転生勇者の三軒隣んちの俺   作:@aozora

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第713話 辺境への来訪者、マルセル村の実態を知る (3)

“シュッ、シュッ、シュッ”

辺境の冬は厳しい。凍てつく大地は固く、取り囲む空気は身体を芯から冷やして来る。

 

“シュッ、シュッ、シュッ”

嘗て剣の師である大剣聖クルーガル・ウォーレンは言った、“剣の道に終わりなど無い”と。オーランド王国どころか周辺各国からその腕と人間性を認められ招聘される生ける伝説、そんな師を以ってしても終わりなど無いと言わしめる剣の道。

 

“シュッ、シュッ、シュッ”

“現にクルーガル先生はこのマルセル村に来て更なる飛躍を果たされている。飽くなき好奇心と探求心、それこそがクルーガル先生を大剣聖たらしめる原動力”

振り抜くヨシ棒に意識を集中し、自身の剣と正面から向き合う。それは己がこれまで築き上げてきた全てを捨て去る事。自身の常識や気付かぬうちに染み付いてしまった固定概念を打ち壊し一から城を築き直す。既に完成していたものを捨て去ることはとても恐ろしく勇気のいる事、だが自らの師であるクルーガル・ウォーレン先生はそれをやってのけた。

 

「世間では大剣聖だのなんだのともてはやされておりますが、ここマルセル村では私など少々腕の立つ程度のただの年寄り、それがどれ程胸躍る事か。気付かぬうちにさび付いていた心と身体がどんどん磨かれていくのが分かるというのは、堪らぬ楽しさがあるものですな」

ラグラの脳裏に昨日クルーガルが何気に語った言葉がよみがえる。自身の師、クルーガル・ウォーレン先生にとって“大剣聖”という剣士ならば誰しもが追い求める称号も、自らが進む剣の道の道標の一つにしか過ぎないのだと。更なる高みに至るためにはこれまでの自身の功績など何の躊躇もなく捨て去るその勇気、それは覚悟の違い、純粋に剣の道を求める男の姿。

 

「ラグラ殿、焦る必要はありませぬ。剣の道とは一朝一夕にどうこうできるものではない。一度この道を志すと決めたのならば、ラグラ殿も私も共に頂を目指す同志なのです。

そこに優劣はない、強い弱いはただの過程。より深く、より遠く、より高く、ほんに業の深い人生ですな」

そう言いカッカッカと笑うクルーガルの姿に、目指すべき生き方を見出すラグラ。

 

“シュッ、シュッ、シュッ”

“しかしクルーガル先生、地這い龍に木剣一本で立ち向かうのはいくら何でも勇者病が過ぎますよ”

ラグラは昨日目の前で見せ付けられたクルーガルの男の生きざまを思い出し苦笑する。それはこれまでの人生観を根底からひっくり返してしまう程の衝撃的な光景。

 

“あのジミーが全力で戦いを挑んでも勝利を掴む事の出来なかった強敵、あんな化け物、誰にも勝てないだろうが。と言うかあれほどの戦いが目の前で繰り広げられたというのに、それをただの娯楽として受け止める。この村は一体どうなっているんだ”

“シュッ、シュッ、シュッ”

振り続けられるヨシ棒、そこには自身の魔法適性である土属性魔力が込められる。固く、丈夫に、そして鋭い一振りを求めて。

 

「ラグラ、頑張ってるじゃないか。って言うか既に基礎が出来上がってね? 

ちょっとこのヨシの茎を持って力一杯振ってみてくれる? ヨシ棒を振るう要領で」

言葉を掛けたのはジェイク、ラグラはジェイクからヨシの茎を受け取ると、土属性魔力を全体に行き渡らせるつもりで大きく振りかぶる。

 

“ビュンッ、ビュンッ、ビュンッ、ビュンボキッ”

「あ~、惜しい。って言うか既に“魔纏い”は身に付いてるから。これって才能の差って奴? 凄い悔しいんだけど、俺の子供の頃の苦労は何だったのってくらい悔しいわ~。

後は只管繰り返し、ヨシ棒を振るって芯から振れている感覚を覚えたらヨシの茎を振るってみる。ヨシの茎が何度振っても折れないようなら完成だから。

それとこれは魔法属性の話になるんだけど、魔法属性を授かっている場合その属性の魔力は他の属性の魔力より操り易いって特徴があるんだ。だからラグラの場合土属性と光属性の魔力を使って魔力制御や魔力操作を鍛えていく方が効率的って事になるんだ。

