その日、王都はとある旅の一団を出迎えるため、多くの王都民が街に繰り出していた。
「お母さん、これから来る聖女様って、女神様に直接お会いになった事があるって本当?」
「そうよ、ボルグ教国の大聖女様は女神様の下に直接お呼ばれしてお声を賜る事の出来る凄い御方なのよ? それに<神眼>というスキルをお持ちでマー君の悪戯だって全部見抜いちゃうんだから。
引き出しに仕舞ってあったおやつを盗み食いした事や、おねしょしちゃったことも全部まる分かりになっちゃうのよ?」
「え~、何でお母さんがそのこと知ってるの!? もしかしてお母さんも<神眼>のスキルを持ってるの?」
「フフフフ、どうかしら? でもマー君の事なら何でも分かっちゃうかも。他にはどんな秘密を隠してるのかな~?」
「ベっ、別に何も隠してないよ、ほっ、本当だよ? ほらお母さん、大聖女様がいらしたよ!!」
王都南街門側から鳴り響く大きな歓声、人々からの来訪を歓迎する言葉を受けながら、一団は一路王城を目指す。ボルグ教国の大聖女の来訪、それはダイソン公国との戦争やバルカン帝国との関係悪化により暗い影を落としていたオーランド王国国民に、復興の証となる明るい知らせとして温かく迎え入れられたのであった。
「国王ゾルバ・グラン・オーランド陛下、並びにレブル・ウル・オーランド王太子殿下、メルビア・リア・オーランド第一王妃殿下の御入場です」
王城内謁見の間、来訪した大聖女の姿を一目見ようと多くの貴族が詰め掛けたそこは、国王ゾルバ・グラン・オーランドの入場により静かな緊張に包まれていた。
「皆の者、楽にせよ。大聖女殿、遠く我が国にお越しいただきゾルバ・グラン・オーランド、オーランド王国国王として、国民を代表し感謝申し上げる。
我が国は先のダイソン公国の独立戦争により未だ復興の途上にある。だがこうしてボルグ教国の大聖女殿が来訪して下さったことは、我がオーランド王国が自らの足で立ち力強く前に進んでいる事の証となろう。
これはオーランド王国にとっての慶事。祝賀の席も用意している、心行くまで逗留していただきたい」
国王ゾルバはそう自らの言葉を述べると宰相ヘルザーに目配せをする。
「大聖女イブリーナ・ボルグ様、並びにボルグ教国使節団の皆様に申し上げます。我がオーランド王国はボルグ教国との関係をより親密にいたしたくこれまでも商業ギルドを通じ農産物や工芸製品など、様々な商品の交易を行っておりました。
この度大聖女様をはじめとした使節団の皆様がお越しいただいた事により、オーランド王国とボルグ教国はこれまで以上の友好関係を築くことが出来たと確信しております。
その友好の証として、我が国はボルグ教国に対し金貨百万枚の寄付を行う事を宣言いたします」
“““““おぉ~~~~~”””””
謁見の間に広がるどよめき、流石大国オーランド王国であると、ゾルバ国王の決断に感嘆の声が上がる。
「オーランド王国国王ゾルバ・グラン・オーランド陛下、ボルグ教国使節団の代表として第八十四代イブリーナ・ボルグ、心からの感謝を申し上げます。
これまでもこれからも、両国がより良い友好関係を結び続けられますよう、ボルグ教国の者として力を尽くしていく所存でございます」
“““““パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ”””””
打ち鳴らされる拍手、大聖女イブリーナに依るゾルバ国王への謁見は、祝福ムードに包まれながら粛々と執り行われていくのであった。
