「爺さん、良かったじゃないか。あと一月は先になるかと思っていたエミリーお嬢様の帰村が早まって。早ければ明日にでも“エミリーちゃんチャレンジ”を開催してくれるかもしれないよ~♪」
“バシンバシンバシン、スタンスタン、バシンバシンバシン”
「喧しい!! こっちはまだ心の準備が出来上がってないんだ、ニヤニヤした顔でこっちを見るんじゃね~~!!」
“タンタンッ、ダダダダダダダダダダッ、スパンスパンッ”
村外れにある魔の森に隣接した広場、ボビー師匠の訓練場と呼ばれるそこでは、朝食を終えた村人たちが集まり熱心に身体を動かす。
オーランド王国北西部に位置するここマルセル村では冬になるとフィヨルド山脈からの冷たい吹き下ろしの風が流れ込み、身を刺すような寒さに襲われる。北の辺境に位置する村々では秋のうちに食料と薪を確保し、寒さが増すこの時期には冬籠もりに入るというのが通常の過ごし方であった。
「クルーガル先生、これは一体。なぜあの老人たちはこの寒さの中あれほどの動きを、あの者たちは寒さを感じないのですか」
ラグラは剣の師である大剣聖クルーガル・ウォーレンに連れられやって来た訓練場の光景に唯々呆気に取られていた。
そこには見るからに年寄りといった者たちがこの身も凍えるような寒さの中激しく動き回り、棒のような物で打ち合いの訓練を行っているからであった。
「どうですかな、中々のものではないですかな? 私もこれ程の動きをする者たちが揃っている村など見たことがありませなんだ。
あそこで打ち合いを行っているご婦人には何度も負けてしまいましてな、初めて勝利した時はうれしかったものです。
世間では大剣聖だのなんだのともてはやされておりますが、ここマルセル村では私など少々腕の立つ程度のただの年寄り、それがどれ程胸躍る事か。気付かぬうちにさび付いていた心と身体がどんどん磨かれていくのが分かるというのは、堪らぬ楽しさがあるものですな」
そう言い訓練用具置き場から持ってきた棒状の何かを、ラグラとその従者に手渡すクルーガル。
「ラグラ殿は土と光の魔法属性を持っておられたはず、そのどちらでも構いませんので、この棒に流し込んでみようとしてくれませんかな?
これはヨシ棒といって魔力操作の訓練を行うための道具でしてな、魔力の通りのよいヨシの性質を利用しておるのですよ。魔法杖で魔法を行使する要領で魔力を通し素振りをする、それにより魔力制御と魔力操作と剣術の訓練を同時に行う優れ物でしてな。既に魔力障壁を身に付けられたラグラ殿であれば数日でものにすることができましょう」
“ビュンッ”
クルーガルにより振られたヨシ棒、それは目に見えぬ速度を以て空を切り裂く。
「これは“魔纏い”習得のための最高の訓練なのですよ。いや~、私もこれまで様々な教え子に“魔纏い”の訓練を施してきたがこれ程簡単で効率の良い訓練法があったとは。この村の者たちの大半は“魔纏い”どころか“覇気”まで習得しておる、“蛮族の里”とはよくいったものだと感心してしまいましたわい」
そう言い豪快な笑い声を上げるクルーガルに信じられないといった目を向けるラグラと従者。
「おはよう、ラグラ。お前も朝の稽古に参加しにきたのか? 昨日到着したばかりで疲れているだろうに頑張るな。
クルーガル先生、お久し振りでございます、以前王都学園で剣の指導をいただいたジミーと申します。故郷マルセル村で再びクルーガル先生にお会いできるとは感激の至り、よろしければ剣のご指導をお願い出来ないでしょうか」
声を掛けてきたのは友人のジミー、クルーガルはそんなジミーの誘いに嬉しそうに応えると、そのまま訓練場中央に向かって行く。
“バスバスバスバス、スタンスタンスタンッ、ドドドドドドドドド”
交わされるヨシ棒、終わる事のない激しい打ち合いに、真剣な表情を向けるラグラ。自身の目指すべき道、目標とすべき頂の姿をその目に焼き付ける為に。
「おはようラグラ、従者さんもおはようございます。お前も寒い中大変だとは思うけど、“魔力纏い”は早い内に身に付けておいた方がいいぞ? マルセル村はこれからどんどん寒くなるからな。“魔力纏い”なしで外をうろつくのはきついからな」
声を掛けてきたのは<勇者>ジェイク、ラグラは何気なその会話に妙な引っ掛かりを覚える。
「おはようジェイク、ところでジェイクはなんで“魔纏い”の事を“魔力纏い”って言ってるんだ? 何か言い方が違ったんで気になったんだが」
「ん? あぁ、それは“魔纏い”が属性魔力を使った技なのに対し、“魔力纏い”は属性に関係ない魔力そのものを使った技だからって違いかな?
