転生勇者の三軒隣んちの俺   作:@aozora

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第702話 転生勇者、故郷に帰る

“ガチャガチャガチャガチャ”

朝靄が石畳の通りを覆う。吐く息は白く、道行く人々はコートの襟を立て、首元にマフラーを巻き付ける。

季節は冬、オーランド王国内では比較的温暖な地域である王都にも、気温の変化は容赦なく訪れる。

貴族街にほど近い王都学園、その通りの前には冬期休暇に入った生徒たちを迎える為に、多くの馬車が集まってきている。

 

「リリアーナ先輩、それでは参りましょうか。祖父と当主である兄貴も王都学園主席卒業確定のリリアーナ先輩を迎え入れる事が出来るとあって、首を長くして待っているんですよ。

まぁあの人たちは基本魔法馬鹿ですんで、リリアーナ先輩と魔法談義がしたいってだけなんでしょうが」

「ナバル君、本当にありがとう。私今でも夢を見ているんじゃないかって気持ちの方が強くて。本当に、こんな私がパイロン伯爵家のお世話になってもいいのかって。私、ただの平民だし、ウチの両親が魔法使いだって言っても所詮は街の魔法使いだし」

 

冬は貴族にとっての社交の季節、王都屋敷で中央の社交界に備える者、実家の領地に戻り周辺貴族や領内の有力者とのパーティーに参加する者、婚約者との仲を深める者、婚約者を探す者。貴族とは人と人との繋がり、冬の社交は貴族家令息令嬢の彼らにとって戦いの場でもあるのだ。

 

「リリアーナ先輩、何度でも言いますが先輩は自身の価値を低く見積もり過ぎです。王都三大学園での戦い、あの勇姿は多くの貴族家の目にとまった。リリアーナ先輩を獲得しようと動いていた者は何も王宮魔法師団だけじゃないんです。

それにリリアーナ先輩は見事バルト先輩を落としてみせた、これは大きい。バルト先輩のご実家シュティンガー侯爵家の譜第の寄り子である我がパイロン伯爵家にとって、シュティンガー侯爵家四男であるバルド先輩と養女であるリリアーナ先輩の婚姻は、シュティンガー侯爵家とのより強固な関係を結ぶ事に繋がる。

シュティンガー侯爵家としても四男であるバルド先輩が下手な派閥の者を妻にするよりも余程家の為になると踏んだのでしょう。今はなるべく周囲に波風を立てたくないといった事が本音ですから。

まぁ立場的には家を出たバルド先輩の稼ぎで生計を立てる事になりますんで当面は共働きでしょうけど、そこは二人の思いで乗り切っていただく方向で」

 

そう言い肩を竦めるナバルに申し訳なさそうな瞳を向けるリリアーナ。

 

「でもナバル君、なぜそこまで? 今度の話だってナバル君が色々手を尽くしてくれたって聞いているわ、あなたは確かに魔法研究部の後輩だけど、私はあなたにそこまでの事を・・・」

「見ていられなかったからですかね」

 

ナバルはリリアーナから目を逸らすと、どこか遠い過去を見詰めるように言葉を続ける。

 

「先の戦争は多くの混乱を呼びました。従軍し戦死された先代のシュティンガー侯爵閣下、共に戦った北東部貴族家の多くの当主たちが命を落とされた。

我が家もそうでした、混乱する家臣団や領民を宥め親戚筋を抑え。なんとか家の混乱を鎮め代替わりを果たした頃、俺の婚約者の家では当主の弟によるお家乗っ取りが完了していた。

何とか自領を抑えることで精一杯だった我が家は彼女を切り捨てる判断を下した、そうせざるを得なかった。

だからこれは俺の我が儘、代償行為と軽蔑してくれても構いませんよ、本当の事ですから。だから先輩は胸を張って幸せになって下さい。

でも大変なのはこれからですよ? バルド先輩に家の事や家事を行うような生活力があるとはとても思えませんからね」

 

