転生勇者の三軒隣んちの俺   作:@aozora

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第709話 悪役令嬢、辺境の村を訪れる

“一・二・三・四、二・二・三・四、身体を前に伸ばしてから大きく上体反らしの運動~。一・二・三・四、五~~・六・七・八”

 

窓辺から日の光が注ぐ、大きなあくびと共に掛け布団を剥ぎ起き上がる。ひんやりとした室内、朝の冷たい空気にブルリと身を震わせる。

“今朝は随分と冷え込みますのね”

未だはっきりとしない意識、眠い目をこすりながらふと窓の外に視線を向ける。

そこには多くの人々が集まり体操のような事を行っている姿、人々の前には台のようなものが用意され、壇上で一人の男性が号令をかける。

 

「・・・はぁ? あの者たちは何故庭先で体操を? と言うかここはどこですの? 私は一体・・・」

身に付けているものは普段使っている寝間着、だが部屋はまるで使用人部屋のように狭く内装も質素で落ち着いたもの。

 

「そうでしたわ、私は冬期休暇でホーンラビット伯爵領に戻るジミーたちと共にマルセル村に向かって・・・」

覚醒する意識、鮮明に思い出される昨日一日で体験した出来事、そして自身が今どこにいるのかという事。

 

「イヤイヤイヤ、色々あり過ぎでしてよ? 勇者物語の冒険譚でもこうはいきませんわよ? 詰め込み過ぎは読者から嫌われてしまいますもの」

不意に口を突く言葉、自身でも何を言っているのかと思いつつ、大きくため息を吐く。それは白い煙となって空気に消えていく。

“ブルリッ”

 

「そうでしたわね。ここはオーランド王国の最果て、フィヨルド山脈からの吹き下ろしの寒風に晒されるマルセル村、寒いのは当然でしたわね」

 

“コンコンコン”

「“失礼いたします。ラビアナお嬢様、お目覚めになられておられますでしょうか?”」

扉越しに聞こえるコリアンダの声、ラビアナはこれが夢などではなく正しく現実であると自覚し、入室の許可を与える。

 

“ガチャリ”

「おはようございます、ラビアナお嬢様。昨夜はよくお休みになられましたでしょうか?」

「おはよう、コリアンダ。あなたこそ確り眠れたの? 昨日は大分参っていたみたいだけど」

 

互いに目を合わせ苦笑いを浮かべる主従。バルーセン公爵家の者として様々な修羅場を潜り抜けてきたコリアンダをして頭を抱えさせるジミーの兄ケビン・ワイルドウッド男爵、そんなケビンが引き起こすトンデモ現象を当たり前の事として受け入れるジミーたちマルセル村の者たち。

 

「コリアンダ、昨夜の食事の際、宿の者が今日の予定を話していなかったかしら?」

「はい、食事の後エミリー様方が御迎えに来ると。マルセル村を一通りご案内して下さるとの事でしたか。もっともエミリー様をはじめとしたマルセル村の方々は、既にこの御屋敷の前の広場で体操を行っているのですが。何でも朝の健康体操がマルセル村の冬の習慣なんだそうでございます」

 

コリアンダの言葉に先程窓の外に見えた光景を思い出す。あれは朝の体操の為に集まってきていた村人たちであったのかと。

 

「そう、分かったわ。でも先ずはカーテンを閉めてもらえるかしら、二階とはいえ宿の外に大勢の村人がいると知って寝間着姿でいるのには抵抗がありますわ。村を回るのなら動きやすい服装がいいかしら」

「はい、では早速お着替えのご用意を」

 

ラビアナはカーテンを閉めるコリアンダに目を向けながら、“明日からはもう少し早く起きなければいけませんわね”と、小さくため息を吐くのであった。

 

「おはようございます、ラビアナ様。昨夜はよくお休みになられましたか?」

ラビアナが食堂で静かに食後のマルセル茶を口にしていると、元気な挨拶と共に<聖女>エミリーが顔を見せる。

 

「おはようエミリー、お陰様で気持ちよく休むことができましたわ。ベッドがよかったのかすっかり疲れも取れて。宿の食事も大変美味しく頂けましたわ」

ラビアナは何気に口にした自身の言葉に違和感を覚える。

そう、この宿の食事はどれも大変美味しく、ベッドは素晴らしく寝心地の良い物であったのだ。

自身は公爵家の令嬢であり、王都でも指折りの職人が手掛けた寝具を使い、食事は王家にも引けを取らない調理人が腕を振るった料理を口にして育ってきた。そんな自分の感性がこの宿の料理をお世辞抜きに美味しいと感じ、ベッドを心地よいと感じている。

 