例えば魔力障壁って技があるだろう? あれって属性は関係ないよな? だって魔力を固めただけだし。あんな感じで実際は属性のないただの魔力も操る事は可能なんだよ。
ただ普通は魔法は属性ありきって考えが染みついちゃってる、だから魔法適性のある者は中々“魔力纏い”を行うことができないらしいんだけどね。
でもこのヨシ棒の訓練法を続けて魔力制御と魔力操作を身に付けていけば“魔纏い”は割と早く身に付けることができるし、“魔力纏い”も覚えることができるかもしれない。
便利だよ~、“魔力纏い”、応用範囲が広いからね。詳しい事はケビンお兄ちゃんの許可がないと教えられないんだけどね、使いようによっては結構危ない技だし」
そう言い木刀に炎を纏わせ軽く素振りをするジェイク。
「疑似魔剣、獄炎の舞、なんてね。こうやって武器に魔力を纏わせる事も出来るようになっちゃう、普通は無理らしいんだけど、マルセル村の大人たちなら鎌だろうが包丁だろうが魔力を纏わせることができるんだよ。
ね、危ないでしょう? ラグラもそのつもりで訓練した方がいいよ、なによりも大切なのは危険性を自覚し身に付けた知識をどう扱うのかって事だからね」
そう言いニヤリと笑うジェイクに、手に握るヨシ棒に目を向けるラグラ。
クルーガル先生はこのヨシ棒を手渡して下さったとき何と仰っていたのか、その言葉を反芻し自身の中に落とし込む。
「“大いなる神よ この手に集いて”」
それは応用、王都学園で魔法講師シルビーナ先生が教えてくれた<待機>の技術の模倣。
詠唱により両手に集まる魔力、その力を魔法杖に流し込むつもりでヨシ棒全体に。
“ブン、ブン、ブン”
振るわれるヨシ棒、それは軽くて脆いヨシの束が出すとは思えないほどの力強い風切り音。
「流石ラグラ、もうコツを掴み始めたみたいだね。後はその調子で身体に覚えさせていけばすぐに“魔纏い”も身に付くはずだから頑張って」
そう言い手を振りながら離れていくジェイク、ラグラはこの掴み取った感覚を確かなものにする為、只管に素振りを続ける。
““ズルズルズルズル””
それは不意に聞こえてきた雑音、大きな何かが地面を這いずるような、普段決して耳にする事のない不気味な音。
「お~い、クルーガルの爺~、緑と黄色が再戦を受けてくれるってさ。ジミーと遊んでないでこっちにこ~い」
それは見上げる程の巨大な何か。前に伸びた嘴、知性のきらめきを感じさせる澄んだ瞳、その顔はまるで伝承に謳われるドラゴンそのもの。
「なんと。ジミー殿、勝負は一旦預けさせてもらってもよいか? 緑と黄色には連敗続きでな、今日こそ一矢報いたいのだ」
「あぁ、それは構わないがどちらか譲ってもらっても? 俺も一度も勝ったためしがないんでな」(ニチャ~)
それはまさに勇者物語に謳われる一幕。
「緑、今日こそ貴様に勝つ、覚悟しろ!!」
“キュワッ、クワックワ~!!”
