

修羅は(ほとばし)る、聖女は染め上げる。そんな二人の間を獲物を運ぶため勇者が駆け巡る。

破壊(拳)と治療(拳)を施されたスラム地区の住民(獲物)は、自らの過ちを魂に刻み付ける。“恐喝、強盗、ダメ、絶対”と。

 

「さて、皆さんにちょっと聞きたい事があるんだけど、<聖女>アリスに関係した噂をなにか知らないかな? <聖女>アリスをスラム地区に誘い込んで何かしようとかなんとか。

素直に話してくれると嬉しいかな~、思い出せなくても大丈夫、あの背の高い男と治療に当たっている彼女が、きっと皆さんの記憶を取り戻してくれるから」(ニッコリ)

怖い修羅(拳)と優しい聖女(拳)、勇者は“恐怖しかないぞこれ”と思いつつ無事に情報収集が完了した事に、深い笑みを浮かべるのだった。

 

「コリアンダ、これって勇者物語的にどう思うかしら?」

「お嬢様、世の中はきれいごとばかりではありません。過去の勇者様方にも人には言えない伝えられていない逸話が数多く存在する事を、御心に留めおきください」

人には言えない勇者パーティーの現実。ラビアナはこめかみを指で押さえつつ、大きくため息を吐くのだった。




本日二話目です。
いってらっしゃい。
by@aozora
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