そう言いウインクをするナバルにクスリと笑みを漏らすリリアーナ。

 

「おい、ナバル、俺のリリアーナを口説いてるんじゃないだろうな。お前には心底感謝しているが、それとこれとは別の話だからな」

二人の下にドスドスと足音を鳴らしやって来たのはバルド、そんなバルドにナバルは芝居がかった口調で言葉を返す。

 

「これはこれはバルド先輩、この度はおめでとうございます。しかしながら現在はまだリリアーナ姉上は我が家の人間、この先何事もなく嫁ぐ事が出来るよう、バルド先輩には今以上に気を引き締めていただかなければなりません。

シュティンガー侯爵領に帰れば様々な社交の場にも顔を出さなければなりませんが、勝手に抜け出そうなどと思っていたのではありませんか?」

ナバルの言葉に反射的に顔を逸らすバルド、そんなバルドにジト目を向けるリリアーナとナバル。

 

「確りしてもらわねば困りますよ、これからはリリアーナ姉上の伴侶として手と手を取り合って生きていって貰わなければならないのですからね、バルド兄上?」

「わ、分かっている、ちゃんと社交の場にも顔を出す、勝手に抜け出したりはしない、約束する!!」

 

周囲の生徒から洩れる笑い、途端顔を赤くし大きな身体を俯かせるバルド。

 

「フフフ、ごめんなさい、ちょっと意地悪をしすぎちゃったわね。それじゃナバル君、また後でね。バルド、馬車まで連れていってくれるかしら?」

「お、おう、任せておけ!」

そう言い舞踏会でダンスでも踊るかのように手を取り合い馬車に向かう二人。そんな彼らの様子に小さく息を漏らすと、背後を振り返り胸に手を当て芝居の終幕の挨拶のような礼をするナバル。

 

“パチパチパチパチパチパチパチパチ”

広がる拍手、それは生徒であったり、生徒を迎えに来た保護者であったり、王都学園の職員であったり。彼らは皆“リリアーナ先輩とバルド先輩の恋を見守る会”のメンバーであり、彼らの恋を陰に日向に応援し続けてきた同志なのだ。

 

「ナバル、二人の事は頼んだぞ。ウチの両親、特に母親が二人の恋の行方を凄く気にしていてな。今日も俺の迎えを口実に様子を見に来ているんだ」

ナバルに声を掛けたのは同学年の公爵家次男グルドア・バルーセン。彼の向ける視線の先には豪奢なバルーセン公爵家の馬車が停まり、その窓から顔をのぞかせた御婦人が目元を抑えつつ拍手を送っている。

 

「・・・グルドア、お前も苦労してるんだな」

「まぁ、色々な。後は卒業記念パーティーに向け一直線、それさえ済めばこのバカ騒ぎもケリがつく。それまで大変だと思うが頼んだ」

 

互いに苦笑いを浮かべ、拳を打ち付けてから別れていく青年たち。

若者たちは進む、それぞれの道を。本格的な社交の季節はまだ始まったばかりなのだから。

 

――――――――――

 

「リリアーナ先輩とバルド先輩、なんか上手くいってるみたいだな」

「そうだな。ナバル先輩を中心に貴族家の各派閥に根回しして上手い事養子縁組をまとめたらしいぞ、フィリーがその働き掛けに協力したとかで詳しく教えてくれたよ」

 

王都学園正門前、多くの馬車が停まる中、俺達マルセル村若者軍団もホーンラビット伯爵家からの迎えを待って待機しているところ。

エミリーとフィリーとディアはどうしたのか? 三人揃ってリリアーナ先輩とバルド先輩の寸劇を見学しに行っておりますとも。

リリアーナ先輩がダンスの誘いを受ける女性のようにスッと手を差し出し、バルド先輩がそれを受け止め共に馬車に向かったシーン。もう女性陣が悶える悶える、フィリーが急いで遮音結界を張ったようで結界内でばたばた暴れておりました。

周囲に待機していたであろう見守る会のメンバーたちもあれには大満足だったようで、とてもいい笑顔をなさっておられます。

 

「あっ、アルデンティア第四王子殿下、アリスさんやお付きの方々もいらっしゃる」

見ればアリスさんの馬車の見送りにきたであろうアルデンティア第四王子殿下と側近の方々。何か高級そうな馬車に荷物を運び入れていますが、あれは一体?