「それは良かったです。マルセル村で採れる野菜や角無しホーンラビット干し肉はグロリア辺境伯領の領都でも大変評判がいいんです。

王都でも一部の高級レストランで扱って貰っているとか、王都は遠いのでそうそう大量に流通させることは難しいんですけど。

それとベッドはマルセル村の代表的な産業であるホーンラビット牧場で取れたホーンラビットの体毛を中綿代わりに使用したものなんです。とても保温性に優れていて軽いので、快適な眠りを保証してくれる逸品なんですよ。ただこれも数が出せないので今のところ一部しか流通させる事は出来ないんですが」

 

エミリーの言葉に納得と言った表情になるラビアナ。急速に発展したホーンラビット伯爵領、その中心的産業がビッグワーム農法による農産物にあるという事は事前情報として知っていた、そしてそれらを発展させて村の生活水準を格段に向上させているという事も。

だが聞くのと体験するのでは大きく違う、百聞は一見に如かずの言葉の通り、これはこれで驚きの事実であった。

 

「それでまずはホーンラビット牧場にご案内しようと思ったんですけど、今の時期はホーンラビットたちは冬眠期間に入っちゃってまして。

それでも厩の見学は出来るんですけど、ラビアナ様は馬はお好きですか?」

「えぇ、嫌いではありませんわ。(わたくし)も貴族の嗜みとして乗馬を行いますし。もっとも近頃の王都の令嬢方は“馬に跨るなど淑女としてはしたない”などと言って乗馬を嫌う傾向にあるようですが」

 

ラビアナはそう言い「楽しいですのに、もったいない」と肩を竦める。エミリーはそんなラビアナに目を輝かせて言葉を向ける。

 

「そうですか、でしたら今度ご一緒しませんか? 私、ケルピーの従魔がいまして、ときどき王都傍の草原で走らせていたんです。ご一緒に散策出来たらうれしいです。

マルセル村には五十頭くらい馬がいますから、お好きな馬をお選びいただけますし、みんなで遠出するのも楽しいかも」

そう言い笑顔を向けるエミリーに若干驚くラビアナ。

 

「ホーンラビット伯爵家では馬の繁殖事業も行っておりますの? 手広く事業を展開されておりますわね」

「いえ、元々はそういう訳じゃなかったんです。マルセル村は急激に発展した村ですので、多くの盗賊に狙われまして。現在の馬たちの多くはその時の戦利品ですね。最近では仔馬が生まれて買われて行く事もありますが、基本的には村周辺の草原で放牧されているんです」

 

エミリーの言葉に“どれ程襲われまくっていますの!?”と驚くラビアナ。辺境の村が発展していく事の難しさ、発展した村を守り抜く困難さ、ラビアナはマルセル村が蛮族の里と呼ばれるに至った経緯を察し、眉をしかめざるを得ないのであった。

 

「それでラグラ様はまだお部屋の方でしょうか? こちらにはおられないようなんですけど」

「はい、ラグラ様はお食事の後クルーガル様と共に村の訓練場に向かわれるとの事でお出掛けになられました。

なんでも“剣鬼ボビー”ことボビー・ソード男爵様は大剣聖クルーガル・ウォーレン様と旧知の仲であるとか。ラグラ様はまだお疲れが残られていたようですが、クルーガル様が強引に」

 

エミリーの言葉に応えたのはメイドのコリアンダ、ラビアナは昨夜宿の食堂で大剣聖クルーガル・ウォーレンと出くわした時の事を思い出し苦笑する。噂にたがわぬ自由人であったクルーガル・ウォーレンに捕まり、「よく来られましたなラグラ殿、歓迎いたしますぞ」との言葉と共に広場脇の食堂に連れていかれたラグラ。今朝食堂に顔を出したラグラは「昨夜は遅くまでクルーガル先生に付き合わさせられた」とぼやいていたか。

 

「う~ん、ボビー師匠のところに行ってるんなら仕方がないかな? それじゃラグラ様の事はクルーガル様にお任せして、まずはケビンお兄ちゃんの実験農場に行きましょうか。あそこのホーンラビットは冬眠しないし、色々マルセル村について知るならあそこは避けて通れない場所ですしね」

 

何か変な言い回しをするエミリーに訝しむも了承の意を示すラビアナ。

“ガタッ”

「ではまいりましょう、こちらの準備は出来ていますので」

今日の予定を聞きいつでも出掛ける事の出来る服装に着替えていたラビアナは、席を立ちエミリーに続く。これから向かう場所がホーンラビット伯爵領最大の難所であるなどと思いもしないまま。

 

―――――――――――――

 

“ピョコ、ピョコ、ピョコ、ピョコ、コテン?”

フワフワモコモコした可愛らしい生き物が足下に近付き首を傾げる。

 

““ピョコ、ピョコ、ピョコ、ピョコ、コテン?””

