転生勇者の三軒隣んちの俺   作:@aozora

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第706話 悪役令嬢、蛮族の里を訪れる

“カチャッ、カチャッ、カチャッ、カチャッ”

長テーブルの置かれた広い部屋、十三名の人間が席を同じくしても然程圧迫感を感じない造りのそこは、元々社交の為の広間といったところか。

品のいい調度品が所々に並べられ、質素でありながらも落ち着いた雰囲気を作り出す演出は、この屋敷の持ち主の心の表れか。

 

“フワッ”

手に取ったカップから漂う甘い香り、フォレストビー蜂蜜のものともキラービー蜂蜜のものとも違う爽やかでいて確りとした独特なもの。

 

“スーーーーッ、コクリ”

舌の上を転がる優しい甘さ、それでいて力強いそれは、私の疲れ切った心を柔らかく包み込んでくれる。

 

“ツーーーーーーッ”

「お嬢様、こちらを」

隣に座るコリアンダから差し出された物、それは綺麗に折りたたまれた花の刺繍の入ったハンカチ。どういう事かと一瞬考えるも、直ぐに自身の頬に温かい雫が伝っている事に気が付く。

 

「ありがとうコリアンダ、でもそれはあなたが使いなさい。私は自分の物を持っていますから」

そう言いポケットから自身のハンカチを取り出す私。

“荷物や小物は使用人に持たせるもの、収納の付いたドレスなどはしたない”

社交パーティーでの一幕、子ども同士の集まりとは思えないような陰口や嫌みの応酬に辟易とした事を思い出し、思わず苦笑いを浮かべる。

 

ふと視線をずらせば、やはりカップに口を付けたまま涙を流すラグラ様とその従者。昔から涙には心を癒す力があると言われているが、この優しい飲み物はそんな傷付いた心の癒しを促す作用があるのだろうか。

 

この部屋に私たちを案内してくれたメイドに目を向ければ、こちらの意図を察したのか彼女はニコリと笑みを浮かべ、そっと口を開く。

 

「こちらは甘木汁のお湯割りとなります。甘木汁はヨークシャー森林国の特産品となりますが、お出しさせていただいたものはその中でもさらに希少なものとなります。

詳しくは申し上げる事が出来ませんが、これに近しい物をお望みという事でしたら甘木汁を温めた聖水で溶かしいただかれるとよろしいかと、疲れた身体と心をほんのり癒してくれる御飲物になると存じます」

 

メイドの言葉に、そう言えばホーンラビット伯爵家と隣接するグロリア辺境伯家は隣国ヨークシャー森林国と親密な関係にあったかと思い至る。

先の一年戦争の影に隠れ秘かに行われていたバルカン帝国によるヨークシャー森林国への侵攻、それに合わせるかのようにヨークシャー森林国国内に蔓延した疫病。これは果たして偶然によるものか、お兄様はこれをバルカン帝国による侵攻戦略であったと断言し、国境における入国審査をより厳格化すべしと提言していたか。

 

“ガチャッ”

開かれた扉、入室して来た者はこの屋敷に私たちを(いざな)った張本人、ケビン・ワイルドウッド男爵。

 

「皆さん、くつろがれているかな?マルセル村の者たちはこの影空間に来ることが初めてではないため問題ないだろうが、お客人方はそうはいかなかったかもしれない、驚かせてしまった事、心から謝罪しよう。

皆は勇者物語に語られる剣の勇者様の話を知っているかな? あの物語に登場する剣の勇者の従者、影使いジルバ、この影空間は彼が使っていた影魔法と同じものとなる。

尤も勇者物語で語られる影使いジルバの影魔法の使い方は影から影に移る影移動と影の中に多くの物資を仕舞い込む影収納、それと攻撃魔法としての影槍であったか。本来は他にも様々な活用法があるのだが、そこは彼も冒険者、手の内は晒さなかったのだろう。

 

ここでお客人方にお願いがある、これまでお客人方がワイルドウッド男爵家王都屋敷で見聞きした事、これからホーンラビット伯爵領で体験する事はあまり公では語らないでいただきたい。それは単に信じてもらえない内容であることもそうだが、尾ひれが付き歪んだ内容になる事は確実だからだ。

我らホーンラビット伯爵領の者は特段王都で認められようとも世界に名を売ろうとも思ってはいない。ただ日々をのんびり気ままに過ごせればそれでいいと本気で思う者の集まりだ。

その点をよくよく理解していただきたい」

 

それは忠告、それは願い、辺境に暮らすものとして今の穏やかな生活を乱されたくないという心からの言葉。

 

“ガチャリッ”

開かれた扉、そこにあるもの、それは黒い壁。

 

“ニュインッ”

ケビン・ワイルドウッド男爵は部屋のメイドに目配せをすると、そのまま吸い込まれるように壁の中に消えていく。

 

「では皆様、どうぞこちらにお進みください」

部屋のメイドの声に従い次々と黒い壁の中に足を延ばすマルセル村の者たち。

 