場所は変わり来賓を迎える為の広間では、国王ゾルバと宰相ヘルザー、そしてわずかな側近たちが大聖女イブリーナと数名の使者を交えて会談を行っていた。
「ゾルバ国王陛下、この度の金貨百万枚の寄付、ボルグ教国を代表いたしまして改めてお礼申し上げます」
「いや、こちらこそ、我が国にボルグ教国の大聖女であるイブリーナ殿がお見えになると聞き大変驚きました。謁見の間でも申しましたが、我が国はダイソン公国との戦争で大きく傷付いた、またその背後にあったバルカン帝国との緊張状態は未だ続いているのが現状です。
そうした中、女神信仰の中心地であるボルグ教国の大聖女であるイブリーナ殿が見えられる、これがどれ程国民に大きな希望を与えて下さったか。
これからもより一層友好な関係を築いていきたいと切に願っております」
互いに笑顔で交わされる握手、それは難しい国際情勢を力を合わせ乗り越えていこうという両国間共通の思いの現れであった。
「ゾルバ国王陛下に於かれましては大変難しい情勢を戦っておられることと存じます。そのようなときにこうしたお話をいたしますことは心苦しいのですが、これは複数の聖女に齎された神託であり、この事は教皇より直接国王陛下にお話しするようにと申し付かった特殊事項となります。
現在我が国も詳しい調査を行っているところですので、この場だけの話として頂きたくお願い申し上げます」
それはこれまでの友好的な雰囲気に冷や水を浴びせるような言葉、だが大聖女イブリーナの変わらぬ表情は、それが冗談でもなんでもない真剣な話である事を物語る。
「“北の大地、厄災の種誕生せり”、これが複数の聖女に齎された神託、我が国は以前よりオーランド王国で起きた独立戦争、ヨークシャー森林国とバルカン帝国との間で起きた侵略戦争、オーランド王国とダイソン公国との間に結ばれた停戦に至る経緯に注目していました。
そして今回齎された神託、北の大地で一体何が起きているのか。
大聖女である私が直接オーランド王国を訪れたのにはその真相を確かめるという目的もあるのです。
神託とは神よりの啓示、厄災より人々を救うために示された救い。どうかご協力をお願いいたします」
大聖女イブリーナの突然の言葉に動きの固まるゾルバ国王とヘルザー宰相、そして二人の脳裏をよぎる一人の青年男爵の姿。
「大聖女イブリーナ殿、詳しくお話をお聞きしても」
「はい、それでは現在分かっている事と我々の調査方針についてご説明いたします。先ず我がボルグ教国は・・・」
続けられる大聖女イブリーナの説明、ゾルバ国王とヘルザー宰相は背中に流れる冷や汗を感じながら、“この者たち何とかボルグ教国に帰ってくれないかな~”と心の底から願うのでした。
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寒風に晒された枯草が波を作る広大な草原、そんな物寂しい大地に伸びる一本の街道。
その街道をガタゴト車輪の音を響かせ一台の馬車が走る。
「なぁミレーヌ、いくら先行調査だからってこの馬車はもう少しどうにかならなかったのか? バルカン帝国のスプリング式衝撃吸収馬車とまでは言わないけどよ、板バネ式衝撃緩衝馬車くらい王都の教会で用意出来たんじゃないのか?」
司祭服を纏った男性は腰を摩りながら悪態を吐く。
「馬鹿言わないでよ、そんな馬車に乗って辺境の地に訪れてどうするの、警戒してくださいって宣伝しているようなもんじゃない。
私たちの役目はあくまで相手に悟られる事なく実態を調べる事、それはこれまでもこれからも変わらない。そこから先は上の人間の役割でしょう?