 

「あぁ、何でもアリスさんの帰郷に合わせてカーベル様が付き添う事になったらしい。名目上は友人の家に遊びに行くといったものだが、ハッキリ言えば護衛だな。

前回のスラム地区の一件があったからな。アルデンティア第四王子殿下にはラビアナを通じて、王家には影の諜報員を通じて話が上がったんだ、これは当然の措置だろうな」

 

そう、スラム地区で白馬の王子様を演出しようとしたどこかのお貴族様、ガッツリバレちゃいました。俺とジミーとエミリーでボッコボコ、ゲフンゲフン、お話し合いをさせていただきよくよく理解していただいた方々、この後どうしようかなと思っていたところに黒塗りの馬車がやってまいりまして。

 

「エミリー様、ジェイク様、ジミー様、お久し振りでございます。後はこちらで。

ラビアナ・バルーセン公爵令嬢様、この者たちはこちらで対処させていただきますのでご安心を。詳細は後程そちらのメイドにお伝えさせていただきます。コリアンダ嬢、そういう事で宜しいか?」

「えぇ、そういう事でしたら。では後程」

といったようなやり取りがですね。

怖いよ、黒塗りの馬車怖いよ。あの人って確かベルツシュタイン伯爵閣下のところの執事さんだよね、ガチものの諜報組織の御方だよね。

後でラビアナ様経由で聞いた話ではベルツシュタイン伯爵閣下自らが相手のお宅をガッツリ締め上げたとかなんとか、どうも侯爵家の御子息だったらしく、親御さんが平謝りしていたとか。

やり方が悪かったしね~、仕方がないよね。

 

当のアリスさんは裏でそんなことがあった事など露知らず、スラム地区の現状にドン引きし、破落戸共が襲って来た事にかなりびくついておられたとか。これまでああも露骨に欲望と悪意をぶつけられた事ってなかったんだろうな~。俺も昔森で子供の盗賊に襲われてボビー師匠がナイフで刺されたとき、何も出来なくてうろたえたもんな~。

人の悪意って怖いよね、実際。今でこそ普通に対処出来るけど、昔は命乞いをする盗賊にどう対処したらいいのか分からなかったもん。

あの時トーマスお父さんがいなかったら甘ちゃんの俺はどうなっていた事か。こればっかりは経験を積んでいくしかないし、アリスさんばかりを責める訳にもいかないよね。

 

破落戸の対処はフィリーが一人で行ったらしく、両足の太ももと両肩の付け根をライトアローで正確に射抜いてやったんだそうです。しかもしばらく形状が残る特別仕様、魔法だから引き抜く事も出来ないし、破落戸共は相当に苦しんだんじゃないんでしょうか。

 

盗賊共の苦しむ様子に同情しそうになったアリスさんにはフィリーがびんたを喰らわせてからの説教、やるべき事は何かって事を確り叩き込んだと胸を張っておられました。

そんで子供らの母親の下に行って治療、原因がどう見ても過労と栄養失調だったらしく、治療後柔らかいパン粥を作って食べさせたんだそうです。

そうしたらアリスさんが母親と子供たちを引き取りたいと言い出したのでまたまたフィリーが拳骨(げんこつ)&正座で説教を喰らわせたんだとか。アリスさんの世迷い言に心乱されたカーベル様も、同罪という事で正座の刑を執行されたそうでございます。

 

これ、ケビンお兄ちゃんだったら“若いね”って言ってぐうの音も出ない程理屈と正論で叩きのめした後ビッグワームプールでも作らせたかもしれないけどね。

で、俺たちが合流したのがこの後、話を聞いたジミーが「ここからだと西門か」って呟いたと思ったら子供らとアリスさんたちを連れて西門の外の草原へ。そこで暫くウロウロしてから目的の獲物をつかまえて、子供たちの家に戻ったんだよね。

 

「喰え」

ジミーが差し出した獲物、それはキャタピラー。栄養失調のお母さんドン引き、悲鳴上げちゃうし。元はいいとこのお嬢さんだったのかな? 辺境じゃキャタピラーを食べるなんて普通だぞ?