土属性と光属性、それぞれの魔力でこのヨシの茎の素振りを難なく行える様になれば基礎魔力、魔力障壁の魔力を使ってのヨシ棒振りもすぐに覚える事が出来る筈だから。

あと、土属性魔力が纏えるようになっているんなら纏いながら練習した方が良いよ、その方が寒くないし。

元々マルセル村の住民が魔力纏いを覚えるようになった切っ掛けって寒さ対策だからね」

 

そう言いラグラの背中をポンッと叩くと、仲間の下に戻っていくジェイク。ラグラはジェイクに「ありがとう」と礼の言葉を向けると、再びヨシ棒を持ち素振りを続ける。剣の道を進む為、己自身と向き合う為に。

 

――――――――

 

“ブンッ、ブンッ、ブンッ”

「そう、その感じ。魔法杖を扱うときみたいに魔力をヨシ棒に流し込むんだ」

 

村外れの一角、ボビー師匠の訓練場では多くの村人たちが冬場の体力づくりの為にヨシ棒を振るう。

そんな訓練場の片隅で、渡されたヨシ棒を手に素振りを行う()()()乙女たち。

 

“ブンッ、ブンバキッ”

「ジミー、ヨシ棒が折れてしまった。もっと丈夫な武器はないのか?」

「あのなクルン、このヨシ棒は魔力制御と魔力操作を鍛える為の訓練用具だから。ただ力任せに振るったら簡単に折れる代物だから。

必要なのは筋力じゃない、如何にヨシ棒に魔力を流し込むのかといった事だからな?」

 

ジミーは地面に束にしたヨシの茎を一本抜き取ると、クルンに木刀を渡し構えを取るように促す。

 

「クルン、その木刀で打ち込んでこい、俺はこのヨシの茎で受けきって見せるから」

そう言い葦の茎をひらひら揺らすジミー。

 

「それじゃジミー、いくからな。ケガをしても恨むなよ?」

“シュタンッ、ビュン”

それは瞬間の打ち込み、獣狼族の身体能力を十全に発揮した絶対の一撃。

 

“パシンッ、ピュピュピュピュピュッ、ボタボタボタボタボタ”

だがそれはジミーが手に握るヨシの茎により簡単に受け止められ、そればかりか幾つもの木片に切り刻まれる。

その様子に呆然となる三人の乙女たち。

 

「これが“魔力を纏う”という事、使い方に依っては鋭い打ち込みを受け止める盾にもなれば敵を切り刻む剣にもなる。

クルン、お前は敵の攻撃をその身で受け止め、鋼鉄の鎧をその爪で切り裂くだろう? それは意識せず魔力を使い魔力で戦っている事に他ならない。獣狼族の獣化などは魔力による身体変化そのものだろう。

つまりクルンは既に魔力を扱う下地を持っているんだ。

これはラビアンヌにも言える事、ラビアンヌの扱う真言による身体強化術は魔力とは別系統の覇気に近い力かもしれないが、身体を使う以上魔力の運用に通じるものがあるはずだ。

要は如何に自身の内に秘める魔力と向き合うのかという事になる。

その点ラビアナは既に魔力を纏う術を身に付けている、後はそれをいかに効率よく使いこなすかという事になる」

 

ジミーはそう言いラビアナに自身の手に握るヨシの茎を手渡すと、魔力を流し込んで素振りをするようにと指示を出す。

右手に握ったヨシの茎、ラビアナは自身の中の闇属性魔力を“魔纏い”の要領で流し込む。

 

“ビュンッ、ビュンッ、ビュンッ、ビュンボキッ”

「あっ」

ボキリと折れたヨシの茎、それを見てがっくりと肩を落とすラビアナ。

 

「うん、いい感じで魔力は通っていたが制御が甘かったな。持ってみろ」

ジミーはラビアナに新しいヨシの茎を渡すと背後に回り、その大きな身体でラビアナを包み込むようにしながら、ヨシの茎を握る手に大きな手を重ねる。

 