阿呆な事言ってないで確りしてよね、後で怒られるのは私も一緒なんですからね」
そう言い自身の上司の顔を思い出しブルリと身を震わせるシスター服を着た女性。
馬車は進む、枯草の草原を抜けて、北の大地の外れにある辺境の地を目指して。彼らは挑む、それぞれの胸に宿る信仰と共に、己が使命を果たすために。
遥か上空を飛ぶビッグクローはそんな人々を見下ろしながら、餌となるキャタピラーを求め悠然と飛び去るのだった。
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“カァー、カァカァカァー”
ジミーたちマルセル村若者軍団が学友であるバルーセン公爵家のラビアナお嬢様とベイル伯爵家のラグラ様を伴い帰村してから一月半が経った。
その間ラビアナお嬢様の面倒はジミーが、ラグラ様の面倒はクルーガルの爺さんとジェイク君が見ていたんですけどね。
“スタンッスタンッ、バシバシバシバシバシバシッ、タンタンッ”
「ラビアナ、数を打つことに気を持っていかれ過ぎだ。虚実は必要だが打ち込みに気持ちが籠もっていなければ意味がない。
ただ打つのではなく切るという意識が重要なんだ。己は剣であり
「分かっていますわ、ジミー。まだまだこれからでしてよ!!」
“スタンッ、バシバシバシバシバシバシ”
“ドカドカドカドカ、シュタンッバッ、ドカドカドカドカ”
「ラグラ殿、その調子ですぞ。一振り一振りに確りと魔力が乗っております。ついに“魔纏い”を身に付けられましたな。
すでに下地が出来上がっていたとはいえこれは驚異的なことですぞ? このラグラ殿の成果を聞けば、御父上もさぞやお喜び下さるでしょう」
「ありがとうございます、クルーガル先生。これも先生の教えの賜物、ジェイク、もう一本だ!!」
「え~、俺も色々助言したじゃん。俺には何もないの? まぁいいけど。それよりも俺も打ち込んでいい?」
「「それは暫く待って欲しい、直ぐに終わってしまう」」
ここはボビー師匠の訓練場、お二人の高貴なる方々はすっかりマルセル村に馴染んでしまったようでございます。
因みに御二方ともエミリーちゃんチャレンジは勘弁してくださいとの事、目の前で吹き飛ばされるクルーガルの爺さんやマルコお爺さん、ボイルさんやドレイク村長の姿を見てればそう思うのも致し方が無いですよね~。
エミリーちゃんお年寄りだろうが義父だろうが容赦なし、両の拳を握りしめて「ケガをしたようならすぐに言ってね、治療ならエミリーにお任せだよ♪」とか言ってたもんな~。
治療=拳は怖いよな、うん。
ラビアナお嬢様は元々闇属性魔力を纏う事で存在を隠す技を使っていたし、ラグラ君は基礎的なところは出来ていたみたいなんだよね。
その辺はちゃんとクルーガルの爺さんが教えていたのかな? なんやかんやでベイル伯爵家の食客みたいなことをしていたらしいし。
で、一月半経った今ではそれぞれ“魔力纏い”も“魔纏い”も使えるようになっていると。・・・めっちゃ優秀じゃね? ジミーたちにも直接魔力を流し込むマルセル式指導法は禁止してるし、ヨシ棒とヨシの茎を振る訓練が中心だったのよ? 訓練で腐ったり弱音を吐く事もなく無事習得、これが凡人との差、才能の違いって奴なんだろうか。
その代わり別なところで心が折れてる? さて、一体何の事でしょう。
王都の老舗ぬいぐるみ工房モフモフマミーの職人さんたちの、十日間の従魔見学会も無事に終了。マルセル村に住むとか馬鹿な事を宣う御方もおられましたが(ポーラ・キムーラをはじめとした従業員一同)、王都でのぬいぐるみ普及の重要性をお話しし、何とかお帰りいただく事が出来ました。
な~に、屋敷ごと影空間に放り込んで一人一人王都の店舗で開放するだけの簡単なお仕事でございます。
でもあの職人魂って凄いよな~、緑と黄色の背中に乗って進め~とかやってるわ、霊亀とおしゃべりするわ、大福八つ首ヒドラに歓声を上げるわ。やっぱり一流の職人は普通じゃないね、うん。
“カァカァ”
「あっ、聞いてる聞いてる、だから突かないで。オババの
で、怪しい馬車がマルセル村に向かってるって言うんでしょう? 俺の捕捉範囲にも入ったから確認出来たよ。魔馬二頭に御者と車内に人が二人。結構できる感じ? 二人掛かりならクルーガルの爺さんともそれなりにやり合えそうかな?
まぁ放置でいいんじゃない、お相手はホーンラビット伯爵閣下がなさって下さるだろうし。
それよりもケイトの子供だよ、ケイトの奴男の子ならガイガンかギャオス、女の子ならアジャかダンプがいいとか言い出してさ。
もっとこう良さ気な名前があると思うんだよね。でも俺ってそういう感性が微妙じゃん? オババならなにかいい感じの名前を思いつくんじゃないかと思って相談にね。何かないかな~」
村の外れ、ボビー師匠の訓練場では村人たちが体力作りに精を出す。オーランド王国の最果て、辺境マルセル村では、今日も穏やかな時間が流れていくのでした。
本日一話目です。