そこは王都の中心街、オーランド王国における女神信仰の中心地であり王都民の心の支えでもある王都教会。
大聖堂や大鐘楼が荘厳かつ神聖な雰囲気を醸し出し、王都の代表的な建物として多くの王都民から愛されている癒しの場。
そんな神聖なる大聖堂に集まる多くの教会関係者、彼らは皆今日という記念すべき日にこの場に居合わせる事の出来る喜びを噛み締め、静かに目の前の人物たちに視線を向ける。
「オーランド王国の女神様に仕える同志よ、我らボルグ教国の者を迎え入れてくれた事に心からの感謝と敬意を。
我らは志を同じくする女神様の使徒にして僕、女神様の御意思の下、世界が平和の光に包まれんことを」
「ボルグ教国の女神様に仕える同志よ、遠方よりの来訪に感謝と敬意を。
女神様の願いは我らの願い、願わくば女神様の導きの下、人々の心に平穏と安寧が訪れんことを」
王都大聖堂の祭壇に佇む巨大な女神像、その前で共に胸に手を当てこの世の安寧と人々の平和を願うボルグ教国の大聖女とオーランド王国の教皇。
共に女神様に仕える同志として。両者の間に交わされた握手は神に仕える者たちの絆をより堅固なものとする象徴的出来事として、大きな拍手を以って受け入れられたのであった。
場所は変わり教会施設内の一室、品の良い調度品や質の高い内装、教会内部でも枢機卿以上の組織の中心的な者たちが集まり会議を行うその場に、ボルグ教国の大聖女イブリーナ・ボルグとボルグ教国使節団の者数名が、オーランド王国教会教皇ベルトナ・オーランドをはじめとした教会関係者と会談を行うべく席に着いていた。
「改めまして、ベルトナ教皇猊下に於かれましては我々ボルグ教国教会使節団を迎え入れて下さり感謝申し上げます」
「いやいや、頭をお上げいただきたい。我らは同じく女神様に仕える者であり同志。互いに協力し合い尊重し合う事は女神様の御意思に叶うもの。
三千年前の教会の大粛清により組織としては各国で独立したものとはなりましたが、女神様の御意思に従いこの世界に生きる人々に寄り添うという理念は同じもの、互いに協力し合えるものは協力していこうではありませんか」
こうして笑顔の下始まった会談は、オーランド王国で起きた戦争やその後の復興についてなど、様々な社会情勢の変化について互いの意見が交わされる事となった。
「ところで大聖女イブリーナ、そろそろ本題をお聞きしても? ゾルバ国王陛下にはすでにお話しされたと聞き及んでおりますが」
「流石はベルトナ教皇猊下、お耳が早くておられる。事の始まりはとある報告書からでした。
“オーランド王国に内乱の兆し在り”、これまでも西のバルカン帝国がヨークシャー森林国やオーランド王国、スロバニア王国に侵攻の手を伸ばす事が幾度となくありました。ボルグ教国は基本的に国際間の紛争には中立の立場を取りますが、そうした動きには常に警戒しています。
戦乱により生まれる悲劇は人を闇に傾ける、この事はこれまでの歴史が証明していますので。
そして悲劇は起きた、北西部地域の大貴族ランドール侯爵家とグロリア辺境伯家との衝突、ダイソン侯爵家の独立宣言、これらは全てバルカン帝国がヨークシャー森林国に侵攻するための布石であったというのが我々の分析です。
しかしこれらの争いは戦火が拡大する前に全て終息した。十数万という多くの将兵の命が失われているという状況を見れば決して喜ぶ事は出来ないのでしょうが、こうした戦争にありがちな一般市民の犠牲者は皆無といっていい。これは戦乱というものにおいてあり得ない事なのです。
そしてこれらすべての状況において、表には見えない力ある者の介入が確認されました。
オーランド王国ではその者を“鑑賞者”と呼称しているようですが。
我々は多くの者の協力を得て更なる調査を進めた、そして物事の中心にある貴族家が関わっている事を掴んだ。ホーンラビット伯爵家、もとは辺境の村長であった者が名目とはいえ伯爵にまで上り詰める、これは異常であると言っていい。
これは何かがあるに違いない、そんな中齎された情報の一つがケビン・ワイルドウッド男爵についてのものでした」
“スッ”