“ビュンビュンビュン、ドガドガドガ、スパンスパン、ドガドガドガ”
鋭い風切り音と打撃音を響かせ木剣が走る。
“ビュビュビュビィビュビュ、ブオンブオン、ビュビュビュビィビュビュ”
尻尾が、頭部が、巨大な地這い龍の身体が舞い飛ぶように大地を踊る。
“シュタンシュタンシュタン”
「ウォォォォォォ、<重爆>!!」
“ドゴーーーン”
打ち付ける木剣、全ての力が集約されたその一撃に勝負が決したかに思われた、だが次の瞬間。
“バゴーーン”
“グォ~~、ドサッ”
横薙ぎに振るわれた尻尾の一閃、吹き飛ばされ地面に転がるクルーガル・ウォーレン。
「勝負あり、勝者、緑!!」
“ウォ~~~~~~~、パチパチパチパチ”
周囲で見守っていた観客から歓声と拍手が巻き起こり、地面に倒れるクルーガルの下へはケビン・ワイルドウッド男爵が治療に走る。
そんな光景を唯々呆然と見続けるラグラと従者。
マルセル村の冬場の日常、そんな何気ない光景に強い衝撃を受ける来訪者たち。彼らの冬はまだまだ始まったばかりなのであった。
―――――――――
マルセル村を訪れた男達が身体を動かし辺境の農村体験をしている頃、女たちはテーブルを囲み温かな甘い飲み物に顔をほころばせていた。
「ジャイアントフォレストビー蜂蜜のお湯割りです。温めた魔力水で割ると身体の芯から温まるのよ、これも冬の寒さの厳しいマルセル村なりの工夫かしら」
そう言いその場の者にお茶を勧めるのは、この屋敷の夫人パトリシア・ワイルドウッド。
「はじめましてラビアナ様、ワイルドウッド男爵屋敷へようこそ。エミリーの義姉のパトリシア・ワイルドウッド男爵夫人です。
先程はケビンが申し訳ない事をしたわね、あの人は普段はやたら鋭くて慎重に行動する癖に、従魔の事や趣味の事になると途端いい加減と言うか間抜けな行動をするようになるのよ。
まぁそのお陰で今のマルセル村の発展があるとも言えるから何とも言えないんだけど。王都育ちのラビアナ様には少し刺激が強かったかもしれないわね」
そう言いニコリと微笑むパトリシア、その表情はとても柔和で優しく、元より美しいパトリシアをより一層魅力的に引き立てる。
「えっ、あっ、はい。本日はお招きいただきありがとうございます。王都学園にてエミリー・ホーンラビット嬢と共に学んでおりますラビアナ・バルーセンともうします。
事前の先触れもなく突然ホーンラビット伯爵領にお伺いした無礼、深くお詫びいたします」
席を立ち、謝罪の礼をするラビアナ、そんな彼女にパトリシアは笑みを浮かべたまま席に着くように促す。
「ラビアナ様の謝罪、確かに受け取りました。私としてはエミリーちゃんに新しいお友達が出来たことを喜んでいるのですけれど、通すべき筋は筋、以降この件は不問といたしましょう。
それよりも王都学園の事を伺いたいわ、ラビアナ様は旦那様の弟であるジミー君と学園ダンジョン攻略パーティーを組んでいるとか、ジミー君たら王都学園の様子なんか全然教えてくれないし、義姉としては寂しいのですけれど。
ジミー君は王都学園ではどんな様子なんですか?」
「はい、王都学園でのジミーですが・・・」
パトリシアはエミリーに新しい友達が出来たことを喜び、ラビアナの謝罪を受け入れると共に心配事の一つであったジミーの事を聞いていく。その生活、授業態度、学園で何か問題を起こしていないか。交友関係や日頃のジミーから受ける印象はどういったものであるのかといった個人的な感想まで。
それは義弟のことを心配する義姉の思いやり、心温まる姉弟の関係、に見せ掛けた誘導尋問。