“ポンッ”

「大丈夫だ、何の心配もない。この俺を信じろ」

耳元でそっと囁かれる男らしく力強い言葉、肩に載せられた大きな手から伝わる温もりが、緊張した心を優しく溶かしていく。

 

「ジミー、あまりジゴロしてるんじゃない。ラグラも呆けてないで行くぞ、俺たちについて来るって言ったのはお前なんだからな」

<勇者>ジェイクの声にハッと我に返る。

 

「だ、誰がジゴロされてるって言うのですの!? わ、(わたくし)はしょんなこと」

クッ、不覚にも噛んでしまいましたわ。コリアンダもそのニヨニヨした目を向けるのは止めなさい!!

 

羞恥で顔が赤くなるのを感じるも、そんな事はないとばかりに自身を鼓舞し席を立つ。見れば部屋の扉の位置に現れた黒い壁に吸い込まれていくラグラ様たちの姿、私はコリアンダに目配せをし、その壁に向かい歩を進める。

ジミーの兄ワイルドウッド男爵は言った、「これからホーンラビット伯爵領で体験する事はあまり公では語らないでいただきたい」と、「信じてもらえない内容である」と。

それはこれまでワイルドウッド王都屋敷や今この場で体験しているような人に言っても絶対に信じてもらえないような事が、他にも起こりうるということ。

 

「“スゥ~~~~ッ、フゥ~~~~~ッ”、大丈夫、私はバルーセン公爵家令嬢ラビアナ・バルーセン。己を捨てその場に溶け込む、心を鎮め、平静を常とする」

私は両の拳に力を込めると、目の前の黒い壁に一歩足を踏み出すのでした。

 

窓辺から注ぐ明るい日差し、澄んだ青空と遠くに広がる枯れた草原が目に映る。部屋の中は温かく、暖炉の炎がユラユラと揺らめく。

正面に見えるのは執務机、その後ろに一人の男性が立ち私たちの方を見つめている。

 

「バルーセン公爵家ラビアナ・バルーセン嬢、ベイル伯爵家ラグラ・ベイル殿、ようこそ辺境の地ホーンラビット伯爵領へ。

王都からの長旅大変だったことでしょう、主に精神的な疲労という意味ではありますが。

私はホーンラビット伯爵家当主ドレイク・ホーンラビット伯爵、我がホーンラビット伯爵家はお二方の来訪を心から歓迎しよう。

エミリー、よく帰ってきたね。王都では元気に過ごせたみたいだね、エミリーのその明るい笑顔を見れてお父さんは感激しているよ。本当はこのままエミリーに王都の話を聞きたいところだけど今日はお友達もいる事だし、皆にマルセル村を案内してあげなさい。

ジェイク君、ジミー君、フィリーちゃん、お帰り。君たちの元気な姿が見れてよかった、ヘンリーさんやトーマスさん、ボビー師匠も君たちの帰りを首を長くして待っているよ。

ディア、エミリーの世話をありがとう。詳しい報告は後日にして、今日は家に顔を出してあげなさい。その方がボビー師匠も喜ぶだろうからね。

グルゴ、ギース、ご苦労だった。後ほど報告を頼む。

ケビン君、では後の事を頼む。まずは健康広場の宿に向かい宿泊の手配を。お二方も一度腰を落ち着けられた方が良いだろうからね」

 

・・・ん? ホーンラビット伯爵様? エミリーのお父様で、ホーンラビット伯爵家当ドレイク・ホーンラビット伯爵様で、ここはホーンラビット伯爵領で・・・。

 

「コリアンダ、少し聞きたいのだけれど、先ほど目の前の御方はドレイク・ホーンラビット伯爵様と仰られておりましたわよね?

それと「ようこそ辺境の地ホーンラビット伯爵領へ」とも。

(わたくし)、本日は王都学園の終業式に出席していたと思うのですけれど」

「ラビアナお嬢様、ケビン・ワイルドウッド男爵様のお言葉をお忘れでしょうか? 「これからホーンラビット伯爵領で体験する事はあまり公では語らないでいただきたい」、つまりはそういう事でございます。

考え過ぎてはいけません。状況を受け入れ状況に対処する、常に心のどこかに平静な自分を保ち続ける。

これは試練です、私たちの覚悟が試されているとお考え下さい」

 

そう言い軽く一礼をするコリアンダ。長年バルーセン公爵家に仕え、王都貴族社会の闇を見続けてきた優秀な使用人。私に多くの物事を教え導いてきてくれた人生の師。

 

「ありがとうコリアンダ。あなたにはいつも支えてもらってばっかりってコリアンダ、どうしたのコリアンダ、目が死んでいますわよ!? 焦点が合ってませんわよ!?