「いいか、俺がヨシの茎に力を流し込む、その感覚を忘れるな」

耳元で囁かれる優しくも男らしい言葉。ラビアナは早鐘のように脈打つ鼓動を必死に隠し、然も真剣に課題に取り組んでいる自身を装い続ける。

 

「よし、やってみろ。うん、いい感じだな、流石はラビアナだ」

そう言い頭をくしゃくしゃと撫でるジミー。

 

「当然でしてよ、ジミー。それと私は子供ではありませんわ、褒めるにしてもちゃんと淑女として扱ってくださいませんこと?」

「あぁ、それはすまなかったな。ラビアナ嬢、流石は俺が見込んだ女性、素晴らしい成長ぶりに感服いたしました。

どうぞこれからもパーティーメンバーとしてよろしくお願いいたします。頼りにしてるぞ、ラビアナ」

 

「し、仕方がありませんわね。ジミーこそリーダーとして確りしてくださいませ」

見つめ合う男女、互いの心に暖かな思いが宿り自然と口元に笑みが浮かぶ。

 

「ジ、ジミー、私の方も指導を頼む。どうも自身の魔力を伸ばすという感覚が」

「ジミー、私もお願いします。魔力の感覚というものがいまいち分からないものですから」

掛かる声、ジミーは残り二人の指導を行う為ラビアナの下を離れる。

 

「あっ」

「ラビアナ、しばらくはヨシ棒を振る訓練をしていてくれ。ラビアナなら出来る、期待しているぞ? 後で顔を出す」

口元に小さく笑みを浮かべてから二人の指導に向かうジミー、ラビアナは足下に転がるヨシ棒を拾い上げると、ギュッと握りしめ素振りを始める。

 

“ビュンッ、ビュンッ、ビュンッ”

「ジミーの女誑しー!! 無自覚ジゴロって、いいかげんにしろ~~~!!」

思わず飛び出した本音、三人の指導を行っていたジミーがギョッとする中、周囲の村人たちはウンウンと大きく頷きで応える。

マルセル村の冬は始まったばかり、乙女たちの心の叫びは高く澄み切った青空に溶けて消えていくのであった。

 

――――――――――

 

「ブッハッハッハッハッ、ジミー、とんだ災難だったな。それにしても無自覚ジゴロって、地味メガネのジミーが無自覚ジゴロ・・・駄目だ、我慢できない」

そう言いジミーの背中をバンバン叩くラグラ。そんなラグラに“ごめんラグラ、それ全部事実だから”と優しい眼差しを向けるマルセル村若者軍団の面々。

ボビー師匠の訓練場での午前中の訓練を終え、各自昼食を取ったのち健康広場に集まった若者たちは、午後の訓練に向かうべく村外れの草原に向け歩を進めていた。

 

「ところでジミー、午後の訓練は一体どんな事を行いますの? エミリーからは“大福チャレンジ”としか伺っていないのですけれど」

言葉を掛けたのはラビアナ、その脳裏には報告書にあった与太話のような記載が思い出される。

 

「まぁ、着いてみれば分かる。今日は久々だからな、軽く肩慣らしといったところだな」

そう言い楽し気に口角を上げるジミー。その表情にまたジミーの病気が始まったのかしらと頬を引き攣らせるラビアナ。

 

「おう、ジミーたちも来たのか」

向かった草原、そこには既に待機していたのか複数の大人たちが木剣を手に素振りを行っている。

 

「ヘンリー師匠、先に来ていたんですか。そう言えばケビンお兄ちゃんはどうしたんですか? 訓練場でも姿が見えませんでしたけど」

「あぁ、ケビンの奴ならホーンラビット伯爵閣下のところに行ってるぞ。何でも午前中に無事アナスタシアの子が産まれたらしい。

俺もさっきメアリーに聞いたんだが、ケビンにそっくりな男の子だとか」

ジェイクの疑問に答え、ヘンリーから伝えられる目出度い知らせ。驚くジェイクに、「もう、私が驚かせてあげようと思ってたのに」とエミリーが頬を膨らませる。

 