その場にいる者たちは、“これが王都社交界の華と呼ばれたパトリシアの実力か”と心の中で感嘆する。
「そう、ジミー君も王都で頑張ってるのね。マルセル村は辺境の寒村だから、そんな土地で育ったジミー君やエミリーちゃんが王都のような都会でやっていけるのか凄く心配だったの。
でもラビアナ様のような強い味方がいて下さるのなら安心ね、これからもジミー君やエミリーちゃんの事をよろしくお願いしますね」
「いえ、こちらこそお二人にはご迷惑をお掛けするばかりで、こちらの方こそよろしくお願いいたします」
そう言い互いに軽く頭を下げるパトリシアとラビアナ。
「でもそれ程親しくしているラビアナ様だったら少しジミー君の事についてお話しておいた方がいいかしら。
ジミー君は背も高く気さくで誰よりも剣に対して実直で。そんな彼の姿勢は見る者から見れば凄く魅力的に映るの。少なくとも今四人の女の子がジミー君に婚姻を申し込んでいるのよ」
“ブホッ、ゲホゴホゲホッ”
パトリシアから唐突にぶち込まれたジミーへの求婚話に思わずせき込むラビアナ。
“えっ、ジミーに求婚って、一体何がどうなってるの!?”
混乱する思考、だがパトリシアはそんなラビアナの心の内を知ってか知らでか話を進めていく。
「それでね、ラビアナ様も知っているフィリーちゃんとエミリーちゃんのメイドをしているディアちゃん、この二人は色々あってこのマルセル村に辿り着いたんだけど、その時からジミー君とは仲良くしていてね。
二人にとっては運命の相手みたいな関係なの。
その他にジミー君が授けの儀を受ける前に剣の修業で向かった先で知り合ったクルンちゃんとラビアンヌちゃん。この二人はジミー君に会うために故郷の地からマルセル村を訪ねてきた子たちなの。今は我が家で使用人見習いとして働いてもらってるわ」
パトリシアが視線を向けた先、そこにはこちらに顔を向け一礼する二名のメイド。その内の一人は頭の上にピンと伸びた耳が付き、腰の辺りではユラユラと尻尾が揺れる。
「・・・えっ、獣耳と尻尾!? まさか獣人族とか?」
混乱する思考、グルグルと廻る目。可愛らしいホーンラビットに癒されたところに現われた巨大な地這い龍とドラゴニュート、そんな精神的ショックから立ち直ったところで聞かされたジミーの求婚話、更にその内の一人が前世のゲームやアニメでしか見た事ない獣人。
前日に引き続き襲い来る情報の洪水に、ラビアナが目を回してしまう事は致し方のない事なのでありました。
そんな中ラビアナ付きのメイドのコリアンダといえば。
見詰め合う目と目、互いの心に宿る熱い情熱が両者の中で響き合う。
「ワイルドウッド男爵家のメイドをしております、十六夜と申します」
「バルーセン公爵家ラビアナお嬢様付き専属メイドをしております、コリアンダと申します」
「コリアンダ様は小説などはお読みになられますでしょうか? 学園もの、貴族家同士の悲恋もの、身分違いの恋等々」
「嗜む程度には。ですがやはり身近な御方のお世話を通して手肌で感じることが一番かと」
““・・・ガシッ””
「マルセル村滞在中、何か困った事があったら何でも仰ってください。出来る限りの協力は惜しみません」
「それは大変心強い。でしたら早速ではありますが、お聞きしたい情報が」
趣味人は趣味人を知る、固い握手により結ばれた同盟がこの先どの様な結果を齎すのか。ラビアナの預かり知らぬところで、情報網は着々と築かれていくのでした。
本日二話目です。
いってらっしゃい。
by@aozora