差し出されたもの、それは二通の鑑定書の写し。
「これまでの歴史の中でも時代の節目に現われる英雄的な働きをする者たち、彼らは特殊なスキルであったり膨大な魔力であったりと、その働きを裏付けるような実力を有していた。
だが彼は一見何の変哲もないスキル構成の持ち主です。これまでの彼の功績とはあまりにステータス内容が見合わない。この鑑定書を分析した専門家によると、ケビン・ワイルドウッド男爵のステータスは多くの情報が秘匿され隠蔽されている可能性が非常に高いという結論でした。
更に言えばホーンラビット伯爵領マルセル村に関する通常では考えられないような調査報告の数々、私が直接オーランド王国に出向いたのにはそうした者を調査する目的があった、正確にはそうせざるを得ない神託が下ろされたのです」
静まり返った室内。先程までの和やかな中にも真剣な雰囲気は消え、何処までも深刻で重大な事態といった物々しい空気が場を支配する。
「“北の大地、厄災の種誕生せり”、この神託はボルグ教国の複数の聖女に同時に下ろされたものです。教皇猊下は事態を重く見てすぐに分析と調査を行わせました。結果過去においてこれに近しい神託が幾度か下ろされているという証拠を発見しました。
ゴブリンの魔王による大侵攻、暴食の魔王グラトニースライムの出現、最悪の魔王デビルトレントの悪夢。全てが国を滅ぼし人類を滅亡に追いやるほどの大きな被害を引き起こした厄災。
“厄災の種の誕生”という神託は初のものとなりますが、場合によっては各国の勇者に呼び掛けを行わなければならない事態に発展する可能性も考えられます。
表面的に見れば現在のところオーランド王国は平和な状態を保っています。ですがその平和は果たして真実のものなのか。
ベルトナ教皇猊下、是非ともご協力をお願いいたします、人々の平和と安寧の為、女神様の愛するこの世界を守るために」
そう言い深く頭を下げる大聖女イブリーナ、その間ベルトナ教皇は様々な状況とこれまで自身が知り得た情報を繋ぎ合わせある結論に達する。
「お話は分かりました。この件に関してはルビアン枢機卿、あなたが窓口となり対応してください。
我々は同志、
再び交わされる握手、共に女神様に仕える者として、世の安寧を願う者として。こうして歴史的な会談は有意義な形で終了したのであった。
“この大聖女面倒くさ、早く帰ってくれないかな~。って言うかアレに手出ししちゃ駄目だっての、そんな事最新の鑑定結果を見れば明らかだって。
あとでメルビン司祭に間に入ってくれるよう手紙でも出しておくか、直接よりもその方が話がうまく通るだろうし”
ベルトナ教皇は自身の心のうちなどおくびにも出さず、面倒事は野心家の部下に丸投げし、オーランド王国教会の安寧の為の裏工作に走るのであった。
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夜の帳が降り、街の喧騒は安らぎの静けさへと変わる。教会建物の一室、ルビアン枢機卿の執務室では、部屋の主であるルビアン・ポートランドが山と積まれた資料に目を通していた。
「ベルトナ教皇猊下はなぜ大聖女イブリーナとの窓口に私を指名した?
先のアーメリア別邸における不祥事、呪物のずさんな管理とその結果引き起こされる寸前であった最悪の悲劇。その責任を取る形で私腹を肥やしていた馬鹿が二名も脱落した。奴らは私とは相いれない者たちであったからその事に関してはいい、だがその後釜としてベルトナ教皇猊下の子飼いの者が枢機卿の地位を得るに至った。
奴らはただの傀儡、実質ベルトナ教皇猊下の権力基盤が盤石になっただけの事。
であれば今回の事態に奴らを使わない道理はない、大聖女イブリーナの話が真実であるとするのならこの国ばかりでなく世界を揺るがす程の大事、その解決に寄与したとなれば間違いなく歴史に名が残る偉業となる。
ベルトナ教皇猊下は野心家ではないが清貧という訳でもない。清濁併せ持ち貰えるものは貰っておくといった御方、そのような御方が今回のような楽に名声を手に入れる事の出来るような話を容易く手放すか?