「ハハハハ、エミリーちゃんごめんごめん。でもあの事は言ってないからエミリーちゃんから伝えてあげるといい」

“ブフッ”

ヘンリーの言葉に途端噴き出すジミー。そんなジミーの態度に合わせるようにニヤニヤといった顔になる村の大人たち。

 

「あのね、ジェイク君も知っての通りアナスタシアさんってエルフさんでしょう? だからその男の子も確りアナスタシアさんの特徴を受け継いじゃったの」

「えっ、それじゃエルフの男の子ってこと? うわ~、エルフって言ったら魔力量が多くて美形で、その子も大変だ」

 

「それがね、ケビンお兄ちゃんそっくりだったらしいの。出産が行われている部屋からセシルお婆さんの大爆笑の声が聞こえるから、部屋の中で一体何が起きたのかと思って聞いてみたらまさかのオチで驚いたってミランダお母さんが教えてくれたの」

「「「・・・はぁ?」」」

エミリーの言葉に想像力が追い付かないジェイクとフィリーとディア。

 

「要はケビンお兄ちゃんの顔にでっかいエルフ耳を付けたって感じらしい。普段のケビンお兄ちゃんを知っているだけにどうしても笑いが先に立ってしまってな。

慣れるのには時間が掛かりそうだ」

そう言いながら息を整えるジミー、笑い耐性のなさという新しい弱点に気が付き、“これはどうしたらいいんだろうな”と苦笑するジミーなのであった。

 

「ヘンリーお父さん、今日は俺たちが先に“大福チャレンジ”をさせてもらうけどいいかな? 久々だから肩慣らしがてら軽く行うつもりなんだけど」

「あぁ、構わんぞ。俺とボビー師匠の相手は緑と黄色がいるし、男衆の相手はキャロルとマッシュが引き受けてくれているからな。

それよりもこの後“エミリーちゃんチャレンジ”も控えている事を忘れるなよ? その辺をよく考えて戦ってこい、護衛任務の予行練習にもなるはずだ」

 

ヘンリーの声に自らの得物(木刀)を持ち草原に向かう若者軍団、冷たい風に枯草がそよぐそこでは、一体のスライムがピョンピョンと跳ね回る。

 

「大福、まずは本体チャレンジ四つ首からでお願い。ジミー、エミリー、フィリー、ディア、油断なくいくぞ」

「「「「おう!!」」」」

“ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ”

ジェイクの掛け声とともに突如として姿を現す巨大な魔物。

 

“ズドーンッ、ズドーンッ、ズドーンッ、グガァーーーー!!”

魂に響く咆哮、四本の首を自在に揺らすその姿は、まごう事なき厄災の魔物ヒドラ。

 

「ジェイクとエミリーは左右に分かれてそれぞれで攻撃、ディアは魔力障壁を展開、ジミーは私の牽制の後正面から向かってください。<ファイヤーボール×20>」

“ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドゴーン”

フィリーによる激しい火球の攻撃。

 

「<縦一線・横一線>」

「<重爆十連突き>」

「<大縦斬>」

隙を逃さず繰り出されるジェイク、エミリー、ジミーの三方向からの物理攻撃。

 

“グォーーーーー!! ドドドドドドドドドドッ”

怒りの咆哮を上げるヒドラ、その四本の首からは属性の異なる無数のボール魔法が撃ち出される。

「させません、<キャッスルウォール>」

“ドガドガドガドガドガドガドガドガドガドガ”

 

だが攻撃は止まらない、透かさず四本の尻尾が若者たちを襲う。

「尻尾、来ます!!」

“ズドズドズドズド”

草原に鳴り響く激しい打撃音、ディアの鉄壁の防御が、魔法・物理の全ての攻撃受けとめる。

突如始まった伝説級の戦い、その光景に唯々呆然とするラビアナとコリアンダ。

 

「ハハハ、何だこれは。昨日の地這い龍と言いこのヒドラと言い、ホーンラビット伯爵領は化け物の巣窟か? そんな化け物相手に己を鍛えるこいつらはいったいなんだっていうんだよ」

ラグラはボッキリ折れそうな心を必死に支えながら、目の前の戦いを見つめ続けるのであった。

 




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