ブツブツと「私はコリアンダ、バルーセン公爵家の影にして刃、全ての敵は排除する」って呟くのはお止めなさい、他所の貴族領に訪問しておきながら物騒すぎますわ!! バルーセン公爵家が喧嘩を売ってると思われたらどうしますの!!」

ガクガク揺すり正気を取り戻そうとするも、一向に戻ってこないコリアンダ。私は額から流れる冷や汗もそのままにこの事態を収拾しようと“スパーーン”・・・は?

 

「ウッ、ウ~~ン、私は一体・・・。ここは・・・そう、ホーンラビット伯爵家にご訪問して。ラビアナお嬢様? どうなさったのです、そのような呆けたお顔をされて」

 

それは一振りの衝撃、目の前にはやり切ったという表情の<聖女>エミリーの姿。

 

「ラビアナ様、困った時はハリセンだよ、ツッコミは全てを解決するんだよ」

そう言いスッと差し出された物、それは前世での忘年会の必須アイテム“ハリセン”。

あの頃は本日の主役と書かれたタスキとデカッ鼻とカイゼル髭の付いた丸眼鏡、でっかい蝶ネクタイを装備しピコピコハンマーとハリセンの二刀流が私の戦闘スタイルだったことを思い出す。

盛り上げ役OLの悲しさよ・・・。

 

“ブンッ、ブンブンブンッ”

「・・・馴染む、今日からあなたは“無双丸”ですわ。私と共にこの乱世を駆け抜けるのでしてよ!!

“我ら生まれた日は違えども、死す時は共に前のめり”ですわ!!

って違いますわよ、私はバルーセン公爵家令嬢ラビアナ・バルーセン、ツッコミ芸人ではありませんわ~~!!」

 

「・・・これは、逸材?」

「ラビアナ様が遂に覚醒なされた? 一人ボケ一人ツッコミ、これは新しい時代の波が来た!?」

 

途端ざわつきに包まれるマルセル村の面々、マルセル村は常に優秀なツッコミを求めている、そんな彼らの前に彗星の如く現れたニュースター“ラビアナ・バルーセン公爵令嬢”の存在は、彼らにとって希望の光以外の何物でもない。

 

「皆落ち着くんだ、そして冷静になりなさい。ラビアナ嬢は公爵家の御令嬢だから、ツッコミ師ではないから。

確かに時代の先駆者たる才能に溢れているかもしれないが、お立場というものがあるからね? 決して無理強いしてはいけないよ? 特にケビン君、目を輝かせるのは止めなさい。それとパトリシアをツッコミ師に育成しようとしないように、これは義父としてのお願いです」

「「「「「「は~い、分かりました」」」」」」

満面の笑みで返事をするマルセル村の若者たち、その様子に“この子たち、絶対分かってない!!”と一人心労を蓄積させるホーンラビット伯爵。

ホーンラビット伯爵はどこか諦めたような瞳でケビンを見つめると、「後の事、本当に頼んだからね」と念押しし、執務室を下がるように促すのだった。

 

「はい、それではこちらが皆さんの宿泊先になる健康広場の宿です。こちらはホーンラビット伯爵家の直営の宿ですのでホーンラビット伯爵家別邸と思ってお過ごしください。実際現在の本邸が完成する前はこちらを仮本邸としていた屋敷を、宿泊要請に応え宿にしたというものですので。

それと健康広場脇のこちらの建物はマルセル村唯一の食堂となります。こちらで働いているガーネットさんとリンダさんは王都諜報組織“影”の現役の諜報員の方々ですので、マルセル村の事でお知りになりたい事がありましたらまずはこの二人に聞いてみてください。

お付きの方々はそれぞれの主人からの密命もあるものとは存じますが、一つだけご注意を。夜中に野外をうろつくのは大変危険ですのでお止めください。

マルセル村は急速に発展した村ですので、これまでも多くの盗賊や権力者から狙われ続けてまいりました。その為自衛手段として夜間に許可なく侵入しようとした者は全て盗賊とし排除することが決定しています。これは村中の者も適用対象となっていますので、やたらに外をうろついた場合排除されてしまいます。例えどこの誰であろうとその決定は変わりませんのでご注意を」

 

ホーンラビット伯爵家屋敷から歩くこと暫し、到着した宿の前でケビン・ワイルドウッド男爵から語られた言葉は、マルセル村に紛れ込んだ異物である私たちに対する警告。それは蛮族の里と恐れられるマルセル村のもう一つの顔。

 

「こちらに馬車をお出ししますのでお荷物等がございましたらお取りください。馬は後程厩の方に移しておきますので」

“ズズズズズズッ”

ケビン・ワイルドウッド男爵の影が伸び、そこからせり上がるように姿を現した二台の馬車。私たちはその馬車から荷物を下ろすと、宿の案内人に従い部屋へと向かうのでした。

 

“バタンッ”

その後私が部屋のベッドに倒れ込み、夕餉の知らせが来るまで意識を失ってしまった事は致し方のない事なのでありました。




本日二話目です。
いってらっしゃい。
by@aozora
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