ベルトナ教皇猊下はゾルバ国王陛下の叔父として王家との間に太い繋がりを持っている、であれば王都諜報組織“影”による最新の情報を手に入れているとみた方がいい・・・」
“パラッ、パラッ、パラッ”
静まり返った夜の教会、書類を捲る音だけが室内に響く。
「誰か」
「ハッ、御用でしょうか、ルビアン枢機卿猊下」
現われた配下に顔を向ける事無く、ルビアン枢機卿は書類に目を通し続ける。
「王都学園に通っているピエールは今どうしている? 確か王都学園は冬季休暇に入っているはずだが」
「はい、第四王子アルデンティア殿下の側近として多くの社交の場に顔を出し、アルデンティア第四王子殿下と貴族との間を取り持つ事に奔走しております。
またアルデンティア第四王子殿下はピエール様の誘いで教会の奉仕活動にも参加され、王都内での存在をより強固なものにすべく活動なさっておられます」
配下の者の報告を聞き、顔を上げ「ふむ」と顎に手を当てるルビアン枢機卿。
「余計なことはせず与えられた自身の役割を果たす、あの者もものの道理が分かってきたという事か。であれば任せてみる事も一興、ピエールに伝えよ、<勇者>ジェイクと<聖女>エミリーの里であるホーンラビット伯爵領マルセル村に向かえと。目的は二人の故郷を実際に見て村の者に話を聞く事で二人の人となりを知り適切な付き合いを模索する事。
表面上の名目としてはマルセル村に教会施設を建設する事の打診とでもしておこう、これまで幾度となくそうした打診は行われているがすべて断られている。今回も懲りずにやってきたといった風を装う、ピエールを向かわせたことでホーンラビット伯爵家の態度が軟化すれば良しといったところか。
供の者には鑑定のスキルを持つ者を同行させよ。鑑定結果はすべて記録の魔道具に保存するように、特にケビン・ワイルドウッド男爵とその周辺の人物は、必ず調査するように」
「ハッ、ルビアン枢機卿猊下の御心のままに」
下がる配下、考えを巡らせるルビアン枢機卿。トントンと無意識のうちに机を叩く人差し指の音だけが、室内に広がる。
「誰か」
「ハッ」
「ベイル伯爵をはじめとした軍部の者たちの動きはどうなっているか」
「ハッ、ベイル伯爵はオーランド王国北東部バルザック伯爵領にてかねてより研究が行われていました・・・」
星々の瞬きが王都を包む。ルビアン枢機卿の長い夜は、静かに続いて行くのだった。
――――――――
「バルザック卿、お早いお着きですな。どうやら研究は最終段階に入ったようだ」
「ハハハ、これも全てベイル伯爵閣下が離発着場の手配をして下さったからこそ。我々だけの力ではこうも早く運用に漕ぎ着ける事は出来ませんでした。
軍部に強い影響力を持つベイル伯爵閣下のお力添えがあったればこそ、感謝してもし足りません」
王都のとある貴族屋敷、そこではまるでオーガのような鋭い眼光を持った偉丈夫と、その者をどこか見下しつつもそのようなことはおくびにも出さぬといった老獪な男性がテーブルを囲み談笑する。
「それで、かねてより打診していた部隊の創設についてだが」
「はい、現在準備は順調に進んでおります。しかし魔道具の進化というものはすさまじいものですな。孵化から僅か半年で騎乗に耐えうる体格に成長させることが出来るとは。それと懸案であった餌の確保もビッグワーム農法によるビッグワームの飼育により安定的に供給することが出来るようになりました。
これも全てベイル伯爵閣下のお力添えのお陰、国を憂い自ら立たれる御方はやはり違うと感服致しております」
“粗野な田舎者ではあるがよく分かっておるではないか。いずれ飼育技術の全てを奪おうと思っておったが身の程はよく弁えている様子、駒として飼うのも悪くないか”
和やかな会談、交わされる杯、酒は人を饒舌にする。
「今の国政は方向を間違えておる、我々は第二王子殿下の下、正しい道に国を導かねばならん、分かるかね?」
「確かにバルカン帝国との対立が強まる中、オーランド王国の軍備拡張は急務。ベイル伯爵閣下が新部隊創設を急がれた事は英断であるかと。
しかしそれだけで王国の方針が変わるでしょうか? 確かに新設される部隊はこれまでにない画期的なものですが・・・」
バルザック伯爵の言葉に、ベイル伯爵は口角を引き上げる。その表情に何かを感じたのか、ゴクリと生唾を飲むバルザック伯爵。
「いずれ世界は変わる。我々はその最前線にいるのだよ」
ベイル伯爵はグラスに注がれた赤いワインを見つめ、自身の野望が次の段階に入った事を確信するのであった。
本日二話目です。
ひな祭り~、いってらっしゃい。
by@aozora