「「可愛い~~~~~♡」」

さらに二体追加された天使の登場に、デレデレに相好を崩すラビアナ嬢とコリアンダさん。まさに瞬殺、癒しの頂点、プリティーホーンラビットに至った三体の魔獣に抗う事の出来る者はいない。

流石はマルセル村の癒し部長ボタン・スミレ・マリーゴールドの御三方、マルセル村ショックで心身ともに疲れ果てていた御二方を、一瞬にして魅了してしまわれた。

だってフワフワでモコモコのモフモフよ? ありゃ勝てないって、俺だって負けるわ。

 

ここは通称ケビンの実験農場、要は俺んちです。そんで本日は昨日マルセル村にお越しになったバルーセン公爵家の御令嬢ラビアナ嬢を、エミリーちゃん達女の子チームがマルセル村の観光地に連れて回っているって感じですね。

まぁ見るところって言ってもホーンラビット牧場かお茶畑かここくらいしかないんですけどね。別にラビアナ嬢はポンポコラクーンや三英雄のファンって訳でもないですし、聖地巡礼はファン以外の者からしたらただの街の光景ですしね。

礼拝堂なら光る魔法陣のギミックがあるから楽しめるかな? でもあそこってある意味マジ物の聖地だし、女神様の御言葉が掛けられた場所だし。一応神気の類はキレイさっぱり除去したんだけど、何となく神聖と言うか神秘的というか。やっぱ女神様って影響力が半端ないっす、どうか大人しく御見守りくださるだけでお願いします。(懇願)

 

「ラビアナ嬢、ようこそいらっしゃいました。畑とラビット飼育場とコッコ飼育場くらいしかないところですが、どうぞごゆっくりしていってください。癒し隊、集合!!」

俺の言葉に次々と集まり整列する癒し隊のメンバーたち、その統制の取れた動作に驚きの表情を見せるラビアナ嬢とコリアンダさん。

 

「あの、ワイルドウッド男爵様、こちらのホーンラビットたちは一体。ホーンラビット伯爵家がホーンラビットの飼育を行っている事は聞き及んでいますが、このホーンラビットたちは毛色が違うと言いますか、食用や毛皮を取るためのものとは全く異なるように感じられるのですが」

「はい、こちらのホーンラビットは飼育目的に開発された愛玩用ホーンラビットたちになります。“可愛いは正義”を旗印に日々精進し己を磨き続けるホーンラビットたちです。既に少数ではありますが愛玩動物として譲渡されていっているんですよ」

 

それは森の悪魔ホーンラビットの新しい姿、森の悪魔と呼ばれる恐怖の象徴は癒しの天使へと姿を変え、人々の生活に溶け込んでいっているのであった。

 

「これがマルセル村の秘密、確かにこの事はやたらに広める訳に行きませんわね、下手をすれば各地でホーンラビットの森が広がりかねませんもの」

ボツリと呟いたラビアナ嬢の言葉、ホーンラビットの可愛さに目を奪われつつもいい加減な飼育による弊害にまで気が付くとは。流石王家に連なるバルーセン公爵家の御令嬢、中々に鋭い視点をお持ちですこと。

 

““ズルズルズルズル””

““クワックワックワ~””

「おう、緑に黄色、キャロルとマッシュも見回りご苦労様。特に変わった事はなかったか?

あっ、紹介するわ。こちらラビアナ嬢とコリアンダさん、暫くマルセル村に滞在されるそうだからよろしく。

そうそう、クルーガルの爺さんが緑と黄色に再戦を申し込んでたけどどうする? 嫌なら断っておくけど」

 

““クエッ、クワックワ~♪””

「そう、ならボビー師匠の訓練場にいると思うから遊びに行ってあげてくれるか? 前みたいに畑を荒らされたら堪らないからな。ってどうなさいました?」

俺が畑の見回りから帰ってきた従業員たちを労っていると、なにかラビアナ嬢とコリアンダさんがこちらを向いて固まっておられるんですけれども。

 

「あっ、うん。ケビンお兄ちゃん、緑と黄色って大きくなってるし、迫力がね。それにオーランド王国だと人型のドラゴンってまず目にする事なんてないし、驚いちゃったんだと思うよ?

まぁこれは想定内だから、こっちでよく説明しておくから大丈夫だよ。

それよりもクルンさんとラビアンヌさんだよ、ラビアナ様は否定するかもしれないけど、ジミー君を取り巻く状況は確りと教えてあげておいた方がいいと思うんだよね。

この後パトリシアお姉ちゃんのところでお茶会をしようと思うんだけどいいかな?」

 

エミリーちゃんも確り女の子なのかな? 何かワクワクと言った表情のエミリーちゃん、マルセル村女衆の英才教育は確りと息づいているようでございます。

そんな所に男はお邪魔、俺はエミリーちゃん達の事を十六夜に任せると、緑たちを連れてボビー師匠の訓練場へと向かうのでした。




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