そんでそのまま台所に行ってキャタピラーを捌き始めるジミー、暫くすると鍋一杯に出来上がったクリームシチューのような何か。

 

「キャタピラーと偽癒し草のスープだ。内臓を抜いてあるから変な青臭さもないはずだ。味付けは手持ちの岩塩を使った。

キャタピラーは二体も捕まえて腹の中の糸玉を工業地区に持っていけばいくらかの金になる。岩塩はその金で買えばいい。親子三人で働けば一回で五匹は取れるはずだ、そうすれば今の状態でも生活を賄う事が出来るだろう。

先ずは食え、じゃなきゃお前だけじゃない、この子らが飢えて死ぬと思って食え!」

深皿にスープをよそいグイッと差し出すジミー、その言葉に恐る恐るスプーンを付ける母親。

 

“・・・パクリ、ゴックン”

「・・・おいしい」

「当たり前だ、不味いものを食ってどうする、そんなものは食材になった命に対する冒とくだ。俺の兄は貧困に苦しむ寒村にビッグワーム干し肉という革命を齎した天才だ。その兄が言っていた、“旨い事は正義だ、肉を崇めよ”とな。このキャタピラー料理もそんな兄が考案したものだ。

貧しくて食べる物がない? ビッグワームやキャタピラーを食べるなんて信じられない? 生きる事を舐めるな、誰かが手を差し伸べてくれるなど夢物語だと思え!

辺境はな、本気で何もなかったんだ。冬になれば餓死者や凍死者が当たり前のように出る、それが辺境だ。少なくとも魔獣に襲われて死ぬ心配がないだけ王都はマシだ。

それでも逃げ出したい、生き延びたいと思うのなら“商人街の悪夢”と呼ばれる屋敷を訪ねるといい。

ジミー・ドラゴンロードの紹介で来たといえば無碍にはしないだろう」

 

そういい話は終わりだとばかりにその場を下がるジミー、その後に続くように親子の家を後にした俺たち。アリスさんは何やら神妙な顔つきで考え込んでいたみたい、変な方向に走らないといいんだけど思い込みが激しそうだから怖い。

 

アルデンティア第四王子殿下たちに目を向ければ、アリスさんの乗った馬車が出発したみたい。残った三人もこの場で解散するようです。

 

「そういえばジミー、この前スラム地区の親子に何やら説教じみたことを言ってたけど、子供の頃の俺たちって飢えて死にそうな目に遭った事ってないよね? 確かに肉入りスープは月に一度食べれればいい方って感じだったけど」

「それは俺たちの両親が生きる事に真剣だったからだろう? 畑を耕し、保存食を作り、食べれる野草を探し、やれることは何でもやってたって聞いてるよ。今でこそ飢えとは無縁の村になったけど、ヘンリーお父さんが子供の頃は本当に飢えと寒さで毎年人が死んでたらしいからな。

ドレイク村長がマルセル村を仕切ってくれなかったらとっくに廃村になってたって言ってたぞ?」

 

あ~、そういえば前にベネットお婆さんから昔のマルセル村の話を聞いた事があったっけ。マルセル一族の村経営、酷かったらしいからな~。

そんな感じでジミーとくだらないおしゃべりをしていると、何故かラグラ様が真っ直ぐこちらの方にですね。

 

「ジミー、ジェイク、ちょっといいか?」

ベイル伯爵家次男のラグラ様からの「ちょっといいか?」、嫌な予感しかしない俺は間違っていないと思います。




本日二話目です。
いってらっしゃい。
by@aozora
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